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毒をまとう魔法使いと、毒の効かない偽聖女【どくまと!】  作者: 左京潤
第一章 魔法使いと出逢うわたし
4/34

やらかしてしまったわたし

猛毒体質の大魔法使いと、毒耐性持ちニセ聖女(※実は妖精)の

人違い×隠し事から始まるハイテンションファンタジー


10/23連載開始。11/3まで集中連載中。


平日→20:20の一回更新

10/24(金)と土日祝は8:20/20:20の二回更新


以降は週イチ更新予定です。





「……ん?」



 泉の水面を撫でるように吹いてきた風に、わたしは顔を上げた。


 ――魔物の匂いだ。


 間違いない。たぶん、そんなに遠くないところに魔物がいる。

 ……んだろうけど。



 わたしは思わず視線を落としてしまう。



 タイミング悪っ…………。

 わたし、ちょうどいま、水浴び始めたばっかりなんですけど……。



 身体を包む水はひんやりしてて気持ちいい。

 澄んだ水の中、白い肌着の裾がゆったり揺らめいている。


 このまましばらく水にたゆたって、ついでに軽く洗濯なんかもしちゃったりして。服と髪を乾かしてる間に、木陰でのんびり本でも読もうと思ってたんだけどなあ……。



 ……でも、まあ、魔物の気配に気づいちゃったら、しかたない。



 魔物は人間しか食べない。

 たとえ一匹でも、放っておけばいずれ必ず犠牲者が出る。

 つまり、見つけたら必ず倒さなきゃいけない、ってこと。



 それに、いくらめったに人が来ない森の奥とはいえ、迷い込んだ旅人とか、レア素材目当てのトレジャーハンターと出くわすこともないわけじゃない。


 もしかしたら、ちょうど誰かが襲われそうになってるかも。

 ちょうど、ついこの前の商隊のひとたちみたいに。

 ……そう考えると、面倒くさいから気づかないフリ、ってワケにもいかないか。



「……行くかぁ」



 ため息ひとつついて、わたしはしぶしぶ泉から上がった。

 正直、あんまり気が乗らないけど……でも。

 わたしの理想。憧れの少女騎士ピュイルならきっと、こういうときに迷わず飛び出すハズだもんね。





 ショートの髪の毛をぎゅっと絞って水を切ると、さっき近くの木の枝へ掛けといた布で髪と身体をざっと拭う。

 ついでに濡れた肌着を乾いたやつに取り替えて、いつものシャツとジーンズを身につければ準備はおおかた完了だ。


 ……さすがに、干してるヒマ、ないか。


 ちょっとだけ迷ったあと、わたしは濡れた肌着と布を丸めて防水布にくるみ、リュックのいちばん上へ突っ込んだ。

 そのまま肩紐に腕を入れ、かたわらに立てかけてた剣を掴んで森の中へ飛び込んでく。





 街道を外れれば、森の中に道なんてものはない。

 歩くのさえ大変な森の中を、木の根っこにつまづきながら走る。

 濡れたままの前髪が額にぺたりと張りついててうっとうしいけど、いまはそんなの気にしてる場合じゃない。



 ――魔物の匂い、どんどん濃くなってた。



 魔物の毒は空気すらも侵す。

 それが、いわゆる『瘴気』っていうやつ。


 魔物の瘴気はほんらい無色透明で、匂いもしない。

 ありとあらゆる生き物の命を奪う猛毒なのに、目には見えないし、普通じゃ感知できないからこそよけいに厄介……らしいんだけど。妖精であるわたしには魔物の瘴気の匂い、分かっちゃうんだよね。

 しかも、風向きによっては、けっこう遠くからでも。



 ……あっ、ちなみに『妖精』って言っても、べつに自然の中で暮らしてるってわけじゃない。(まあ、母さん達の時代はそうだったらしいけどね……)わたしがさいきんこの森をねぐらにしてるのは、あくまで経済的な事情。

 わたしだって、お金に余裕あるなら街で暮らしたいし、清潔なベッドで寝たり、思う存分に食べ歩きしたりしたいんだけどね……閑話休題。



 瘴気の匂いがいっそう濃くなる。

 きっと魔物はもう、すぐそばだ。

 あと、もう少し……!



