第二部:半年間の逢瀬
家に帰ってからスマホを見ると、メッセージが届いていた。
『最高の作品には、それなりの制作期間が必要』
宮坂直人はその日のメッセージで送ってきた言葉だ。
『分かっています。これからは週に一度、会いませんか? 演出の打ち合わせをしたいんです』
これはブラフだ。
すぐに既読がつき、返信が来る。
『期限は半年、だ』
僕は半年間でこの男を〝籠絡〟しなければならない。
画面の中の視聴者なら、好意も依存も簡単に誘導できる。だが、リアルでは相手は一人の、厄介な人間だ。
美人でも可愛くもない、少し顔がいいだけの男をだ。
「今日、夜の配信じゃなくて、よかった……」
僕の動揺が伝わってしまう恐れがあるからだ。
閉め切ったカーテンは切り抜き動画と同じ景色があった。
「僕だって何者でもない、ただの人間なのに」
ベランダに出ると、少し生ぬるい風が頬を撫でる。
後ろの窓には僕の顔が映っていた。
「同じ人間のはず、だろ?」
誰からも返事は来ない。
声も、文字もここにはなかった。
どこまでも自由で、孤独だった。
大学、配信のルーティンに先輩との逢瀬が追加された。
毎週火曜の昼過ぎ。
それが彼との時間だ。
これは逢瀬じゃない。
交渉でもない。
――攻略だ。
半年かけて、宮坂直人という人間の内部に入り込み、殺す気を削ぐ。
そのための、籠絡。
失敗すれば、僕は社会的に死ぬ。
「来たね、悠人くん」
「……約束ですから」
緊張は伝わらないだろうか。
大学近くのファミレスで、僕らは顔を突き合わせていた。
「俺、飯まだなんだよね。ミラノ風ドリアにマルゲリータ。ほうれん草のソテーにしようかな」
およそ半年後に殺されようとする人の会話とは思えなかった。
「僕はカルボナーラで」
スマホで注文をし、僕らは他愛ない会話に興じる。
「えー、悠人くん、少食だね?」
「食べられれば、なんでもいいじゃないですか」
「せっかく食事がおいしい国に生まれたのに、もったいない」
死にたいんじゃないのか、この男。
「……先輩も、僕のこと女みたいだって言うんですか?」
「まぁ、確かに線が細いね」
「僕だって好きでこんな風に生まれたわけじゃないんですよ」
「ははっ、面白いことを言うね」
そうこうしている内に、料理が運ばれテーブルに皿が並んだ。
あんなにあった料理を先輩はぺろりと平らげ、僕の食事風景を眺めている。
「悠人くんはどうやって俺を殺すか決めたの?」
スパゲッティが気管に詰まりそうになった。
「――っ。いきなりなんですか!」
水を飲み込み、呼吸を整える。
「いやぁ、雑談するだけの時間じゃないでしょ、ここは」
「庶民的なファミレスでする内容でもありません」
僕は正しいはずだ。
「俺はね、まず腹を掻っ捌いてほしいんだ」
ファミレスでする内容ではないというのは、彼には聞き入れなかったらしい。
「そして腸を取り出し、俺の首をその腸で絞めてくれ」
聞いているだけで、食事する気分になれない。
「そのうち千切れるだろうから、次は――」
「先輩、僕はまだ食事中ですよ……」
フォークをかざし、カルボナーラを指差す。
「おっと、すまないね。なにせ、俺はわくわくしているんだよ」
先輩は続きをどうぞと右手を差し出し、組んだ両手をアゴに乗せた。
僕も食べ終わり、水のおかわりと二人分のコーヒーを注文する。
「……どこで俺を殺してくれるんだい?」
「さぁ、僕はまだなにも決めてませんし」
「つれないなぁ。俺は悠人くんの部屋がいいな」
僕の家まで遊びに来るつもりなのか。勘弁してほしい。
「半年後なら季節はもう冬、一歩手前ですね」
「マフラーで殺すつもりなら、早い時期だね」
この男は自分がどう殺されるかで、頭がいっぱいのようだ。
ウェイターが僕らの会話に驚いているのが見えてないのか。
「ああ、ありがとう」
……お礼は言うのか。律儀なやつめ。
砂糖を足しただけのコーヒーをすすると、少しだけ癒された。
