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8.傷つけたくないから


 私たちは北西を目指してひたすら進む。

 何度か襲われ、危ない目にもあった。

 

 粛清から逃げ惑う上級貴族達を狙った貴族狩り。不安定な情勢を狙った野党。領主を失って路頭に迷った民。

 

 ある時は逃げ、ある時は金を払い、ある時は殺した。

 

 旅慣れていないのは私と同じはずなのに、信じ難いほどアデルの手際はよかった。

 もともと、彼は器用なのだ。それに加えて、従者として必要な知識を、努力の末に身につけた彼はほんとうに頼りになる。

 私に文字を教わり、知識をつけさせてもらったおかげだとアデルは言うけれど、私がしたのはそれだけ。


 ……私は、ずっと守られてばかりだ。



 -*-


 商隊の荷馬車は、一般的な乗合馬車と似たような形状をしている。荷台の上に覆いは無く、ひんやりした空気と微かな陽光が、私の頬を直接撫でる。少し肌寒い。


 巨大な商隊は大規模な移動の際、多くの護衛を雇う。同時に荷車のいくつかに乗客を乗せ、荷物と一緒に効率よく運んでくれるのだ。


 帝都付近では多かった貴族狩りも、辺境に近づくにつれ、見かけることが減った。

 長い冬も、もうすぐ終わる。侯爵領まであとわずか。


 葉を落とした木々の隙間から差し込む光を、ぼんやりと見ながら思う。


 これから私はどうなるのだろう。

 

 叔父様のところにたどり着いたとて、私は魔力持ちだ。

 この身に宿す強大な魔力をどうしたらいい。

 魔力持ちが帝国から排除されていく以上、私はこの先、まわりの人間を危険に晒し続ける。

 ……そして、その人たちは多分、私が大切に思う相手だ。

 これから先、大切な人たちにずっと迷惑をかけながら生き続けて。そこまでして守られる価値なんて、私には。

 

 思えば、皇女であることからずっと逃げ続けてきた。力があるのに、その力で、国のため、民のために尽くそうなんて、考えたことがなかった。

 私にはずっと、自分のまわりの人間のことしか見えていない。


 _____終わりのない思考は、空気を切り裂く耳慣れない音に遮断された。


 咄嗟に動いたアデルに抱え込まれ、そのままふたりで姿勢を低くする。

 馬がいななき、車体が大きく揺れ。

 気がついたときには身体が宙に浮いていた。


 荷車から投げ出された私たちは、次の瞬間、地面に叩きつけられる。


「…っくぅ…ッ」


 アデルに抱えられた私に伝わる衝撃は鈍い。それでも息が詰まった。


 聞こえる、悲鳴、叫び声。


 顔を上げれば、横転した荷車と散乱した積荷、深く突き刺さった矢を外そうとするがごとく脚をばたつかせて暴れる、倒れ込んだ馬。

 目に映る、どこか色の褪せた情景のなかで、馬の傷口から流れる血のあかだけが鮮烈だった。


 ゆらり、と。

 木立の影から、複数の影が姿をあらわした。

 腹の底が冷える。


 あちこちで戦闘の始まった音がした。


 -*-


 アデルは、横転した荷車のかげに私を押し込んだ。鈍い音が数回。荷車の側面に、長弓から放たれた数本の矢が突き刺さった。

 彼は、こちらに切りかかってきた野党の攻撃を、かまえた剣で受け流す。体勢を崩した野盗が、剣を持つ手とは逆の、左手を掲げ_____


「ッ!」


 野盗が左手に装着する、小型のクロスボウから放たれた矢が私の耳元をかすめた。

 たぁん、と軽快な音をたてて荷車に弾かれる矢。


 同時、アデルは野盗を切り捨てた。血しぶきが、舞う。


「_____っつ」


 こちらに向き直った彼の肩口から流れ落ちる、あか。

 アデルが、血を流すところを初めて見た。


 とっさに言葉が出せなかった。

 アデルが、息を呑む。


「大丈夫ですか!?」

 

「……え?」

 

 彼はひどく動揺していた。どう見ても大丈夫じゃないのはアデルの方だろうに。

 何かが伝う感触がして頬を触る。ぬるりとした液体が指先に付着した。

 

 その色を確かめようとした時。彼の背後、視界の端で、キラリと金属光がまたたいた。


 私の身体は、考える前に動いていた。


 ______もうこれ以上、傷つけたくない。傷ついてほしくない。

 思っていたのは、それだけ。


 私は、アデルを半ば押し倒すようにして、振りかざされた刃と彼の間に、身体をねじ込んだ。

 

 右肩から背中にはしる衝撃。

 2人で倒れ込む勢いをそのままに、身体を反転させたアデルが敵を切り裂くのと、私が声にならない悲鳴を上げたのは、同時だった。


 -*-


「フリージア様ッ!」


 気がつけば、あお向けに抱えられていた。一瞬意識を失っていたらしい。


「けほっ______」


 吐き出した呼気に、水音がまじる。背中があつい。そうだ、治癒魔術。


 私はアデルの傷に触れようと、うまく動かない腕を伸ばす。

 呆然とその手の行く末を追っていたアデルは、わたしの意図に気がついた瞬間、顔をゆがめた。


 焦り。痛み。やるせなさ。そういうものを一緒くたにした、苦悶の表情。


「俺は平気だ!だから、自分の治癒を!」


 言われて気がついた。私の方が重症だ。

 そんなことにも気がついていなかった自分に、思わず笑ってしまう。よくよく考えなくても、先に治癒すべきは私の傷だろう。

 彼にこんな顔をさせるのは、だめだ。


 ああでも。

 わたしが、いなくなれば、彼は自由になれるだろうか。

 

 私のためではなく、自分のために、生きられるようになるだろうか。


 伝えよう。あのときできなかった命令を、今。

 言わなければ、忠義に厚い彼はきっと気に病んでしまう。だから、まずは、声を出すために、言葉を伝えるために、この傷を……____


 魔力を練り、霧散しそうになる意識を背中の傷口に集中させる。けれど、熱を持って脈打つ傷口に反して、全身は急速に冷たくなっていく。


 アデルが私の名前を呼ぶ声が、遠く、聴こえた。



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