聖女を見に行くわたし
他人に触れられない猛毒体質の大魔法使いと、彼に触れても平気な毒耐性持ちニセ聖女(※実は妖精)の
人違い×隠し事から始まるハイテンションファンタジー
毎週火曜日20:20更新です。
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『猛毒持ち次期魔王(自称)に捕まった偽聖女の私、実は毒耐性持ちの妖精なんだが? バレる前に即逃げる!』
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辻にはちょっとした人だかりができていた。
通りに面したとこに小さな空き地があって、その前に三十人くらいの人が集まってる。
「なんか、聖女さまがいるんだってよ」「聖女さま、って、あの聖女さま!?」「でも、どうしてこんな町に?」「知らんけど、ありがたいことだ……」
ウワサを聞いてやってきた人や、たまたま通りかかった人がくわわって、見物人の輪はますます大きくなってく。
わたしは胸を躍らせながらその輪に近づいた。
少し人が薄めなところでぐっと背伸びして、前の人たちの頭ごしに中を覗き込んでみる。
人垣の向こう。空き地の奥の方で、ひとりの少女が祈りを捧げていた。
はっとするほど綺麗な子だった。
長いまつげを伏せるように瞳を閉じ、絹の手袋に包まれた指先を胸の前でそっと組んでいる。
横顔でもそれと分かる整った顔立ちと、そこに浮かべられた慈愛に満ちた表情。その輪郭は華奢で、透けるように白い肌とあいまって、どこか儚げな印象がある。
たおやかな身体を包むのは、上等な布地で仕立てられた純白の衣。
そして、その背中にさらさらとこぼれ落ちる、長い、煌めくような銀の髪――。
あれが、本物の聖女さま……。
わたしは思わずため息をついてしまった。
たぶんわたしとそう変わらない年頃のはずなのにオーラが違う。なんていうか、説得力がすごい。
このざわめきの中にあって、彼女の周りだけ明らかに空気が違ってる。
まるで、教会に飾られてる絵画の中から抜け出してきたみたいだ。
間違いない、とわたしは確信する。
あの少女こそ、本物の聖女さまに違いない――。
……ていうか! なんか、わたしとぜんぜん違くない!?
たしかに髪と目の色は同じだけど、それ以外の共通点はまったくない。なのに世間の人たちときたら、いったいどこをどうすれば、この人とわたしを間違えられるんだっ?
みんな(※クソ魔法使いを含む)あまりにも見る目がないのでは……。いや、それをいいことに聖女のフリしてたことがあるわたしが言うな、って話だけど。
「――でも、聖女さまって、ショートヘアだって話じゃなかったか?」
人混みの中からふと聞こえてきた言葉にわたしはビクッとする。
「なんか、前にどっかの森で聖女さまに助けられた、って奴がそんなこと言ってたような……それに、聖女さまって強いんだろ? あの聖女さま、剣も持ってなくね?」
「ばっかお前、戦うときはフツー髪を括るだろ。それを見間違えたんだよ。それに、町中で祈るときにわざわざ剣なんて持ってこないだろが」
「ああ。確かにそうか」
納得したような声に、こっそり聞き耳を立ててたわたしは少しホッとした。
……そうそう。そのショートヘアの聖女はニセモノですよー。
ていうか、本物を目の当たりにしてしまうと、自分みたいなショボいのがこれまで聖女のフリをしてたのが恥ずかしくなってくる。……なんか、いたたまれなくなってきた。
「――お集まりの皆さま! 申し訳ありませんが、もう少しお下がりくださいまし!」
不意に、よく通る少女の声が辺りに響いた。
声のした方を見ると、聖女さまのかたわらにもうひとり、同じくらいの年頃の少女が立ってる。
たぶん、聖女さまの従者だろう。
貴族の令嬢みたいな(実際、貴族だしね)服を着た聖女さまとは対照的に、こちらは木綿のワンピースにエプロンといういかにも使用人っぽい服装をしてた。丁寧に結われた金の髪が目に鮮やかだ。
「聖女さまをひと目見たいというお気持ちは分かりますけれど、どうか自重なさってくださいまし! 聖女さまは皆さまのため、この町のために祈りを捧げておいでなのです! 邪魔をなさってはいけませんわ! ああ、後ろの方、通りへもはみ出さないでくださいまし! 通行人の方のご迷惑になりますわよ!」
