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まだ、その時じゃない  作者: 江藤ぴりか


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7/7

第七部:殺さない結末

 僕らはこの部屋で幸せのはずだった。


 ――ピンポーン、ピンポーン。


 インターホンが世界の終わりを告げる。


「直人! そこにいるのは、分かってる」

「三上だ! 白石、開けてくれないか」

 黒岩先輩と三上の声がする。

 宮坂先輩は怯え、いないと伝えてくれと僕に言う。

 僕はドア越しに二人と対峙することにした。


「ここには宮坂先輩はいません。あまり騒ぐと警察に言いますよ」

「警察ぅ? 上等だ。呼んでみろよ。ちょっと待ってろ」

 黒岩先輩がドアを蹴っ飛ばす。鉄扉に守られて、本当によかった。

「黒岩さん、落ち着いて! 警察はマズイですって。白石、頼むから顔だけでも見せてくれないか?」

 三上が先輩を落ち着かせる。

「三上、僕は本当に関係ないんだ」

「あ? オメーだと頼りないからわざわざ訪ねたんだろうが! いいから、直人を返せ!」

 ドンドンと鈍い音が響く。

 宮坂先輩を見ると、布団をかぶり怯えていた。

「やめてくれませんか。近所迷惑です」

「いいから、開けろ! 直人を病院へ連れて行くんだよ!」

「…………」

 僕は彼らが帰るまで、出ないよう居留守を使った。


「うあ……、怖い、怖いよ、悠人」

「大丈夫です。しばらく経っても居座るようなら近所の人が通報してくれますから」

 なおもドアからは怒号が飛び交う。

「開けろ! お前ひとりじゃ抱えきれねーから、来たんだよ!」

「白石、大学はどうするつもりなんだよ!」

「これは監禁と同じだろ!」

 その通りだ。

「黒岩さんの言葉が本当なら、それは優しさじゃないぞ。そのうち共倒れしてしまう」

 三上、僕は正しい道を選んでいるんだ。


 分かっている。

「僕は宮坂先輩と一緒にいますから。安心してください」

 宮坂先輩を抱き寄せ、震える肩に手を添える。

 僕がいなきゃ、この人は死んでしまう。

 もう、この人の人生は僕のものなんだ。


 僕は大学に宮坂先輩とともに退学を連絡する。

 配信アカウントは削除し、SNSも退会。

 そして、宮坂先輩のスマホを叩き割り、自分のSIMカードを抜いた。

 これは正しい選択だ。


「白石、おまえなんかおかしくないか? 大学にも連絡してあるんだぞ。だいたい――」

「もういい! オレも大学と警察に言ってやる!」

 黒岩先輩が言い残したあとには、もう遅かった。



 僕らは大学から五駅離れた安アパートにいた。

 カーテンは閉め切って、ネットも契約していない。

 仕事はしない。二人の貯蓄でやっていけると信じている。

 当初、宮坂先輩は不安定だったが、僕が買い出しもやめると落ち着いた。

「悠人、俺はもう怯えなくていいのか……?」

「いいんですよ。大学の誰も知らない場所だし、誰も僕らを知りませんから」

 僕らは布団の中で抱き合い、自分と相手の温もりを混じり合わせた。

 それはなによりも尊く、唯一無二の時間だった。


「悠人、幸せだ。もう世界が悠人で満たされていくよ」

「先輩の世界は僕が全部です」


 唇を重ね、鎖骨、胸、へそにキスを落とす。

 体の重ね方は、先輩に教わった。

 感じ方も、なにもかも。

 その時だけは唯一、先輩に身をあずけるのだ。



『次のニュースです。配信者YUE行方不明になりました。十月某日、突如YUEはアカウントを消し、消息が不明になりました』

 世間ではこんなニュースが駆け回っていた。

 テレビもネットもない、閉じた世界で僕らは過ごしている。

 三上や黒岩先輩が僕らの消息を探しているのも、知らない。


「ねぇ、今日は何曜日だっけ?」

 先輩の言葉に微笑みで返す。

「……何曜日だっていいじゃないですか。僕らは一緒なんですから」

 先輩は笑い、僕の首に抱きついた。

「悠人、俺、もう死にたいなんて思わないよ」

 僕は微笑み、答える。

「よかったですね」

 先輩は僕の頬に手を当て、返す。

「だって、悠人がいるから」

 遮光カーテンのおかげで、もう昼なのか夜なのかが分からない。


 この人は、もう僕なしでは生きられない。

 それでいい。それでいいんだ。


 僕たちはとても幸せだった。

 だから、もう誰もいらなかった。


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