タッチ
「雪山で四人の登山家が遭難しちゃったんだよ。しかも猛吹雪の中で。でも、そんな時になんと偶然山小屋を見つけたんだよね」
弁当箱を真っ先に空っぽにした柏木は、「こんな話を知っているか?」と言って突然話を始めた。
箸を動かしながら、物を噛みながら、そんな瑣末なことに気を取られつつ喋ることが嫌だったのだろう。早く話を聞かせたくて慌てて食べ終えたということが、ワイシャツの上に零した飯粒からも見て取れる。
上木は卵焼きを口に運びながら、その話に耳を傾けていた。
「四人は小屋の中で吹雪が止むのを待つんだけどさ、すっごく眠いわけよ。でも雪山で寝たら死ぬじゃん?」
「雪山で寝たら死ぬってのは正確じゃないよ。長時間寝ると寒さで死ぬけど、体力の温存や回復を狙うなら短時間だけ寝るのも」
「うーるーせーえーよ! 危ないのには変わらないだろ?」
松林の横槍に心底不愉快そうな表情を浮かべる柏木。
上木は、二人が元々性格的に合わないことを知っていたし、他の連中も見慣れた光景を気にする風でもなかったので、とりあえず話の続きをと思った。
「それで? 四人は?」
松林を睨みつけていた柏木の視線が、上木に向き直った。
「そんで、なんとか眠らずに吹雪が止むのを待とうとして、あることをするんだ。四人が四角い部屋の四隅にそれぞれ立って、一人が壁伝いに進んで隣の奴の肩を叩く。そんで肩を叩かれた奴は、同じように壁伝いに進んで、また隣の奴の肩を叩く。これを繰り返して、四人は部屋の中をぐるぐる回って吹雪を乗り切ったんだよ」
松林がまた何か言いたそうな表情を浮かべている。それに気が付いた上木は、ため息を小さく吐いてから言った。
「悪い柏木。その話のオチは知ってる。有名だし」
元々性格の合わない二人を引き合わせたのは、二人の共通の友人である自分が原因なのだからと、自責の念を抱いての発言だった。
もし同じ事を松林が言っていたら、二人がまた喧嘩を始めるのは目に見えていた。二人の喧嘩も見慣れているとは言え、いちいち止めに入るのは面倒なので、事前に防げるのならそれに越したことはない。
そんな中、美波が言う。
「え、あたし知らないんだけど。その話…………」
「マジで?」
残念そうにしていた柏木が、急に嬉しそうな声を上げた。
「その、部屋をぐるぐる回る方法は五人じゃないと成立しないから…………。四人しかいないのに部屋を回れたのが怖いところなんだよ」
話の間、モソモソとパンを齧っていた黒井が美波に言った。
それを聞いた美波は、空中で少しだけ視線を泳がせながら小さく唇を動かし、突然「あっ」とだけ漏らしてから目を丸くしていた。
上木はそんな美波の様子を見る傍らで、柏木の機嫌にも気を配っていた。黒井のせいで柏木が楽しみを奪われたのだ。当然平気でいられるはずがない。柏木と松林の喧嘩もいつもの事だが、普段は無口な黒井が、たまに変なタイミングで美波の気を引こうとすることも上木はよく分かっていた。
「なんでオカ研部員は空気読まねえんだよ。俺が話してたじゃん、なあ!」
黒井が再びパンを齧り始めたが、その一口が鼠のように小さい。今更になって自分が柏木を怒らせたことに気が付いたらしい。
黒井と同じくオカルト研究会に属する松林は、黒井を嘲笑しているのか、それともおいしいところを奪われた柏木を笑っているのか、とにかく視線は誰にも向けないまま口の端を吊り上げた。
それにしても、昔から悪巧みが得意だった柏木が話をこの程度で終わらせてしまうのかと、上木は不思議に思った。柏木のことだからそれなりの目的があるのだろうと、上木は密かに楽しみにして柏木の話を聞いていたのに、いざ聞いてみるとオチの分かりきったよくある怪談話だけ。それでは柏木らしくない。
だが、それも杞憂だった。
