選ばれたのは、どちらだったのか
ミレイユのことが気になったよーという感想を頂きました(大感謝)。
前作「捨てられたのは、どちらだったのか」https://ncode.syosetu.com/n4766ly/
ミレイユ視点になります。
最初に気づいたのは、手だった。
白くて、きれいで、でも少しだけ迷っている手。
水を受け取るのか、触れるのか、どうすればいいのか分からない――そんな動きだった。
ここに来る人は、だいたい迷わない。
倒れているか、怒っているか、諦めているかのどれかだから。
だから、すぐに分かった。
この人は、こっち側じゃない。
「……大丈夫ですか?」
声をかけると、その人は少し驚いた顔をした。
それから、ほっとしたように笑う。
「いや……少し、勝手が分からなくて」
やっぱり。
そう思いながら、ミレイユは一歩近づいた。
距離は大事だ。近すぎず、遠すぎず。
「初めてですか?」
「ああ」
「なら、無理に何かしなくても大丈夫ですよ。ここは……そういう場所ですから」
そう言って、少しだけ困ったように笑う。
すると、その人も同じように笑った。
――取れた。
そう思った。
この人は、優しい。
それも、“優しくありたい人”だ。
そういう人は、扱いやすい。
***
あとで知った。
あの人が王子だと。
周りが騒ぎ始めて、神官たちが慌てて頭を下げて、ようやく分かった。
そのとき、ミレイユは驚かなかった。
ああ、やっぱり。
それだけだった。
きれいな手をしていた。
迷い方が違った。
視線が、上からでも下からでもなかった。
だから、納得した。
そして、思った。
――ここで終わらせるのは、もったいない。
***
王子は、また来た。
最初は視察だと言っていたけれど、三度目にはもう言わなかった。
「また来てしまったな」
そう言って、少し照れたように笑う。
その顔を見て、ミレイユは理解する。
――もう、大丈夫。
ここまで来れば、離れない。
「お忙しいのでは?」
「忙しいさ。でも……ここに来ると、少し楽になる」
その言葉は、本音だったと思う。
だからミレイユも、少しだけ本音を混ぜた。
「それなら、よかったです」
全部嘘だと、続かない。
少しだけ本当を混ぜると、うまくいく。
***
彼は、よく褒めた。
「ミレイユはすごいな」
「優しいな」
「こんなに人を助けて」
そのたびに、胸の奥がじんわりと温かくなる。
ああ、自分はここにいていいのだと思える。
誰かの役に立っている。
誰かに必要とされている。
それは、ずっと欲しかったものだった。
だから、少しだけ工夫した。
疲れているときに、手を添える。
少しだけ力を使う。
「大丈夫ですよ」と言う。
それだけで、彼は驚くほど安心する。
単純だな、と思った。
でも、それでいいとも思った。
優しい人は、単純なほうがいい。
そのほうが、壊れにくいから。
***
リリアーナを見たとき、すぐに分かった。
この人は、違う。
見ている。
ちゃんと。
言葉じゃなくて、その前を見る。
自分がどこで声を落としているか。
どこで目を伏せているか。
どこで“弱く見せているか”。
全部じゃない。
でも、近いところまで来ている。
だから、嫌だった。
怖かった。
でも同時に、こうも思った。
――なら、正面からやらなければいい。
彼女は強い。
強い人は、正面からしか戦わない。
だから、横から崩す。
少しずつ。
ほんの少しずつ。
***
「リリアーナは、厳しすぎると思わないか?」
王子がそう言ったとき、ミレイユはすぐに答えなかった。
少しだけ考える。
少しだけ迷う。
それから、言う。
「……殿下のことを、大切に思っているからだと思います」
それは、否定でも肯定でもない。
でも、それでいい。
人は、自分で結論を出すほうを信じる。
そのほうが、気持ちいいから。
王子は、そういう人だった。
***
全部が計画だったわけじゃない。
でも、流れは見えていた。
このままいけば、自分は上に行ける。
あの人の隣に立てる。
そうなれば、もう落ちない。
誰にも捨てられない。
だから、止まらなかった。
止まる理由がなかった。
***
「殿下、助けて……」
その言葉が出たとき、頭は真っ白だった。
でも、間違ってはいないと思った。
助けてもらえばいい。
ここまで来たんだから。
自分は、ちゃんとやってきた。
選んで、積み上げて、ここまで来た。
だから、助けられていい。
そう思った。
でも、王子は迷った。
一瞬だけ。
その一瞬で、分かった。
――あ、終わったかもしれない。
***
あとから考えれば、止まれる場所はいくらでもあった。
最初に声をかけたとき。
少しだけ近づいたとき。
違和感に気づいたとき。
でも、そのどれも選ばなかった。
だって、そこまで戻る意味がなかったから。
進んだほうが、得だったから。
だからこれは、全部が自分のせいじゃない。
タイミングも悪かった。
運も悪かった。
あの人がいたから。
そういうことだ。
そうでないと、困る。
***
だから、今でも思っている。
自分は、間違っていない。
ちゃんとやっていた。
ちゃんと選んでいた。
ただ、うまくいかなかっただけだ。
それだけだ。
――それだけ、のはずだ。
胸の奥で、何かが引っかかる。
でも、それを考えると、全部が崩れる。
だから、考えない。
考えないようにする。
だってもう、戻れないのだから。
前に進むしかないのだから。
だからミレイユは、今日も思う。
わたしは、ちゃんとやっていた。
楽しかったよ、また読みたいよと思ってくださいましたら高評価・ブクマ等よろしくお願いいたします。




