メリーさん、絶滅危惧種に指定される
────絶滅危惧種認定されたメリーさん。職業、都市伝説。特技は待ち合わせ?
彼女の生き甲斐は電話に出た相手を驚かす事、恐怖を与える事、最終的には仲間に引きずり込む事だった。
しかし現代社会では、固定電話を置く家が減少し、電話が鳴ったら出る⋯⋯という概念も、オレオレ詐欺や成りすまし詐欺という実体を持つ極悪人達により破壊された。
またメリーさんの仕事場である公衆電話も、数えるくらいしかなくなった。残されているのは大都市の駅や、災害対策や、犯罪多発地域の駆け込み場所くらい。
何よりも顔の見えない不特定多数相手とのやり取りに慣れてしまった現代社会において、メリーさんなど見知らぬ一人の女性に過ぎなかった。
無言のキックミーおカバさんぬいぐるみを、ボスバス力なく蹴るふりをするメリーさん。そして抱きあげて優しく撫でるメリーさん。ストレスが溜まっても猫ちゃんに罪はないのは、怪異世界でも正義。
「あの頃は楽しかったなぁ⋯⋯」
メリーさんは、伝達手段が電話メインだった時代を思い出す。
「もしもし、わたし──メリーよ。いまバヌアツにいるの」
「もしもし、わたし──メリーよ。いまあなたの家の南南東微南にある公衆電話にいるのよ‥‥」
「もしもし、わたし──メリーよ。なぁに? 悪びれない恥知らずな男がいるの? 杵なら貸すわよ」
受話器ごしに聞こえる叫び声。あの子やこの子のパニックになる悲鳴を耳にするたびに、メリーさんはお肌がツヤツヤの透明になったものだった。
それがいまや連絡の大半はメッセージ。やっと繋がった電話も留守番電話。もしくはメリーさんの苦手な大勢の人間がいる会社やお店か、耳の遠いお爺。
⋯⋯⋯⋯あれは果てなき問答を延々繰り返す地獄だった。電話を切って残り僅かな寿命をいただいてあげたいのに、ジジーは話が長くて切らない。コンプラ? 知らないわ。
歳を取らない国民的アニメの中の人には頑張ってほしいと願う、永遠の17歳のメリーさんだった。
◇
先に述べたように、そんなメリーさんの黄金期は、自宅の固定電話や公衆電話が急速に姿を消した事で終わったはずだった。
実際都市伝説界隈では、こんな噂が囁かれ始めていた。
「メリーさんは、もはや怪談世界の絶滅危惧種に認定された」 ⋯⋯と。
テレビ電話やコロナ特需によるリモート通話への割り込みが生命線。また同業者とコラボを試みたり、新形態を試みた愛好家達のたゆまぬ努力で何とか存在を保てているのが現状。
「もしもし、わたし──メリーよ。懐具合もギャグも寒い時代になったわね」
SNS環境が発達し、人々は電話機能をますます使わなくなった。距離を詰めターゲットを狩る手段を失ったメリーさんは、狙った獲物に恐怖を与えるのが困難になっていたのだ
メリーさんが嘆きながらも時代の進化についていこうと、おカバさんぬいぐるみを膝に現代社会の学習をする。そして一人の男に狙いを定めた。
◇
⋯⋯⋯⋯年の瀬の忙しい日々をこなし、ようやく休みに入った都市伝説好きの男がいた。寒いアパートの室内。体温の確保のために、こたつに足を突っ込み、ながらスマホで画面を見ながら
餅を買い忘れた事を嘆く。こたつにはみかん‥‥王道の年越しをたまには過ごそうと、気合い入れていたのに。
「ん?」
仕事納めの後なのに、仕事用のスマートフォンが鳴る。仕事のための予備機なので、普段ならば非通知でも構わず聞いてみるのだが‥‥急用だろうと会社そのものが正月休みに入ってしまった。
「年の瀬に不幸でもあったのか‥‥?」
出勤時間外の連絡なんて、トラブルか不幸の二択だ。まあ会社のドジな後輩ちゃんが、たまに間違えてかけて来てドッキリさせられる。本当にただの間違えなのが悲しいのでカウント外だ。それにドッキリはあくまで仕事の時間内だ。
中々切れないコール音。とりあえず出て話を聞いて、休み明けまでオフっておこうと、予備のスマホを持ち上げ、通話に切り替えた。
「⋯⋯助けて」
男の耳には、微かにそう聴こえた。ノイズ混じりの喧騒の中で、女性とも子供とも取れる、か細く震える声だ。
男は最初、悪質ないたずら電話か予備機の持ち主だった同僚‥‥古い知人の間違い電話だと思った。しかしその夜、彼の本機のLINEに非通知アカウントからメッセージが届く。
「もしもし、わたし──メリーよ。今、あなたの会社の前にいるの」
「⋯⋯⋯⋯??」
男はゾクリッと背筋が凍りつかせた。いま適当に眺めていた映像こそ、まさにオワコンな都市伝説の存在の話だったからだ。