「まあ黒井が喋っちまったように、部屋の中を回るゲームは五人じゃないと成り立たないんだけどさ…………どうよ、今俺達はちょうど五人じゃん?」
上木は浮かび上がりそうになった笑顔を隠すように俯いた。
これだ、これを待っていた。そう思いながら、柏木の次の言葉を待つ。
「ちょっとやってみようぜ。このゲーム」
「はあ? 五人じゃ問題なく成立しちゃうだろ?」
松林の至極全うな指摘を受けても苛立ちを見せない柏木。こうなった時の柏木は、周囲に有無を言わせない強さがある。
「別に成立したっていいだろう? それともルール通りに四人でやって、いないはずの五人目に肩を叩いてほしいわけ?」
「何言ってるんだ、お前。それが目的だろ?」
「普通のことなんかしても面白くねえよ。最初から五人でやってゲームを成立させた時、例の“見えない五人目”が一体どんな反応をするのか見てみたくねえか?」
柏木らしい捻くれた考えだった。
性質の悪いことに、柏木の悪巧みは必ず他人に大きな迷惑が伴うが、彼自身はほとんどその代償を受けない。自業自得や因果応報というものを知らないのだ。だから、小さい頃から柏木と付き合いのある上木はよく解っていた。柏木は確かに性質の悪い男だが、彼と同じ側にいれば一緒に悪さをしても自分に被害が及ぶことはない。他人の不幸を安全圏から傍観することが出来るという面白さがある。
それでなくても、今回柏木の悪巧みの標的とされたのは、いるのかいないのか分からない“見えない五人目”だ。そいつへの嫌がらせなんて怒られる理由すらないのだから、いつもと比べればまだまだ可愛いお遊びだと思った。
「場所は夜中の十一時。学校の校門前集合な」
「夜やるの!? しかも学校で!?」
美波の表情が早くも恐怖一色に染まった。
「当たり前だろ。すっぽかすなよ」
念を押すように鋭い目付きを向けながら、柏木が美波に言った。
上木は松林と黒井の二人と顔を見合わせて、渋々了解したように取り繕った。本当は楽しみで仕方がないことを押し殺して。
約束の時間、待ち合わせ場所に一番にやって来たのは上木だった。
上木は、よほど楽しみにしていた自分を笑いながら、他の皆を待った。
十一時前にやって来たのは、今回の遊びに一番消極的だった美波だった。律儀な奴だと思いつつ、深夜に女子と二人っきりという状況に少しだけ嬉しさを感じる上木。
十一時ぴったりに姿を見せたのは、松林と黒井の二人。その五分後に遅れてやって来たのが柏木だった。
柏木の遅刻を、松林は口煩く責めた。柏木はそれを無視し、校門を軽々と乗り越えて敷地内に入っていった。忍び込み慣れているのだろうか、柏木の足取りは軽い。
五人が向かったのは体育館。校舎には防犯装置が働いていて入れないが、体育館は老朽化が酷くて、実は簡単に入れてしまう秘密の入り口がある。そのおかげで五人は難なく体育館内に忍び込むことが出来た。
館内は暑い。汗が背中を伝うのが分かった。
明かりの無い館内は五人の視界を完全に黒一色に染めており、五つの懐中電灯の光だけが暗闇の中を泳ぐ。
足跡が残るのを危惧して、靴は脱いでいた。その為、踵が床を打つ音が響き渡る。
そんな中で、柏木が言った。
「じゃあ早速始めようぜ」
柏木と黒井、松林、美波、上木がそれぞれ四角い体育館の四隅に散らばって行く。スタートは柏木と黒井の地点から。
まずは黒井が歩き出す。壁伝いに進んでいることが、懐中電灯の光の移動で分かった。
黒井の光は順調に松林へと辿り着き、入れ替わるようにして松林が歩き出した。
ふと、上木は美波の様子が気になった。校門前で会った時も、泣き出しそうな顔をしながらずっと上木の服の裾を握って放さなかったからだ。柏木に怒られると思って黙っていたのだろうが、美波はずっと「こんなこと止めたい」と訴えていたのだろう。
