表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/5

4話

塔からの帰り道に,雨に降られたバイエルは風邪をひいてしまった.

熱はすぐに下がったが,なぜか看病をしてくれるメイドたちの数が減らない.

「もう大丈夫よ.」

「ですが,姫様.どうかベッドでお休みください.」

バイエルはメイドたちによって,部屋に閉じこめられていた.

そのうちに,これは母の命令だと気づく.

母はバイエルに,塔へ行ってほしくないのだ.

王の覚えのめでたい男性を選ぶように,バイエルは申しつけられていた.

今,バイエルのまわりには,さまざまな男性が集まっている.

毎日のように手紙や花が贈られて,部屋まで押しかけられるときもある.

男性たちの目的は,結婚によって王家の一員になることだ.

バイエルは,特に美しいということのない目立たない姫だった.

このまま部屋にいれば,母が見舞いという名目で,誰かを連れてくるのかもしれない.

バイエルはメイドたちがいなくなるすきを見計らって,部屋からバルコニーに抜け出した.

バルコニーから木を伝い降りて,けもの道をくぐって王宮の中庭に入りこむ.

人のいなさそうな庭の隅までたどり着くと,「やったー!」と両手を上げた.

とたんに,先客がいることに気づく.

一人の騎士の青年がぽかんと口を開けて,バイエルを眺めていた.

「あ,」

寝間着姿であることを思い出して,バイエルはあわてて後ろを向く.

逃げようと足を動かした瞬間,

「あなたはバイエル姫でしょう? 風邪で寝こんでいるはずの.」

青年の楽しげなせりふに,さーっと血の気がひいた.

「こんなに元気な姫とは知りませんでしたが.」

笑い声に,バイエルは赤面する思いだ.

すると後ろから,マントをかぶせられる.

真紅の生地で,縁に銀のししゅうが入った近衛兵のマントだ.

「私はブルグ家のミュラーです.」

青年の名前に心当たりがあり,バイエルはぎくりと体をこわばらせる.

いつも白いバラの花とともに,手紙を送ってくる男性だ.

「おびえないでください.あなたを捕って食べたりはしませんよ.」

優しい声に,バイエルは振り返る.

「私は休んでいるだけですから.あなたも,のんびりしていかれませんか?」

ミュラーは寝転がって,瞳を閉じてしまった.

バイエルは恐る恐る,隣に腰かける.

空を見上げると,くも間から太陽がのぞいた.

部屋から出たときには,天気は悪かったのに.

あれよあれよという間にくもは消え失せて,暖かな陽気が降り注ぐ.

この不思議な現象は,子供のころに見たことがあった.

「ハノン?」

ハノンとの思い出は,すべて日の光に満ちている.

「ハノン? それは塔の中の魔法使いの名前ですか?」

バイエルは,「えぇ.」と答える.

「ツェルニー陛下はなぜ,ハノンを塔に閉じこめているのかしら.」

理由は分からないが,バイエルには悲しいことだった.

塔の中に一人で閉じこめられて,ハノンは昔の活発さを失ってしまった.

「魔法使いソナチネに対する嫉妬だと言われていますが.」

ふいにミュラーの手が,バイエルの長い髪に伸びる.

「嫉妬する気持ちは分かります.」

髪についていた葉を取って,ミュラーはにこりとほほ笑んだ.

「あなたは私の手紙を読まずに,塔だけを見つめていらっしゃる.」

口説かれているのだと気づいて,バイエルはずずっと後ろへ下がる.

「あの,私は,」

断ろうとしたとき,いきなり雨が降り出した.

あっという間に雨は勢いを増して,バケツをひっくり返したような豪雨になる.

「失礼.」

「きゃぁ!?」

ミュラーがバイエルを軽々と抱き上げて,立ち上がった.

「屋内へ戻りましょう.」

一寸先は見えず,雨が痛いぐらいに体をたたく.

ミュラーは流れる泥の中を,建物を目指して大またで歩いた.

しかし進路をふさぐようにして,影が現れる.

どぉんとごう音とともに,雷が落ちた!

バイエルは悲鳴を上げる,ミュラーも何か悲鳴を上げたように聞こえた.

さらに雷は,続けざまに落ちる.

「助けて,ハノン.」

雷はすぐそばだ,いつうたれてしまうか分からない.

「バイエル,」

ハノンの声が,バイエルの耳に届いた.

「ハノン?」

どしゃぶりの雨に顔を上げれば,ソナタを抱えたハノンがそばに立っている.

「なぜ,ここに?」

口の中にも,雨が入ってくる.

バイエルはミュラーから離れて,ハノンに手を伸ばした.

すると腕を引っぱられて,強い力で抱きしめられる.

「え?」

雨がぴたっとやむ.

雨ぐもは駆け足で去り,明るい太陽が顔を出した.

ソナタがにゃーんと鳴いて,バイエルの足にすり寄る.

何,これ――?

「ごめんなさい.」

ハノンはバイエルを抱いたまま,ミュラーに対して謝った.

「そういうこと?」

ミュラーが肩をすくめる.

「はい.すみません.」

ハノンはバイエルからマントを取り上げて,ミュラーに返した.

だがミュラーは,受け取らずに苦笑する.

「君の邪魔をすれば,私は雷にうたれて死ぬのかな?」

「そ,それは,……すみません.」

ハノンはしゅんとする.

「まぁ,いいさ.この場は君に譲るよ.」

ミュラーはマントを受け取って,雨でどろどろになった中庭から出て行った.

「ハノン.」

バイエルは,濡れて顔に張り付いた髪を払ってから問いかける.

「塔から出ても大丈夫なの?」

「うん.その,バイエルさえ,僕のそばに,」

声が小さくて,よく聞き取れない.

バイエルが首をかしげると,声は少しだけ大きくなった.

「そばに,いてくれたら…….」

早口で,ごにょごにょと言いよどむ.

「ごめん,雨ばかり降らせて.」

まるでひとり言のようだ.

「僕のせいで,雷まで落ちて.」

八年間も一人ぼっちだったのだから,仕方ない.

けれどこのとき,ハノンは初めてバイエルの目を見つめていた.

それだけで,バイエルには十分だった.

「もう二度と,君を雨に濡らさない.」

何かを決意して宣言する.

「だから僕と結婚してください!」

上ずった声での求婚に,バイエルは「はい!」と返事をして,ハノンに抱きついた.

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