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愛 エッセイ

作者: 戌夜 凪
掲載日:2026/04/11

 最近愛について考える事がある。

 ギリシャ語にアガペーという言葉がある。直訳すると愛、キリスト教では、無償の愛、献身的な愛と訳されるらしい。正確な意味は知らないが、これらを元に自分なりに愛について考えた。

 見返りを求めない愛と聞くと、どこか聖人のような振る舞いを想像してしまうけれど、きっとそんなに大仰なものではない。少なくとも僕にとっては、ある日ふと、「あれはアガペーだったのかもしれない」と後になって気づくような、その程度のものだと思っている。

 例えば、犬を相手にした場合。水を出し、ごはんを用意し、散歩に連れて行き、毛布をかけ、糞尿を片付ける。犬が物を壊したのなら、届く場所に置いていた僕が悪かったのだと思う。物が壊れたことよりも、犬が怪我をしていないか、有毒なものを口にしていないかということの方が先に気になる。

 見返りを求める気持ちはないし、褒めてもらいたいとも、感謝されたいとも思わない。犬を見て、ただ、「今日も楽しそうに生きているな」と、そう思うだけ。

 そんなふうに接してきた行動や思いを、僕は特別なものとして意識してはいなかった。けれど、ふと振り返ったときに、あれはもしかすると愛だったのかもしれない、と思うようになった。愛は、愛と表現するのが照れくさくなるほどに、自然で、普通の日々のなかに、宿っているのだと思う。

 けれど、同じように人間に対してふるまえるかというと、それはとても難しい。人には、どうしても期待をしてしまう。「このぐらいは分かってくれるだろう」と思ってしまうし、「最低限の礼儀ぐらいはあってほしい」と、どこかで線を引いてしまう。その線はいつしか境界となり、越えられない溝となる。そして、相手の行動に失望し、苛立ち、自分の中で乱れていく。

 犬には期待しない。だからこそ、無条件に愛を与えることができる。けれど人には、期待してしまう。故に、徐々に亀裂が入っていく。もしかすると、愛というのは、「見返りを求めないこと」よりも、「相手に何も期待しないこと」なのかもしれない。僕が犬に自然に向けているような心を、人にも少しずつ向けられるようになれたなら、それが、愛に近づく一歩なのだろう。

 ただ、その世界がきれいなものだとは、僕はちっとも思わない。

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