【魔王の祭壇】にて(後編)
他人に触れられない猛毒体質の大魔法使いと、彼に触れても平気な毒耐性持ちニセ聖女(※実は妖精)の
人違い×隠し事から始まるハイテンションファンタジー
毎週火曜日20:20更新です。
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『猛毒持ち次期魔王(自称)に捕まった偽聖女の私、実は毒耐性持ちの妖精なんだが? バレる前に即逃げる!』
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『――お前、こいつから逃げたいんだろ?』
【祭壇】の魔王が愉しげに目を細める。
『なら、逃げればいい。いまが絶好のチャンスじゃないか?』
わたしは、なにも言えなかった。
なにも言えないまま、ただ、その場に立ち尽くしてしまう。
なんて言えばいいか分からなかった。
迷う必要なんてちっともないはずなのに、頭の中がぐるぐるする。
視界の端にはさっきからずっと黒い色が映り込んでる。
魔王の攻撃を受けて地面に倒れ、そのまま動かない魔法使いのローブの色だ。
魔王になるためにわたしを捕まえて、利用しようとしている最悪の男。
それなのに、わたしはなぜか、昨日の夜のことを思い出してしまう。
一緒にご飯を食べて、お茶を飲んで、お菓子を分け合いながら、星を見て――
「……でも」
やがて、わたしの口から、勝手に言葉が洩れた。
「逃げられないんだ。わたしは、こいつに魔法を掛けられてるから――」
……言いながら、わたしはなぜか胸が軽くなるのを感じてた。呼吸が少しだけ楽になる。
そうだ。わたしには逃走防止のネコミミ魔法が掛かってる。
魔法屋のひとも「手の施しようがない魔法だ」って言ってたし、たぶん、魔法を掛けた本人にしか解けないはずだ。
もちろん、逃げるつもりはある。そんなの、言うまでもない。
……でも、それは、いまじゃない。
少なくとも、このネコミミ魔法の対処法を考えるまでは、このまま――。
『――そいつの魔法なら、俺が解呪しといてやったよ』
魔王の言葉にわたしはどきりとする。
『その程度の魔法が解けないわけないだろ。俺、こう見えて魔王やってたんだぜ?』
胸の中に、じわりと苦いものが広がった。
わたしは反射的に自分の頭へ手を伸ばし、そのままくちびるを噛む。
……魔王の言う通りだった。
ずっとわたしの頭に生えてたはずのネコミミはどこにもない。
いくらさぐっても、わたしの指先には髪の毛の感触しかなかった。
『な?』
魔王は満足げに口の端を吊り上げた。
長い足を組み替え、面白がるような目でこっちを見下ろしてくる。
『ほら。迷ってないで、とっとと逃げた方が良いんじゃないか? ボヤボヤしてると、そいつ、起きちまうぜ?』
「っ……」
わたしはまた、言葉に詰まった。
もう、逃げない理由はなにもなかった。
……ていうか、なに迷ってるんだよ!? と、わたしは自分を叱咤する。
相手はわたしを無理やり婚約者にしたクソ魔法使いじゃないか。
いくら、昨日の夜がなんだかちょっと居心地良かったとしても。情がわいたとか、そんなのあり得ない。
――こんなチャンス、もう、二度とないかもしれない。
倒れてる魔法使いに一度だけ視線を落とし、わたしは顔を上げた。
「――誰がお前の甘言なんて聞くかよ!」
拳をぎゅっと握りしめ、わたしは【祭壇】の魔王を睨めつけてやる。
「魔王のやることだ! どうせ裏があるに決まってる! それに――」
わたしは笑った。
まっすぐ魔王を見据えたまま、挑発するように口の端を持ち上げる。
「お前のお膳立てなんかなくたって、逃げる機会くらい自分で作れるんだ!」
魔王が破顔した。
面白くてたまらない、といった表情のまま、ひょいと肩をすくめてみせる。
『正解』、と魔王が言う。
『お前の言う通りだよ、小娘。もしもお前が逃げてたら、そいつがさっき張った障壁は内側から破れてた。そうこうしてるうちに魔物どもが押し寄せ、ここはちょっとしたパーティーになってたろうさ。もちろん、メインディッシュはそこで呑気に寝てる若造だよ」