従者の少女は聖女さまを庇うみたいに両腕を広げ、聖女見物に詰めかけた人たちをてきぱきと誘導する。
彼女にうながされた見物人たちがじりじり動き始めた、そのときだった。
「いたっ……!」
人だかりの端の方から小さな悲鳴があがった。
見ると、空き地から少し離れたところに小さな男の子がうずくまってる。
どうやら、親に連れられて聖女を見に来たものの、そうそうに飽きて走り回ってるうちに転んでしまったみたいだった。地面で擦りむいたのか、膝からは血がにじんでいる。
男の子の目は痛みに潤んで、いまにも泣き出しそうだ。
「まあ、大変ですわ!」
真っ先に声を上げたのは従者の少女だった。
その声に釣られたように、祈りを捧げていた聖女さまがはっと顔を上げる。
聖女さまは急いで男の子に駆け寄ると、衣の裾が汚れるのも躊躇わず膝をついた。
「――大丈夫?」
聖女さまは目線を合わせるみたいに男の子の顔を覗き込み、やわらかく微笑む。
「すぐに治るから、少しだけ我慢してね……?」
そう言うと、聖女さまは男の子の膝の傷へと手をかざした。
そのまま目を閉じ、くちびるを開く。
「女神さま。どうか、この子の傷をお治しください――」
うたうように清らかに、祈りの言葉を唱える。
その涼やかな声につれて、聖女さまの手元が淡い光に包まれた。
やがて光が消え、聖女さまはそっとかざしていた手を離す。
男の子の膝の傷はすっかり治っていた。
泥で汚れていた肌も清められたかのようにきれいになってる。
まるで、なにごともなかったみたいだ。
周りからどよめきの声があがった。
「わあ……」 「傷が……消えた……!」「さすがは聖女さまだ!」「……ていうか、聖女さまって剣士なんだよな? 治癒魔法も使えるのか?」「当たり前だろ、聖女さまだぞ?」「そりゃあそうか……」
人々の好き勝手なざわめきの中、男の子はきれいになった自分の膝を不思議そうな顔で何度か撫でた。それから、おそるおそるといった様子で立ち上がる。
「どう? もう、痛くない?」
聖女さまが訊ねると、少年は「……うん!」と大きく頷く。
「よかった……」
それを聞いて、聖女さまは嬉しそうに微笑んだ。
こ、これが本物の聖女スマイルっ……。
そのあまりの威力に、わたしはすっかり圧倒されてしまう。
もちろん、威力も抜群だった。人だかりのあちこちから歓声があがる。
「はいはい、皆さまどうぞお静かに!」
そんな人々の熱狂を鎮めようとするみたいに、従者の女の子が手を打ち鳴らした。
「聖女さまのお祈りも一段落されたようですし、ちょうどいい機会ですわ! ここからはふれあいタイムのお時間です! 聖女さまにお聞きしたいことのある方は、どうぞ遠慮なく仰ってくださいまし!」
従者の女の子がよく通る声で呼びかけると、人だかりの中から子どもの声があがった。
「せいじょさまの好きな食べものはなんですか!?」
微笑ましい質問に、聖女さまは「まあ」、と顔をほころばせる。
「そうですね……焼きたてのパンと、あたたかいスープが好きです」
意外と素朴な返答に、人だかりから「かわいい……」「聖女さまもごはん食べるんだな」なんて呟きが聞こえてきた。
「ありがとうございますわ! 他にも質問はございますか?」
従者が重ねて聞くと、さらにいくつかの質問が飛んだ。
「趣味は?」
「趣味は料理と編み物です。お裁縫も得意ですよ」
「理想の男性は?」
「そうですね……好きになった人がタイプ、かな」
「アイドルデビューしたことあるって本当?」
「……さすがに、それはウワサです。ほんとだったら、ちょっと楽しそうですけど」
どんなくだらない質問にも、聖女さまは笑顔を絶やさない。
聖女さまが口を開く度に、人々の熱気がさらに盛りあがってくのが分かった。
いや、みんな、聖女さまのこと好きすぎかよ……。まあ、気持ちは分かる。
せっかくの機会だし、わたしもなんか質問しとこうかな……なんてわたしが考え始めた矢先だった。
「――じゃあ、聖女さまには魔物の毒が効かないって本当ですか?」
誰かが発したその質問に、聖女さまが「ええ」、と頷く。
「本当です。だって、私には女神さまのご加護がありますから」
へっ……。
そのやりとりに、わたしは目を丸くしてしまった。
ウソでしょ!?