松林の光が美波のいる場所に辿り着き、今度は美波の光が上木に接近してきた。
上木は自分の胸が高鳴っていることに気が付いた。迫ってくる光は美波のものだから怯える必要など無いのに。
光が目の前に迫り、眩しくて目を細めると、突然肩に誰かの手が置かれた。
肩を跳ね上げると、美波の声が聞こえた。
「はい、タッチ」
恥ずかしさが込み上げてきた上木は、少し小走りで進み始める。
あっという間に柏木まで辿り着くと、柏木が暗闇の中で声を上げながら進み始めた。
「この調子で十週くらいしようぜ」
五人は無言で回り続けた。
美波は上木のいる場所まで辿り着く度に、肩を叩いて合図を送ってきた。その合図を受けて柏木へと向かう上木。
相変わらずの暗闇で表情までは見えないせいか、他の感覚が鋭くなっていた。美波特有の肩を叩く力、手の大きさ、指先の細さを理解した気がして、何週目かを過ぎた頃には、上木は美波の手の平を完全に把握していた。
それと同時に、胸の高鳴りも無くなっていた。
最後、十週目。あまりにも呆気なく訪れてしまった終わりに、上木は少し残念だと感じた。
結局“見えない五人目”は現れない。
ふと、上木の肩に手が置かれた。
合図だ。上木は柏木に向かって歩き出す。
だが、何か違和感を感じた。上木は歩きながらも後ろを振り返ってみると、自分が先程まで立っていた場所には明かりが付いていない。
美波が懐中電灯を消したのか?
不思議に思いながらも柏木のところに辿り着くと、柏木がつまらなそうに言った。
「何も起こらなかったな」
「ああ。まあ、肝試しにはじゅうぶ」
「おいっ!」
突然の声に上木と柏木は同時に驚いた。
声の主は松林。懐中電灯の明かりを上木達に向けながら、館内を走り出した。
懐中電灯の眩しさに、上木は手を顔の前に掲げ、柏木は「こっちに向けんな!」と怒鳴った。
松林の懐中電灯が床を照らすと、今度は逆に柏木が松林の顔へ懐中電灯を向けた。やり返しているつもりなのだろうか。
光を向けられて一瞬だけ顔を歪ませた松林は、しかしすぐに二人の顔を見て言った。
「なんで……上木は歩いたんだ?」
「はあ?」
「なんで上木は柏木の方に向かって歩き出したんだ?」
「そりゃあ、美波に肩を叩かれたからに決まってるだろう」
黒井も加わって、四人が輪を作った。この時、上木は異変に気が付き始めた。
今、この輪の中に美波がいない。あんなに怖がっていた美波が、上木の肩を叩いた場所から動いていないとでも言うのか。そもそも美波の懐中電灯の光が見当たらない。
柏木が館内に声を響かせた。
「美波! お前もちょっと来いよ!」
しかし、その言葉に応えたのは美波ではなかった。
「いないんだよ……だからおかしいんだよ。なんで上木が動き出すのさ? 俺が黒井から合図を受けて動き始めた時には、美波の光は見えなかった。変に思いながら美波の待っているところまで行ったけど、美波はそこにはいなかったぞ」
松林の言う事に、他の三人は一瞬だけ理解を示せなかった。だが、美波のいない現状を照らし合わせれば事態を把握するのにそれほど時間を要することもなかった。
美波が消えてしまった、そういうことだ。
「…………ビビッて逃げたんだよ、美波は」
柏木の声が聞こえた。
上木は首を横に振った。暗闇の中では、声でも発しなければ誰も上木の行動に気が付いていないだろう。それなのに、上木はそれでも首を横に振るだけに留めておいた。
それは一つの事実を受け入れたくなかったから。
自分の肩を叩いたのは誰だ? 松林の言うとおり美波が既にいなくなっていたとしたら、自分の肩を叩いたのは誰だ? 美波が、松林に合図されることなく自分のもとへと近づき、肩を叩いてそのまま体育館を立ち去ったというのか。では、そうする意味は?
