動揺する魔法使い
他人に触れられない猛毒体質の大魔法使いと、彼に触れても平気な毒耐性持ちニセ聖女(※実は妖精)の
人違い×隠し事から始まるハイテンションファンタジー
毎週火曜日20:20更新です。
→読み切り短編版はこちら
『猛毒持ち次期魔王(自称)に捕まった偽聖女の私、実は毒耐性持ちの妖精なんだが? バレる前に即逃げる!』
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――わたしたちは同時に顔を上げた。
マジックロープの向こうに獣の目があった。
……それも、ひとつじゃない。
複数の紅い目が、ギラギラと輝きながらわたしたちの様子をうかがってる!
少し遅れて、ムッとするような瘴気が押し寄せてあたりに満ちるのが分かった。
……魔物の群れだ!
反射的にマグカップを置き、側に立てかけてあった剣を掴みざま立ち上がる!
動作の途中で剣を抜きながらぐいとロープを押しやり、魔物たちに向かおうとして――
「え」
とつぜん、わたしの足が地面を離れた。
いったいなにが起こったのか分からなかった。わたしの身体はまるで見えない腕に抱き上げられでもしたみたいにふわりと持ちあげられ、ほんの一瞬後には、すぐそばの大木の枝の上にちょこんと載せられてる。
……って!?
「はぁっ!?」
あわてて枝から身を乗り出すと、眼下に魔法使いの姿がある。
……魔法使いの魔法だ、と、わたしはようやく察した。
わたしたちを狙う魔物たちの存在に気づくや否や、彼は魔法でわたしを樹上へ逃がし、ひとり地上へ残ったらしい。
彼は既に、魔物たちに四方を囲まれてた。
魔物の数は五体。
しなやかな流線型の体躯と鋭い牙を持つ四つ足の魔物たちは、狂ったように鳴る警報ロープを軽々と抜け、じわじわ包囲を狭めてく。
「……俺に任せろ」
魔法使い、眼前にせまる魔物たちを牽制するように睨みながら早口でそう告げてくる。
「って、余計なお世話だ!」
彼と魔物たちを樹上から見下ろしつつ、わたしは思わず声を荒げてしまった。
「魔物くらい、わたしだって倒せるしっ……――」
「――数が多すぎる」
魔法使いはわたしの抗議を一息でさえぎって、
「囲まれれば、否応なしに瘴気を吸うことになる。……婚約者を毒に晒すことはできない」
真剣な口調で、そう言い放つ。
そこで初めて、わたしは周りに瘴気の匂いがしないことに気づいた。
……たぶん、彼が魔法で空気の流れを変えて、瘴気がここまで届かないようにしてくれてるんだろう。
魔法使いはべつに、わたしの腕を信じてないってわけじゃない。
わたしを魔物のたちの瘴気から遠ざけるために、魔法で木の上へ逃がしてくれたんだ。
彼の配慮に、胸の奥が少しだけちりっとした。
……わたしは瘴気、平気なんだけどな。
「ピュイはそこで見ていろ」
そう言うと、魔法使いが腕を持ちあげる。
彼は五体の魔物のうち一体へ視線を向け、狙いをつけるみたいにスッと目を細めた。
息を吐くように短い呪文を唱える。
瞬間、魔物の喉奥から光があふれた。
まるで、腹の底から逆流してきた光が口からこぼれたみたいだった。
魔物はひゅう、と声にならない声をあげて身を捩り、その場に重く崩れ落ちる。
動かなくなった魔物の口からはひとすじの煙が立ちのぼり、焦げたように臭いが辺りにただよった。
魔物の身体を内側から焼いたんだ、と、わたしは察する。
魔物たちを風や水の魔法で切り裂いたり、土の魔法で破壊したりしてダメージ与えるのは簡単だけど、そこら中に猛毒の血肉がまき散らされてしまう。
そうなったら、あたりが瘴気でひどいことになってしまうの、想像に難くない。
もちろん、昼間みたいな大魔法を使えば一発で吹き飛ばせるんだろうけど、あいにくここは森の中。あんな魔法使ったら、一面まる焼けになってしまう。
……必然、魔法使いはああいう魔法で一体ずつ、地道に倒してくしかないんだ!
仲間があっさりやられたことで、残る四体の魔物たちの空気が変わった。
目の前に立つ人間はただのエサじゃなく、こちらを迎え撃つ能力を持っているらしいってこと、遅まきながら理解したらしい。
ふと、わたしの肌がぞわ、と粟立った。妖精の本能が告げてくる。
……攻撃が来る。
しかも、こいつら……互いに示し合わせて四方から一気に魔法使いへ襲いかかる気だ!
「――危ないっ!」
考えるよりも先に身体が動く。
次の瞬間、わたしは魔法使いが載せてくれた安全な木の枝から地面へ飛び降りてた!
