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選ばれたのは、どちらだったのか

作者: 浅葱きしろ
掲載日:2026/03/25

ミレイユのことが気になったよーという感想を頂きました(大感謝)。

前作「捨てられたのは、どちらだったのか」https://ncode.syosetu.com/n4766ly/

ミレイユ視点になります。


 最初に気づいたのは、手だった。


 白くて、きれいで、でも少しだけ迷っている手。


 水を受け取るのか、触れるのか、どうすればいいのか分からない――そんな動きだった。


 ここに来る人は、だいたい迷わない。


 倒れているか、怒っているか、諦めているかのどれかだから。


 だから、すぐに分かった。


 この人は、こっち側じゃない。


「……大丈夫ですか?」


 声をかけると、その人は少し驚いた顔をした。


 それから、ほっとしたように笑う。


「いや……少し、勝手が分からなくて」


 やっぱり。


 そう思いながら、ミレイユは一歩近づいた。


 距離は大事だ。近すぎず、遠すぎず。


「初めてですか?」


「ああ」


「なら、無理に何かしなくても大丈夫ですよ。ここは……そういう場所ですから」


 そう言って、少しだけ困ったように笑う。


 すると、その人も同じように笑った。


 ――取れた。


 そう思った。


 この人は、優しい。

 それも、“優しくありたい人”だ。


 そういう人は、扱いやすい。


 ***


 あとで知った。


 あの人が王子だと。


 周りが騒ぎ始めて、神官たちが慌てて頭を下げて、ようやく分かった。


 そのとき、ミレイユは驚かなかった。


 ああ、やっぱり。


 それだけだった。


 きれいな手をしていた。

 迷い方が違った。

 視線が、上からでも下からでもなかった。


 だから、納得した。


 そして、思った。


 ――ここで終わらせるのは、もったいない。


 ***


 王子は、また来た。


 最初は視察だと言っていたけれど、三度目にはもう言わなかった。


「また来てしまったな」


 そう言って、少し照れたように笑う。


 その顔を見て、ミレイユは理解する。


 ――もう、大丈夫。


 ここまで来れば、離れない。


「お忙しいのでは?」


「忙しいさ。でも……ここに来ると、少し楽になる」


 その言葉は、本音だったと思う。


 だからミレイユも、少しだけ本音を混ぜた。


「それなら、よかったです」


 全部嘘だと、続かない。


 少しだけ本当を混ぜると、うまくいく。


 ***


 彼は、よく褒めた。


「ミレイユはすごいな」

「優しいな」

「こんなに人を助けて」


 そのたびに、胸の奥がじんわりと温かくなる。


 ああ、自分はここにいていいのだと思える。


 誰かの役に立っている。

 誰かに必要とされている。


 それは、ずっと欲しかったものだった。


 だから、少しだけ工夫した。


 疲れているときに、手を添える。

 少しだけ力を使う。

 「大丈夫ですよ」と言う。


 それだけで、彼は驚くほど安心する。


 単純だな、と思った。


 でも、それでいいとも思った。


 優しい人は、単純なほうがいい。


 そのほうが、壊れにくいから。


 ***


 リリアーナを見たとき、すぐに分かった。


 この人は、違う。


 見ている。


 ちゃんと。


 言葉じゃなくて、その前を見る。


 自分がどこで声を落としているか。

 どこで目を伏せているか。

 どこで“弱く見せているか”。


 全部じゃない。


 でも、近いところまで来ている。


 だから、嫌だった。


 怖かった。


 でも同時に、こうも思った。


 ――なら、正面からやらなければいい。


 彼女は強い。


 強い人は、正面からしか戦わない。


 だから、横から崩す。


 少しずつ。


 ほんの少しずつ。


 ***


「リリアーナは、厳しすぎると思わないか?」


 王子がそう言ったとき、ミレイユはすぐに答えなかった。


 少しだけ考える。


 少しだけ迷う。


 それから、言う。


「……殿下のことを、大切に思っているからだと思います」


 それは、否定でも肯定でもない。


 でも、それでいい。


 人は、自分で結論を出すほうを信じる。


 そのほうが、気持ちいいから。


 王子は、そういう人だった。


 ***


 全部が計画だったわけじゃない。


 でも、流れは見えていた。


 このままいけば、自分は上に行ける。


 あの人の隣に立てる。


 そうなれば、もう落ちない。


 誰にも捨てられない。


 だから、止まらなかった。


 止まる理由がなかった。


 ***


「殿下、助けて……」


 その言葉が出たとき、頭は真っ白だった。


 でも、間違ってはいないと思った。


 助けてもらえばいい。


 ここまで来たんだから。


 自分は、ちゃんとやってきた。


 選んで、積み上げて、ここまで来た。


 だから、助けられていい。


 そう思った。


 でも、王子は迷った。


 一瞬だけ。


 その一瞬で、分かった。


 ――あ、終わったかもしれない。


 ***


 あとから考えれば、止まれる場所はいくらでもあった。


 最初に声をかけたとき。

 少しだけ近づいたとき。

 違和感に気づいたとき。


 でも、そのどれも選ばなかった。


 だって、そこまで戻る意味がなかったから。


 進んだほうが、得だったから。


 だからこれは、全部が自分のせいじゃない。


 タイミングも悪かった。

 運も悪かった。

 あの人がいたから。


 そういうことだ。


 そうでないと、困る。


 ***


 だから、今でも思っている。


 自分は、間違っていない。


 ちゃんとやっていた。


 ちゃんと選んでいた。


 ただ、うまくいかなかっただけだ。


 それだけだ。


 ――それだけ、のはずだ。


 胸の奥で、何かが引っかかる。


 でも、それを考えると、全部が崩れる。


 だから、考えない。


 考えないようにする。


 だってもう、戻れないのだから。


 前に進むしかないのだから。


 だからミレイユは、今日も思う。


 わたしは、ちゃんとやっていた。

楽しかったよ、また読みたいよと思ってくださいましたら高評価・ブクマ等よろしくお願いいたします。

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