焚き火を囲んで
他人に触れられない猛毒体質の大魔法使いと、彼に触れても平気な毒耐性持ちニセ聖女(※実は妖精)の
人違い×隠し事から始まるハイテンションファンタジー
毎週火曜日20:20更新です。
どこか遠くから、フクロウの鳴き声が聞こえてくる。
あたりはもうすっかり暗くなってた。
宵闇に包まれた森の中、焚き火のあかりがわたしたちの周りだけをオレンジ色に浮かびあがらせてる。
たぶん気温も下がってるんだろうけど、焚き火のそばはふんわりとあたたかかった。
「……良いのか?」
揺れる炎の向こうから、魔法使いがためらいがちに訊いてくる。
「いやならいいけど」、と、わたしは言った。
「あんたももう、自分のごはん食べてるみたいだし、そもそも口に合うかわかんないし……でも、もし食べてくれるなら早めに決めて欲しいかな。伸びちゃうし、冷めちゃうから」
「……では、戴こうか」
頷く彼に、わたしはなんだか少しだけホッとした。
食べかけのお皿を脇に置いて、料理を取り分けるため立ちあがろうとする。
「よぶんなお皿ないから、フライパンのままでもいい?」
「無論だ」
そう言って魔法使いが指を鳴らすと、丸太の端に置いてあったフライパンがにわかに浮かびあがった。フライパン、まるで宙をすべるように彼の目の前へ移動してく。
どうやら、彼が魔法で引き寄せたらしかった。
上げかけた腰を下ろしつつ、わたしは感心してしまう。……ほんと、便利な魔法だ。
「あ、フォーク」
「必要ない」
魔法使いが再び指を繰ると、フライパンの中のパスタの一部、まるで見えないフォークでも差し込まれたかのようにくるくる巻かれて持ちあがった。
なんとなく固唾を呑むわたしの前で、魔法使いが静かに、パスタを口へ運ぶ。
口に入れた瞬間、魔法使いはわずかに眉を上げた。
ややあって、息を洩らすように呟く。
「……うまいな」
「でしょ!?」
彼の言葉に、わたしはつい、身を乗り出してしまった!
「今日のはほんと上手くいったんだよ! ワンパンパスタってなんか手抜き料理扱いされがちだけど、簡単に見えてコツが必要でね! ソースが煮つまるタイミングと、パスタが茹であがるタイミングを一致させるには、水の量と火加減をつきっきりで調整してやる必要があって、今日みたいに乾燥させた具材を入れるなら、それが水吸うこととかも考えて……」
わたしが矢継ぎ早にまくしたてるの、魔法使いは黙って聞いてた。
そのくちびるの端に、微かな笑みが浮かぶ。
「……って」、わたしはつい目を眇め、魔法使いをじろりと見た。
「なんだよ、その顔」
「いや」、と、魔法使いが目尻をゆるめる。
「楽しそうだな、と思って」
「……なにそれ、皮肉?」
「まさか」
魔法使いはゆっくりと首を振った。そのまま、焚き火の炎へと視線、落とす。
「目を輝かせて語れるほどに好きなものがあるのはとても良いことだ、と思う。
……ピュイは、本当に料理が好きなんだな」
……褒められてしまった。いや、褒められてるのか、これは?
でも、彼の言葉には皮肉の色、ぜんぜん感じられなかった。
むしろ……なんか、どこか羨ましそうな響きさえある。
「料理が好き、っていうか、食べることが好き、って感じかな? 料理はそのための手段だよ。……ていうか、あんたにだって、好きなことくらい、あるんじゃないの?」
「……俺に?」
魔法使いの目が少しだけ見開かれる。
まったく想定外のことを聞かれた、って感じの反応だった。
一拍おいて、彼は小さく息を吐く。
「……さあ。特には、思いつかないな」
そう呟いたあと、彼はわずかに目を細めた。
「しかし、こういう時間は悪くない――」
焚き火の炎に照らされたその横顔には、どこか暖かなものが宿ってた。
……急に気恥ずかしくなって、わたしはパスタを啜る。
なんだか、胸の中が温まる感じがした。
……なんか、こういうのってほんと、久しぶりな気がする。完全に勢いではあったけど、こいつに声かけて良かったな、と、思った。
「……しかし、正直なところ、毒でも盛られるかと思ったぞ」
やがて魔法使いが茶化すように言ってきて、わたしはあっと声をあげてしまう。
……って、そうだよ! 言われてみれば、たしかにそうじゃん!