 行く手を塞ぐ低木の茂みをかき分けると、不意に視界が開けた。


「え…………」


 その先に待ち受けていた光景に、わたしは息を呑んだ。






 目の前に広がっていたのは、聖域、という表現が相応しいような場所だった。



 鬱蒼とした森がただそこだけ開けていて、やわらかな木漏れ日が降り注いでる。

 なんだかまるで、空気自体がうっすら光ってるみたい。



 そして、そんな淡い光の中で、ひとりの青年が眠っていた。



 ――綺麗な青年だった。

 それも、ものすごく。



 年齢は、わたしよりもほんの少し上……だいたい、二十歳くらいだろうか?

 妖しいまでに美しい顔立ちと、下草に零れた長い黒髪。

 透けそうなほど薄い瞼は安らかに閉じられ、黒いローブに包まれた胸が、ゆっくりと規則正しく上下している。



 肌に感じる空気さえも、それまでとはどこか違ってた。

 しんと静まりかえった世界の中で、青年の寝息だけがかすかに聞こえてくる。


「…………ん……ぃ…………」

 

 眠る青年のくちびるが、僅かに動いた。

 ……もしかしたら、夢でも見ているのかも知れない。



 深い森に抱かれるようにして眠る、とびきり美しい青年。

 あまりにも現実離れしたその光景に、わたしはしばし、見とれてしまった。




 ……って。

 いや。ちょっと待って?


 ふと、視界になにか映った気がして。

 眠る青年のすぐ隣へ視線を向けたわたし、思わず声をあげてしまった。



「竜っ!?」



 わたしは一瞬で現実に引き戻された。手にした剣の柄にあわてて力を込める。


 青年のかたわらには、一匹の竜がいた。


 とはいえ、それほど大きい竜じゃない。せいぜい小型の犬くらいのもの。そいつは漆黒の羽を畳み、青年を静かに見下ろしている。



 ――魔物の瘴気、さっきよりいっそう濃くなってた。

 たぶん、フツーの人間なら目眩を覚えるか、ヘタしたら意識、失うくらいの濃さ。



 眠る青年と竜のほかは、あたりに生き物の気配、ない。

 つまり……状況からいってこの瘴気の発生源、あの竜しかいない、ってこと!



 わたしは茂みの間からそっと竜の様子をうかがった。

 なめらかな鱗と流線型のフォルムをした美しい竜だけど、魔物だと思うと、どこか禍々しくも見えてくる。



 て、いうかさ!

 光の中で呑気に眠る青年を見やり、わたしは心の中で毒づいた。


 こいつ、一体なに考えてんだよ!?

 魔物がうろついてる森の中で昼寝するなんて、いくらなんでも無防備すぎ!

 わたしみたいな妖精ならともかく、人間なら人間らしく魔物を警戒しろっつーのっ!



 ……たまたまわたしが近くにいたから良いようなものの、そうでなきゃ、どうなってたか!



 ……でも、間に合って良かった。

 わたしは安堵の息を吐く。

 こっちとしても、しぶしぶ水浴びを切り上げて飛び出してきた甲斐があった、というもの。



 竜型の魔物、様子をうかがってるみたいで、まだ青年へ襲いかかる気配はない。

 いまなら、まだ……助けられる!



 わたしは剣を強く握り直し、深々と息を吸った。



「――そこまでだっ!」



 抜き放った剣を振り上げながらそう叫ぶと、竜型の魔物、驚いたように首をもたげてこちらを向く。

 ……よし、こっちへ注意が向いたぞ!


 茂みから飛び出したわたし、剣を構えたまま魔物めがけて突進した!



