水浴びする魔法使いと、パスタを食べるわたし
他人に触れられない猛毒体質の大魔法使いと、彼に触れても平気な毒耐性持ちニセ聖女(※実は妖精)の
人違い×隠し事から始まるハイテンションファンタジー
毎週火曜日20:20更新です……が!
年末年始なので今週は金曜も更新しまーす!
読み切り短編版(連載版にはないエピソードです)も更新してます。→
猛毒持ち次期魔王(自称)に捕まった偽聖女の私、実は毒耐性持ちの妖精なんだが? バレる前に即逃げる!
https://ncode.syosetu.com/n4523lo/
魔法使いは高い位置で結わえてた髪の毛を解いた。
長い黒髪がはらりと落ちて、彼の整った面を縁取る。
……不覚にも、わたしは一瞬、彼に見とれてしまった。絵になるなあ、と思う。
きれいなものは好きだ。……わたしを捕まえて一方的に婚約者扱いして連れ回してるヤバい男だけど、こいつが美形だってことだけは、認めざるをえない。
魔法使いは指先を覆っていた手袋を外すと、なにか短い呪文を唱えた。
とたんに、彼の人差し指の先に小さな水の粒が生じる。
粒はみるみる大きくなり、あっという間にコップ一杯分くらいの球になったかと思うと、その瞬間に弾けた。
いや、弾けたっていうより、形を失ったって感じに近い。
彼の手のひらの上でぱしゃんと崩れた水、そのままローブの袖口へすべり込み、彼の肌や髪の毛の一本一本を包むみたいに勢いよく流れてく。
時間にしてほんの一秒か二秒のことだった。
彼の身体中をひとまわりめぐってから戻ってきたとおぼしき水、ふたたび彼の指先へ集まったかと思うと、元通りの水の球へと姿を戻す。でも、その水は、さっきよりも気持ち濁ってる感じだった。
魔法使いがもうひとこと、なにか唱えると、汚れた水の球は熱したフライパンに落とした水滴さながらの音を立てて小さくなり、やがて完全に消滅した。
「……それ、いま、なにやったの?」
思わず手を止めてわたしが問うと、魔法使いは事もなげに「身体を洗った」、と答える。
「大気中の水を集めて流し、身体の汚れを洗い流したんだよ」
「服を着たまま!? 服、濡れたりしないのっ?」
「俺は天才だからな。この程度のコントロールは造作もない」
べつに得意げな顔をするでもなく、ごく当たり前って感じで言い放ちながら、魔法使いが再び髪の毛を括り直した。
……って、魔法、便利だなっ!?
言われてみると、縛り直された魔法使いの髪の毛、いかにも洗い立てって感じでさらさらと艶やかに輝いてる。きっと、肌のベタベタなんかもスッキリして、サッパリしてるんだろう。……ううっ、いいなあ。
羨ましいって気持ち、つい顔に出てしまってたらしい。
魔法使い、わたしの方を見てニヤリと笑いながら、
「――ピュイにもやってやろうか?」
……なんて、からかうように訊いてくる。
わたしが断るの分かってて言ってる、って感じだ。
たぶん、わたしがさっき、「ちょっとの借りも作りたくない」って啖呵を切ったからだ。
……くそ、やっぱこいつ、性格悪い。
「べつに良いよ」、と、わたしはわざとつっけんどんに応えてやった。
「たしかに汗はかいたけど、べつに一日くらい平気だし。どうしでも我慢できなくなったら、あとで濡らした布で拭くし……っと」
いつの間にかフライパンが沸いてた。
わたしは慌てて鍋の位置を変え、吹きこぼれないように少し火を遠くする。
ついでにスプーンで汁を掬って味見して、ほんのちょっとだけ塩を足した。最終的な塩味は最後に足すから、あくまで、ちょっとだけ。
さて、と、わたしは気合いを入れる。
ワンパンパスタはここからが正念場。
パスタが茹であがるタイミングと、水分がちょうどよく飛んで煮つまるタイミングを一致させるんだ。性悪クソ魔法使いの相手なんかしてる場合じゃない!
……けど、ちょっと水、少なかったか? と、わたしは心の中で呟く。
この感じだと、パスタがゆであがるより先に水分がなくなっちゃいそうな気がする。
けど、ビビって水を足しすぎるとソースがしゃびしゃびになっちゃうし……かといって、水が足りなくて焦げついたり、芯が残っちゃったら大失敗だ。
もう少し水を足すべきか、それとも、このままいくべきか……少しだけ逡巡したあと、わたしは覚悟を決めて鍋の柄を握った。
……よし! このままいく! いける! わたしの勘を信じろ!
こまかくフライパンの位置を変えて調整しつつ、わたしは鍋の沸き方をコントロールする。
だんだん水分がなくなってとろみがついてきたフライパンの中身を、わたしはフォークの形に変化させた魔法べら(これもマギスチルでできてて、ボタンを押すとヘラにもおたまにもフォークにもなるんだ)でかき混ぜた。ついでに麺を一本拾いあげて口へ放り込む。
ぶりんっ、ぱつっ、って感じの食感だった。
まだ少し固めだけど、余熱で良い感じになりそう! それに、塩加減もちょうどいい!
