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毒をまとう魔法使いと、毒の効かない偽聖女【どくまと!】  作者: 左京潤
第一章 魔法使いと出逢うわたし
7/34

魔法が解けて

猛毒体質の大魔法使い×毒耐性持ちニセ聖女(※実は妖精の生き残り)のハイテンションファンタジー


10/23連載開始。11/3まで集中更新中。


平日→20:20

10/24(金)と休日→8:20/20:20の二回更新


以降は週イチ更新予定です。




 最寄りの街には、その日のうちに到着した。


 街に着いたわたし、まず真っ先に人気のない路地へ連れてかれた。

 その最奥にある古い建物の前で、青年が不意に足を止める。人目を気にするように辺りを見渡し、彼は馬状態のわたしを連れたまま中へ入った。


 そこは、廃屋だった。


 汚れて曇った天窓越しの星明かりで、かろうじてあたりの輪郭がわかる。

 中は荒れてて、積もった埃もぶ厚く、人が住んでる気配、ない。きっと、長いこと放置されてるんだろう。

 空気はあんまりよくない。埃の匂いに混じって、黒かびの重く湿ったような匂いがした。



「――……ここならば、大丈夫か」



 青年が人差し指を持ちあげ、なにやら呪文を唱え始める。

 薄闇の中、彼の呟くまじないの言葉があたりに溶けるように響き──やがて、止まった。


 ……わたし、おそるおそる視線を落としてみる。



「――――っ!」



 そこには、見慣れたわたしの手のひらがあった。


 視界に映る自分の手をそっと握って、また開いて。それを何度も繰り返し、それから、そっと自分の顔に触れてみる。

 鼻、頬、耳……大丈夫。間違いなかった。



「わたしの体~~~~~っ!!!!!」



 わたしはすっかり安堵してしまう。

 よかった……ようやく、元に戻れたっ!




「……世話になったな」



 少し高い位置から声を落とされ、はしゃいでたわたしは反射的にそちらへ向き直った。



 これまで馬だったから気づかなかったけど、彼はわたしもよりも頭ひとつ分くらい背が高かった。かなり高い位置でポニーテールに括られた黒髪、それでもまだ腰くらいの長さがたっぷりあるのがシルエットで分かる。

 改めて見ると、彼は思ってたよりもずいぶん華奢だった。

 自分で自分のこと繊細だとかうそぶいてたけど、たしかに身体、そんなに強くないのかもしれない。


 そんなこと考えてると、不意に、目の前になにかが飛んできた。



「報酬だ」、と魔法使いの声がする。



 なるほど。わたしの顔の前の空中にふわふわと浮かんでるの、革の袋だった。

 反射的に受け取ると、ずしりと重い手応えがある。

 おそるおそる中を確認して、わたしは目を丸くしてしまった。


 袋の中に入ってたの、見たことないような大金だった。

 わたしの収入の数年分……いや、それよりもっと多い。これだけあれば、小さな家くらいなら買えちゃうかもしれない。



「なにこれ!? あんた、貴族だったのっ!?」


「……まあ、間違いではない」


「って、さすがに多すぎるよっ!」


「迷惑料だ。……強引な真似をしてしまったからな。もちろん、なんでも金で解決できるというわけではないが、少なくとも、いまこの場ではこれが最適だろう」


「いや、でもっ、こんなの、受け取れないってっ!」


「気にするな。まあ、宝くじにでも当たったと思えばいい」



 動揺するわたしをどこか面白そうに眺めつつ、魔法使いが小さく笑った。



 ま、まあ、そこまで言うなら……。

 わたしがおずおずと革袋を懐へしまうと、不意に、視界の端に蒼い光が飛び込んでくる。



 思わず視線を向けると、魔法使いの胸元で、例の銀色をした魔法のブローチが光を帯びて揺らいでた。


 次の瞬間、それは淡い光の粒となり、空気の中へ溶けるように消えてしまう。



「――誓約の魔法によって生じた誓約シンボルは、誓いが果たされると消滅する」


 光の残滓を見つめるわたしに、魔法使いが説明してくれた。


「――これで、誓約は果たされたな…………っ」




 不意に、彼が顔をしかめた。

 薄闇にもだいぶ慣れたわたしの目、彼がかがみ込んで足をさすってるのを捉える。

 まるでケガの具合を確かめるみたいな感じだ。

 そういえばこの人、さっきわたしの背中から降りたときも痛そうな顔、してたっけ。


「あんた、もしかして、その足……」

「……ああ」


 わたしの指摘に、魔法使いが苦笑するような息を洩らす。


「少し、足を痛めていたんだ。森の中で……まあ、いろいろあってな。とりあえず魔法で繋いだが、満足に動けるようになるまで時間が必要だった。やむを得ず休息していたところへ、都合良く小娘氏が現れた、というわけだ。……本当に助かった。魔法は、それ自体では移動には向かないからな」