まさか、本物の聖女さまにも、魔物の毒への耐性があるの――!?
って……。
わたしは思いっきり半眼になってしまう。
……いやいや、ないわ。それはない。
このウワサが広まったのは明らかに、わたしがうっかり人前で魔物の血を浴びちゃって、苦し紛れに『聖女は魔物の毒を恐れない』ってウソをついてから。
もしもほんとの聖女さまにも毒耐性があるんだったら、それよりずっと前にウワサになってなきゃおかしい。
聖女は魔物の毒を恐れない、っていうのはわたしのウソで、わたし発のデマ。
そのデマに乗っかってる、ってことは、つまり……。
わたしはがくりと肩を落とした。
そのまま、深々と落胆のため息をついてしまう。
見た目は完璧だし、身につけている衣服は上等。オマケに治癒魔法まで使えるみたいだけど――残念ながら、この聖女はニセモノだ。
……しかも、よりによって、わたしのニセモノかよ!?
「皆さま! 聖女さまが皆さまの安全や健康をご祈願してくださるそうですわ! お心付けはこちらへお願いいたしますわね!」
追い打ちを掛けるような金髪の従者の声に、わたしは思わず呻いてしまった。
ああ……しかもこの人たち、単に聖女を騙るだけじゃなく、聖女さまの名前でお金まで集めてるし……。
……いや、わたしも人の事は言えないけどっ! わたしのはあくまで、魔物を倒したお礼だったし! 自分から金銭を要求したこともないし! あれは向こうが勝手に勘違いしてお礼に色をつけてくれただけであってっ……!
……って、いまはそんなこと言ってる場合じゃない。
わたしは
ていうか、よくよく考えてみれば、彼女たちが本物だろうがニセモノだろうが、大して問題ないじゃん。
大事なのは、彼女こそが本物の聖女さまだって、魔法使いに信じ込ませることだ。
さいわい、彼女たちがニセ聖女一行だってことを知るのは、現時点でわたしだけ。
ほんの一日、いや、数時間でもいい。あの魔法使いを騙すことができれば、彼女たちにあいつを押しつけて、その隙に逃げることができる!
……でも、いったいどうすれば、わたしがニセモノで彼女こそ本物だって魔法使いに思い込ませることができるんだろうか?
わたしはいまいちど、ニセ聖女さまの方を見やった。
ニセモノだと分かってても、彼女の聖女オーラはすごい。ただ引き会わせるだけでも充分に騙せそうではあるものの……でも、さすがにそれだけじゃ不安要素が残る。
なんせ、どういうわけかあの魔法使いはわたしのこと、本物の聖女だって信じ切ってるんだ。
そうなると……手っ取り早いのは、魔法使いの前でニセ聖女と剣で勝負し、完膚なきまでにボロ負けしてみせること。
聖女さまとは呼ばれてるものの、【銀煌の聖女】の本分は大陸最強の剣士だ。
それが本物の聖女さまにあっけなく破れて屈服させられるところを見れば、さすがの魔法使いもわたしがニセモノだって認めざるを得ないだろう。
……ただ、ニセ聖女には帯剣してる様子がなかった。
【銀煌の聖女】のフリしてるからといって、彼女が剣が得意とは限らない。(実際、剣とは関係ない形で聖女アピールしてたもんね)
真っ向から勝負を挑んでも、なんだかんだ理由をつけて逃げられるだけだろう。
じゃあ、どうすればいいか……。
わたしは人混みをかき分け、金髪の従者の少女の方へ近づいてった。
「――あの、すみません」
わたしが声を掛けると、従者の少女が嬉しそうに顔を上げる。
「あら、お心付けですの?」
はい、と頷きながら、わたしはふところから革袋を取り出した。
ずしりと重いその袋の中には、前に魔法使いに馬にされてこき使われたときの報酬がそのまま入ってる。
「少し、ご相談があって……あとで、聖女さまのお部屋にうかがっても良いですか?」
革袋の口をゆるめて中の金貨をちらつかせると、従者の目の色がぱっと変わった。
その手応えにわたしはつい、心の中でほくそ笑んでしまう。
どうすればいいかなんて、そんなの決まってる。
――つまり、事前にこっそり、話を通しておけばいいんだ!
次話「取引を持ち掛けるわたし」、3/17(火)20:20更新
主人公VSニセ聖女コンビの交渉は……?