「くそっ、その手があったか……!」
思わず悔しがるわたしに、魔法使いが微かに肩を揺らした。
声を出さず、息の底だけで笑う。
「間の抜けた聖女だ」
「……なんだよ。そういうこと言うなら、返してよ」
「断る。俺が貰った分なのだからして、これはもう、俺の分だ」
わたしが手を伸ばして催促すると、魔法使いはフライパンを両手で抱えてわたしから遠ざけるようなフリをした。
焚き火の明かりの中、彼の口元には、どこかいたずらっぽい笑みが浮かんでる。
ふと、わたしはあることを思いついた。
「じゃあさ、代わりにあんたの携帯食、ちょっと味見させてよ」
わたしの提案に、魔法使いが意外そうに目を瞬かせる。
「……興味があるのか?」
「まあ、いちおうね」
「……新しいのを開けようか?」
「ううん!? いいよいいよ、そんなの! ちょっと味見したいだけだし、あんたの食べかけのやつの下の方、ひとくち貰えない?」
言いながら、魔法使いのすぐ側の空中に置かれてる開封済みの携帯食を指す。
魔法使いは眉根を寄せた。かたわらの携帯食を見やり、やがて、ため息をつく。
彼が指を動かすと、携帯食の下の方、まだ包みに覆われてるとこにヒビが走った。そこから下を見えない手でひとくちぶん千切ると、魔法でこっちへ寄越してくる。
「……あまり、期待はするなよ」
「うん。ありがと」
目の前に飛んできた携帯食のかけらを受け取ると、わたしはそれを観察した。
彼がいつも食べてる携帯食は、ぎゅっと押し固められたみたいな質感で、表面は粉っぽくてざらざらしてた。ほろほろした断面を見ると、木の実とドライフルーツがぎっしり詰まってるのが分かる。麦とナッツと脂の香りが香ばしい。
口に放り込んで咀嚼すると、思ったより甘い味がした。
「へえ、おいしいじゃん!」、とわたしは目を丸くする。
「なんか……もっと味気ないもんかと思ってたけど、甘くてホロホロしててお菓子みたいだね。木の実がたくさん入ってて噛み応えもあるし、ドライフルーツの風味も楽しいし。これで栄養ばっちりなら、悪くないじゃん!」
……って。
考えなしにそう言ったあと、わたしは少し反省してしまう。
……いや、何様だよ、わたしは。
人が好きでいつも食べてるものを横から勝手に批評するだなんて、失礼もいいとこじゃないか。……なんか、どうも浮かれちゃってたみたいだ。
気を悪くしたかな? と思いながら、魔法使いの方をそっと見る。
焚き火の明かりの中で、彼の表情はほんの少しやわらいで見えた。
彼は携帯食の残りに目を落とし、おもむろに口を開く。
「……俺も、この味は嫌いじゃない」
落ち着いた、穏やかな声だった。
謝るタイミングを失ったわたし(……ていうか、向こうが特になんにも思ってなさそうなのに謝るのもヘンだよね)、また、パスタを啜った。
そのまま、ちょっとした気まずさを誤魔化すみたいに口を開く。
「……ていうか、あんたがくれたスパイス、すっごくおいしい。他の料理にも合いそうだし。……あらためて、ありがとね」
謝るかわりにお礼を言うと、魔法使いはわずかに頬をゆるませた。
「……それは、良かった」
そう言って指先を持ちあげると、彼が呪文を唱える。
にわかに魔法使いの指先に浮かんだ水の球が、いつの間にか空になってたフライパンを覆った。魔法の水が引くと、あとには汚れが拭われたフライパンが残る。
「こちらこそ、感謝する」、すっかり綺麗になったフライパンを魔法でこちらへ寄越しながら、魔法使いが言った。
「ピュイのお陰で、美味しいものを食べることができた。……ありがとう」
気恥ずかしくなるくらいに真っ直ぐなお礼だった。
魔法で渡されたフライパンを受け取りつつ、わたしは目を逸らしてしまう。
「……今日のは、たまたまだからね」
言い訳するみたいに、わたしはそう言った。
「ただ、わたしが、わたしのためだけに作ったのがたまたま上手くできたから、ちょっとあんたに自慢してやろうと思っただけだし……だからべつに、お礼とかいらないよ」
「成る程」、と、魔法使いがからかうように目を細めた。
「では、上手く出来たらまた押しつけて貰えるのか。……それは、楽しみだな」
「……残念ながら、ご期待には添えないよ」、と、わたしは肩をすくめて反論してやる。
「料理はいつも勘でやってるから失敗も多いし、こんなに上手くいくことなんて滅多にないんだ。……またあんたに自慢してやりたくなるような料理を作る日より、わたしがあんたから逃げる日の方が早いね」
「ほう」、と魔法使いが笑う。
「楽観的なのか悲観的なのか分からない事を言うではないか」
「……うるせー」
ぱち、と、焚き火が弾けた。
苦々しげに呟くわたしを見て、魔法使いがくすりと笑う。
ふと、彼が身じろぎした。
彼はローブのポケットを探り、なにかを取り出す。
「……ピュイ。マグカップはあるか?」
とつぜんの質問に、わたしはきょとんとしてしまった。
「いや、あるけど……」
「料理の礼に、俺が茶を入れよう」
次話「良い夜だな」、1/6(火)20:20更新
加速するほっこり……!ほっこりクライマックス!(ほっこりほっこり!)




