魔法使いを連れ出すわたし
他人に触れられない猛毒体質の大魔法使いと、彼に触れても平気な毒耐性持ちニセ聖女(※実は妖精)の
人違い×隠し事から始まるハイテンションファンタジー
毎週火曜日20:20更新です。
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『猛毒持ち次期魔王(自称)に捕まった偽聖女の私、実は毒耐性持ちの妖精なんだが? バレる前に即逃げる!』
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「――なんだ、ずいぶん張り切るじゃないか」
「だって、せっかくの街だし。観光しなきゃもったいないじゃん」
――ニセ聖女たちとの交渉を終えたあと、わたしは昼ご飯もそこそこに宿へ向かった。
寝てたらどうしよう、って心配してたけど(前みたいに寝てるとこ叩き起こして馬にされたくはないしね)、さいわい、魔法使いはまだ起きてた。
わたしは内心小躍りしながら、「ちょっと町でも歩こうよ」って持ち掛けて、ヤツを外へ引っ張り出したんだ。
昼下がりの町は、どこかのんびりした空気に包まれてた。
「……正直、俺は休みたいんだが」
疲れたように目をしょぼしょぼさせながら、魔法使いは小さく息をつく。
「溜めていた仕事にどうにか目処を付けて、ようやくひと眠りしようというところだったのに」
「仕事?」
「……組合の仕事と、領地の管理だよ。どちらもあまり手が掛からないようにしてきたが、完全に任せきり、というわけにはいかないからな」
……へえ、とわたしは感心してしまう。
大魔法使いってヒマなのかな? って思ってたけど、いちおう、ちゃんとやってるらしい。
「はいはい、お疲れさま。でもさ、昼間から寝てたら夜、寝れなくなるよ?」
「気遣いはありがたいが、心配は無用だ。寝たいときにいくらでも寝られるというのは、浜の真砂のごとく存在する俺の長所のひとつでもある」
鷹揚な口調で応えつつ、魔法使いはふと、通り沿いのカフェスタンドへ歩み寄った。
「――すまないが、冷たいコーヒーをひとつ」
すぐに、カップに注がれたコーヒーが出てきた。
魔法使いはそれへ手を伸ばしたけど、どうやら手元が狂ったらしい。
彼の指先は取っ手を掴み損ねてひどくぶつかり、その拍子にカップが宙へと投げ出される。
「あっ」
次の瞬間、カップは空中で止まり、こぼれかけたコーヒーがその中へ吸い込まれてった。
……けど、今日は精度が甘い。
いつもなら一滴もこぼさないのに、コーヒーの一部は地面にこぼれてしまっていた。
「……なんか、いつもより調子悪いじゃん」
思わずそう口にすると、魔法使いはばつの悪そうな顔をする。
「……疲れてるんだよ」
魔法使いはカップを掴むと、誤魔化すみたいに呷った。飲み終えたカップを返していそいそとスタンドを離れる。
……どうやら、ほんとに疲れてるらしい。
無理に連れ出して悪かったな、とわたしはちょっぴり罪悪感を覚えてしまう。
……けど、ニセ聖女コンビとの約束もあるし、なんたってわたしの将来が懸かってる。申し訳ないけど、やむを得ない。……ていうか、そもそも、こいつがわたしを捕まえてるのが悪いんだ、うん。
でも……。
「……よく、わたしと一緒に来てくれたね」
「婚約者どのの誘いを無下にするほど無粋ではないさ」
魔法使いはさらりと応えると、ふと口の端を持ちあげた。
「……まあ、その婚約者どのがいったい、何を企んでいるかは知らないが」
そう言って、なんだか意味ありげな視線を向けてくる。
……って、まさか、気づかれた!? わたしはぎょっとしてばたばたと手を振った。
「た、企んでなんかいないし! なんにも!」
「ほう。では、デートのつもりか?」
「そ、そうだよっ。……まあ、いちおう婚約者だし、こういうのも悪くないな、って……」
わたしが頷くと、魔法使いは値踏みするように目を細めた。そのまま、じっとわたしを見てくる。
「……聖女はウソをつくのが下手すぎる」
やがてそう呟くと、彼はからかうみたいにニヤリとした。
「……だが、まあ、せっかくの機会だ。まんまと乗ってやろうではないか。――それで、どうする? デートなら手でも繋ごうか? それとも、腕でも組むか?」
って、誰がそんなことするか!
