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「良い夜だな」

他人に触れられない猛毒体質の大魔法使いと、彼に触れても平気な毒耐性持ちニセ聖女(※実は妖精)の

人違い×隠し事から始まるハイテンションファンタジー


毎週火曜日20:20更新です。



 今度こそ、わたしは目を丸くしてしまった。



 魔法使いが懐から取り出したのは紅茶の缶だった。ちょうど手のひらに収まるくらいの小さいやつだ。


 ……でも、なんでこの魔法使いがお茶なんて持ってるんだ?


 そもそも、こいつって食べ物に興味なかったハズ。それなのに、ほんとにお茶とか淹れられるの?

 お茶ってのは、ただ茶葉にお湯を入れればいい、ってもんじゃないんだが?


 

 そんなわたしの内心、どうやら顔に出ちゃってたみたい。

 魔法使いはわたしを見て口元だけで笑うと、


「まあ、見ていろ――」



 自信ありげに言いながら、目の前の宙に紅茶の缶を浮かべてみせる。


 浮かべた、っていうか、目の前にある見えない棚に無造作に置いた、っていう感じ。

 空中に置かれた缶の前で、彼はまるで楽器でも奏でるみたいに片手の指を繰った。



 例のごとく、彼の指先に水の球が生じる。

 それと同時に、彼はもう片方の手を懐へさし入れて、中から数本の金属棒を引っ張り出した。


 彼が呪文を唱えると、金属の棒はぐいんと薄く引き延ばされ、板みたいな形になる。

 それはみるみる姿を変え、ほんの一瞬後には小ぶりなポットとカップになって紅茶の缶の隣に並んだ。



「マギスチル……!?」



 思わず声をあげると、魔法使いはなんだか少し得意げに「ああ」、と頷いてみせる。



「そうだ。ピュイが使っていた魔法鍋と同じ魔力可変合金マギスチルだよ」


「やっぱり! ていうか、鍋とかお皿以外にポットになるやつもあるんだ!? もしかして、魔法屋の新作?」


 わたしが聞くと、魔法使いはニヤリ、と面白そうに笑った。


「これは市販品ではない。俺が、たったいま魔法で造型したものだ。

 ピュイの魔法鍋のように誰でも使えるプリセットタイプもあるが、マギスチルは本来、必要に応じて自由に形を変えて使うものなのだ」



 そう言って、魔法使いは懐からさらに2本のマギスチル棒を取り出すと、指に挟んだまま器用に打ち鳴らしてみせる。

 カチカチ、と、いかにも金属って感じの硬い音がした。



「この通り、マギスチルは常態ではただの合金だが――」


 彼の指がわずかに光ると、彼の手のマギスチル棒がぐにゃり、と曲がる。


「――魔力を流すと粘土のように軟らかくなり、魔力を断つと、また硬化する」



 魔法使いはマギスチルを宙に置くと、やわらかくなった先端をつまんで捏ねてみせた。

 さっきまで金属だったハズのそれは彼の指先の間で容易に形を変える。たしかに、粘土みたいなやわらかさだ。



「その性質を利用し、魔法使いの間では万能ツールとして用いられているんだよ。

 マギスチルバーを数本ほど携帯しておけば、たいていの事態には対応できるからな」



 魔法使いが呪文を唱えると、空中のマギスチルはぐにゃりと曲がって、ハサミ、鍵、フォーク、靴べら、孫の手、耳かきなんかに次々と姿を変えてく。



 いや、便利すぎじゃない!?

 羨ましさを通り越し、わたしはなんだか呆れてしまった。

 そりゃあ、こいつの荷物がわたしよりも少ないわけだ。


 ……って。

 さまざまな道具に変化するマギスチルを眺めてたわたし、ふと、あることに気づいてしまった。



「……まって。もしかしていまお茶のポットにしたマギスチルも、前に耳かきとかにして使ったことがあるやつなの?」


 わたしの問いに、魔法使いがどこか意外そうな顔をする。



「ほう。……ピュイはそういうのを気にするタイプか?」


「気にするよ!?」



 思わず声をあげると魔法使いが破顔した。

 うつむいて肩を揺らし、くつくつと堪えるように笑う。



「俺も同じ意見だ」、と、彼が笑いながら頷いた。


「安心しろ。俺は用途別にマギスチルバーを使い分けている。別に衛生的な問題があるわけではないが、靴べらとして使ったマギスチルで果物を剝くのはあまり気持ちの良いものではないからな。……もっとも、あまり気にしない魔法使いもいるが」