 ――こいつの背中には羽がある。

 もしも空中へ逃げられちゃったら、わたしにはもう、打つ手がない。

 チャンスはこの一瞬だけ。わたしは思いっきり剣を振るった!



「――――観念するんだッ!」



 ……けれども。

 

 どうしたことか、振り下ろした剣に手応えは無くって。



「なッ──?」



 次の瞬間。

 

 ……わたしは、馬になっていた。








『って、なんでっ!? どうしてっ!?』



 わたしはあわてて自分の身体を見下ろした。


 馬だ。

 芦毛に覆われた身体と、ほっそりした脚と、蹄。これはもう、馬以外の何者でもない。

 しかも、首を巡らせてみれば、背中にはご丁寧にしっかりした鞍まで設えられてる。



 ……って!

 いや! だから、なんでっ!?



「――…………なんだ、騒がしいな」



 すっかり取り乱したわたしが思わずその場をぐるぐるしてると、不意に、背後から声がした。

 思わず振り返ると、こちらに向けられた視線と目が合う。



 いつの間にか、眠っていた青年が半身を起こし、目を擦りながらこちらを見てた。




 目覚めた青年は、寝ているときよりもいっそう綺麗だった。


 こちらを値踏みするような眼光は鋭くて、瞳の色はまるで闇に浸したような深い青。

 そんな場合じゃないのに、わたしはつい、見入ってしまう。



 ……なんだか、まるで夜の空みたいな色だな、と思った。



 思わず見とれるわたしの前で、青年がわずかに目を細めた。

 透き通るまつげの奥で深い瞳が揺れ、形の良いくちびるが静かに言葉を紡ぐ。




「――なんだ、ただの馬か」


『いや、馬じゃねえし!』


「ああ、そうだった。俺が反射的に魔法で馬に変えてしまったんだったな。人の眠りを邪魔した気分はどうだ? 通りすがりの悪党氏よ」


『あ、悪党っ!?』


「なんの罪もない人間にとつぜん襲いかかってきたのだからして、悪党に決まっているだろう」、と、青年があくび混じりに言う。


「……追い剥ぎか、強盗か、人さらいかなにかは知らんが、この俺の寝込みを襲うとは良い度胸だ。まあ、良い度胸ではあるが、残念ながら運の尽きでもある。

 ……ああ、可哀想に。俺を襲ったから運が尽きたのか、運が尽きてるから俺を襲ったのかは、いまとなっては判然としないが、とにかく、現状お前の運が尽きているという点において間違いはないな」



 形の良い顎に指を掛けつつ、青年が一人で勝手にうんうんと頷いた。



『は、はあ……』



 なんていうか……寝起きにしてはずいぶんと口が回る男だ。

 ていうか、神秘的なくらい綺麗なのに、なんか口開いたらめっちゃ喋るじゃんっ!?



 ……って、いや、そうじゃなくて!



『これ、あんたの仕業っ!?』


 わたしは鼻息も荒く(馬だからね!)青年に詰め寄った。



『なんでわたしを馬に変えたのっ!?』


「だから、先ほども言っただろう。俺は不意打ちを喰らうと反射的に相手を馬にしてしまうんだ」


『いや、だからなんでっ!?』


「なんで、と言われても……古来より、魔法使いの怒りに触れた者は罰として獣に姿を変えられる、と相場が決まっているだろう。

 ……まあ、特に具体例が浮かぶわけではないが、ほら、なんとなくそんな感じがするし」


『そんなフワフワした理由で!? ていうか、不意打ちってなんだよ!?』


「……どこからどう見ても不意打ちだろうが」



 なにを当然のことを、とでも言わんばかりに、魔法使いが嘆息した。



「いいか。客観的に考えてみろ。人が心地よい午睡を堪能しているところへ、とつぜん知らない人間が武器を振りかざして突進して来たのだ。これはもう、一般的に襲撃と見なされる行為ではないだろうか?

