彼が魔王になろうとする理由
他人に触れられない猛毒体質の大魔法使いと、彼に触れても平気な毒耐性持ちニセ聖女(※実は妖精)の
人違い×隠し事から始まるハイテンションファンタジー
毎週火曜日20:20更新です。
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『猛毒持ち次期魔王(自称)に捕まった偽聖女の私、実は毒耐性持ちの妖精なんだが? バレる前に即逃げる!』
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――彼は、魔物を殺しても、なんとも思わないんだろうか。
前から、ずっと気になってたことだった。
……ていうか。正直、それは、わたし自身への問いでもあった。
これまで数え切れないくらいたくさんの魔物を倒してきた。
……まあ、そもそもわたしは魔物の天敵、妖精だし。魔物を見逃せばいつか必ず誰かが犠牲になるから、しかたないんだけど……。
でも、魔物だっていちおう、生き物だ。
魔物相手なら無敵なわたしがこんな風に一方的に倒しちゃって良いのかな、っていうのは、ずっと思ってた。
……こいつには、そういう葛藤ってないんだろうか?
ましてや、こいつの身体には魔物と同じ血が流れてるらしいし。
こいつにとっての魔物って、ある意味では、仲間みたいなものだったりするんじゃないの?
わたしの問いに、魔法使いがわずかに眉を動かした。
「――正当防衛だ」
少しだけなにか考えたあと、彼は迷いのない口調でそう答えてくる。
「追い詰められた一角兎は竜の目を穿つ、と言うだろう? いくら被捕食者とはいえ、黙ってやられてやる道理はないさ。……そもそも、魔物が人間を襲ってくるのだ。こちらの命を狙ってくる相手に手加減をしてやる必要がどこにある?」
「それは、そうだけど……」、と、わたしは思わず目を伏せた。
「……でもさ。魔物だって、生きるためにやってるんじゃん」
「それについても、気にする必要はない」
けれども、彼は重ねて断言してくる。
「そもそも、魔物というものは、神が作った生体ロボットなのだから」
せいたい……ろぼっと?
聞き慣れない言葉だった。
怪訝な顔をするわたしに、魔法使いは少し笑って、
「――まあ、平たく言えば、命令通りに動く空っぽの人形のようなものだ」
と説明してくる。
「とにかく、魔物というのはそういう類のものであって、いわゆる生き物とは違う。あれには自我も感情もない。……だから」
そう言うと、彼はニヤリ、と口の端を吊り上げてみせた。
「――いくら魔物を倒したところで、聖女が気に病む必要などは全くない」
「っ」
魔法使いの言葉に、わたしは目を丸くしてしまう。
……見透かされた。
頬がじわり、と熱くなるのを感じた。……なんでわたしがいきなりこんな質問をしたのか、最初っからこいつにはバレバレだったらしい。
「……べつに、わたしは魔物なんか殺したってぜんぜん平気だし、気にしてないけど?」
反射的に目を逸らして言い訳すると、魔法使いは息を洩らすようにして笑った。
「ピュイは本当に分かりやすい」
「……うっせえ」
八つ当たりみたいにシャベルを握りしめ、わたしは思わず毒づいてしまう。
……くそっ。ほんとムカつくな、こいつ。このシャベル投げつけちゃろか!?(……いや、やらないけど)
……でも。なんだか肩の荷が降りた気分だった。
魔物と戦うのって、ある種の高揚感があるというか……正直、どこか愉しい。
そんな気持ちで魔物の命を奪うの、これまで罪悪感があったけど……あれは倒してもいいものなんだ、って保証されると、ちょっとだけ心が軽くなった感じがする。
そんなわたしの感情、例によって顔に出てたんだと思う。
魔法使いはちら、とこっちを見て、なんだか気がゆるんだみたいに息を吐いた。
「そもそも、魔物というのは単なる道具に過ぎないんだよ」、と、魔法使いは続ける。
「あれはただ、人間の数を調整するためだけに作られ、この世界に放たれた存在だ。
……だから魔物は毒を持つし、人間を食べねば生きられないようにできている」
その瞬間、わたしの手足からすっと体温が引いた。
……思わず、わたしはシャベルを動かしてた手を止めてしまう。
道具に過ぎない、という彼の言葉が、胸の奥にもやもやとわだかまった。
……だって。人間を食べなければ生きられないように作られた魔物が道具なんだとしたら。
魔物を食べなければ生きられないように作られたわたしたち、妖精だって……。
……ていうか。
と、わたしはいまさら、あることに思い至った。心臓がぎゅっと縮まるのを感じる。
「……もしかして、あんたも、人を食うの?」
どこか遠くで、獣の遠吠えが聞こえた。
わたしの問いに、魔法使いの表情が僅かに動いた。
彼は静かにわたしを見ると、どこか皮肉げに口の端を持ちあげる。
「……だとしたら、どうする?」
「っ……」
わたしは息を呑んだ。
思わず、彼の顔を見返してしまう。
深い色をした瞳が、まっすぐにわたしの視線を受け止めてくる。
森を渡る風がざわりと枝葉を揺らし、消えかけた焚き火の灰をふわりと舞いあげた。
夜気をはらんだ冷たい空気が、わたしの肌を撫でていく。
「――冗談だよ」
どこか張り詰めた空気の中、先に表情をゆるめたのは魔法使いのほうだった。
「確かに、俺の身体には生まれつき魔物の遺伝子が組み込まれている。だが、発現しているのはいまのところ、魔物の毒だけらしいな。……なにせ、これまで人の肉を食った事など無いが、こうして生きているのだから」
軽い口調で言うと、彼はわずかに肩をすくめてみせる。
冗談めかしたような声音と態度だった。
――けれども、そこには、どこか自嘲めいた響きが含まれている。
……なんでそんな顔をするんだろう、と思った。
こいつのことが、本当に分からない。
茶化すようなことばっか言うくせに、時折、思い詰めたような目をする。
そもそも、なんでこいつは魔物の血と毒を持ってるんだ?