柏木の言うとおり、恐怖に耐え切れなくなって一人で逃げ出したのならばそれで良い。それが一番良い。
その思いは、自己の救済願望を含んだ個人的希望だ。
上木は怖かった。思い返してみれば、肩を叩かれた時に美波の懐中電灯の光は近づいてきていたか? 思い出せない。突然肩を叩かれて、反射的に自分は歩き出してしまっていた。あの時肩を叩いたのが美波だったのか、上木には自信が無い。
自信が無い? いや、気が付いていたはずだ。
あの時肩を叩いた手は、明らかに美波のものではなかった。
しかし、それを皆に打ち明けたくはなかった。柏木の言うことは間違っている気がする。だが、それを認めたくない。
だから嘘は付けずとも、事実を認めたくなくて、首を横に振ることしか出来なかった。
「で、結局その女の子はその後も見つからなかったんだよ」
上木は言い終えてから、右手に持った缶ビールを傾けて中身を口に含んだ。
左腕には、露出度の高い服を身に纏った若い女が、ぶら下がるように抱きついていた。
「それって本当の話かよ?」
上木と女の後方を歩いていたもう一組の男女が、べったりと寄り添い合いながら訊いてきた。
「ホントホント! すっげー怖かったんだから!」
人通りの全くない夜道を歩いていた四人は、途中で通りかかった公園に入り、そこのベンチに並んで腰掛けた。
上木の左腕に絡みついた女が、わざとらしい舌足らずな口調で言う。
「なんかそのゲームよく分かんなぁい。部屋の角は四つなのに、なんで五人なのぉ?」
酒臭さを漂わせながら、上木の二の腕に胸を押し付けてくる。その感触ににやつきながら、上木は説明をしてやった。
美波が行方不明となってから、黒井はショックのあまり不登校となってしまい、退学した。松林は「ルール違反をしたからいけなかったんだ」と柏木を責め立てて喧嘩となり、その後は上木と柏木に一切近寄らなくなった。柏木は松林と喧嘩をしてから、それまで持っていたユニークさを完全に失い、おとなしい男になってしまった。
そうなってから既に七年が経つ。他の皆とはもう連絡を取っていない。
上木は、ユニークさに富んでいた頃の柏木のような立ち振る舞い方を覚え、今では友達にも女にも困らない日々を送り、こうして毎回違う女と飲み明かして朝を迎える生活が続いている。
あの頃味わった恐怖の一夜も、七年も経てば女を手に入れる手段の一つとなっていた。
女が言った。
「口で説明されてもわかんないよぉー。ちょっとやってみて」
彼女が指差す先には、四角い木枠に囲まれた砂場があった。
「しょうがねえなー。ほら、その隅っこに立って」
上木が促すと、女はハイヒールを履いた両足で砂場の木枠の上に立った。
更にもう一組の男女にも指示を出して砂場の角に立たせると、上木は自分の隣側に立つ女に木枠の上を歩くよう指示した。
酔っ払っているくせに、ハイヒールで上手に木枠の上を歩く女。その足取りから、酔ったフリをしているだけなのだなと上木は思った。
女は隣の角まで辿り着くと、そこに立っていた男の肩を叩いた。
「そうそう。そしたら次の奴が歩いていって、また角の奴の肩を叩くの」
そう言って頷いた上木の目は、木枠を歩き終えてその場にしゃがみこんだ女を見ていた。酔ったフリして自分を可愛らしく見せているのだろうと思いながら、公園を出た後のことを考える。
木枠を歩き終えた男がもう一人の女の肩を叩き、叩かれた女が上木の方に向かう。
「な? 四人だと俺がタッチする相手がいないだろう? だから五人で」
そこまで言って、上木は目を疑った。
ここはどこだろう? 確かなのは、上木のいる場所が砂場ではなくなっていることだ。
上木は両目を擦った。だが、景色は変わらない。
硬い床、広くて大きな暗闇、籠もった熱気。気が付けば上木の立っている場所は砂場ではなくなっていて、空を見上げても星が見えない。だが、見覚えのある場所だ。
ここは、体育館の片隅。
ふと、微かな足音を聞いた。
壁伝いに近づいてくるそれは、上木の心臓を高鳴らせた。
誰が近付いてきているのだろう。動けない。怖くて逃げ出したいのに、その場から動いてはいけない気がする。
これはルールだから。肩を叩かれるまで動いてはいけないというルールだから。
酔っているのか? 幻覚じゃないのか?