「なっ……」
「【祭壇】から出られない、ってのは、けっこう退屈なんだ。あーあ、残念。久しぶりに面白いものが見られると思ったのに』
魔王の言葉にわたしは震えあがった
……こいつの誘いに乗らなくて良かった、と安堵する。
魔法使いに恨みはあるものの、そんな無残な目に遭わせるのはさすがに寝覚めが悪い。
やっぱりこいつは魔王だ、とわたしは思う。
決して、油断しちゃいけない……。
……ていうか。
「……待って」
ある可能性に気づき、わたしは息を呑んだ。
背筋がぞくりとした。ざらりとした不安が胸に生じる。
魔王はもうとっくに死んでるくせに、わたしに掛けられてたネコミミ魔法をあっさり解いてみせた。
でも、そんなことができるなら……。
「あんた、生きた人間に掛けられた魔法を解くことができるなら、新しく魔法を掛けることだって、できるんじゃ……」
『……へぇ』、と、魔王が感心したように目を細めた。
『お前、なかなか察しが良いじゃないか』
「っ!」
わたしは反射的に後ずさった。腹の底が恐怖で満ちる。
……もうとっくに倒されたはずの魔王が、【祭壇】から現世に影響を与えてる。
それって、とびきりヤバいことじゃないか!
「でも……どうして魔法使いは気づいてないんだ!?」
もう死んでるとはいえ、相手は仮にもかつて世界中を恐怖に陥れた魔王だ。
魔法使いは自信家だけど、思慮深いし警戒心だってちゃんと強い。
なのに、どうして……。
『そりゃあ、ここをいじってやったからさ』
魔王は指先を伸ばした。そのまま、自分のこめかみをとん、と軽く叩いてみせる。
『若造が最初に【祭壇】へ来たときに暗示を植えつけてやったんだ。
――「俺、魔王の残留思念は【祭壇】の試練以外で生者に影響を及ぼすことはできない、いたって無害な存在だ」、とね。
お陰でそいつは安心しきって、大事なお前を連れて【祭壇】までのこのこやって来た、っていうワケ。……いやあ、可愛いねえ。ほんと、従順で便利な魔王志望だよ』
魔王の言葉にわたしは怖気だった。
……間違いない。こいつは既に魔法使いに魔法を掛けてる。利用してるんだ。
でも、ヴィルクを利用して、いったいなにをするつもりなんだ!?
まさか……。また、世界を支配しようとしてるとか……?
「……あんた、なにを企んでるの?」
『企み、ねえ』
魔王は含みありげに笑うと、不意に頭を動かした。
【祭壇】の上から身を乗り出すようにして、じっとわたしの顔を見てくる。
『――「【銀煌の聖女】は、いずれ、魔王を産む。」』
「は?」
『銀聖教会の予言だよ。
的中率百パーセントを誇る予言システムが弾きだした、権威あるお告げだ』
魔王の口から飛び出した言葉に、わたしはぽかんとしてしまった。
――銀聖教会の予言。
そういえば、わたしを本物の聖女さまと勘違いして監視してた密偵のおじさんも、そんなこと言ってた気がする。
……でも、「聖女が魔王を産む」だなんて、あまりにも突拍子のない話だ。
いくら教会の予言だとしても、あの【銀煌の聖女】さまが。大陸中の人々に愛され、慕われてる英雄魔王を産むだなんて――
『――……まったく、よくできた話だよ』と、魔王が呟く。
『偶然にしては、あまりにもできすぎてる――』
そう独りごちると、魔王はふと、目を眇めた。
なぜか、どこか哀れむような視線をわたしへ向けてくる。
『……まったく。お前も本当に災難だな。
さいわい、いまはまだごく限られた連中しか知らない話だけど、既にウワサは広がりつつある。「魔王を生む前に【聖女】を殺しちまえ」、ってのが大方の意見だが、逆に祭り上げたり、利用しようとする人間も出てくるだろうさ。
……気をつけることだ。お前、自分で思ってる以上にヤバい立場なんだぜ?』
「でも、わたしは【銀煌の聖女】じゃない!」
思わず、わたしは反論した。
「あんたも魔王なら、わたしが偽者だってことくらい分かるでしょ!?
