第三部:決裂
僕はエゴサはしない。
それはリスナーにも言っているのだけれど……。
『YUEって大学生なんだよね?』
配信中に入ったそのコメントは無視した、はずだった。
『なんか掲示板でリークしてる人がいたよ』
僕は大学生というのは秘密にしている。
これは明確な鳩行為だ。
「なんでそんなとこ見ちゃうの? 僕のことだけ見てよ」
そうは言っても止まらない。
『なんか、大学生? の裏アカのスクショが貼られてたんだって』
こういう時はNGに入れるに限る。
しかし、僕のSNSにDMが来た。
名前はコメント欄の子で、ご丁寧にスクショも貼ってあった。
『YUEくん、ごめん。でもちゃんと伝えたくて』
スクショは〝Fラン大の裏アカ〟という名前のものだった。
――六月上旬。
『最近、ウチの私大の経済学部に、とんでもなく美形がいるって話、聞いた』
――六月中旬。
『配信者のYUEって、あの辺の大学の雰囲気だよな。キャンパス歩いてそう』
――七月上旬。
『この前、某駅前のあのカフェで会ったんだけどさ、男でも惚れるレベルでヤバかった』
この投稿はスクショ時点で三千、五千、一万超えのPVを示していた。
これは看過できない。
そう思い、Fラン大の裏アカとやらにコンタクトをとってみることにした。
『配信者のYUEです。僕への特定行為をやめてくれませんか?』
その返事は宮坂先輩のメッセージで返ってきた。
『ん? 名前も顔も出してないじゃん』
思わず通話ボタンを押し、先輩を問い詰めた。
「先輩、なんで僕の特定するようなこと、するんですか?」
『落ち着けって。悠人くんの名前も顔も出してないじゃないか』
「それでも、僕が大学生だってことも秘密にしているんですよ!」
『はぁ? 散歩配信しているのに? あれじゃ、特定されるのも時間の問題じゃん』
「特定されないよう、気をつけてやってるんです」
『これは〝慣らし〟だよ。いきなり燃えるより、ずっとマシだろ?』
『俺がコントロールしてるうちは、最悪の事態にはならないさ』
僕は電話を切り、自分のアカウントに飛んだ。
やはり登録者が増えている。
こんな状態だと配信できない。
「どうすればいい? とりあえず、配信を休むと告知して……」
頭の中は考えがまとまらない。
大学は夏休み中だが、研究レポートや共同制作やらで出向かざるを得ない。
SNSを見ると、疑惑のポストがトレンド入りしていた。
『YUEの大学、どこ?』
『私大なら……M大?』
『キャンパスでYUEとすれ違ってるかもしれないってこと?』
憶測が飛び交い、僕は目の前が真っ黒になる。
直後に電話が鳴り、取ると宮坂先輩だった。
『もしもーし? あの投稿、三つだっけ。消したから、安心してよ』
「もう遅いですよ。スクショも残ってるし」
『え? 今、見たら見当違いの大学、特定されてるし大丈夫だって』
「……先輩は分かってませんね」
電話を切って、僕はベッドに寝転んだ。
枕をぎゅっと抱くと、スマホの画面が光る。
通知が鳴り止まなかったのだ。
先輩とはすっかり打ち解けたと思ったのに。
あの人は、少なくとも〝約束〟は守る人間だと思っていた。
それが、喉の奥でざらついた音を立てて崩れていく。
それでも火曜日はやってくる。
今回はいつものファミレスではなく、二駅先の喫茶店で待ち合わせをした。
店の奥のなるべく人目につかない場所を選んで座る。
重い沈黙が流れるこの時間はいつもより長く感じられた。
やがてコーヒーが運ばれ、僕は口を開く。
「……なんであんなことをしたんですか」
彼は悪びれず答えた。
「君のためにやったことさ」
自信家の目が僕を貫く。
「僕のためって……それが僕を危険に晒されているんですよ」
ハッと笑い、先輩はいつものように口を歪ませた。
「だって、ずっと怯えて生きるのはつらいだろ? むしろ、感謝されると思ったよ」
僕は彼の態度に頭に血がのぼり、机を叩いた。
「先輩はなにも分かってない! これじゃ、週一の会う話もできなくなるじゃないですか!」
声を荒げてしまい、マスターに会釈をし、改めて座りなおした。
「でも登録者も増えて、結局YUEの情報は宙のまま。結果的には俺は正しいことをしたと思うよ」
……もう今からでも殺してやろうか。
そんな思いが駆け巡ったが、今じゃない。
そしてノセられてはいけない。
この攻略は僕が主導であるべきなんだ。
でも、それでも〝相手を切る〟決断をするほど、今回は越えていた。
「結果論はバカのすることですよ。もういいです。僕は宮坂先輩と今後、会いません。あなたは、もう信用に値しない。それは僕にとって、致命的なんです」
コーヒーは半分残っていたが、僕は席を立った。
先輩の分の会計も現金で済ませ、店を後にしたのだった。
その後、先輩からは謝罪と弁明らしき長文が送られてきたが、僕は無視して部屋に閉じこもる日々を送った。




