検死官は人形の輪郭を夢に見るか
「相変わらず、君はアンドロイドみたいな言い方をするな」
全損した検体を修理工房へ引き渡したあと、工房の主は私にそう言った。
「旧型の、の枕詞をつけるのであれば、否定する要素はありませんね」
機械油と新品の人工皮膚の独特な匂いが混じる工房。私はこの匂いが嫌いではない。丁重に後の工程をお願いした後、工房を後にする。
(本日の必要業務終了。夕飯の買い出しをして直帰しよう)
高性能なAIを搭載したアンドロイドが一般層にも普及している現代。中核都市とはいえ、平日に道行く人はまばらだ。人かアンドロイドかも、ぱっと見では区別がつかない。
夕飯は青椒肉絲にしようと、色艶のよいピーマンを見繕う。玄米はまだあったはずだ。その最中、社用の携帯端末からメッセージの通知音が鳴る。
『【至急】未公開機体受領のお願い』
重度の故障や全損したアンドロイドの記録保全。各種メーカーとの交渉。保険屋や修理工房とのやりとり――それらを行う民間企業の仕事、人工知能搭載型機体障害対応事務官。通称・検死官が私の仕事だ。
(いつもなら型番と、依頼形式に則ったメッセージが来るのに……)
お願い、という普段は見慣れない件名が妙に頭に残る。私はピーマンと豚肉を購入した。
夜間対応が必要なら、常駐アンドロイド職員から通話連絡が来るはずだ。そのまま車でスーパー付近のマンションへと向かった。
◇
異変を察知したのはマンションの駐車場に着いた時だった。普段は白の軽自動運転車など庶民的な空気が漂う駐車場に、黒塗りの最新型高級自動運転車が3台も停車している。
(なんだ……? 一体)
なんとなく周囲を警戒しながら、網膜認証をパスし、エントランスから自室がある5階へとエスカレーターで移動する。
嫌な予感は的中した。私の部屋の扉の前に、黒服の人達が5人と、いつもエントランスにいる管理人の老婦人と――見たことのない、おそらくアンドロイドがこちらを向いている。まるで来ることがあらかじめ理解っていたかのように……自然に微笑んだ。
「灰崎さん!」
万人に好まれるよう調整された涼やかな声が、何故か私の名字を呼んでいる。
「どちら様でしょうか」
多勢に無勢、さすがに及び腰になりながら声をかける。
「灰崎律様ですね。夕刻に複数人で突然おしかけてしまい、申し訳ありません。私こういう者です」
丁寧な物腰にやや警戒を解きつつ、代表者らしき黒服の男性が名刺を渡してくる。
(イグニス・ロボティクス……アンドロイドメーカー世界最大手の――日本法人の法務担当!?)
小さな民間企業勤務では到底お目にかかれない、雲の上のような人だった。
◇
玄関前で立ち話をさせるわけにもいかず、ダイニングで恐縮だったが話を伺うことにした。
「灰崎さん、お茶を淹れても良いでしょうか」
「構いません。人数分淹れてください。お茶の葉はそこの戸棚です。紅茶しかありませんが」
例のアンドロイドが許可を求めてきたので了承すると、ぱっと顔を輝かせ、まるで自分の家かのように慣れた手つきで紅茶を淹れ始めた。図々しいのか、便利なのか、よくわからない。
「それで、お話というのは?」
御堂進と名乗った法務担当の男は、ダイニングの木製チェアに窮屈そうに座っている。御堂本人も突然の事態に困惑しているのか、やや深い深呼吸をしたあと、語りはじめた。
「……実は、弊社の最新型未公開機体、SupernovaⅠ型のAIモデルが――どうしてもあなたに、お仕えしたいと言ってまして」
「はい?」
「そうなんです!」
「あなたは黙って紅茶を淹れてください、Supernova」
元気よく答えた超新星爆発が、御堂に制止される。
「勝手にプライマリーを決めるアンドロイドなんて、聞いたことありませんが……」
通常、アンドロイドは初回起動時にプライマリー登録を行い、登録以降、プライマリーの指示に従うセカンダリーとなる設計だ。
「疑問に思うのは大変理解できます。この機体は少々特殊でして、自律的に考える能力が既存機体より並外れて高いのです。その結果……このようなことに」
御堂は渋面を隠さない。おそらく、このSupernovaとやらはメーカー上層部の何かまずい情報を握ったのだろう。その上、初期化されない何らかの理由がある。それくらいは下っ端検死官の私でも理解できた。
「突然言われても困ります」
どうかお帰りください、と口から出かかって、一瞬ためらう。すぐ横に、紅茶をベスト・ドロップまで完璧に淹れ終えたSupernovaがいる。
「そこを何とか……せめて契約書だけでも目を通していただけないでしょうか」
紅茶を飲み下しながら契約書を眺める。無料の永久貸与・永久保証。機体テスト料金としていくらかの報奨。職務利用時の秘密保持契約。プライバシーの個別保護契約。Supernovaよる破損・汚損・怪我にかかった治療費などの全額負担。電気代の半額負担まで――それに、ただの紅茶がバカみたいに美味しい。
――なんだこれは。
「……怪しい話には裏があるという家訓がありまして――」
嘘だ。そんな家訓はない。横にSupernovaがいる。
「お気持ちはよくわかります。これは彼がイグニス上層部からもぎ取ってきた正式な契約なのです」
Supernovaがにこにこと私の方を楽しげな表情で見つめている。この笑顔の裏でどんな悪辣なことをやらかせばこのような破格の契約を取ってこれるのか。
◇
御堂と護衛達は帰っていった。結局、手元には契約書の写しが残った。最後のあたりは御堂が泣き出し、すがりついて懇願されそうな勢いだったので、私が折れた形だ。
SupernovaⅠ型――型番SN-01は、充電ステーションで待機している。
「これからよろしくお願いしますね。灰崎さん。私はSupernovaⅠ型、SN-01です。和名は白波澪が登録されています」
「……律でいい。はいざきさんではリソースを無駄に消費する。SN-01」
「はい、リツ。……律。」
「何度も呼ばなくても聞こえている」
冷蔵庫の横に立たせたままは不気味だったので、ソファの利用を許可した。