「って! それならどうしてそう言わなかったんだよ!? ちゃんと言ってくれれば、わたしだってっ……」


「……交渉相手に弱みを見せたら足元を見られる。こちらに不利な情報は極力伏せるのが基本じゃないか。こう見えて、なかなか敵が多い身分でな。……だが」



 薄闇の向こうで、彼が微かに笑ったのが分かる。



「……今回に限っては、その方が有利にことが運んだかもしれないな。……まったく、お人好しの馬だ」


「馬じゃねっつの」


「冗談だよ」、と魔法使いが笑い混じりに応えた。



「とにかく、今日は本当に助かった。改めて、礼を……」


 彼が言いかけた、そのときだった。


 ――ずっと夜空を覆っていた雲がふと、途切れたらしい。

 天窓からにわかに差し込んだ月明かりが、廃屋の埃っぽい床を……そして、そこに立つわたしを斜めに照らし出した。

 その瞬間、わたしを見下ろす魔法使いの目が、驚いたように見開かれる。


(え……?)

 わたしはどきりとした。彼の瞳の奥に一瞬、なにか銀色の炎みたいなものが揺らめくのが見えた気がする。

 でも、それはすぐに消えてしまう。たぶん、わたしの銀の髪が反射しただけだったんだろう。


「エル……」

 魔法使いの口から言葉がこぼれる。

 その声には驚きと、戸惑いと――なぜか、懐かしさのようなものがにじんでいた。


「――まさか、お前は【銀煌の聖女】エル・クレアードか……?」





「……って、いまさら!?」


「だって、ずっと馬だったじゃないか」


「あんたがやったんでしょーがっ!?」


「確かに、近頃この森に【銀煌の聖女】が出没するというウワサはあったが……」


 呟きながら、魔法使いがまじまじとわたしを観察してくる。



 真贋を見極めようとするような視線を浴びつつ、わたしは思わず嘆息した。


 ……ああ、運が悪い!

 せっかく元の姿に戻って、あとは貰えるものだけ貰ってなんかいい感じの雰囲気でおさらばできそうなタイミングだったのに、クソ面倒なことにっ……!



 ……さて、どうしたもんか。わたしは少し思案してみる。


 いつもなら肯定も否定もせず流しちゃうとこだけど、正直、今回ばかりはこの魔法使いに一矢報いてやりたい気持ち、多少、ある。



「――そうだよ。まさか、この聖女さまを馬にするなんてね?」なんて厭味言ってやったら、こいつ、いったいどんな顔するだろ?



 ……って、いけないいけない。

 わたしは心の中でぶんぶんと首を振った。


 報酬に関しては、もう充分以上に貰ってる。

 今さら聖女のフリをしたところでメリットはなんにもない。

 面倒なことになる前に、きっぱり否定しておこう。うん。



「おあいにくさま。わたしは【銀煌の聖女】じゃないよ。わたしはただの旅の剣士。ピュイって言うんだ」


「ピュイ……」



  わたしがそう名乗った瞬間、魔法使いが驚いたような顔をする。

 でも、それはほんの刹那のこと。わたしが怪訝な顔をしたときにはもう、彼の表情は元に戻ってた。



「……な、なんだよ」


  「いや」、と魔法使いが首を振る。


「まるで、知っている小説の主人公の名前のようだな、と思ってな。『精霊物語』のピュイル……そういえば、あれも、銀の髪をした女剣士だったか」



 今度はわたしが驚く番だった。

 わたし、思わず身を乗り出してしまう!



「あんたも『精霊物語』、知ってるのっ!?」


「……ああ、やはり、そうなのか。奇遇なことだ。……しかし、それはこっちの台詞だぞ。あれは大して売れなかったのに」


「へっ?」


「……そんなことより」



 疑問符を浮かべるわたしを気にも留めず、魔法使いが視線を鋭くした。



「……つまり、ピュイというのは偽名なのだな。

 普通ならば、他人と間違われたら本名を名乗るものだろう。それなのに偽名を名乗るというのは不自然なのではないか?」



 ……あからさまな疑いのまなざし、まじまじとこちらへ向けてくる。



「――やはり、お前は本物の聖女なのだろう?」


「ち、違うよっ!? 偽名くらい誰でも使うってっ! そのへんの一般人にだっていろいろ事情があるんだ!

