村娘リュイ
他人に触れられない猛毒体質の大魔法使いと、彼に触れても平気な毒耐性持ちニセ聖女(※実は妖精)の
人違い×隠し事から始まるハイテンションファンタジー
毎週火曜日20:20更新です。
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『猛毒持ち次期魔王(自称)に捕まった偽聖女の私、実は毒耐性持ちの妖精なんだが? バレる前に即逃げる!』
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「また、あの夢か……」
少しだけ開けてある東側の窓から、うっすらと朝日が差し込んでる。
いつもの部屋のいつもの寝床で目を覚ました瞬間、わたしは思わずそう、呟いていた。
何年か前からとつぜん見るようになった夢だ。
なぜか村を出たわたしが、ひとりぼっちで世界をさまよってる夢。
それは、ゾッとするほど怖い夢だった。
夢の中のわたしは、たったひとりで家と村の外に放り出されて、行くあてもなくて、夜に怯えて、お腹が空いて……ようやく街にたどり着いても、手持ちのお金でできることはなんにもなくて、これからいったいどうすればいいのか、って、途方に暮れて……。
……いまになって思えば恥ずかしいんだけど、初めてその夢を見た夜なんか、あんまり怖すぎてつい、母さんのとこに行っちゃったくらい。
真夜中に泣きながら飛び込んできたわたしを、母さんは黙って抱きしめてくれたっけ。
それからも、わたしは同じ夢を見続けた。
夢の中のわたしは相変わらず不安でいっぱいだったけど、それでも、少しずつ生活を固めてって……。
わたしは「はぁ」、と小さなため息をついた。
ようやくいい感じになってきたところで、ここんとこの、とつぜんの急展開。
わけわからん魔法使いに捕まって、婚約者にされて、逃げられなくて……。
……ていうかさ。夢って、もっとこう、とりとめのないもんじゃないの?
村にいた知らないおじさんに挨拶したら、こっちを振り返ったおじさんの顔がいきなり魚に変わるとか。
庭に出たら山みたいに大きなドラゴンがいて、そういえばわたしってドラゴン飼ってたんだっけ、って思い出してひとり納得する、とかさ。
でも、あの夢はなんか、そういうのとは違う。
世界はそのまんまで、ただ、わたしが置かれてる状況が違うだけ、って感じ。
そんなこと、あり得ないんだけど……まるでこの世界のどこかにもうひとりのわたしがいて、ほんとに旅をしてるんじゃないか、なんて思ってしまうくらいだ。
「……まあ、冒険小説とか好きだしね」
思わず苦笑しつつ、わたしはなんとなく、部屋の中を見渡した。
窓から差し込むわずかな光に、見慣れた部屋の様子がぼんやりと浮かびあがってる。
ごちゃごちゃした部屋だ。モノが多すぎるって自覚はある。
ごちゃごちゃして、乱雑で、無秩序で……なのに、なぜか不思議に統一感があって、居心地がいい。
この部屋には、わたしのこれまでの全部が詰まってる。
棚に並んだ……ていうか、手当たり次第に置かれてるのは、わたしが好きなものばかり。
アルおじさんにもらったぬいぐるみとか、友だちと拾ったツヤツヤした木の実とか、初めて街へ行ったときに喫茶店で出てきた紙のコースターとか、子どものころ好きだった服をばらして作った手提げ袋とか、割れたお皿のかけらとか……そのひとつひとつに、語りきれないくらいの想い出がぎゅっと詰まってる。
この部屋は、わたしの一部だった。
けっして切り離せないわたしの一部。かけがえのない、愛おしい空間。
この部屋を、この場所を……わたしの一部を捨てるだなんて、とても考えられない。
だから、夢の中のわたしはかわいそうだな、と思う。
わたしの一部から切り離されて、放り出されたわたし。
もちろん、わたしだって、冒険に憧れないこともないけど……でも、ああいうのは、小説で充分だ。
……ていうか、と、わたしはふと思う。
夢の中のわたしが好きな冒険小説、あれってほんとに実在するんだろうか。