 言いながら彼は指を振った。

 説明に使ったマギスチルを棒の形へ戻し、懐へとしまい直す。



 そうこうしてるうちに、魔法使いが片手に蓄えてた水の塊がフツフツと湧き出した。

 それを見計らったみたいに、彼はさらに空いてる方の指を繰る。


 お茶の缶の蓋が開いて、中から茶葉が飛び出した。

 茶葉はマギスチルポットへ飛び込み、沸騰したお湯の塊がそれに続く。


 不意に、ポットの周りに光の粒が生じた。

 光の粒、そのまま一定の速度で飛び跳ねる。


 まるで時間を計ってるみたいだな、と思う。そして、たぶんそれは合ってた。


 光の粒が消えると同時に、マギスチルのポットが自然に傾いた。その口から流れ出したルビー色のお茶を、同じくマギスチルのカップが受け止める。


 魔法使いがカップに顔を近づけて香りをかいだ。小さく頷くと、不意にこちらを見てくる。



「――ピュイも、マグカップを」


 一連の流れにすっかり見入ってたわたし、ハッと我に返った。


 あわててマグカップを取り出すと、魔法使いが軽く指を振る。

 とたんにポットがこっちへ飛んできて、わたしのマグカップにお茶を注いでくれた。



 わたしは思わず、手の中のマグカップを覗き込む。

 そこには、淹れたてのお茶がなみなみと注がれてた。



 カップから立ちのぼる湯気が頬にかかってあたたかい。

 まるで蜜みたいな甘さのある芳香が鼻腔に触れる。



 へえ、とわたしはちょっぴり感心した。

 なんか、思ったより良い感じじゃんか。食べ物に興味ないって明言する魔法使いの仕事にしては上出来だ。



「ありがと。いただきまーす」


 どれ、お手並み拝見、といきますか。


 わたしは気軽な感じでマグカップに口をつけた。

 魔法使いが淹れてくれたお茶、ひとくち啜って……。


 一瞬、わたしは言葉を失った。

 口いっぱいに広がる香りに、ただただ目を丸くしてしまう。


 

「おいし……」



 ……やがて、口から自然に声が洩れた。


 お世辞じゃなく、こんなにおいしいお茶は初めてだった。

 わたしもお茶は好きだし、いろいろ集めてるけど、こんなの飲んだことない!


 花みたいな、果物みたいな馥郁とした香りがあって。すっきりと爽やかなのに、後味には綿菓子みたいなこっくりした甘さがふわりと残って、口の中に幸せな余韻がじんわり残る。

 


 ウソでしょ!? このお茶、ほんとにこいつが淹れたのっ!?



「なにこれ! すごい!」



 わたしは思わず顔を上げた。驚きとともに魔法使いを見てしまう。


「ねえ! これ、すごくおいしいんだけど!? これって、なんか特別に良いお茶だったりするのっ!?」


「……いや」



 自分のカップを傾けつつ、魔法使いが小さく首を振った。


「俺には茶の良し悪しはさほど分からない。

 ただ、茶葉と湯のちょうどいい割合と、水質と、時間と、最適な温度というものがあるんだよ」


 言いながら、魔法使いはふと、目を細めた。


「……昔、少しばかり研究したことがあってな。そのときの成果を魔法で正確に再現しただけだ」


 「すごい!」、と、わたしはまた声を上げてしまう。


「たしかにお湯の熱さでお茶の味が変わるのは知ってたけど、いつもぴったりおんなじ熱さにするなんて無理だって諦めてたんだよ。だから安定しなくってっ……魔法ってそういうこともできるんだ!? あんた、すごいじゃん!」