こいつは何者で、どんな目的があって……いったい、なにを考えてるんだ?
「――……あんたって、どうして魔王になろうとしてるの?」
気づけば、わたしは訊ねていた。
「魔王になって、いったい、どうするつもり?」
魔法使いが口をつぐんだ。
彼はなんだか少し逡巡してるみたいだった。
けど、しばらく黙り込んでた魔法使い、やがて、わざとらしく口の端を持ちあげてみせる。
「――決まっているだろう。この世の全てを、俺の思い通りにするためだ」
「っ」
「……なあに、そう心配するな」と、魔法使いが軽く笑う。
「生憎、俺は色事にはさして興味がない。……なにせ、このような身体だからな。たとえ魔王になったとしても、聖女以外の妻を持つつもりはないから、その点は安心してくれて構わないぞ」
「なっ」
わたしは絶句した。
しばらく口をぱくぱくさせたあと、思いっきり息を吸って怒鳴る。
「知るかっ!」
全力で叫ぶわたしを見て、魔法使いは肩を揺らすようにしてくすくす笑った。
「ほらほら、手が止まっているぞ。あともう少しだ」
「分かってるっ!」
いらだち紛れにがなり返すと、わたしはシャベルを握りしめてまた、穴掘りへ戻った。
……なんだか、はぐらかされた気がする。
でも、まあ、いいか、とわたしは思った。
こいつは魔王になろうとしてる。そして、どういう仕組みかは分からないけど、こいつが魔王になるためには聖女が必要らしい。
だからこいつは聖女のフリしてたわたしを捕まえて、婚約者にした。
……でも、わたしは聖女じゃない。
だから、そもそも、わたしには関係ない話なんだ。
わたしは偽者で、こいつの目的には叶わない。
たぶん、こいつが自分の人違いに――わたしが本物の聖女じゃない、ってことに気づくのも、そう遠いことじゃないだろう。
……とはいえ、もちろん、わたしはその前に自力で逃げてやるけどね!
そもそも、こっちは妖精だってバレたら人生終了なんだ。なんとかチャンスを見つけて、さっさと逃げるに限るっつーの!
とにかく、自由の身にさえなればこっちのもの。
わたしはこんなやつの企みなんてとっとと忘れて、いままで通り気楽に生きるんだ!
……まあ、魔王になろうとしてるヤツを放っといて良いのか? って言われると、悩みどころではあるんだけど……でも、どのみち、わたしにはどうしようもないことだし。
たぶん、本物の聖女さまならきっと、なんとかしてくれるでしょ、と、わたしは無責任にそう思う。
わたしにできるのは、せいぜい、魔王になるとかいうこいつの企みを、魔法使い組合に通報してやることくらい。
……ていうか。そういや、例の密告防止魔法って、口頭以外でも発動するんだろうか。
もし文章ならセーフだったとしたら、手紙で告発する、っていう手もあるし……。
そのうちこっそり試してみよう、と、わたしはひそかに胸中で企んだ。
* * *
魔法使いの魔法の助力もあって、穴掘りにさほど時間は掛からなかった。
穴が完成すると、魔法使いは魔法で強い風を生じさせた。
風は魔物の亡骸を押し転がし、わたしが掘った穴の中へと次々に落としてく。
そのあと、さっき掘り出した土を魔物たちのうえにかぶせ(魔物の分だけ土があまったんで、あたりにはちょっとした小山ができてしまった)終え、わたしは額の汗を拭いながら「ふう」、とひと息ついた。
「ピュイ」
名を呼ばれて振り向いたとたん、透き通る水の塊がわたしの手を包みこむ。
土で汚れた指先に、ひんやりした水が気持ちいい。
水の塊、わたしの手のひらについた汚れをやさしく拭ったあと、ゆっくりと下に落ちてぱちんと弾け、そのまま地面に染みこんでった。
わたしの目の前に、ふわりとマグカップが飛んでくる。
すっかりきれいになった手で反射的に受け取ると、お茶の香りが鼻をくすぐった。
……どうやら、わたしが穴掘ってる間にお茶を淹れ直してくれたらしい。
「……ありがと」
穴掘らされてノド渇いてたわたし、さっそくマグへ口をつける。
お茶はさっきよりも薄めだった。しかも、ほどよく冷めててごくごく飲める。
まろみのある水分がほてった身体に心地よく染みわたり、喉には爽やかな香りの余韻が残った。
……なんか、ムカつくくらい気が利まわるよな、こいつ。
「――こちらこそ、ありがとう」
