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毒をまとう魔法使いと、毒の効かない偽聖女【どくまと!】  作者: 左京潤
第一章 魔法使いと出逢うわたし
6/34

助けを求めるわたしと誓約の魔法

猛毒体質の大魔法使いと、毒耐性持ちニセ聖女(※実は妖精)の

人違い×隠し事から始まるハイテンションファンタジー


10/23連載開始。11/3まで集中連載中。


平日→20:20の一回更新

10/24(金)と土日祝は8:20/20:20の二回更新


以降は週イチ更新予定です。



* * *



『すべてを失った男の話』



 むかし、ある男が【誓約の魔法】を使って「必ず妻を守る」という誓いを立てた。


 しかし、男は不運にも、その誓いを果たすことはできなかった。

 男は誓約の代償を設定していなかったために、【誓約の魔法】は誓いに見合った対価として、男から『妻に関する記憶』の全てを奪った。

 男は妻の名前も、顔も、彼女を守りたかった理由すらも失ってしまった。


(【誓約の魔法】の濫用を防ぐ会『【誓約の魔法】寓話集』より抜粋)



* * *




 馬は、森を歩くのに向かない。

 人の手で開かれてない地面はでこぼこしてるし、馬の大きな身体じゃ木々の間をすり抜けるのも一苦労……なハズなんだけど。


「馬氏はただ、脚を動かしていればいいぞ」


 背中の方から声を掛けてくる魔法使いの言う通りだった。


 ただ歩いてるだけなのに、わたしの前脚は導かれるみたいに方向を変えて、ぬかるみや木の根を勝手に避けて地面、踏みしめてく。

 それと同時に、行く手を阻む茂みや枝葉がさっと払われ、目の前にどんどん道が開けていった。


 まるで、森の中を吹き抜ける風にでもなったみたい!


 爽快感のあまり鼻歌でも歌いそうになって、わたしはハッと我に返った。



 ……いや、なんか、あまりにも手慣れすぎてないか、これっ?

 もしかして……こいつ、こうやって森の奥で人間を捕まえては魔法で馬に変えて、言葉巧みに街へと連れてっては売り飛ばす、悪名高い魔法犯罪者だったりして……。


 そういう話、前に『実録! 魔法犯罪事典』とかで読んだことあるぞ!?

(読書の趣味が悪い、って? でも、そういうのに興味湧くお年頃ってあるじゃん!)


 ……わたしの胸の中に生まれた不安、だんだん膨らんでった。


 なんか、そう考えると、全てが疑わしくなってくるんだけど?

 そもそも、人を馬に変えた時点で鞍まで乗せてたのとか、明らかに確信犯だし! 

 わたし、ほんとに人間に戻して貰えるのっ……!?




 そうこうしてるうちに視界が開けた。


 どうやら、森を抜けたみたい。

 左右にどこまでも伸びる、幅数メトルくらいの荒れた砂利道。

 見慣れたわたしの狩り場(たびたび魔物が出没して旅人が襲われがちなポイントなんだよね)こと、アオキ・ガハラー樹海の裏街道だ。



 ていうか、もう街道に出たんだ?



 わたしはつい、驚いてしまう。

 わたしが魔法使いと遭遇したの、ここから歩いて数時間はかかる森の奥だったハズなのに、まだ2時間も経ってない。

 ……なんだかやけに身体が軽いなとは思ってたけど、もしかしたら、肉体強化の魔法も掛けられてるのかも。



「優秀なペースだ」、と、魔法使いが満足げに頷く。


「これなら、思ったよりも早く街へ着きそうだな」



 彼の言う通りだった。街道は歩きやすくて、いくらでも速度出せそうな感じ。このまま進んだら、ほんとにすぐ街へ着いちゃいそう。



 ……でも、ほんとにそれで良いのっ?

 背中の魔法使いが何者なのかも、ほんとに約束守ってくれるかどうかも分からないのに!?



 不安が頂点に達したその時、ふと、わたしの視界に飛び込んでくるものがあった。


 旅人だ!

 しかも、なんか、いかにもいい人そう!

 反射的に足を止め、わたしはぐっと首を持ちあげた。そのまま、思いっきり叫ぶ。



『そこの旅のひとっ! 助けてくださいっ!』



 わたしの声に、旅のひとが顔を上げた。

 どうやら声が届いたみたい。旅のひと、そのまま、真っ直ぐこっちへ近づいてくる。


 背中のうえで、魔法使いが身じろぎするのが分かった。


 ……一瞬、邪魔でもされるかと危惧したけど、特にそんなことはなかった。この状態で不審な動きをするのはまずい、とでも思ったのかも知れない。



「いったい、どうしたんですかっ!?」

 