前からずっと気になってて探してはいるんだけど、なんせ田舎のこと。いちばん近くの街では、いくら探しても見つからなかった。
ほんとにあったら、それはそれで怖い気もするけど……でも、好奇心が勝る。
いつか、図書館があるような大きな街に行ってみよう、と思った。
いっそ王都まで行って探してみるのも面白いかもね。
……まあ。とはいえ、いつになるかは分かんないけど。
「……よしっ!」
声をあげて気合いをいれつつ、わたしは思いっきり身を起こした。
寝台を降りて窓の板戸を開けると、朝の空気とまばゆい朝日がいっぱいに差し込んでくる。
今日も、いつもの一日が始まる――。
* * *
井戸は、家から少し下ったところにあった。
朝の空気はひんやりしてて、夜露に湿った土の匂いを含んでる。
「あら、リュイちゃんおはよう。今日も早いねえ」
空の水桶をぶら下げて井戸に近づいたところで、先に来てた近所のおばさんに声をかけられた。
三軒隣の、編み物上手のマチルナさんだ。
編み物自体はどこのうちでもやるけど、マチルナさんのは特別だった。いろんな糸を自在に使って、魔法みたいに素敵なものを拵えてくれる。色の選び方も独特で、他の誰にも真似できなかった。
だから、村の子はみんなマチルナさんの編み物を欲しがる。
わたしも、前にマチルナさんに頼んで編んでもらった帽子を愛用してた。
「おはようございます、マチルナさん」
わたしが会釈すると、マチルナさんは水の入った桶を足元に置いた。そのまま、わたしの方へ少し身を乗り出してくる。
「ねえリュイちゃん、薬草が切れそうなんだけど、近いうちに山へ入る予定はある?」
「ありますよー」、と、わたしは応えた。
「畑の棚作りも一段落しましたし、今日あたり行こうかな、って、母と話してたところです」
「ほんと? 助かるわあ」
マチルナさんがほっとしたように胸に手を当てる。
「あの山に入れるのはリュイちゃんたちくらいだからねえ。魔物の巣みたいなとこなのに、よくいつも無事で帰ってこられるもんだわ。リュイちゃん達が来る前は、ちょっと薬草を採りに行くのも命がけだったのよ。行ったきり、帰ってこない人も多くて」
「母さん、魔物に詳しいんです。魔物に気づかれずに山に入る、ちょっとしたコツ、みたいのがあって……」
「でも、それにしたって危険でしょう? 魔物には毒もあるんだし、怖くない?」
「まあ、いちおう武器も持っていきますけど……でも、使ったことはないかな。わたしたち、隠れるのがとっても上手いから」
笑って言いながら、わたしは井戸の上に掛けられた丸太の取っ手を廻しはじめた。
丸太に巻き付けられた縄がスルスル解けていって、縄の端にくくりつけられた桶が井戸の中へ降りてく。
すぐに下の方から冷たい水音が跳ね返ってきて、取っ手がふっと軽くなった。そうしたら、こんどは取っ手を逆向きにまわして、水の入った桶を引きあげてく。
「いつもの薬草でいいんですよね? 夕方には持って行きますねー」
「ええ、お願いね。助かるわ。ああ、そうそう、素敵な色の毛糸を手に入れたの。リュイちゃん、新しいマフラーはいる?」
「わあ! 欲しいです!」
歓声をあげるわたしに、マチルナさんが目を細めて笑った。
* * *
「ただいまー、水、汲んできたよー」
うちへ戻るとたまらなくいい匂いがした。玉ねぎをバターで炒めたときの、こうばしくてあまい匂いだ。
思わず頬をゆるめながら、わたしは家のなかへ入ってく。
「リュイ、お疲れさま」
部屋の真ん中に設えられたおおきな暖炉の前では、母さんが朝食のスープを作ってた。
スープ鍋と並んで、長年使い込まれてなめらかな艶を放つフライパンがじんわり予熱されてる。
水の入った桶をよいしょ、と床の隅におろしながら壁際の作業台へ目をやると、そこにはうつわに入ったパンケーキだねと、真っ赤なスモモがふたつ置いてあるのが見えた。
「スモモ切っとくねー」
「うん、お願い」
頷く母さんの後ろで、わたしは棚から食器を取りだしてテーブルに並べる。