記憶を辿ってみると、先程まで一緒にいたはずの女の顔がはっきりと浮かんでくる。酔ったフリして、愛らしさを振り撒いて自分の気を引こうとしていた女だ。自分はその女の気持ちを察して、公園を出たらホテルにでも誘おうと思っていたはずだ。砂場の隅にしゃがみこんだ女が、偶然なのか故意なのか、ちらりと下着を覗かせたことも覚えている。
ダメだ、完全に記憶がある。
これは、幻覚ではない。
上木はその場にしゃがみこんでしまった。
動けない。その場から離れられない。
何故自分は体育館にいるのだろう。
小さな足音は、もうすぐそこまで迫っていた。
「…………来ないでくれ」
呟いていた。
「頼むから…………頼むから来ないでくれ! 許してくれよ! お願いだから許してぇっ!」
何を謝っているのかも分からない。しかし、心の奥深くに隠れていた潜在的な本心は、もしかしたら謝罪の言葉だったのかもしれない。
上木は正座をしたまま上半身を床に伏せ、両腕で頭を抱えた。
目を閉じた。何も見たくなかった。どうせ開いていても暗闇なのに、上木は目をぎゅっと閉じた。
足音が自分の隣で止まった。
その瞬間、上木は亀の体勢のまま壁にぶつかるまで身を引きずった。
しかし、足音は再び数歩聞こえて、また上木の隣で止まる。
見なくたって分かる。誰かがそこにいる。
そして次の瞬間、上木は懐かしい感触を味わった。
肩に置かれた手。その手は小さくて、優しく上木の肩を叩く。
遠く、昔の記憶、すっかり忘れたと思っていた感触。
「…………美波」
体勢はそのままに、上木はそっと呟いた。
その声が聞こえたのかどうかは分からない。ただ、側に立つ人は少しだけ笑い声を上げた。
顔を上げていいのだろうか。上木は体勢を崩せなかった。
それでも顔を少しだけ横に向けると、頭を抱える腕の隙間から、自分のすぐ近くに立つ二本の足が見えた。靴は履いておらず、酷く汚れて擦り切れかけた靴下を履いたまま立っていた。
まさか美波は、ずっと歩き続けていたのだろうか。
上木はその永い時間を思い、胸が苦しくなった。
何故そんなことになったのか。
理由は一つしか考えられない。あれは四人でやらなければいけないものだった。それなのに自分達は五人でやってしまった。だから不必要な者が排除されたのだ。
松林が言っていたな。コックリさんのように、ルール違反をすれば罰がある、と。
上木は、自分達の愚考によって大切な友達をこんな暗い世界に閉じ込めてしまったことを悔いた。
潜在的な罪悪感の正体に気が付き、上木は亀の姿勢を土下座に変えて、声を張り上げた。
「美波、すまんっ! 俺は……俺達は…………お前をこんなところに閉じ込めてしまった! あれは四人でやらなくちゃいけなかったんだ! ルール違反をしたから罰が下ったんだ! …………ごめん、本当にごめんっ!」
再び聞こえた笑い声。
上木は何度でも謝るつもりだった。それで彼女が報われるかどうかは分からない。だが、それでも謝らなければ気が済まなかった。
肩に乗せられた懐かしい手が、そっと離れていった。
上木はゆっくりと顔を上げた。
目の前に立つ二本の足が、上木の脳裏にあの頃の美波を映し出させていた。
視線が腰辺りまで持ち上がった時、再び上木の肩に、手が下りてきた。
「はい、タッチ」
懐かしい声。
「次は、あなたが歩く番だよ」
「…………え?」
「誰かがまたゲームをするまで、一生懸命歩いてね」
肩に置かれた手は、次に上木の眼前で人差し指を立て、ある方向を指し示す。
壁に沿うようにして示されたその先は、おそらく体育館の四隅の内の一つなのだろう。
だが、懐中電灯も無い暗闇の中では、終わりが全く見えない道のりだった。
≪了≫