 旅のひと、ついにわたしのすぐ目の前までやってくる。

 わたしはほっと安堵しつつ、さらに言い募った。



『助けて下さいっ! わたし、こいつに騙されて、馬に変えられてっ……!』


「なるほど……」



 旅のひと、うんうんと頷き、真剣な顔でわたしの背中の魔法使いへ向き直った。



「……この馬、水を欲しがっているようですね……!」


『……へっ?』



 ……わたし、思わずぽかんとしてしまった。



『いや、いま欲しいのは水じゃなくて人権なんですけどっ!?』


「うんうん」



 けど、旅のひとは相変わらず訳知り顔で頷いて、



「あと、ニンジンが食べたい、と言っていますね……!」



 なんて、魔法使いにさらなる助言を与える。

 ……って、なんなのこの人っ!? わたしの話を聞いてなさすぎではっ!?



「馬にお詳しいんですね」


 魔法使いが言うと、旅のひとが「いやあ」、と謙遜するみたいに頭を掻いた。


「じつは私、馬の目を見れば馬の心が分かっちゃうんですよねー。しかし、良い馬ですね。瞳に深い知性が感じられる……まるで、人の言葉を理解しているかのような……」


 いや、バチバチに理解してるけどっ!? ていうか、喋ってるじゃん!


「お褒めに預かり光栄です」、と、背中の魔法使いが愛想よく応える。

「ご助言、感謝いたします。街へ着いたらさっそく、褒美のニンジンを買い与えましょう」


「いえいえ。お役に立てたのなら幸いです。では、よい旅を。お馬さんもバイバイ」


 旅のひと、にこにこしながら手を振って、そのまま去って行った。


『ああ、待って! 行かないで旅のひと! わたしを助けてぇぇぇぇぇぇ!!!!!』



 わたしは悲痛に叫ぶ。

 って、いうかっ、なんでわたしの話を聞いてくれないのっ!?





「――……念のため、言っておくが」


 旅人が去った後、背中の魔法使いがぽつりと呟いた。


「馬氏の言葉が分かるのは、俺だけだぞ」


『えっ』わたしは思わず目を丸くした。


『なんでっ!?』


「なんで、って……馬氏はいま、馬ではないか」


 なにを当たり前のことを、と言わんばかりに魔法使いが応える。


「……いいか。馬というものは、人間とは会話できないんだぞ?」


『知っとるわ!』わたしは声を荒らげながらぶんぶんと首を振った。



『じゃ、なくて! じゃあ、なんであんたとはずっと会話できてるわけ!?』


「俺は馬氏のことを追い剝ぎだと思っていたからな。客観的にどう見ても追い剝ぎであるという決定的事実はさておき、いちおう申し開きの機会を与える必要はあるだろうと思い、俺とだけは意思疎通できるようにしておいた。俺は寛大なのだ」


 しれっと言った後、急に眉をひそめて、


「……というか、馬氏はまさか、自分がずっと馬語で喋っていたことに気づいていなかったのか? まあ、馬だからしかたないか……」


 なんて、ため息を吐く。


 だから馬じゃねっつの! ていうか、それならそうと早く言ってよっ!?



「……そもそも、『助けてくれ』もなにもないだろう」、と、魔法使いが言った。

「馬氏は俺との対等な取引の結果、俺の依頼を引き受け、俺を街まで運んでいる最中なのであるからして、助けを求める必要などないではないか」


『……わたしは、脅迫されて無理矢理、っていう認識なんだけど』


「ふむ。物事の捉え方というものは、立場によって変わるものだな……」



 息をするように一般論へすり替え、どこか感慨深げに呟いてみせる。

 こ、こいつっ……!


『あのねえっ!』


 わたし、思わず声を荒らげた。


『こっちは、知らない魔法使いに馬にされたあげく、なんか言いくるめられてどっかへ連れてかれそうになってるんだよ!?

 このまま元に戻して貰えなかったりとか、売り飛ばされちゃったりしたらどうしよう、とか、心配にもなるじゃん!?』


「売り飛ばす、って……誰が、わざわざ、そんな面倒な事を。ものを売るというのは大変なんだぞ? まず、買い手を探さなければいけないじゃないか」


『そこっ!?』


「冗談だ。そもそも、人身売買などという非人道的な行為、人倫にもとる」


『問答無用で人を馬に変えるよーなヤツに人道的とかそういう概念、あるんだ……』


「あれは緊急避難だ。やむを得ないことだった」



 涼しい顔で応えつつ、魔法使いがやがて、「……しかし」、と呟いた。



「確かに、信用できないのも無理はないか――」



 不意に、わたしの背中がふっと軽くなる。

 思わず背後に首を巡らせると、魔法使いがわたしの背中の鞍から降りるところだった。



「……っ」


 地面に足がついた瞬間、彼がわずかに眉を顰める。(……まあ、ちょっと高さあるもんね)