相変わらず木にもたれたまま、魔法使いが改めてそう言ってくる。
「本当に助かった。……俺は、体力があまりないからな。ピュイのお陰で、魔物の毒の被害を広げずに済む」
わたしは一瞬、言葉に詰まった。
……いつもニヤニヤしてるくせに、こういうときだけ真面目な顔するの、ほんとずるい。
なんとなくお茶の残りを飲み干して、わたしは「まあね」、と頷いてやった。
「こっちも、寝る前の良い運動になったよ。……それに、あんたの言う通り、魔物の死体をそのまんま転がしとくの、あんまりよくないだろうしね」
言いながらリュックに近づいて布を取り出し、空になったマグカップを拭う。
……いろいろあったけど、そろそろ、寝る準備をしなきゃ。
……と。
きれいになったマグカップをリュックにしまいながら、わたしはふと、あることを思いついた。
「ていうかさ」、と、わたしは魔法使いを見やる。
「穴掘らされて汗、かいちゃったし。さっきあんたがやってた魔法で身体を洗うやつ、あれ、わたしにもやってくれない?」
わたしの申し出に、魔法使いが少しだけ目を丸くした。
まるで予想外、って感じの反応に、わたしもなんだか戸惑ってしまう。
「……って、なんだよその顔。さっき『ピュイにもやってやろうか?』とか言ってたじゃん。やってくれるなら、やってよ」
「いや。あれは、冗談で……」
「冗談? じゃあ、ほんとはできないの?」
「いや……」と、魔法使いが言葉を濁す。
「出来るか、と問われれば無論、可能だ。……可能ではあるのだが……」
「本当っ!? じゃあ、お願い!」
「…………構わない、が……本当にいいのか?」
魔法使い、どこか躊躇いがちに確認してくる。
自信家の魔法使いにしてはめずらしく歯切れの悪い反応だった。
「もちろん」、と、わたしは大きく頷いてみせる。
「利用できるものは利用しろ、でしょ? たいした労働じゃなかったけど、なんだかんだ汗かいちゃったし、肌もベタベタだし、さすがにこのまま寝るのはちょっと……ね。
あんたの魔法なら、一瞬でサッパリしそうだもん」
魔法使いはまだ、少し迷ってるみたいだった。
けれども、やがて、しぶしぶといった風に手を持ちあげる。
「……分かったよ。……だが、クレームは受け付けないからな」
魔法使いが低く呪文を唱えると、手袋に包まれた指先に水のかたまりが膨れあがる。
生じた水はまっすぐこっちへ飛んできて、わたしの手の甲に触れた瞬間、弾けた。
水はわたしの肌を覆うみたいに広がって、そのまま、シャツの袖から服の中へと潜り込んでくる。
「っ!?」
瞬間、えもいわれぬ感覚が身体中を走った。
……たとえて言うなら、まるで大きな獣の舌で全身を一度に舐められた感じ。
ほんの一瞬のことだったけど、皮膚という皮膚のうえをぞわりと駆け抜けてったその感覚に、わたしはすっかり固まってしまう。
「なっ……」
「……クレームは受け付けない、と言っただろう」
絶句するわたしから目を逸らし、魔法使いが淡々と言ってくる。
わたしは反射的に身体をかい抱いてうずくまった。思わず叫んでしまう。
「な、なんなんだよっ! いまのっ!? あんなのっ……せ、セクハラじゃんっ!?」
「……だから『本当にいいのか?』と、確認した」
「説明不足だっ!!」
「……それに関しては、その通りだ」
と、魔法使いが少し気まずげに同意する。
「説明しようにも、こう、なかなか言語化が難しい感覚でな。……毎日のことだからして、俺はもう、すっかり慣れ切っているし……他人がどう感じるかについて多少の懸念はあったものの、俺の気にしすぎかもしれないし、ピュイがこれほど望むのだからまあ大丈夫か、と……」
「大丈夫じゃないっ!!」
「……すまなかったな。だが、とりあえず、サッパリはしただろう?」
……たしかに、魔法使いの言う通りだった。
さっきまでの肌のベタベタはすっかり消えてるし、髪の毛もサラサラ。完全にお風呂上がり、って感じで快適だ。
でもっ! でもでもっ!
わたしはその場にしゃがみ込んだまま、涼しげな顔してる魔法使いを恨めしげに睨めあげた。
身体はきれいになったけど、なんか汚された気分なんだけど~っ!?
野宿編ラストでした!次と次はインターミッション!
次話「ヴィルクと先生」、2/3(火)20:20更新




