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まだ、その時じゃない  作者: 江藤ぴりか


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第一部:メロ男、脅迫される

 僕は百万人のフォロワーがいる。

『ユエくん、相変わらずビジュがいい』

『ノーマルカメラでこのビジュは奇跡』

『好き。結婚しよ』

 僕は二十万人に見られている。

 カメラに向かって、チラリと視線を送る。

『ヤバ、美しすぎる』

『♡♡♡』

 計算され尽くした仕草、声のトーン、ファッション。

 もう二時間も配信している。

「今日はこのくらいでバイバイするね。また明日、来てね」

 スマホに手を伸ばし、配信停止の前に投げキッスをしてみる。

『うん♡』

『まだ一緒にいたいよ』

『終わっちゃ、ヤダ』

 今日の笑顔は何点かな。

 僕は表情を作るのをやめて、空虚な部屋を見る。

 どこを切り取られてもいいように整頓して、綺麗に保たれている。

「……大学、行かなきゃ」

 僕は静かな部屋で化粧を落とし、普通の大学生の格好に着替えた。



 大学での僕はYUEユエじゃない。白石悠人しらいしゆうとという地味な青年だ。

 うつむき、下を向く僕は少し猫背でしょぼくれているはずだ。

 肩に衝撃が走り、メガネで隠れた目で相手を見る。

「ってーな! ちゃんと、前向いて歩けや」

 いかにもな反応に僕は謝罪する。

「ごめ……さい」

 金髪の男は耳に手をかざし、目を剥く。

「あ? 聞こえねぇ。もっと、声張れや」

 彼が僕をナメるのも仕方ない。

 チェックのシャツにチノパンという、地味な見た目だからだろう。

「うう、ごめんなさい……」

 ヘロヘロの声で謝ると、男は満足したように立ち去った。

 ここでは僕は地味で冴えない、ダサいメガネであるべきなんだ。


「おい、悠人。朝から災難だったな」

 声をかけてきたのは大学でできた友人の三上みかみ

 彼は僕と違って友だちも多く、健全な大学生活を送る青年だ。

「……見てたら助けてよ」

 三上は笑い、僕の肩を組む。

「だってあの先輩、こえーんだもん。近づくと何されるやら」

 彼に悪気はないのは分かる。僕も同じ状況なら静観する他ないだろう。

「……いいけど。あんま肩組むなよ。高校生じゃあるまいし」

 僕は彼の腕を振り払い、カバンの中にある教科書やノートを取り出す。

「まあ、あの先輩には気をつけた方がいいよ。目ぇつけられると、ヤバいって噂らしいから」

 ウェーブがかった髪をいじり、三上は僕の隣に座った。



 キャンパスを三上と歩いていると、後ろから声をかけられた。

「白石、だよな」

 振り返ると、カジュアルなスーツに身を包んだ男が立っていた。

 その目は自信に満ちている。

「……そうです、けど?」

 僕はその男に見覚えはなかった。

 三上に視線を送っても、首を振っている。

「俺は四年の宮坂直人みやさかなおと。少し、話せないか?」

 コクリと頷き、宮坂先輩とキャンパス内の人気ひとけのない場所に連れ出された。


「会えて嬉しいよ。白石くん」

 艶のある黒髪の男は言う。

「……はぁ」

 僕はこんな先輩、見たこともない。

 宮坂先輩は僕を粘つく視線でこちらを観察している。

「確か経済学部三年だっけ。俺も経済学部なんだ」

 カバンから教科書を取り出し、僕に見せてきた。

「そう、なんですね……」

 口元だけ歪ませ、宮坂先輩は続ける。

矢島やしま教授の講義、分かりづらいよな。あの人、いつもなんだ」

「……はぁ」

 彼はなんで僕を知っているんだろう。サークルにも入っていないのに。