 けど、すぐに表情を取り繕って、彼はわたしの前へと回り込んできた。



『な、何っ……!?』


 わたしはつい、身を強張らせてしまう。

 思わず警戒態勢を取るわたしの前で、魔法使いが口を開いた。



 ――なにか、短い呪文を唱える。


 とたんに、彼を包むみたいに、蒼い光が広がった。

 眩い光だった。神秘的で、厳格で、冷徹なまでに鋭い、蒼い光。



「――いま、ここに誓おう」



 光の中、まるで歌うように魔法使いが宣言する。



「俺は、街へ着いたら速やかに馬氏を元の姿へ戻し、報酬を渡す。もしも約束を違えたならば、俺はどんな代償も、いかなる罰も受ける。――この魔法にかけて」



 光はひときわ強く輝き、次の瞬間に凝縮して、小さな銀のブローチへと形を変える。

 革袋をかたどったようなそのブローチは、魔法使いのローブの胸にぴたりと張りついた。



『いまの光、って……』


「【誓約の魔法】だ」


 思わず呟くわたしに、魔法使いが説明してくる。


「この魔法で立てた誓いは絶対だ。もしも破れば、術者には大きな代償が降りかかる」



 誓約の魔法……。


 冷たいほどに蒼い光。わたしはこの光を知ってた。というか、忘れるハズもない。あの子がわたしに教えてくれた魔法だ。


 この魔法のせいで、わたしたちは……。



『でも、【誓約の魔法】って、禁呪なんでしょ? そんなに気軽に使って良いの?」


「ほう、良く知っているじゃないか」


 魔法使いが、なんだか感心したみたいに頷く。


「確かに【誓約の魔法】はピーキーだ。未熟な人間が不用意に使用してトラブルにならぬよう、一般的には禁じられているが、優れた魔法使いが全ての責を負い、あらゆる事態を想定したうえで厳密な条件指定をして用いるならば、さして問題はない」


『でも、予想外のことだってあるでしょ?』、とわたしは言う。


『たとえば、あんたが街へ着いたとき、魔法使えない状態になっちゃってたりとか、お財布スられて報酬払えなくなっちゃってたりとか……』


「確かに、そういった可能性もなくはないな」、と、魔法使いは頷いた。


「だが、たとえそうなったとしても、代償を払うのは俺自身だ。馬氏には何も問題はない。……そういったリスクも承知した上で、俺は【誓約の魔法】を使ったんだ。俺の先生もよく言っていた。『相手に信頼されるためには誠意を尽くす必要がある。詐欺師はそれを利用して人を騙そうとしてくるから気をつけろ』、と」


『詐欺師の手口って言っちゃってるじゃん!?』


「冗談だよ」、と、魔法使いが肩をすくめた。


 軽く笑ってみせたあと、彼はふと、真顔になる。



「……たしかに、素性も知れない男の魔法で獣に変えられたうえ、良いように扱われて、不安にならぬ筈がない」、と、魔法使いは言う。



「俺が信用されないのも無理はないし、信用しない方が理に適っているまである。……実際、俺が悪意を持つ人間だったとすれば、馬氏の危惧するような行為を働くことも容易にできるのだから」


 そう言うと、魔法使いはまっすぐ、わたしの瞳を覗き込んできた。




「――不安にさせて申し訳なかった」


 ……頭を下げ、謝罪してくる。



「こちらの配慮が足りなかった。……ずっと、気が気ではなかっただろう」




 予想外の展開に、わたし、ぽかんとしてしまった。


『あ、うん……』


 つい「いや、いいよ、気にしないで!」とかなんとか言いそうになって、わたしはあわてて踏み留まる。

 ……いやいやいや、ない。さすがに、それはない! だって、こっちは馬にされてるんだからねっ!?



「この通り。俺は自分にできる限りの誠意を見せたつもりだ。……俺の目的はあくまで移動手段だけ。信じる、信じないは馬氏の自由だが……これで、少しは安心して貰えると良いんだが」



 それだけ告げると、魔法使いはまた、わたしの背中の鞍へと戻っていった。



 ――もしも約束を違えたならば、どんな代償も、いかなる罰も受ける。


 【誓約の魔法】は絶対で、気軽に使って良いものじゃない。

 それなのに、あらゆるリスクを呑み込んで、ゆきずりの人間にただひととき信頼されるために使うなんて、そんなことがあるんだろうか?

 彼の先生とやらの言葉じゃないけど、わたしを安心させるための罠だったりして?



 ……でも。わたしは【誓約の魔法】を知ってる。あの蒼い光は、紛れもなく本物だ。


 たとえこいつは信用できなくても、【誓約の魔法】は信用できる。


 だから、まあ……、と、わたしは思った。……とりあえずは、安心しても良いのかも。



 ……うーん、わたしってばチョロいなあ。


次話「魔法が解けて」、10/26 20:20更新


主人公、ピンチです。

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