010 コンソメで劇的ビフォーアフター
「ちゃんと部屋にいるな。何も変わりなかったか?」
「……うん、なかったよ?ね、みーちゃん!」
『キュッ!』
なんか怪しいな……
危ないことに巻き込まれてなければいいんだがな。
「ところで修行はどうだったの?」
「ああ、修行はしてない。その代わり名工デラルに会えたんだ」
「あー、あのお鍋の人。会えてよかったね!」
「良かったよ。これで包丁も新しくできるだろうしな。それにひよりの言っていた網も作れるかもしれないぞ」
「そうなんだ~ふーん、良かったね!」
反応が悪いな。
喜ぶと思ったんだが……
「ところで今日は何食べる?調理器具もあるし、この部屋はキッチンもあるんだから、なにか料理作ってよ!」
あやとりで作れるかな~ってやってみたら、網までできちゃったなんて言えないよ~。
「どんなのが食べたいんだ?」
「ナッシュくんの得意料理がいいなっ」
「ほー、得意料理か。いいだろう。俺の言う食材を買えるか?」
「もちろんだよ~なんでもあるからねっ」
良かったぁ。
話題を変えられたよ。
話してもいいんだけど、変なことしてたって怒られたくないもん~
「豚肉ね!豚バラ?豚ロース?豚トロもいいよね~」
「なんだそれは?豚肉は豚肉だろう?」
「牛肉の時も思ったけど、細かい部位で違いを感じてないの!?」
「そんなに違うのか?」
「ぜんっぜん違うよ~」
得意料理を披露しようとしたのにこのモヤモヤ感はなんだ。
やる前からの敗北感はきつい。
「どこの肉が好きなんだ?」
「うーん、豚バラかな!」
「どこの部位のことを言うんだ?」
「詳しいことは知らないよっ」
「そ、そうか……」
ここ部分が豚バラだよ~なんて詳しいJKがいるわけないじゃん。
ナッシュくんの得意料理も食べたいけど、豚トロも久しぶりに食べたくなってきたな~
あ、豚肉の焼肉もいいよね~
タレよりネギ塩で食べるのが美味しいんだよ~
待って、豚しゃぶしたいかも。
でもしゃぶしゃぶのお鍋もないし、コンロもないもんね。
うーん、やんなっちゃう。
「…………今言った野菜も頼む」
「おっけ~。多分じゃがいもと人参とキャベツと玉ねぎみたいなやつだよね~」
「ひよりの国の野菜もやはり美味いんだろうか」
たかが野菜で差が出るとは思わないがな。
どこの野菜も大差ないだろ。
ないと思うんだが、あの美味すぎる肉を考えると、野菜もそうなのかと思ってしまうな。
「はい、お野菜だよ!これでいい?」
「これは……なんてみずみずしいんだ。このオレンジ色のやつなんて大きいな。見たことないぞ。これが根菜なのか?とても俺の知っているものとは思えん……」
ナッシュくんは相変わらずブツブツ言ってるんだよなぁ。
そんなに珍しいのかな?
この世界の人の食事情は大変そうだよね。
「それで、何を作ってくれるの?」
「スープだ。野菜と肉を煮込んだスープを作ろうと思う」
「ふ、ふーん、出来上がるの楽しみにしてるねっ」
スープかぁ。
お味噌汁が恋しいな。
ママの作ってくれた大根のお味噌汁が大好きだったなぁ。
ダメダメ、思い出す度に寂しくなっちゃう。
ナッシュくんはどんなスープ作ってくれるんだろうな~。
「さて、やるか。まってろひより。腹を空かせてな」
「もう空いてるからはーやーくー」
ふふふ、ついに来たなこの時が。
まずはこの野菜を切り刻む。
大きめがいいな。
「あ、ナッシュくん!ジャガイモの芽はちゃんと切り落としてね!そこは毒らしいよっ」
「は、はぁ?毒?毒のある野菜だと!ひよりの国は毒を普通に食べるのか!」
なんて野菜を作ってるんだ。
こんなの食べれるわけないだろう。
「違うよ!私も詳しいことはわからないけど、学校の家庭科の授業でカレーを作った時に教わったんだよ~。この部分を抉りとる?そんな感じ。あとの部分は毒がないから安心してねっ」
「こ、こうか?」
「そんな包丁の先で切ってたら大変じゃない?たしか包丁の後ろのここの部分でやるんだよ」
「ここで……こうすると。確かにやりやすいな……」
こいつは本当に料理ができないのか?
こんな的確に包丁の使い方まで教えられるとは思わなかったぞ。
くっ、これじゃあどっちが料理人か分からないじゃないか。
「ねぇねぇ、ナッシュくん。人参とか玉ねぎの皮ってそのままなの?」
「ど、どういうことだ?」
「人参とじゃがいもはそうでもないけど、玉ねぎの皮は取り除くのが普通だよ!」
そ、そうなのか。
見たこともない野菜だから分からなかったが、ここでも教えられるとは……
「な、この色は……」
「玉ねぎは茶色の皮も食べれるらしいけど、あんまり美味しくないんだよ~」
茶色の皮の下にあるこのきれいな白色のものはなんなんだ。
これが……野菜?
どんな味がするんだ。
くそっ、集中できない。
ひよりを感動させたいのに、俺ばかりが衝撃を受けてどうするんだ。
それに皮をむくだと?
