戦うということ その5
——どうして、あんなことができるのだろう……
脳裏に夕闇の光景が焼き付いて、眠れない。
人間のできることじゃない。
魔族が小さな村に行ったことは15歳の少女には重すぎる内容だった。
「どうして、あんなことができるのだろう——」
心の中で何度も吐き出した言葉が、口から漏れる。
「マスター……」
ステラが七海の肩を抱き、その身を抱き寄せた。
——どうして?どうして?どうして……
何度頭の中で考えても、答えがわからないよ……
「私は……私は……やっぱり自分で確かめなきゃ……いけないんだと思う……」
抱えた膝に額を着けて目を閉じる。
——どくん、と奥底から湧き出す感情に七海は怯えていた。
「マスター、やはり止めておきませんか?」
「ステラさん……私はやっぱり自分で確かめないといけないと思う」
二人は闇に紛れて捕虜となった魔人が縛り付けられている村はずれまでやってきた。
深夜だからなのか、それとも交代の時間なのか、辺りに見張りはいない。
大丈夫だから、七海はそう言って聞かなかった。
「こ、こんばんは」
七海が木にくくりつけられた魔人に声をかける。
「誰だ——アンタ?」
何度も殴られたためか、魔人の顔はひどく腫れあがっていた。
「控えろ!この方は魔王様だぞ!!」
隣にいるステラが高圧的に言う。
「何だテメェら……寝言は寝て言えよ。今頃殺しに来やがったのか?」
魔人は半ば自暴自棄になっている様だった。
「——ひどい傷……」
七海がしゃがんで魔人の腫れ上がった頰に触れようとする。
その掌から、淡い青色の光が浮かび上がった。
光に照らされた魔人の頰からは腫れがみるみる引いていき、元の形に戻っていた。
「こ、こりゃ……治癒術か……」
魔人は腫れの引いた瞳でクリスを見つめる。
「良かった……」
魔人が回復するのを見て、七海はほっと胸を撫で下ろす。
この世界に来て初めて人の役に立てた——と。
「アンタ、ほ、本当に……魔王様なのか……?」
魔人が不思議そうに目の前の少女をジロジロと品定めする。
「そうだと言っているだろう」
ステラはしゃがみこむと前髪を掻き上げた。銀髪の下に小さなツノが生えている。
「なんだ、アンタ魔族なのか。
——白い肌に、銀髪……半端者か……」
「……私はエルヴィン公の娘、ステラだ」
「マジかよ……」
ステラが名乗ると魔人は目を見開いてつぶやく。
エルヴィン公に人間とのハーフの娘がいることは魔族の中でも有名だ。
銀髪の白い少女——目の前にいる者はまさにそれであった。
「じゃ、じゃぁ……このガキ……いや、お嬢さんが、魔王様……?」
急に魔人の態度が丁寧になる。
七海はその魔人に向かって聞いた。
「あなたは……その……どうしてこんなことを……?」
どうしてこんな残酷なことが出来るのか——
七海はどうしてもその理由を聞きたかった。
「……お、俺は上から命令されただけで……」
魔人は魔王のまっすぐな視線から逸らすように答えた。
「あなたは……命令されて、人間を……殺したの?」
殺したのか、同じことを夕暮れ時に、同じ年頃の少女から問われた。
その少女は聖王と名乗り、今度は魔王だという。
魔人の頭は混乱していた。
どう答えてよいものか、視線を同族であるステラに移す。
ステラは冷ややかな視線で返した。
「……殺っていない!
俺は殺っていない!
仲間とはぐれて、捕まって、人間にボコボコに殴られたんだ!!」
魔人は必死に七海に訴える。
「お願いだ、縄を切ってくれ!このままだと朝にはなぶり殺しにされる」
「そんな……ホークさんは……ホークさんはそんなことしない!」
七海はそう叫んで、教会前の広場でホークが言った言葉を思い出していた。
『——生かしてあるのか?』
ホークの表情はひどく無機質なものだった。
——この人をこのままにしておいたら、本当に殺されてしまうかもしれない。
「ステラさん……逃がしてあげて……」
「マ、マスター!?お待ちください。いくら同族とはいえ……」
ステラは狼狽えていた。
本人んがやっていないと言っていても、状況証拠からこの虐殺に関わったことは明らかだ。
それを逃すということは、人間との信頼関係を壊すことになりかねなかった。
「——いいの。お願い……」
七海は懇願した。
「ありがてぇ!」
ステラの困惑を他所に魔人は喜びを爆発させていた。
「お願い……ステラさん」
「……分かりました」
ステラは剣を抜くと、魔人の縄を切る。
「ありがてぇ、ありがてぇ。さすが、魔王様だ!」
「お礼はいいから……逃げてください……」
うつむき、七海が呟く。
魔人は七海の手を取って何度もお礼を言うと暗闇に消えていった。
——これで……これで、いいんだよね?
七海は誰かに許しを乞うように心の中で何度も唱えた。