「そうそう、黒岩くろいわに朝、絡まれていたよな。あいつには悠人に近づかないよう、言っとくからな」

 金髪の男と知り合いなのか。

 というか、この数ラリーの会話で下の名前呼び……。

 僕は身構えると、宮坂先輩は大げさに振る舞う。

「やだなぁ。そんなに構えないでくれよ。俺は君と仲良くなりたいだけなんだ」

 その声色に嘘が混じっているように感じた。


 僕らは黙った。

 そして、はじめに口を開いたのは宮坂先輩だった。

「警戒しないでおくれよ。俺はただ……」

 口から息を吸い、彼は続けた。

「俺をむごたらしく殺してほしいだけなんだ」

 全身の血が冷えた。

「さもなくば、お前がYUEだと暴露系にバラす」

 なぜ、知っている?

「え、言っている意味が、分かりませんが」

 宮坂先輩はノートPCを取り出し、僕の配信のスクリーンショットを見せつけた。

「ここの窓の映り込みにウチの大学の校舎の影が映り込んでる。それにここ」

 次のスクリーンショットは一ヶ月前のものだ。

「散歩配信のルートは近くの緑地公園だ。あと……」

 次は切り抜き動画だった。

「この動画の背景の音。これはウチの大学のチャイム。あとはカーテンの影と光の入り方で簡単に特定できたよ」


 宮坂先輩はなおも続ける。

 この時間に帰宅する学生、電柱、ポールの形。

「あとはキャンパスでそれらしい人物を張り込んだら……悠人くんに行き着いたのさ」

 手足は冷え、スマホを持つ手が震える。

「ほら、それ。構えた瞬間、薬指が上がるその癖はYUEしかいない」

 顔はこわばり、スマホを落としてしまう。

 宮坂先輩は僕のメガネを奪い、前髪をかきあげる。

 すると、僕の額が出て顔があらわになる。

「やっぱり悠人くんがYUEだったんだ……。ああ、なんて素敵なことだ」

 僕は彼を突き飛ばし、メガネをかけ直した。

「なにがしたいんですか、アンタは!」

 尻餅をつく宮坂先輩はあっけらかんと言いのけた。

「だから俺を惨たらしく殺してほしいんだってば」


「なにをっ……」

 彼は服を手ではたいて埃をとる。

「俺はね、〝伝説の事件の被害者〟として死にたいんだ」

 訳が分からない。

「俺は何者でもない。これじゃ何者でもないまま死んでしまうだろう?」

 それは僕だって同じじゃないか。

「だから稀代きだいのメロ男に殺されて、名を残したいんだ!」

 彼は両手を広げ、空を仰ぐ。

「君に殺されれば、まとめサイトに載り、ウィキに項目ができ、永久に語られるコンテンツになるんだって思いついたのさ」

「じゃあ、宮坂先輩が僕を殺しても同じじゃないですか?」

 彼は否定する。

「加害者は秘匿されがちだが、被害者は名前も顔も残る。それはどんな事件もそうだろう? それに俺は君を殺したくなんてないんだ」

 なんて勝手なことを。


「先輩は死にたがりやなんですか?」

「そうなのかもしれないね」

 たまったもんじゃない。

「僕はあなたを殺しません」

 きびすを返そうとした。

「それならリークしかないね。炎上、収入源崩壊、過去の発言も掘り起こされる」

 僕の足は止まる。

「YUEは社会的に、死ぬ」

 振り返り、交渉することにした。


「なんで僕なんだ? ……殺すなら、ちゃんと知っておきたい」

 彼はまた口を歪ませる。

「ああ、こんなチャンス、逃すわけ無いだろう? もう、YUEを知らない者はいないレベルだ」

 自信家の彼をどう交渉するか……。

「宮坂先輩は、〝殺される役〟としては、まだ弱いですね」

 彼の目に動揺が見えた。

「なんだと?」

「僕は殺すなら、相手をちゃんと知りたい。宮坂先輩、僕とお互いを知りませんか?」

 交渉はうまくいった。


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