たしかに、人違いで巻き込まれることはあるかもだけど、そもそも別人なんだし!
だから、【銀煌の聖女】さまの予言なんて、わたしには関係な……」
『――それが、あるんだよな』
魔王がふと、真面目な顔になる。
『ある、なんてもんじゃない。
――これは、最初からずっとお前の話なんだよ、リュイ』
心臓が跳ねた。
魔王の口から不意に飛び出した名前に、わたしは息が止まりそうになる。
「どうして」
声が震えた。頭の中が真っ白になる。
「どうして、魔王のあんたが、わたしのほんとの名前を知ってるんだ――?」
――リュイ。
それは、わたしが失った、本当の名前だった。
『――おっと、少し喋りすぎたか』
魔王がおどけたように肩をすくめる。
『……まあ、さすがに、これ以上の野暮はやめとくよ。こう見えて、俺はけっこう気がまわるタイプでね。……まわりすぎるのが玉に瑕だ、って、ツユハにはよく叱られたっけ――それで、取り返しのつかない失敗もした』
「質問に答えろ!」
わたしは苛立ちながら声を荒げた。
「あんたはどうして、わたしの名前をっ……」
『――悪いが、この記憶は消させて貰うぜ』
わたしの言葉を無視し、魔王が一方的に告げてくる。
『さっき解いた魔法も、元通りにしといてやるよ。若造に気づかれると厄介だからな。
……しかし、ネコミミとはなかなか良い趣味してる。……まあ、この程度のお遊びは許してやるさ。見込み通り、なかなか使える男だからな』
【祭壇】の上の魔王が立ち上がった。
銀色の髪が揺れ、ビーズの飾りが煌めく。
『じゃあな。また逢うのを楽しみにしてるぜ、リュイ――俺のかわいい愛娘よ』
「 えっ」
思わず声をあげた、その瞬間。
わたしの記憶はぷつりと途切れた。
……
…………
………………
はっと、我に返る。
魔王の気配が消えていた。
それどころか、ついさっきまで目の前にあった【祭壇】までもが、跡形もなく消滅してる。
まるで、そこに【祭壇】があったという事実さえもかき消されてしまったように。
【祭壇】があったはずの場所は下草に覆われ、その残滓すらもなかった。
……いったい、なにがあったんだ?
記憶が混乱してた。一瞬前の出来事と繋がらない。
たしか、わたしは魔法使いに連れられて【魔王の祭壇】に来て。
魔法使いが【祭壇】を攻撃したら魔王が出てきて。魔法使いが喧嘩をふっかけて、それで……。
「ヴィルクっ!」
わたしはあわてて、彼へと駆け寄った。
かたわらに座り込むなり上半身を抱き起こし、容態を確認する。
呼吸はあった。
怪我はしてたけど、いつ治したのか傷は塞がっていて、出血自体もさほどじゃない。まだ意識を失ってるのは、単に力を使い果たしたから、っていう感じだ。
わたしはホッとして、彼の身体をそっと地面に横たえた。
そこで、初めて瘴気の匂いに気づいた。酔いそうになるくらい濃い、魔物の毒の匂いだ。
魔法使いの瘴気だ、と思う。
彼が気を失っているせいで、瘴気を散らすための風の魔法が途絶え、ダダ漏れになってるんだ。
……しかし、よくもまあ、これだけの瘴気をコントロールしてるもんだな、とわたしは感心する。
きっと簡単なことじゃない。でも、こいつはいつだって、それをこなしてるんだ。
「……わたしは、べつに平気なのにな」
なぜかもどかしさを感じてしまって、なんとはなしに、そう呟く。
――ふと、背後になにかの気配を感じた。
反射的に振り向いて、わたしは思わず失笑してしまう。
そこには無数の魔物がいた。
やつらは、魔法使いが最初に張った方の障壁に阻まれ、恨めしそうにこっちを眺めている。
……そういえば、「【祭壇】を起動すると魔物が集まってくる」って、魔法使いが言ってたっけ。こんだけ魔物がいれば、そりゃあ、瘴気だって濃いはずだ。
……でも、それにしたって数が多い。
十匹や二十匹って感じじゃないぞ、これは。
しかも、障壁の向こうの魔物の数は、さらに増えていくみたいだった。
魔物が増えるたびに、魔法使いが張った障壁が少しずつたわみ、歪んでいくのが分かる。
……って、まずいんじゃないの、これ?