「――何をしている!」
鋭い声とともに魔法の光が閃く。
少し遅れて、鈍い衝撃音。
魔法使いの周囲で、彼を挟み撃ちするみたいに飛びかかってきた魔物たちが四体同時に吹き飛ばされ、それぞれ手近な木の幹にひどく叩きつけられるのが見えた。
勢い込んで木から飛び降りたわたし、攻撃対象を失って、剣を構えたままぽかんと立ち尽くしてしまう。
……どうやら、窮地だと思ったのは、わたしの早とちりだったみたい。
魔法使い、やつらがいっせいに襲いかかってくることを当然、察したうえで、あらかじめ手を打ってたんだ。
なあんだ、とわたしは思う。思ったよりやるじゃんか。……まあ、なんたって大魔法使いさまだもんね。
でも、彼の魔法で吹き飛ばされた魔物たち、ほとんどダメージを負ってなかった。
すぐに体勢を立て直し、再びこちらへ距離を詰めてくる。
魔物たちの怒りと殺気がびりびりと肌を刺した。
「見てるだけなんてできないよ!」
言いながら、わたしはまた、剣を構え直す。
「あんたの魔法じゃ一体ずつしか倒せないんでしょ? こいつらだってバカじゃない! 四体同時に相手するのは危険すぎる! ……わたしも戦う!」
そう言い切るわたしを横目に、魔法使いがわずかに嘆息するのが分かった。
彼はため息まじりに、これまでとは違う新しい呪文を唱える。
――ふわり、と、肌に風を感じた気がした。
「……足を引っ張るなよ」、と、魔法使いが低い声で言う。
わたしは思わず鼻で笑ってしまった。
目の前の魔物たちを見据えながら、思いっきり口の端を持ちあげてやる。
「……それはこっちの台詞だ。 魔物なんて、わたしの敵じゃないんだから!」
自信満々に言って、わたしは手近な魔物へ向かってく!
風が頬をかすめる。
わたしは剣を振るった。魔物の反撃を最小限の動きでかわし、急所へ一撃を決めてやる!
一瞬後には、魔物は地面に倒れ伏してた。
魔法使いの眉が少し動く。
「……流石は聖女だな」
「聖女じゃない!」、剣についた血をピッと払いながら、わたしは口を尖らせた。
「聖女じゃなくたって、これくらいできるんだ――!」
言いながら、わたしはさらに次の魔物へ向かった!
身体が勝手に動くみたいだった。
わたしは踊るように魔物の攻撃をかわし、魔物の急所を狙って剣戟を繰り出す。
合間に感じる風が、熱を帯びた身体に心地いい。
……不意に、背後から魔物のうめき声が聞こえてきた。同時に、肉が焦げるような匂い。
――たぶん、魔法使いがまた一匹、例の魔法で仕留めたんだ。
視線を向けることもせず、わたしはニヤリと笑ってしまう。
……へえ、やるじゃん。わたしも負けてらんないね!
わたしはトドメの剣を繰り出し、目の前の魔物の急所、まっすぐ貫いてやった!
あっという間に、五体の魔物は残り一体だけになった。
わたしは剣を振って魔物の血を払うなり、そいつへ向かって突撃する。
けど、踏み切る瞬間、足元の木の根につまづいてしまった。
「っ!?」
妖精の本能、ってやつなのか。
体勢は崩したものの、わたしの剣の切先、狙いを違わず魔物を捉える。
……けど、さすがに少し、手元が狂った。
弱点を正確に突くため繰り出した切っ先は魔物の皮膚をえぐり、うっかり太い血管を絶ってしまったらしい。
次の瞬間、魔物の身体から、毒を帯びた血が噴水みたいに吹き出してくる!
わたしはとっさに身を翻した。どす黒く赤い血の奔流の直撃、どうにか避ける。
……けど、ほんの数粒の飛沫がわたしの方へ飛んできたの、頬の感触で分かった。
「ピュイ!」
魔法使いの鋭い声とともに、わたしの視界の端に光が生じる。
わたしが思わず視線を向けるのと、魔法使いが光球を放ったのはほぼ同時だった。
光球が手を離れた瞬間、反動で魔法使いの身体が背後の木に叩きつけられる。
けれど、狙いはブレない。
彼が放った眩い光球、手負いの魔物めがけてまっすぐ飛んでいく。
光に触れた瞬間、魔物が消滅した。
比喩とかじゃなく、まさに『消えた』、としか言いようがない感じだった。
つい一瞬前まで血をまき散らしながら暴れてた魔物、光球に飲まれた端から、かき消すようになくなってしまう。
消えたのは魔物だけじゃなかった。
光球の進路にあった木々やその枝葉も、ちょうどそこだけ切り抜かれたみたいに消失してく。
まるで、鉛筆で描かれた風景画のうえに消しゴムを走らせたかのよう。
少し遅れて、焦げたような匂いと、つんと鼻の奥を刺すような刺激臭が漂う。
まばゆい光球が消えたあと、ちょうど半円の形にぽっかり抜け落ちた空間の向こうに、またたく星空が見えた。
「な……」
……あまりの出来事に、わたしはぽかんとしてしまった。
剣を握った手を下ろしたまま、その場に立ち尽くしてしまう。
これが……こいつの……大魔法使いの本気の魔法……。
って! いや、ヤバすぎるでしょっ!? こんなのっ!?