そんなことする必要があるのか?
根菜なんて切ってそのまま鍋に入れるのが普通じゃないのか……
「なんで皮をむく必要があるんだ?」
「うーん、美味しくないのと食感だね!」
食感……なんだそれは。
口に入れれば全部一緒だろう。
ダメだ、聞けば聞くほどわからない。
ひよりの食べている普通とはなんなんだ。
「まーだ~?」
「もう少しだ。今順調に煮ているから期待して待っていろ」
「はーい、期待してまーす」
そこまで言うなら期待しちゃおうかなっ。
ナッシュくんの初の手料理だもんね。
焼くだけも料理かもだけど、ちゃんとしたのは初めてだから楽しみっ。
「ここで塩を……肉も野菜もいい香りだな……」
まーだブツブツ言ってるよ。
ナッシュくんのスープって煮込んでるだけだけど、ポトフ?
それでも私にはできないからすごいことだよね。
「よし、いい感じに煮込まれてきたな。ここで最後の仕上げだ……」
くくく、これはひよりの国にはないだろう。
俺が発見した野菜だからな。
この香りのある野菜を入れるだけで、ただの塩スープの風味が変わるんだ。
ほうら、食欲をそそるいい匂いがしてきたぞ。
ひよりの泣いている顔が目に浮かぶようだ。
これを器に盛り付けて、と。
「待たせたな。これが俺の特製スープだ」
「おーいい匂い!」
「ふふふ、そうだろう。これは特別な俺しか知らない野菜が……」
「ハーブの香りだねっ!」
「は、はーぶ?」
「そうだよっ。知らないで使ってたの?」
「い、いや、これは俺が発見したもので……」
「ふーん、ハーブもまだ知らないんだね~」
どうなってるのこの世界って。
料理のレベル低すぎない?
「でもいい香りだねっ!それじゃあいただきますっ」
……うーん、香りはいいけど、やっぱりただの塩味だよね。
出汁があんまり効いてないんだろうな。
煮込んではいたけどそれだけ。
野菜は美味しいしお肉も美味しいけど、ハーブの香りと塩味って感じ。
「ど、どうだ?」
「美味しいよ?久しぶりの温かいスープはやっぱりいいよねっ!ありがとうナッシュくん!」
「そ、そうか……」
感動してるわけじゃなさそうだな。
それにしても……はーぶだと?
俺が必死に修行して、たまたま見つけた香り高い野菜は普通なのか。
ひよりの国はほんとうになんなんだ。
「でもやっぱりなぁ……あっ、そうだ!コンソメ入れたら絶対美味しいよ!」
「こんそめ?それはなんだ?」
「んーとねー、あっ、あった。これこれ!顆粒タイプがいいかな?」
何をするって言うんだ。
その粉はなんだ。
魔法の粉でもあるというのか?
「ナッシュくん、これ入れてもいい?」
「ああ、構わないが……」
「サラサラ~っと。グルグルっとかき混ぜて~」
料理出来ないけど、ただかき混ぜるだけだから私にもできちゃうよね~。
簡単簡単。
「それを入れるとどうなるんだ?」
「味見するから待っててね~」
ん~美味しいっ
コンソメの優しい味に仕上がったねっ
「はい、ナッシュくん、食べてみてっ」
香りが全然違う。
何だこの濃厚なのにくどくない香りは。
スープの色が輝いて見えるのはなぜなんだ。
ひよりは何をスープに入れたんだ。
「食べる……ぞ」
「私が作ったわけじゃないけど~どうぞっ」
────これは泣くだろ。
何だこのコクは。
煮込んだ塩スープでは絶対に出せない味じゃないか。
あの粉は魔法だったのか。
美味しくなる魔法、それがこんそめってことか。
俺のスープの味なんて、あの香りのある野菜を入れただけの塩味なのに。
ひよりが粉をふりかけ、かき混ぜただけで、こんなにも劇的に味が変わるものなのか。
俺のしてきた料理っていったいなんなんだろう……
「みーちゃんも食べる?熱いけど平気?」
『キューッ!』
みーちゃんは何でも食べちゃうんだもんな~
好き嫌いしなくてえらいぞっ
「やっぱりコンソメは美味しいねっ」
『キューーーッ!』
はふはふっ、おいしっ
でもやっぱりお味噌汁が恋しいなぁ。
調味料のとこにあるけど、ナッシュくん作ってくれるかなぁ。
「本当に美味しいな……」
悔しい。
猛烈に悔しさが込み上げてくる。
なのに食べる手が止まらない。
俺は食材を切って捌いて煮込むか焼くだけの存在でしかないのか。
そんなの誰だってできるじゃないか。
※ひよりはそれができない※
俺がいなくてもひよりがいれば美味しい食事になるじゃないか。
※ナッシュくんがいないと成り立たない事実に気づけていない※
俺の存在意義はなんなんだ。
俺なんていなくてもひよりは生きていけるんじゃないのか。
※多分無理※
何が世界一の料理人だ。
師匠から包丁を受け継いで研鑽してきたはずなのに……
ちくしょう!
こんな魔法の粉がある食文化に勝てるわけない。
だが俺は負けない!
何度だって誓ってやる。
負けても負けても、最後に勝つのは俺だ!
ひよりを満足させる料理を作れるのは俺しかいない!
今に見てろひより。
絶対に感動させてやるからな!