フライパンを火から外したとこで、わたしはふと、あるものを思い出した。
すぐにリュックへ手を伸ばし、そのポケットから小さな瓶を出す。
ルセの実――さっき魔法使いがくれた(……っていうか、押し付けられた)スパイスの小瓶だ。
こういうのってつい、もったいぶっていつまでも取っておきたくなっちゃうけど、新鮮なうちにガンガン使っちゃうのが正解。うっかりカビでも生やしちゃったら悔やんでも悔やみきれないもんね。
中からツヤツヤした塩漬けの紅い粒をいくつか取りだし、ナイフの腹で荒く潰してパスタの上に散らしてやる。
あたたかな湯気に混じって、爽やかな香りがふわっと立った。
よし、できあがり!
わたしは愛用のお皿にホウの木の葉っぱを敷いて、そのうえに出来たてのパスタを盛り付ける。……けど。
……これ、全部、よそいきれないな?
どうも、お腹空いてたせいで乾麺の量を多くしすぎちゃったみたい。
フライパンの中身を八割がた移したとこで、お皿はいっぱいになってしまった。これ以上はもう、ほんの一本の麺すら載りそうにない、っていう感じ。
前に市場で見つけたこのお皿、なんたって形がかわいいし、軽くて丈夫で使い勝手よくてすっごく気に入ってるんだけど、ちょっとだけ小さめなのが玉に瑕なんだよね。
まあ、あんまり大きいとかさばるからしかたないんだけど。なんせ、こっちは根無し草、サイズよりも携帯性が最優先事項なんだ。
……ちなみに、世の中にはマギスチル製の携帯食器もあるけど、こっちもなかなかのお値段、する。なんで、それなら鍋を買いたした方が……ってなっちゃって、前述のとおり二の足を踏んでる、ってワケ。
けど、やっぱもうひとつ欲しいな、マギスチル鍋……。魔法使いから貰った報酬もまだ残ってるし、思いきって買っちゃおうかな……閑話休題。
……まあ、よそいきれなかった分のパスタは、あとでまたよそえばいっか。
五口ぶんくらいのパスタが残ったフライパンを放置したまま、わたしは山盛りのお皿を抱えて地面へ座った。あぐらをかいたまま片手でリュックを引き寄せてフォークを取り出し、パスタの真ん中に突き刺してくるくると絡め取る。
ひとくちめを頬張ったとたん、わたしは思わず破顔してしまった。
「おいしっ……!」
思わず、口から歓喜の言葉が洩れてしまう。
……ほんとうに、近年希に見る、って感じの大成功だった!
ラルドとトマトとキノコのパスタはわたしの定番料理だけど、今日のはまさに別格。パスタの固さも、塩加減も、ソースのとろみも、具の割合も、全てがこれ以上ないってくらいに完璧な仕上がり!
やっぱり、あそこでビビって水を足さなかったのが勝因だった。
いつも勘でやってるし、そもそもワンパンパスタってほんと仕上がりがブレるんだけど、今回のはほんと、奇跡的なレベルの完成度。
そして、なにより生のルセの実の風味が最高すぎる!
ルセの実のハッとするような鮮やかな香り、ラルドの濃厚な旨味と合わさって、パスタの味を数段以上にランクアップさせてた。
無理やり押し付けられてしぶしぶ受け取った、ってテイだったけど、あのときヘンに意地張らず貰っといたの、ほんと英断だったなあと思う。
いやー、わたしって料理の天才かよ~っ!?
もしもこんなパスタ食べさせてくれるお店が近所にあったら毎日通っちゃうね!?
やりすぎなくらい自画自賛しつつ、わたしはどんどんフォークを進めた。
いや、でも、冗談抜きでほんと、おいしい……。
もぐもぐとパスタを口へ運びながら、わたしはなんだかうずうずしてしまう。
なんていうか……この感情、とてもひとりでは抱えきれない。
なんせ、今日のはほんと、奇跡的な出来映えなんだ。
誰かに食べさせたいし、「ねえ、これ、おいしくない?」って聞いてみたい。
――この気持ちを、誰かと共有したい。
ふと顔を上げると、焚き火越しに魔法使いの姿が見えた。
彼も、ちょうど食事を始めたとこみたいだった。
昼に食べてたのとおんなじ携帯食の包みを破ってひとくちサイズに千切りつつ、特に面白くもなさそうな顔で黙々と口へ運んでる。
「――ねえ」気づけば、わたしは彼に向かって声をかけていた。
「これ、あんたもちょっと、味見してみない?」
そう言ってフライパンを指すと、携帯食を手にした彼が、なんだか驚いたみたいにこちらを見るのが分かった。
次話「焚き火を囲んで」、1/2(金)20:20更新
ピュイの申し出に、魔法使い氏の反応は……?