「ニュースはきっと、〝有名配信者が猟奇殺人犯!〟とかになるだろうな。三文ゴシップ誌は悠人くんの両親や、三上くんのことも深堀りしちゃうんだろうな」
恍惚とした表情の宮坂先輩は、僕の未来まで勝手に想像している。
いいか、宮坂直人。僕はおまえを殺さない。
そして、僕もおまえに殺させない。
絶対、この計画を阻止してみせる。
今回の逢瀬は、殺人計画から雑談まで多岐にわたった。
「――そろそろ俺のこと、分かってくれたかな? 君が俺を殺すことを、俺は待っているよ」
先輩は席を立ち、レジに向かいさっさと電子決済を済ませてしまった。
「先輩、僕の分は僕が払いますからっ」
「いいカッコくらいさせてくれよ。ご褒美、待ってるからさ」
……悪い先輩ではないはずなのに。
どうしてこんなにも死にたがりやなんだろう。
ファミレス、火曜日、昼過ぎ。
もう何回目か分からないくらいになると、僕らはここの常連だった。
いつもの、と言ったら料理が自動的に運ばれるくらいには、店員さんに顔を覚えられている気がする。
いつものように、宮坂先輩が先に平らげ、僕はちびちび料理を食べる。
「俺、なんでも卒なくこなすタイプでさ」
「……知ってますよ」
「そのせいで、面倒な用事とか押し付けられたりしてたんだ」
よくある話だ。
「俺は周りに頼られてるって勘違いしてたんだよ」
「急になんですか」
「まぁ、聞けって。ある日、学校で聞いちゃったんだよね。『みやなんとかに頼んどけばいいんじゃないか』って」
「名前すら覚えられてなかったんですか?」
「そうだよ。俺はただの便利屋で、名前は覚える価値がないもの、らしかったんだ」
少なくとも、先輩はそう受け取った。
――だから、殴られても仕方ないような顔をしていたと彼は語った。
「血とか、わりと好きでさ。その時も相手の子の血を見て笑ってたりして」
そして、その子に暴力を振るい、謹慎処分になった。
事情を説明しても親すら分かってもらえず、頭ごなしに叱られ、先輩は絶望した。
学校に行っても、今度は無意味に暴力を振るう危険人物というレッテルを貼られ、肩身の狭い思いをしたそうだ。
「その時、腕をちょっとやっちゃってね。ほら」
左手首には数本のリスカ跡があった。
「親すら俺の言葉を信じてくれなかった。話すらまともに聞いてくれなかったんだよ。悠人くんには分からないかもしれないけどね」
――そんなことない。
「そんなことないですよ。僕だって、高校まで今のような感じだったので、大学では変わろうと思ったんです」
「? 変わってないじゃないか」
「デビューしようとしたら、僕の中の自分が『どうせ変わったって、ナメられるだけだ』とか『周りはおまえなんて気にも留めない』って囁くんですよ」
そこで、自信をつけるために配信に手を出した。
はじめは声だけの配信だったが、顔出しのために服や髪型、メイクを頑張ると一気にバズってしまった。
「……メロ男の完成ってわけか」
コーヒーの香りに僕は思わず、吐露する。
「僕は、ありのままの自分を出すのが怖くなっています」
「……というと?」
「大学では配信者とバレないよう擬態し、ネットでは女の子のために一番カッコイイ男にならなきゃいけない」
人気の理由は僕にも分からなかった。
外見? 声? 言動? どれも違うような、そうであるような。
そんな感覚を先輩にぶちまけてしまった。
「…………」
先輩は黙ったまま、コーヒーをすすっている。
「悠人くんは俺をどう思う?」
殺し方じゃなく、どう思うか。
「普通に良い先輩だと思ってますよ。僕の話もちゃんと聞いてくれますし」
純粋に思ったことが口に出た。
――そう思わせるところまでは、計画通りだ。
「……そうか」
いつものように僕に食事を奢ってくれるし、僕の内側をちゃんと見てくれている。
良い先輩というより他なかった。
僕の目的が少し揺らいだ逢瀬だった。
それが計画を壊す感情と分かっていながら、僕は彼に生きる理由を与えたいと思い始めていた。




