7.後悔
「_____フリージア様」
静かに呼びかけられ、私の意識は暗闇から引き上げられる。
真夜中だった。積もった雪を反射して、窓の外はぼんやりと明るい。視界の端に、毛布が蹴り飛ばされたような状態になっている、もう1つの寝台がうつった。
……起こしてしまったらしい。
「大丈夫ですか?うなされてましたけど」
アデルは、気遣わしげな表情で私の顔をのぞきこんでいる。
私はゆっくりと、寝台の上に起き上がった。
苦労しながら呼吸を落ち着け、滲んだ目元を拭う。
心臓が早鐘を打つ。ひどく息苦しい。
「なんでも、ないの。平気だわ」
口ではそう言いつつ、流れる涙が止まらない。
うながすように見つめるアデルの視線に、観念して口をひらく。
「……夢を見たの。昼間のあれのせいね」
帝都と侯爵領の間にあるこの領地は、道中酷く荒れていた。もともとは、大きな魔力を持った有力貴族の一族が治める土地だが、彼らはあまりよい領主ではなかったらしい。
この街の領主が、広場で晒し首になっているところを見た。
虚ろな目をしたその首に、人々は石を投げつけていた。
マテウスお兄さまも、ベラも、ユリシスお兄さまに殺された。
……次に広場に晒されるのは、私の首かもしれない。
人々の憎悪が怖い。
______1人は、嫌だ。
「……お願い、見限らないで」
……この期に及んで。
そんな都合のいいことを、よりにもよってあなたに願ってしまう自分が、嫌いだ。
確かに私はアデルを虐げなかったかもしれない。その生き方を、私に都合よく歪められたアデルから、これ以上なにも奪わないよう、大切に接してきたつもりだ。
……けれど。
心の底から私を心配してくれていることがよく分かる、その表情を見ているのがつらくて、うつむいた。
私がアデルを魔力で縛り、隷属させていた事実に変わりはない。
自分の生き方を他人の思惑に歪められるのは、苦しいことだと知っていながら、私はアデルにそれを強いた。
私は、この街の領主と同じ側の人間。
ユリシスお兄さまの言う通り、人の生を歪め、奪う側の人間だ。
最悪だ。私と彼らと、何が違う。
そもそも、ほんとうにアデルのことを思うなら、あの時_____お兄さまに、殺されかけた、あの時。私はアデルに命令するべきだった。
私のことなんて助けなくていいと、私のことなんて切り捨てて幸せに生きろと、はっきり命じるべきだった。
それなのに、中途半端に契約を放り出して、あげく『頼りにしている』?『見限るな』?
言ってることも、やっていることもめちゃくちゃな自分に腹が立つ。
彼は、もう自由なのに……まだ縛られている。
臆病で、我儘な、私のせいだ。
大粒の涙が、ぐしゃぐしゃになった毛布の上にいくつも落ちた。
_____不意に。
やさしく、けれど有無を言わせないちからで、身体が引き寄せられる。
気がつけば、アデルの腕のなかにいた。
唐突な抱擁に、一瞬息が止まる。
「……フリージア様」
涙で濡れたほおに触れる、大きな、あたたかい手。
「俺は、ここにいる」
「____っ!」
それは、いつかの私が、彼を安心させたくてとった行動と、伝えた言葉と、おなじ。
少しだけ早い心音と、慣れ親しんだ安心する匂いに包まれて、きつく目をつむる。
実際のところ、彼がなにを思って私をまもろうとしてくれているのか、はっきりとはわからない。
一種の洗脳のようなものなのではないのかとも思う。
けれど、浅ましい私はその体温がうれしくて、あたたかくて、彼を突き放すことができなかった。
-*-
「落ち着きましたか?」
「……ええ」
鼻をすすってうなずいた自分の声は、小さかった。
アデルは、困ったように眉を下げる。
「あなたが泣くと、どうしていいか分からなくなる」
迷子になった子供のような表情だった。
おもわず笑うと、彼は少しほっとした顔をした。
「アデル、あのね」
人々の憎悪は怖い。1人は嫌だ。
けれどやはり、これは伝えておかなければならない。
「わたしね、あなたが無理をしてまでついてきてくれる必要は、ないと思っているの。せっかく自由になったんだから、ね?」
「ッ!だから、俺は______」「けれど」
ため込んだなにかを爆発させるような、激情を滲ませた声を上げかけたアデルをさえぎって、言葉をかぶせた。
「どうか、私の元から離れると決めたその時は、一言伝えてね」
ひゅっ、とアデルがするどく息を吸う。語句を探すように視線がゆれる。
……頼りにしているし、心強いと思っている。
けれど、自由になった彼が私に付き従う義務なんてない。私につきあって、危険な目にあう必要なんてない。
アデルはもう、どこにだって1人で行けるのだ。
だから、これは。
「黙っていなくならないでくれると、嬉しいわ」
これは、幼い頃から1番近くに居てくれた彼に対する、小さな甘え。私のために死ねるなら本望とまで言ってくれた彼に対する、小さなわがまま。
「………………」
アデルは、何も言わない。
なんと言っていいのか、わからない。そんな顔をしていた。
伸ばされかけた手が、私に触れることがないまま力なく落ちる。
「……わかり、ました」
彼は、ただ一言、そう言った。
平静を装った、傷ついているのに、それを悟らせまいとする声だった。