反射的にそう思いつつ、けど、わたしはすぐに考え直す。
……なんだかんだ魔法使いに惚れてしまった(……うへぇ)わたしがこいつをデートに誘った、って構図、そう悪くないかもしれない。
少なくとも、わたしがこいつを宿から連れ出した理由としては自然だ。
とにかく、いまはこいつをニセ聖女たちのとこまで引っ張ってって断罪ショーを見せるのが最優先。
なんせ、全てがうまく行けば、数時間後にはわたし、自由の身になってる予定なんだし。 ……そのためなら、ちょっとくらいの恥辱はなんでもない!
「……あんたがそうしたいなら、いいよ」
わたしは覚悟を決めると、やつの腕にそっと自分の腕を絡めた。
「っ……」
腕を組んだ瞬間、魔法使いが息を呑むのが分かった。
華奢だろうなって思ってたけど、彼の腕は意外とがっしりしてた。
ちゃんと厚みがあって、なんていうか、中身が詰まってる、って感じがする。
重いローブの布地越しに伝わってくる体温はどきりとするほど高かった。
ただ疲れてるだけじゃなくて、もしかしたら少し熱もあるのかもしれない、と思った。
……てっきり、いつもみたいに慌てて振り払われるかと思ったけど、そんなことはなかった。
魔法使いは少しの間、動きを止め……やがて苦笑交じりに息を吐く。
「……冗談だ」
刹那、なにかやわらかな力が肩に触れ、わたしの身体をやさしく押し戻す。
ゆるく絡めてた腕がふわりと解かれ、気づけば、わたしはいつも通り、彼からきっちり半歩分のとこまで引き離されてた。
「俺には瘴気がある。……いくら布越しとはいえ、接触は好ましくない」
「……って、なにそれ」
たしなめるみたいに言われて、わたしは少しムッとしてしまった。
「なんだよ。あんたが『腕でも組むか』って言ったんじゃん」
「……そうだな」
「触られたくないなら、冗談でもそういうこと言うな」
「……その通りだ」
魔法使いは短く息を吐き、決まり悪そうな顔で目を伏せた。
「……すまない。俺が悪かった」
「……あんたって、すぐ謝るよね」
その素直さがなんだか逆にカンに障って、わたしはつい意地悪を言ってしまう。
「プライド高そうなくせに、そう簡単に自分の間違いを認めちゃっていいの? それとも、単に場を収めるために口先だけで言ってるだけとか?」
皮肉をたっぷりまぶしたわたしの言葉に、けど、魔法使いはイヤな顔ひとつしなかった。
彼は真面目な表情のまま首を振って、
「自らの過ちに気づいたのなら、それを認めて謝罪するのは当然のことだろう」
わざわざ言うまでもないことだが、みたいな口調で応えてくる。
「……そもそも、プライドのない人間こそ謝罪を嫌がるものだ。たとえ過ちを犯したとて、俺という存在の唯一無二の素晴らしさは欠片も揺るぎはしない。いや、それどころか、過ちを認めることでさらにレベルアップするまであるのだ。
――人は己の過ちを認めた数だけ成長する、と、先生もよく言っていた。
過ちを認めた数だけ成長するし、パンを食べた枚数だけ成長するから、よく噛んでしっかり食べなさい、と……」
「なんか違う話になってない!?」
わたしが思わず突っ込むと、それまで真顔だった魔法使いがようやく表情をゆるめた。なんだか少し楽しそうな顔をする。
……くそう。どうやら、すっかりいつものペースに乗せられてしまったみたいだ。
わたしは思わず目をすがめ、恨みがましげに魔法使いを睨んだ。
「……どうせ、謝りさえすればなにやっても許される、とか思ってんでしょ」
「そんなことはないさ」、と、魔法使いはきっぱり否定する。
「……そもそも、俺は許されるために謝っているわけではない。謝罪というのは、己の過ちに対する指摘を受け入れ、反省し、二度と同じことはしない、というこちら側の意思表示に過ぎない。許す、許さない、というのは、受け取るそちらの問題だろう」