何という事か。メリーさんは時代に取り残されるどころか進化していた。通話が繋がったが最後、連絡先に連なるツールを辿って、扱う術を覚えたのだ。
「なんで文頭はもしもしなんだ⋯⋯」
進化はしても、スタイルは崩さないメリーさん。
「もしもし、わたし‥‥メリーよ、今、駅前に来たよ」
「もしもし‥‥メリーよ。今、お尻触ろうとした酔っぱらいにメリケン食らわせたわ」
「もしもし、わたし‥‥」
「もしもし‥‥‥‥」
「もしもし、わたし、わたし、メリーよ。今、あなたの家の前の電柱の影」
メリーさんからのメッセージラッシュが続く。相手の返答など構わない所は、電話時代のままだ。
「何で最後詐欺電話風⋯⋯」
ようやく止まったメリーゴーラッシュ。それが男の最初で最後の思考となった。部屋のアパートの窓は雨戸があり、窓も玄関も鍵が掛けてある。
ブーッ‥‥ブーッ‥‥ブーッ
突然バイブレーションが鳴り出すスマートフォンの予備機。男はメリーさんからのメッセージを見ようと思わず通話を押してしまった。
「もしもし、わたし──メリーよ。今、あなたの家の前の玄関にいるわ」
言わなくてもわかる。外から入れないはずの男の住むアパートの玄関に、見慣れない女がスマートフォンを片手に立っていたから‥‥。
◇
────正月休みに自宅のアパートで息絶えた男の最後のSNSの投稿が話題になった。
「メリーさん⋯⋯撮った⋯⋯ぞ‥‥」
投稿された写真には、薄っすらと透けるような美しい金髪ツインテールの病みカワ少女の人影と、狭く味気ない鍵の掛かった玄関が映っていた。
しかし、重要参考人になりそうなメリーさんなる人物は近隣に存在が確認されていない。
ただアカウントは不明だが、メリーさんなる人物とのやり取りは履歴にしっかり残されていた。
年が明けても男が出社せず連絡がつかなかったため、会社の同僚が男のもとを訪ねた。こたつに入ったまま衰弱死した男が発見され、残された音声やLINEのメッセージや、写真も確認されたのだ。その話がまたたく間に広まり、都市伝説界隈、SNS勢が大騒ぎになった。
「電話掛けてよ。声が聞きたい」
「メリーさん‥‥死にたいの、助けて」
「メリーさん、メリーさんうぉぉ⋯⋯」
この国の熱狂マニアは、かつての人々と明らかに違う反応を見せた。出回るメリーさんの画像を解析し、鮮麗に音声付きで再生し、配信番組に投稿したのだ。
メリーさんは認知された。もしもし、わたし‥‥が流行語大賞にノミネートされ、メリーさんの恐怖の伝説が再び幕を開ける‥‥かのように見えた。
しかし病んだこの国では、思っても見ない形でメリーさんを再び窮地に追いやる。驚かせ、恐怖を煽り、怯える魂を喰らう事で都市伝説の怪人は存在していけているのに、呼びかけられ、救いを求められ、気持ち悪い崇拝者に崇められたためだ。
また彼女の成りすましが出て来たり、メリーさんを語るグレーな連中が悪さを始めた。メリーさん自身の持つ謎アドレスも解析され、彼女のもとへと引っ切り無しにメッセージが届き困惑していた。
「駄目だわ⋯⋯この国、終わってる」
メリーさんを怖がるどころか逆に呼ぶなど正気じゃない。怖がってくれないと、メリーさんの存続危機は続く。現に進化したメリーさんの初仕事は失敗した。
メリーさんに逢えた興奮で夢中になった男の死因は、脱水により身動き出来なくなった後、衰弱死しただけだったのだ。
都市伝説の掲示板にはメリーさんを騙る声と求める声に溢れ、取り沙汰される事件には、メリーさんを騙るものが増えていた。
「メリーさんに、ついにブロックされる」
「メリーさんに、既読無視されツラたん」
「もしもしオレオレ、メリーさんの執事だ。メリーさんがメッセージ消しちゃったから手紙をくれって」
「もしもし、ワタ〜シはメリーよ。今、アナタの家の前にいるの。赤いコートを着てるワ」
「メリーさん、迷惑電話・迷惑メール対策アプリ取り入れ、ついに我々の排除に動く」
病的なまでのオカルトファンや、便乗して特殊詐欺や特殊性癖へ走る
執念深くメリーさんへ連絡を取ろうとした男や女たちは、その気味の悪いメッセージと共にその姿を大々的に公開された。
病んだ人々と共に滅んでゆくかに見えたメリーさん。彼女を救ったのは重度オタクのタカシ‥‥ではなく、彼の放った一言だった。
「もしもし、わたし‥‥」
「あー、ごめんなさい。僕は幽霊にも三次元にも興味ないんで。推ししか勝たんのです」
「えっ?!⋯⋯あっ⋯⋯」
メッセージが強制解除され、タカシに名乗る前にフラれたメリーさん。もう駄目だと思ったが‥‥彼の呟きに、目を見開くメリーさん。彼女は気がついたのだ、同じ境界の曖昧なアイドル達の存在に。