当の魔法使い、近くの木にもたれたまま荒い息をしてた。
苦痛を堪えるようにきつく寄せられた眉。だらりとさがった腕の先には、まだ先ほどの大魔法の光の残滓がまとわりついてる。
彼は不意にくちびるを結ぶと、乱れた呼吸を飲み込むようにして顔をあげた。
「っ……ピュイ! 大丈夫か!?!?!?」
――取り乱した声だった。
悲壮なくらい真剣なまなざしが、わたしをまっすぐ見据えてくる。
「いま、魔物の血を洗い流す!」
叫ぶなり、彼は動くほうの腕を大きくふるった。
彼の前に水のかたまり生じ、一瞬で膨れあがると、そのまままっすぐわたしめがけて飛んでくる!
「……へっ」
もちろん、避ける余裕なんてない!
わたしの顔面に勢いよくぶつかってきた水のかたまり、鼻先に触れるなりぱんと弾けてぶわっと広がった。そのまま渦を巻くように流れて頬を拭い、ついでにわたしの口や鼻、喉の奥にまで容赦なく入り込んでくる!?
「~っ!?」
って、なにっ!? あやうく溺れそうになってわたしは目を白黒させた
いや、息できないんですけどっ!? 新手の水責め拷問かっ!?
……次の瞬間、水はスッ、と引いてった。
わたしの顔から引き剥がされた水はそのまま地面へこぼれて弾け、小さな水たまりを作りながら地面に染みこんでく。
いつの間にか、魔法使いが側に立ってた。
彼はきっかり0.5メトルの距離をたもったまま、焦ったようにわたしの顔を覗き込んでくる。
「気分は悪くないか!?」、と彼が声をあげた。
「吐き気は!? 目眩は!? 意識ははっきりしているかっ!? どこか、おかしなところはっ!?」
「い、いや、べつに……」
矢継ぎ早にまくし立てる魔法使いに、わたしはつい、あきれ顔をしてしまう。
「……ていうか、大袈裟すぎだよ。ちょーっと魔物の血が飛んできたくらいで……」
「大袈裟などであるものか!」、と魔法使いが叱責する。
「魔物の血は猛毒なんだぞ!?」
めずらしく声を荒げる魔法使いに若干引きつつ、わたしはふと、ある違和感を覚えた。
……ていうか、こいつの腕の向き、なんか、ちょっとおかしくない?
って……。
「! ちょっとまって!? あんた、その腕、折れてないっ!?」
「魔法の反動だ。たいしたことはない」
「いや、あるでしょっ!?」
「こんなものはあとでいくらでも治せる! それより今はピュイの方だ! あの程度の血でさえ、触れただけで死ぬ人間もいるんだぞ!? ……少し、じっとしていろ」
彼がもどかしげに告げた瞬間、なにかがわたしの瞼に触れてくるのが分かった。
まるでそよ風みたいにやわらかな感触だった。
見えない指先がわたしの瞼を押さえ、そっと開かせてくる。
魔法使いが息を止めるのが分かった。
彼は0.5メトル先からじっとわたしの目の奥を覗き込み……やがて、短く息を吐く。
「……良かった。どうやら、急性中毒の兆候はないようだ」
「って……」
されるがままになってたわたし、ようやく我に返った。
「……もしかして、心配してくれたの?」
「当たり前だ」
思わず訊ねると、間髪を入れず答えが返ってくる。
魔法使いはほっとしたように肩を落とすと、いま一度、深く安堵の息を吐いた。
「……本当に、無事で良かった……」
いつもみたいに茶化したり、誤魔化すような気配は一切なかった。
わたしに向けられたまなざしはどこまでも真剣で、真摯で……なんの他意もなく、ただ、わたしの無事に安心してることだけが伝わってくる。
……なんか、ちょっとこそばゆい感じがした。
誰かにこんなに真剣に心配してもらえるのは久しぶりだった。
ていうか、故郷を出てから、一度もなかったと思う。……だから。
……我ながら、ほんっとーに、心から不本意ではあるんだけど。
こういうの、悪くないかも……って。ちょっとだけ、わたしは思ってしまった。
……本当に。ほんのちょっとだけ、だけど。
「……さて」
不意に、魔法使いが身をかがめた。
彼は足元に落ちてた太くて少し長めの枝を拾うなり、懐からまたマギスチルの棒を取り出してなにやら呪文を唱える。
マギスチルは溶けるように広がりながら枝を包みこみ、みるみるうちに姿を変じ……一瞬後、魔法使いの手の中には一本のシャベルが握られていた。
……って。
わたしは思わず目を丸くしてしまう。
いや……なんで、シャベル?
次話「穴を掘らされるわたし」、1/20(火)20:20更新
シャベルといったら? そう! 穴掘り!(この魔法使い氏の温度差がひどい!)