 どうだろう、通りすがりの追い剥ぎ氏よ」


『誰が追い剥ぎ氏だよっ!?』


「……おっと、失礼。いまは馬氏だったか」


『馬でも追い剥ぎでもないっつーの!』



 わたしはぶんぶんと首を振り回して抗議の意を示す。



『わたしだってね! ちょうど水浴びしようと思って水に入ったばっかだったんだから! でも、万が一ってこともあるから! 髪も乾かさないまま走ってきてっ! 魔物に襲われそうになってたあんたを見つけてっ……ていうか!』



 そうだよ! 魔物はっ!?

 わたしはあわてて辺りを見渡す。


 ……いた! 魔法使いのすぐ隣に、例の小さな黒い竜!


 竜型の魔物は真紅の瞳を輝かせてこちらを睨み、威嚇するみたいに牙を剥き出してる。

 どう見たって完全に臨戦態勢。

 いまこの瞬間にもわたしたちへ襲いかかってきそう!



『それっ! そいつっ! その魔物っ!』


「……魔物?」


『ああもうっ! いいから! 逃げてっ!』



 喚くわたしに怪訝顔をしつつ、魔法使いがかたわらの仔竜へ視線をやった。



『え……』



 彼に視線を向けられたとたん、仔竜はすっと牙を収めた。

 そのまま漆黒の羽を広げ、ふわり、と魔法使いの肩へ飛び移ってくる。


 羽をたたみながらくるりと回ると、竜は長い尾を身体に巻き付けるようにして彼の肩に収まった。



「……ふみゅう」



 仔竜、真紅の目をぱちぱちさせながら魔法使いの顔をじっと見上げた。それだけには飽き足らず、鼻先を彼の頬につん、と押し当てる。

 まるで「撫でて」、とでも言わんばかりに。


 魔法使いは当然のように手を伸ばし、竜の頭をそっと撫でる。

 仔竜はどこか満足げに目を細め、甘えるように喉を鳴らした。




『え、ええと……』


「……ふむ」



 手袋に包まれた指先で仔竜を撫でつつ、魔法使いは冷ややかな視線をわたしへ向けてくる。



「俺の使い魔が、どうかしたか?」


『で、でもっ、瘴気が…………って、あれっ?』



 言いかけたわたし、その段になってようやく気づく。




 ……いつの間にか、瘴気が消えてた。

 さっきまで噎せるほど濃かった瘴気、いまはもう、ほとんど感じられない。


 とはいえ、よくよく注意をこらしてみれば、まだどこかに気配はあるような気もするけど、気のせいかって言われたら「そうかも……」ってなるくらいの、そんなレベルになってる。


 いったい、どういうこと……?



「……瘴気?」


『な、なんでもないっ!』


 怪訝そうに聞き返してくる魔法使いに、わたしはあわてて首を振った。



 ……って、あぶねっ! フツーの人間には瘴気の匂いなんて分からないんだ。

 瘴気を嗅ぎつけてここまで来たのにとつぜん瘴気が消えちゃった、なんて言ったら、正気を疑われちゃう! 瘴気だけにね!(なんちゃって) 



 ……それに、万が一にでもわたしが妖精だってバレたら、非常にまずい。



 妖精の翅には癒やしの力がある。

 その鱗粉は、生き物の怪我や病を治す薬になるんだ。


 お陰で妖精は人間に狩り尽くされて、いまじゃほとんど絶滅寸前。

 それでもまだ、しつこく妖精の生き残りを探してる人間もいるとかって話も聞く。


 ……まあ、わたし自身は翅を失っちゃったんだけど、それでも、わたしの身体には妖精の血が流れてるわけで。もしもわたしが妖精の生き残りだってバレたら、どんなことになるかはだいたい想像がつく。……つきたくないけど。



「……とぼけた馬だな」



 呆れ顔をする魔法使いに、わたしははは、と笑ってみせた。


次話「あっさり丸め込まれるわたし」、10/24 20:20更新


主人公、丸め込まれてしまいます。(ちょろい)

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