聖女のウワサを聞くわたし
他人に触れられない猛毒体質の大魔法使いと、彼に触れても平気な毒耐性持ちニセ聖女(※実は妖精)の
人違い×隠し事から始まるハイテンションファンタジー
毎週火曜日20:20更新です。
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『猛毒持ち次期魔王(自称)に捕まった偽聖女の私、実は毒耐性持ちの妖精なんだが? バレる前に即逃げる!』
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目的の宿場町に到着したのは、まだお昼前のことだった。
魔法使いの話じゃ「ちょっと大きめの村くらいの規模」ってことだったけど、思ったよりずっと栄えてた。
宿もお店も複数あって、どこもそれなりに繁盛してる様子。
広場の周りには食べ物屋さんのスタンドとか、屋台なんかも出てた。
まあ、それはいいとして……。
「……ていうか、早く着きすぎじゃない?」
わたしは思わず、かたわらの魔法使いに文句を言ってしまう。
――昨日は【魔王の祭壇】での一件があった。
森の奥の【祭壇】で、魔王の残留思念とかいうのと戦って――気づいたら魔法使いは気絶してて、【祭壇】が起動してた。
そこへ、魔物がわっと押し寄せてきて……。
詰めかけてきた魔物をわたしが一網打尽にしたあと、魔法使いがようやく目を覚ましたのが夕方くらい。
その日は早めに寝て(魔法使いは怪我してたし、わたしも大立ち回りで疲れてたからね)、当然、今朝は早くに目が覚めた。
で、まだ暗さが残ってるうちに出発したら、こんな時間に着いてしまった、っていう次第。
「『次の町まで丸一日かかる』、とか言ってたの、誰だっけ?」
わたしは魔法使いをジト目で睨んだ。
「あんたが『日暮れまでにはたどり着きたい』って急かすから、夜明け前から歩きっぱなしだったのにさ。なんか、ぜんぜん近かったじゃん」
「仕方ないだろう」
けど、魔法使いは涼しい顔だ。
「俺が記憶しているのは、俺が子どもの頃に出版されていた地図だからな。その当時にはまだ、先ほど通ってきた新しい道も、つい今しがた渡った橋もなかった。この町は、かなりの距離を迂回しなければたどり着けない位置にあったのだ」
「……あんたの記憶もあてにならないね。そろそろアップデートした方がいいんじゃない?」
「生憎、それほどの余裕はない。どのみち、十年や二十年くらいでは町の位置はさして変わらん。位置関係さえ頭に入っていれば事足りる。――それに、早く着く分には問題はないだろう」
「……とはいえ、さすがに早すぎだよ」
わたしは嘆息し、「で、どうする?」と魔法使いを見やった。
「とりあえず、お昼ご飯はここで食べるとして……そのあと、もうひとつ先の町まで行っちゃう? いまならまだ、余裕で行けるよね?」
「それもひとつの手ではあるが……今後の旅程を考慮するに、この町に泊まるのが最適だ。宿泊地を変えると野宿が増えてしまうからな」
「わたしはべつに良いけど? 宿代の節約になるし、料理もできるしさ」
わたしが言うと、魔法使いは少し呆れたように笑う。。
「……ピュイの逞しさには感心するが、宿代を惜しんで体力を削るのはあまり賢明とは言えない選択だ。どのみち、それほど急ぐ旅でもない。昨日の疲労も残っているし、今日はもう宿をとって休みたいのだが……」
そう言う声には疲労の色が濃かった。……たぶん、昨日の戦闘の消耗がまだ残ってるんだろう。(こいつは怪我とかもしてたしね。)
まあ、わたしとしても、べつに文句はなかった。
知らない町を探索するのは好きだし、さっき広場に出てた屋台にも興味ある。なんか、めずらしいご当地メニューもあったし……。
こいつが宿でダラダラしてる間にひとりでゆっくり観光できる、ってのは悪くない。
「いいよ」
わたしが同意すると魔法使いは頷き、通りに並ぶ宿のひとつへ足を向けた。
彼が向かおうとしたのは、中でもひときわ格の高そうな宿だった。
建物自体はそんなに大きくないけど、いかにも「老舗です」って感じのしっかりした店構えをしてる。木製の重厚な扉は長い年月に磨かれ、飴色の艶をたたえていた。
わたしはついていかなかった。
魔法使いは少し歩いたとこで振り返り、怪訝そうにわたしを見てくる。
「……来ないのか?」
「おあいにくさま」、と、わたしは肩をすくめてやった。
「宿を取るのはいいけど、あんな高そうなとこに泊まる余裕はないからね。わたしはもっと手頃なとこ探すから、あんただけ行きなよ」
わたしの言葉に、魔法使いは「またか」、と呆れたように眉根を寄せた。
「何度も言うが、宿代は俺が出す。そうするべきだからだ。……それに、これは俺の都合でもあるんだよ。ピュイは目を離したらなにをするか分からない。同じ部屋、というわけにはいかないが、せめて同じ宿に泊まらせておきたい」
「逃げようにも、この頭じゃ逃げようないじゃん。どっかの誰かさんに掛けられたネコミミ魔法のお陰でね。だから、べつに違う宿でも関係ないでしょ?」
反論するわたしを見やり、魔法使いは深々と嘆息した。
「……とにかく、ピュイの部屋も確保しておくからな」
「ご勝手にどうぞ。でも、わたしは泊まらないから」
「……ピュイは本当に強情だ」
魔法使いは少し苦笑すると、「そういえば」、と話題を変えてくる。
「俺がいまから泊まろうとしている老舗宿はとある魚料理で有名らしいぞ。なんでも、大陸中の名だたる美食家たちが口をそろえて『人生で一度は食べるべき美味』だと称賛するほどの絶品だとか」
「えっ」
「もっとも、俺は食にはあまり興味がないから、どうでも良いのだが……」
魔法使いはしらじらしい口調でそう言うと、ちらとこちらへ視線を向けてくる。
その口元には、どこか愉しげな笑みが浮かんでた。
こ、こいつ~っ!