そのあとスモモとナイフを持ってきてテーブルに座り、スモモの皮へ刃を入れた。
「あ、そういえば、さっき井戸でマチルナさんに会ったんだけど、『薬草が欲しい』、って言ってたよ」
種のまわりにぐるっと一周ナイフを入れながら言うと、母さんは「あら」、と、心配そうな声をあげる。
「あのひとのお孫さん、よく熱を出すから……まあ、大事はないと思うけど」
「畑もちょっと落ち着いたし、わたしが行ってこようか? そろそろヤマモモの実もついてそうだから採ってきたいんだよね」
「あら、良いわね。じゃあお願いしようかな。木登りはリュイの方が得意だしね」
「なにいってんだよ。母さん、フツーに飛べるくせに」
「あのねえ。魔法を使うには翅を出さなきゃいけないでしょ? いくら人目のない山でも、たかがヤマモモを摘む程度のことで翅なんて出さないわよ。もしも誰かに見られたら大変。妖精だってバレたら、村にいられなくなっちゃうじゃない」
軽い口調で言いながら、母さんは暖炉からフライパンを取り出して、作業台の上に広げてあった濡れふきんの上に軽くのせた。
ジュッ、という音がして、真っ白な湯気があがる。
ちょうどよく温度が下がった鍋肌へ、母さんはおたまですくったパンケーキだねを流し込む。
フライパンを暖炉の中へと戻すと、やがて、パンケーキだねの表面にふつふつと小さな穴が浮かんだ。
――妖精だってバレたら、村にいられなくなる。
冗談めいた母さんの言葉に、わたしはふと、昨夜の夢を思い出した。
「ていうか、母さん! 例の夢なんだけどさ……」
わたしが言うと、母さんが一瞬だけ手を止めた。
けど、すぐに明るい声で訊き返してくる。
「例の、最悪なクソ魔法使いの夢?」
「そう! こないだは馬にされたけど、今度はなんか、穴とか掘らされてさあ……」
そう言って、わたしは昨晩見た夢の話をする。
母さんはうんうんと頷きながら、慣れた手つきでパンケーキをひっくり返した。小麦粉が焼ける甘い匂いがして、見とれるほどきれいな焼き色が上側になる。
……わたしは真面目に愚痴ってるのに、母さんはなんだか、ちょっとホッとしたような顔をしてた。
* * *
久しぶりに山へ入った成果は上々だった。
頼まれものの薬草はもちろん、狙ってたヤマモモの実もいっぱい採れた。そのまま食べてもいいけど、シロップを作ってジュースにしとけば、しばらく楽しめるはずだ。
あと、珍しい山菜やキノコも採れたし、シマオオジカの角の立派なヤツも拾えたし、ついでに魔物も二匹くらい倒した。
……大きな声では言えないけど、この辺の村があんまり魔物に襲われないのって、わたしと母さんが山に入るたび、こっそり魔物を倒してるからだったりする。
もう、日は弱くなり始めてた。
ずしりと重いカゴを背負って鼻歌交じりに村へ戻って、鍛冶屋の前を通りかかる。
鍛冶屋の前では、ひとりの女の子がせっせと農具を磨いてた。夕方の涼しい風に混じって鉄と炭の匂いがする。磨かれた鍬の刃が、沈みかけた陽を受けてちらりと光った。
「ティキ」
わたしが声を掛けると、彼女はぱっと顔をあげた。
「おっ、リュイじゃん! 山帰り?」
わたしが頷くと、彼女は磨いてた農具を置いてするりとわたしの背後へ回り込んだ。
どれどれ?、なんて言いながら背負いカゴの中を覗き込み、ニッと満足げに笑ってみせる。
「おっ、大収穫! さすがは山のプロ、リュイ様だね! ……で、私へのお土産は?」
冗談めかした表情で言いながら、ちゃっかり片手を差し出してくる。
彼女はティキ。この村で唯一、わたしと同い年の女の子だ。
鍛冶屋のひとり娘で、腰には分厚い革エプロン、腕は肘までまくりあげ、橙色の髪を頭の後ろできゅっとまとめてる。あらわになった耳には、キラキラした石と金属で作られた飾りがいくつも光ってた。
「もちろん」
と言いながら懐を探って、わたしは差し出されたティキの手に、ぽんとお土産を載せてやった。
わっ!、と、ティキが歓声をあげる。
「なにこれ! 色が混じってるじゃん! かわいい!」