……どうやら、魔法使いが想定してたよりも、ずっとたくさんの魔物が集まってるらしい。
どう見たって、障壁はもう、あんまり長く持ちそうになかった。
「……あんたねえ」
思わず呆れ顔になって、わたしは横で呑気に気絶してる魔法使いを見やる。
「いつもあんだけエラそうなこと言ってるくせに、読みが甘すぎるんじゃない? ……ったく。よくここまで無事だったもんだ」
……ったく、仕方ないなあ。
わたしはよいしょ、と立ち上がった。
剣を取ると、魔物たちに向き直る。
あんたのミス、今日のところはカバーしといてやるよ。
……昨日は、おいしいお茶淹れてもらったしね。
押し寄せる魔物達の圧で、障壁はいまにも壊れそうだった。
光の壁がたわみ、細かなヒビが入るのが分かる。
「……よーし、やってやろうじゃん!」
次の瞬間。
障壁が砕け、魔物たちがなだれ込んでくるのが見えた。
* * *
魔法使いがようやく目覚めたのは、日も暮れかける頃だった。
ようやく落ち着き始めた焚き火に薪をくべながら、わたしは「おはよ」、と声を掛けてやる。
「よく眠れた?」
魔法使いは答えなかった。
彼は額を押さえながら辺りを見渡し、少し驚いたような顔をする。
消失した【祭壇】と、壊れた障壁の残滓。そして、森じゅうに転がる魔物たちの無数の屍。
いったいなにがあったのか、彼はすぐ察したようだった。
戸惑うようにわたしを見て、わずかに目を細める。
「……守ってくれたのか」
「いや、べつに。フツーに自己防衛だけど? わたしだって魔物に喰われたくはないしね」
軽い口調でうそぶいたあと、付け加える。
「……っていうか、さすがのあんたも、こんだけの数の魔物を全部埋めろとかは言わないよね?」
魔法使いが苦笑した。
彼は気まずげに目を逸らし、小さくため息を吐く。
「……ありがとう」
「どうも」、と軽く応えたあと、わたしはついでに訊ねてみた。
「……あんたって、いつもこんなことしてるの?」
魔法使いが少し、口ごもった。
彼は目を伏せ、やがて、「ああ」、と頷く。
「俺は、どうしても、魔王になる必要があるんだ――」
「……まあ、あんたの事情はどうでもいいけどさ」
わたしは彼から目を逸らした。
「あんまり無理しない方がいいと思うよ、ヴィルク」
魔法使いが目を丸くした。やがて、少しだけ口の端を持ちあげる。
「……ああ」
ぱちり、と焚き火が弾ける音がした。
はい! ここまででだいたい第一巻分、ひとつめの区切りです!
なんかいろいろ新情報も出つつ、ピュイとヴィルクの関係性がひととおり形になったところで、物語はさらに広がります!
今後ともお付き合いよろしくお願いします……!
次話2/24(火)20:20更新