「……それほどでもない」


「ううん、本当にすごい!」、と、わたしは断言する。


「これはもはや革命だよ! いいなあ、魔法……」



 ……今さらながら、魔法が使えなくなっちゃったのが悔やまれる。


 当たり前に魔法が使えてた頃は、料理に魔法を使うなんて思いつきもしなかった。

 もしまた魔法が使えるようになったら、ぜったいフル活用するのにっ……。


 思わず羨望のまなざしを向けると、魔法使いはなぜか視線を逸らした。



「……気に入って貰えて良かった」、と、魔法使いが呟く。



「ピュイが望むのならば、茶くらい、いつでも淹れてやる」


「ほんとっ!?」



 思わず身を乗り出すわたしに「無論だ」と頷いて、彼はふと目を細めた。どこか意地悪そうにニヤリとする。



「……だが、ピュイは俺には頼らないのではなかったのか?」


「う」



 ……そういえば、そうだった。

 わたしは一瞬だけ口ごもって、でも、すぐに口を尖らせた。


「それは、そうだけどっ……でも、わたしにできることに横から手を出されたり、取り上げるみたいにして代わりにやられるのはイヤだけど、わたしにできないことならしょうがないし、それに、こういうお茶、また飲みたいしっ……」



 苦し紛れに言い訳すると、魔法使いは小さく吹き出した。

 そのまま、どこか楽しそうな顔をして


「……成る程。合理的だ」、と笑う。


 

 わたしは気恥ずかしくなって、もうひとくちお茶を啜った。


 ……悔しいけど、おいしい。

 蜜のような甘い香りの余韻が、ふわりと後に残った。



「――あ、そうだ」


 ふと、あることを思い出して、わたしはリュックを引き寄せてポケットを開けた。

 中から小さな紙袋を引っ張り出すと、入ってたお菓子をひとつ、魔法使いへ差し出す。



「これ、さっき街で買ったんだよね。あんたにも一個あげる」



 魔法使い、虚を突かれたみたいな顔をした。

 しばし困惑したような表情をしてたものの、やがてそっと指先を持ちあげる。



 わたしの手の上のお菓子がふわりと浮き上がって、魔法使いの手に収まった。



「これは……果物?」


 菓子を包む油紙をひねりほどき、魔法使いが怪訝そうに呟く。


「パートドフリュイ、っていう砂糖菓子だよ」


 言いながら、わたしも自分の分の包み紙をほどいた。

 中からは、砂糖でコーティングされた半透明のお菓子が転がり出てくる。


「果物のピュレを煮詰めて固めたやつで、これは白桃とラベンダー……だったかな?

 ハーブとか苦手じゃなかったら試してみてよ」


「……ああ」



 魔法使い、わたしに勧められるがまま菓子を口にした。

 ひとくち囓ってから少し頷いて、そのまま、静かにお茶を啜る。


 やがて、彼はゆっくりと頷いた。



「たしかに、合うな……」


「ね!」



 感慨深げに呟く魔法使いに頷いて、わたしもお菓子とお茶を口へ運ぶ。



「……あ、これ、天才だわ!」


 期待以上のマリアージュに、わたしはつい自画自賛してしまった。


「思った通りめっちゃ合う! このお茶には甘くて、少しだけ酸っぱいお菓子が合うと思ったんだよね! あー、食後のおいしいお茶とお菓子、さいこう……」



 満ち足りた気持ちでため息をつきながら、わたしはふと、顔をあげた。

 その視界に、すっかり深さを増した夜の空が飛び込んでくる。



「あっ、ねえ、見て」、わたしは思わず夜空を指した。


「今日の星、すっごくきれいじゃないっ?」



 木々の枝葉に切り取られた空にはこぼれんばかりの星が輝いてた。

 宝石をちりばめたみたいな星空に、わたしはすっかり見とれてしまう。

 少し冷えてきた森の空気の中で、手の中のカップがじんわりとあたたかい。


 つられるように顔をあげた魔法使いが、わずかに目を細めた。



「……良い夜だな」



 誰に言うでもなく、彼が呟く。



 焚き火が小さく爆ぜる音がした。


 ――そして。



 次の瞬間。

 静謐な空気を切り裂くみたいに、まわりに張り巡らされてたマジックロープの警報音がけたたましく鳴り響いた。

次話「動揺する魔法使い」、1/13(火)20:20更新


最初の夜編のクライマックス! とつぜんの魔物襲撃にふたりは?

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