うっ……。
思いのほかまともな解答が返ってきて、わたしは反論できない。
……そもそも、この魔法使いに言いがかりをつけたところで、勝てるはずがないんだよなあ。
「……それは、そうだけど」
わたしがしぶしぶ頷くと、魔法使いが口の端を持ちあげる。
「……それで、婚約者どのは許してくれるつもりか?」
「……さあね」
ぶっきらぼうに応えてやると、彼は愉快そうに目を細めた。
喉の奥をくつくつと鳴らして笑ったあと、何気ない顔で言葉を続ける。
「しかし、デートのつもりがあるのなら、それなりの服を着てくるべきだったな」
「……べつに、なんでもいいよ」
「そうだな。俺は何を着ても似合う」
「……はいはい」
わたしがあきれ顔で嘆息した、そのときだった。
「――おい、なんだあれ?」「聖女さまがいらっしゃるんだってよ」「マジか」
その言葉にわたしははっと息を呑んだ。ゆるみかけてた気持ちが一気に引き締まる。
いつの間にか、わたしたちは通りの辻に差しかかってた。
右手の道を少し入ったところに、例によってちょっとした人だかりができてる。
集まった人たちが口々に「聖女さま」と騒いでるのがこっちまで聞こえてきた。
「……ほほう」、と、魔法使いが興味深げに呟き、ちらりとわたしを見る。
「どうやら、あの先に聖女……もとい、ピュイのニセモノがいるらしいぞ」
「へ、へえ……それは、すごいね……っ?」
わたしは声をうわずらせて相づちを打った。
「で、でもさっ! べつに良いじゃん! ニセモノなんて、そんなの、どうでも!」
そのまま、焦ったように話を逸らそうとする。
……もちろん、これも作戦だ。
もし、わたしがほんとにニセ聖女だとしたら(いや、ほんとにニセ聖女なんだけど)、近くに本物の聖女さまが来てるってウワサを聞いたら動揺して逃げようとするはず。
……とはいえ、日頃からさんざん「わたしは聖女じゃない」って言ってるんだから、本物の聖女を見かけたら喜び勇んで魔法使いを引きずってって「ほらね!」ってドヤ顔する方が自然ではある。
でも、そんなんしたところでどうせ魔法使いは信じないだろうし、だからこその断罪ショー作戦だ。
……それに、わたしが聖女の名を騙ってたこと自体は、いちおう事実ではある。
だから、わたしが告発を恐れて本物から逃げるのも、べつにおかしいことじゃない。……たぶん。
とにかく、ここはひとまず、逃げる素振りをする一択だ。
そうやって逆に魔法使いに興味を持たせ、やつの方から「聖女を見に行こう」と言い出させてやる!
「ね、ねえ! そんなことよりあっち行こ! さっき、あっちで面白い形の石を見つけたんだ!」
「……ほう、それは興味深いな」
魔法使いは素直に頷くと、人混みからあっさり顔を逸らした。
そのまま、聖女のことなんてすっかり忘れたみたいな顔してわたしについてくる。
……って、いや、石なんてどうでも良いじゃん!? そこはもっと聖女の方に興味を持ってよ!?
あんた、聖女にやたら執着してるくせに、ニセ聖女のこと気にならないのっ!?
……けど、言い出した手前、わたしももう、引くわけにはいかなかった。
魔法使いを先導したまま、人だかりのある右手の道の前を足早に通り過ぎざるをえない。
ど、どうしよう……!
わたしは焦った。
いったん向こうへいったあと、ぐるっと迂回して、またこの道に戻って来るか? それとも、なんか理由を付けて真っ直ぐに人だかりの方へ行っちゃう?
でも、そんなの、どう考えたって不自然だしっ……ああっ、通り過ぎちゃう!
人だかりが曲がり角の向こうに隠れようとした、そのときだった。
「――そこのあなた、止まりなさい」
不意に、凜とした少女の声が辺りに響き渡った。
次話「断罪されるわたし」、3/31(火)20:20更新
断罪ショーの始まりだ!