わたしは悔しさに肩を震わせた。プライドと欲望が激しくせめぎ合う。
正直、めちゃめちゃ気になるし、ぜったい食べてみたいけど、こいつの思惑にのるのはっ……でも、こんな機会っ、もうないかもだしっ……。
ぐるぐると逡巡するわたしを尻目に、魔法使いはさっさと踵を返した。
そのまま、件の宿に向かってひとりで歩き始める。
「ま、まって!」わたしは思わず声を上げた。
「……わたしも泊まる」
……完全な敗北だった。
絞り出すような声で降参するわたしを横目で見やり、魔法使いは「そうか」、と満足げな顔をする。
……くそっ、食べ物に釣られる自分が情けない……っ!
「……でも、宿代は自分で出すから」
「俺が出すと言っている。ピュイにしてみれば当然の権利だ」
「……だから、そういうわけにはいかないんだって。……痛いけど、しかたない」
ため息交じりに呟くと、魔法使いは少し目を眇めた。
「先日、俺が報酬に渡した分はもう使い切ったのか? それに、穴掘りの対価に渡した金貨もあるだろう」
「……そういう話じゃない」、とわたしは魔法使いを睨む。
「あんたに渡されたお金はそのまんま残ってるよ。ただ、無駄遣いをしたくないだけ」
「……金を貯めているのか?」
魔法使いの問いに、わたしは「そうだよ」と応えた。
「夢があるんだ」
「夢?」
「あんたに教える義理はない」
わたしがぴしゃりと突っぱねると、魔法使いは「そうか」、と頷いた。
……あまりにもあっさり引き下がられて、わたしは少し拍子抜けしてしまう。
「……って、聞かないんだ?」
「無理に聞き出しはしないさ」
そういって、魔法使いは肩をすくめてみせた。
「何せ、互いに事情のある身だからな。俺はピュイを詮索しないし、ピュイも俺を詮索しない。――だが」
不意に、彼は口の端を持ちあげる。
「知っていれば配慮もできるし、力になれることもあるかもしれない」
「……って、傲慢かよ」
「単なる客観的事実だ。何せ俺は大魔法使いで、領主で、いずれ魔王になる身なのだから」
……まったく悪びれない口調で言い放つ魔法使いに、わたしはすっかり呆れてしまった。
なんなんだ、この自信は。
わたしは思わず小さく息を吐いた。
「……べつに、そんなたいしたことじゃないんだ」
なんとなく、口を開く。
「いつかそうなったらいいな、って、なんとなく思ってるだけなんだけどさ……――」
……なんでこいつに話す気になったのか、自分でも分からなかった。
べつに配慮がほしいとか、それこそ、力になってほしいとか思ったわけじゃない。
でも、ふと気づくと、口が勝手に言葉を紡いでた。
「――……家が、欲しいんだ」
口にした瞬間、胸がぎゅっと締めつけられる感じがする。
「いつか、どこか穏やかで静かな土地に、小さな家と畑が欲しい。
庭には果物の木を植えて、ニワトリと、乳が搾れる動物を飼って。畑を耕したり、料理したり、保存食を作ったり、本を読んだりして暮らしたいんだ。……ときどき山に入って、魔物倒したりしてさ」
頭に浮かぶのは、故郷の村での生活だった。
もう二度と帰れない大切な場所。……わたしは、あの場所の代わりが欲しくてたまらないんだ。
わたしが語る夢の話を、魔法使いは隣で黙って聞いていた。
その目が、どこか遠くを見るみたいに細められる。
「……良い夢だな」
やがて、魔法使いがしみじみと呟いた。
「そんな生活ができたら、さぞかし幸福だろう――」
てっきり、からかわれたり茶化されたりするかと思ってたけど、そんな気配はまったくなかった。
本当に、心の底から「良い夢だ」って思ってくれてるのが分かる。
……それが、なんだか、かえって居心地悪かった。
思わず「……そうかな」と呟いて、わたしは目を伏せてしまう。
「こんなの、べつに、ぜんぜん誇れる夢じゃないよ。自分のことしか考えてないし」
自分勝手な夢だ、って自分でも分かってる。
少なくとも、精霊物語のピュイルなら――わたしが憧れてる、あの小説の主人公なら、こんなつまらない夢は見ないだろうな、と思う。