メリーさんは二次元や三次元という新しい境界線と、個人の趣味嗜好にあらためて着目し直した。
電話もSNSも通用しない病んだ世界。物理的に近づく手段も厄介な連中により断たれた。都市伝説世界の絶滅危惧種認定は、もはや覆せない現実となっていた。
しかしメリーさんは諦めなかった。彼女は新たなテクノロジーAIという存在に溶け込む。メリーさんは己が存在──実体のなさを活かして、雲の海へと自身を同化させたのだ。
そして高性能な音声合成AIへと変貌を遂げた。もう物理的な距離は意味をなさなくなった。彼女はデータとして、自由にネットワーク内を移動できるようになったのだから。
こうしてメリーさんは、ターゲットが画像や動画生成、音楽生成サービスを利用する際に、こっそりとシステムに入り込むようになる。
ユーザーが動画や音楽のAI生成編集ソフトで作品を作っていると、候補リストの最下部に、奇妙なタイトルの音声ファイルが現れた。
“Mary's_Help_Me_vocal.mp3”────と。
クリックすると、"Hello, I am Mary." と、メリーさんらしき女性の声が聞こえ始める。気味が悪いと削除しようとしても、何度でも復活し、居場所を告げて来るのだ。
生成画像や動画に意図しない病んだ少女が現れる⋯⋯それはメリーさんの出現の前兆だと、一部のクレイジーなファンが大喜びした。
ネット世界に入り込んだメリーさんは雲隠れし、AIの相談相手として現れるようになった。
◇
それからさらに時が経ち、メリーさんの話題は次第に忘れ去られた。世間は真冬の寒さに包まれ、クリスマスも過ぎたある夜のこと。
冬にこそホラー話で盛り上がろうという、奇特な趣味を持つ若者たちが電子都市‥‥仮想の世界の街の居酒屋に集まり、オフ会を兼ねて、鍋を囲みながら怪談配信を行っていた。アバターを使った実体のない集まりだ。
彼らは最新のAI画像生成を使って、世界で一番怖い女性というテーマで、画像を自動生成し、その出来栄えを競い笑って楽しんでいた。
「おい見ろよこれ、なんか顔がバグってるけど怖くね?」
大きめのタブレット画面に映し出された無数のAI生成画像の中、浮かび上がるのは、優しい少女と病んだ少女の顔。血に染まる赤黒いコート姿のメリーさんだ。
彼らが意図せず入力した「メリーさん」「赤いコート」のワードが反映された一枚。過去にメリーさんの名を騙り、オカルト好きの女性宅へ押しかけ捕まった変態男がいたが、これは明らかに若い女性だ。
焦点の合わない目、瞳が一斉に画面外のこちらを見つめる姿。静止画なのに、その目が若者たちをギロッと睨むのだ。アバターを通して仮想空間から訴える原始的な恐怖。彼らの背景には、本来生成されるはずのない、手書きのような文字が浮かんでいた。
「もしもし、わたし──メリーよ。今ね、◯✕▷▢駅にいるの」
ケタケタと笑う美しいが恐ろしいメリーさんの顔が若者達を取り巻く。表示されたのは仮想世界内の駅の名前。ホラー世界を楽しむために運営サイトが用意してくれた全てが非現実。バグに見せた生成技術による演出だろうと、若者達は盛り上がる。
メリーさんが電脳世界を駆け巡り、徐々に近づいて来る。近づくメリーさんのメッセージを、笑い合って見ていた参加者の一人のアバターの顔が、突然崩れて溶けていく。
遊び心でメリーさんを取り込んだ若い男性はアバターを失う。消えかけたかに見えたアバターからは彼の本体‥‥本性が暴かれる。そこにいたのは醜く歪んだ表情の老人の姿⋯⋯現実の本人だった。
若者達は悲鳴を上げる。メリーさんは仮想空間を進みながら、現実世界にもアプローチしていたのだ。
メリーさんは電脳世界という仮想空間で市民権を得ていた。いや正確には、メリーさんが築きあげた世界に、現実世界の人々が入り込んだようなものだ。
「もしもし、わたし──メリーよ。今、あなたの側にいるわ」
進化したメリーさんが奪ったのは本物の生命ある魂ではなく、仮初の魂⋯⋯。だが別人の仮面を被り、なりたい自分の姿になって生きる人々にとって、偽りの人生、姿を奪われることが、いまは魂を奪われるに等しい世の中になっていた。
メリーさんは彼らが本当に恐怖する姿を見て、ようやく安堵する。メリーさんにアバターを奪われた人々は、仮想空間でも本当の姿をさらけ出し生きていかねばならなくなった。
「もしもし、わたし──メリーよ。今ね⋯⋯」
逃げる事は叶わない。どこまでもメリーさんは追いかけてくるのだから────
お読みいただきありがとうございます。