 ていうかさ! そもそも、あの【銀煌の聖女】さまともあろうお方が、こんなどこにでもいそうな見た目の女だと思う?」



 言いながら、わたしは自分で自分の顔をぐいっと指し示してやった。


 ……けれども。



「聖女に、容姿が関係あるのか?」



 魔法使い、逆に不思議そうな顔でそう聞き返してくる。



「そもそも大陸最強の剣士たるエル・クレアードが、単に若い女性であるというだけで聖女などと呼ばれ、まるでなにか神聖なものであるかのように崇められていることがおかしいのだ。まさに女性が有徴化される典型例ではないか。もしも彼女が女性でなければ、ただ英雄と称えられただろうに。

 ……それに」



 彼はつと、自分の美しく整った顔を指して、



「そもそも、他人の容姿など、極めてどうでも良い話だ。

 俺にしてみれば、俺以外の人間の容姿など、ほとんど誤差の範疇であるのだからして」



 こんな至極当然のことを、わざわざ言うまでもないが、とでも言わんばかりの表情でしゃあしゃあと言ってのける。


 ……いや、さすがにそれはなくない!? とは思いつつも、実際ツラの良い人間に言われると無駄に説得力があるのがなんか悔しい。




 ……さて。

 これでいよいよ、反論の材料も尽きたわけで。



「――と、とにかく、人違いだから!」


 わたしはついに説得、諦めることにした。

 こうなったら逃げるが勝ちだ。さっさと踵を返し、廃屋を出ようとする。


「わたし、ほんとに銀煌の聖女とかそういうんじゃないんで。じゃ、これで……」


「こら、なぜ逃げようとする」


「……経験上、めんどくさいことになるからだよ」



 肩越しに振り返ったわたし、げんなりした顔でそう言ってやった。



「いちどそう思われたら、いくら違うって言っても信じてもらえないんだもん。ほら、ちょうど今みたいにさ。

 ……どうせあんただって、こんな風に逃げようとするなんて怪しい、とか思ってるんでしょ?」


「……ふむ」、と、魔法使いが思案顔で頷いてみせる。


「確かに、それは一理ある。なんせ、これはいわゆる悪魔の証明というやつだからな。

 ……ときに、小娘氏よ」


「……なに? まだわたしになんか用?」



 さすがに苛立ちを滲ませるわたしの前で、魔法使いが地面を指した。




「いま、なにか落としたぞ」


「へっ」




 青年の指摘に顔を向けると、ついさっきまでわたしが立ってた場所に、なにやら一枚の紙が落ちてる。


 覚えのある手紙だった。

 二つ折りにされた便せんは落ちた拍子に開きかけてて、そこに書かれた幼い文字と絵が、ちらりと見えてて。


 ……一瞬後。


 それがなんだか認識したわたし、全身からザッと血の気が引くのを感じた。




「そ、それはっ!」



 わたし、あわてて駆け寄って手紙を拾おうとする。……でも、間に合わない!


 魔法使いが指を鳴らすと、手紙がふわり、と宙に浮かんだ。

 取り返そうとするわたしの指先をすり抜けて、彼の目の前へと飛んでく。


 すっかり取り乱すわたしの前で、手紙の内容へ目を走らせた魔法使いが「ふむ」、と呟いた。




「これは、【銀煌の聖女】宛に書かれた手紙のようだな」




 ……終わった、と思った。


 いや、たしかにね!? あんないたいけな子どもを騙すなんて、わたし、きっとそのうち地獄に堕ちるなとは思ったけど!

 でも! こんなタイミングで全力フルスイングで叩き落としてくることなくないっ!?



「……ひ、人の手紙を勝手に読むの、ダメだってっ」


「その点に関しては俺も0.1秒くらいは悩んだが、落とし主の手がかりを得るためにはやむを得えない、と、断腸の思いで苦渋の決断をした」



 力なく抗議するわたしに涼しい顔で応えつつ、魔法使いが指先を振る。


 彼の目の前に浮かんだ便せんは魔法の力で器用に畳まれ、そのまま、宙を滑るみたいにしてわたしの手元へ戻ってくる。……どうも。




「……さて」、と、彼があらためてわたしを見た。



「先ほどから『聖女ではない』、と主張している小娘氏が、どうして聖女宛の手紙を持っている?」


「そ、それはっ、そのっ……は、話せば長くなるっていうかっ……」


「……まあ、いい」



 呆れ顔で呟いた魔法使いが、ふと、くちびるの端を持ちあげた。



「【銀煌の聖女】は大陸最強の剣士。――ならば、実際に戦わせてみれば分かることだ」


「へっ?」



 戸惑いの声をあげるわたしの前で、青年が不意に指を鳴らす。



 その瞬間。

 くらりと目がまわるみたいな感覚がわたしを包み込み――――そして。




 ほんの一瞬前まではたしかに、薄暗い廃屋にいたはずなのに。

 気づけばわたし、知らない場所に佇んでいた。


次話「戦わされるわたし」、10/26 20:00更新


主人公、戦わされます。

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