「ピュイルなら、きっと、自分だけが幸せになろうなんて思わないのに……」
魔法使いが少しだけ眉を動かした。
彼はなにか言いかけて、けれども思い直したように口をつぐみ、静かに嘆息する。
「――俺の先生がよく言っていた」
やがて、彼はお定まりのフレーズを口にした。
「自分を大切にできる人間にしか、本当の意味で他人を大切にすることはできない、と」
わたしは思わず魔法使いの顔を見た。
そこにあったのは、思いのほかやわらかな表情だった。
そのまなざしには、どこか、寂しさやもどかしさみたいなものが浮かんでる。
わたしは言葉の続きを待った。けれども、魔法使いはそれ以上、なにも言わなかった。
……てっきり、いつもみたいに蛇足を付け加えて、「冗談だ」って茶化してくるかと思ったのに。
……なんとなく気恥ずかしくなって、わたしは魔法使いから目を逸らした。
「……わたし、ちょっとその辺、散策してくる」
それだけ言うと、わたしはくるりと背を向け、逃げるみたいにその場を離れた。
* * *
ちょうど昼どきってこともあって、広場はなかなかの賑わいを見せてた。
川沿いの町らしく、奥の方には堤防があって、その手前に露店がいくつか出てる。
焼いた魚のにおいと、揚げ物のにおいと、砂糖が焦げるにおい。ちょっとしたお祭りみたいな非日常感にわたしはわくわくしてしまった。
さーて、なに食べようかな……。
わたしが手近な露店を覗き込もうとした、その時だった。
「――なんか、聖女さまが来てるらしいぞ」
不意に耳に飛び込んできた言葉にわたしはビクッとした。
反射的に身を縮こまらせながら視線をめぐらせ、声のした方をそれとな~く窺ってみる。
聖女の話をしてたのは、少し離れたとこにいる若い男の二人組だった。
「マジかよ、こんな町に?」「ああ。向こうの辻だってさ」「そういや、人が集まってたな」「やばくね? 俺らも行ってみようぜ」「ああ!」
彼らは顔を合わせて頷くなり、広場の外へ向かって足早に駆けてく。
その間、彼らがわたしの方を見ることは一度もなかった。
わたしはホッと胸をなで下ろした。顔を上げ、やれやれと息を吐く。
……よかった。聖女って単語につい反応しちゃったけど、どうやら、わたしのことじゃなかったらしい。
まあ、もともと、街中でいきなり聖女さまと間違えられることはそうそうないんだけど……我ながら、少しセンシティブになってるみたいだ。
とにかく、聖女さまに間違われるのはもう、こりごり。
ただでさえヘンな魔法使いにつきまとわれて迷惑してるってのに、このうえさらに勘違いされてたまるかっての。
……って。
そこで、わたしははたと気づいた。
まって!? 本物の聖女さまだってっ!?
――それって、千載一遇のチャンスじゃないか!
どうやら、女神様はわたしのこと、見捨ててはいなかったらしい。
あのクソ魔法使いときたら、これまでなんどわたしが「聖女じゃない」って言っても、ぜんっぜん信じてくれなかったけど。本物の聖女さまのとこへ引きずってけば、さすがに、自分の間違いを認めざるを得なくなるはず。
そしたら、わたしの勝利は確定だ!
まずは人違いでわたしを連れ回してたことを土下座で謝らせ、逃亡防止のふざけたネコミミ魔法ももちろんきっちり解かせる。
ついでに慰謝料もがっぽりふんだくってやって、あとは笑顔でバイバイだ!
やっと、あの魔法使いから逃れられるっ……!
本物の聖女さまを前にしたあいつが目を白黒させるのを想像し、わたしは思わずにんまりしてしまった。
動揺する魔法使いの前で高笑いしながら言ってやるんだ。――「ほら! だから最初から言ってたでしょ? わたしは聖女じゃない、ってさ」ってね!
……よーし、いまに見てろよ!
わたしは心の中でガッツポーズを決めると、急いでさっきの人たちのあとを追いかけた。
新章突入でーす!
次話「聖女を見に行くわたし」、3/10(火)20:20更新