わたしがティキのために持ち帰ったのは、乳白色の中に薄い青や緑が入り混じった石だった。少し透けてて、光の加減で微妙に色合いが変わる。
きっとティキの好みだろうと思って拾ってきたけど、正解だったみたい。
「えー、いいなこれ! 磨いて指輪にしようかな? いや、ペンダントも捨てがたいか……ありがとね! リュイ」
石を握りしめたまま抱きついてくるティキをいなしつつ、わたしは「はいはい」、と軽く笑った。
「お礼はいいからさ。早く一人前になって、わたしの剣を打ってよ。約束通り、なんかこう、すっごいやつ!」
「まかせて! 私、筋がいいって父さ……親方に絶賛されてんだから! ていうか、あんたこそ、それまで無事でいてよね。山に行くのはいいけど、間違っても魔物なんかにやられるんじゃないよ?」
「……わたしを誰だと思ってんの? 魔物なんてヨユーだってば」
わたしの言葉に、ティキがヒュウ、と口笛を吹いた。
「さっすがリュイ! 私も、修行のしがいがあるってもんよ」
ティキは石をいまいちど光に透かし眺めてから、大事そうにポケットへとしまい込んだ。
「にしても、あれから三年も経ったなんてウソみたいだね――」
ふと、ティキが傍らの木を見上げる。
鍛冶屋の隣に生えてるのはビワの木だった。濃い緑色の大きな葉っぱのあいだから、オレンジ色の実がいくつも顔を出している。
わたしの心臓がぎゅっとした。
背中のカゴがいきなり、ずん、と重みを増した気がする。
「あれから、って……例の冬?」
「そ」
と軽く頷き、ティキが肩をすくめた。
「ほんと、すごかったよね。この時期くらいまで、村ごとまるまる雪に閉ざされちゃってさ。雪もひどかったけど、ようやく暖かくなったあとも、種まきが遅れたせいで畑までヤバくて……うちの母さんなんか、『いざって時のために村でお金を積み立ててなかったら大変だった』、っていまだにぼやいてるもん」
……胸のざわめきが、いっそう強くなった。
「……ごめん」
気づくと、口から勝手に言葉が飛び出してた。
自分で口にしておきながら、わたしはその言葉にすっかり戸惑ってしまう。
わたしの目の前で、ティキも「え」、と目を丸くした。
「……って、なんでリュイが謝るの?」
「いや……うん……ほんと、なんでだ?」
自分でもわけが分からなくて、わたしは思わず首を傾げてしまう。
たしかにわたしは妖精だし、昔は魔法だって使えたけど……でも、いくらなんでも、天候を変えるような大それたことなんて、できるわけない。
あれは単なる異常気象で、わたしには関係ない。あるはずない……んだけど。
ざわめきは消えなかった。胸の奥から、言いしれない罪悪感が沸きあがってくる。
腹の底に、黒いモヤみたいなものがべっとりと重くわだかまっていて、いっこうに晴れてくれない。
なにか、忘れてる気がする。とっても大事なことを。
……そして、とっても大事な、誰かのことを。
「とにかく、ちゃんと春が来て、夏が来るってありがたいね、ってこと!」
……わたしのモヤモヤ、たぶん、顔に出ちゃってたんだと思う。
ティキは明るく言うと、「あ、そうそう!」と話題を変えた。
「そういえば、例の夢ってどうなったの? ほら、なんか、イケメン魔法使いの……」
「……顔だけは良いけど中身は最低最悪のクソ魔法使い、ね」
わたしが即座に訂正すると、ティキは「はいはい」、と軽く流した。
「で、どう? なんか進展あった?」
「ううん。結局、まだ逃げられてなくってさ……」
「いやいや、そういう意味じゃなくって! もっとこう、胸キュン展開とか」
「……いや、ねーから」
目を輝かせながら身を乗り出してくるティキに、わたしは肩をすくめて苦笑してみせる。
道ばたの小さな花が、夕方の風に揺られてちいさく首を振っている。
どこかの家から、夕餉の川魚を焼く匂いが流れてきた。
インターミッション回でした。
次から第七章「本物の聖女?と出逢うわたし」が始まります。
次話「聖女のウワサを聞くわたし」、3/3(火)20:20更新
ふたりが訪れた村には、本物の聖女さまが……?




