野宿の準備をするわたし
他人に触れられない猛毒体質の大魔法使いと、彼に触れても平気な毒耐性持ちニセ聖女(※実は妖精)の
人違い×隠し事から始まるハイテンションファンタジー
毎週火曜日20:20更新です。
「――ねえ、今日はこの辺で休まない?」
わたしが提案すると、前を歩く魔法使いが怪訝そうに足を止めた。
「日暮れまでには、まだ時間がありそうだが?」
「これくらいがちょうどいい時間なんだよ。明るいうちのほうがいろいろできるし、それに……」
わたしは道を外れた少し先にある空き地を指す。
「ほら、あそこ。野宿するにはちょっといい感じじゃない? 地面が平らで木の根っこも少ないし、日差しが落ちてるから上も開けてるハズだし、落下物の危険とかも少なそう。
ああいう場所って探すと案外ないんだよ。クタクタに疲れて『そろそろ休もう……』って思い始めてから野宿の場所を探すの、面倒じゃん」
わたしの説明に、魔法使いは「ほう」、と、感心したみたいに頷いた。
「野宿の場所など、さして気にしたことはなかったが……たしかにピュイの言う通りだな。先の予定を考えれば、今日のうちにもう少しばかり進んでおきたいところではあるが……しかし、まあ、明日の朝、早めに発てば問題はないか」
「先の予定?」
「気にするな」、と言って、魔法使いがニヤリと笑った。
「では、今日の旅はここまでにしておこう。……なにせ、聖女様のお導きだからな」
「……だから、聖女じゃないっつーの」
横目で魔法使いを睨みつつ、わたしは道(……といっても、舗装はだいぶ前に途切れて、完全に森の中に溶け込んじゃってる感じ)から逸れて森に入った。
目当ての空き地についたわたし、背負ってたリュックをよいしょ、と降ろし、中をあさって手前に入れてた警報ロープを引っ張りだす。
丸く束ねてあったその端っこをきゅっと引き出して手近な木に巻きつけてると、不意に、背後から魔法使いが訊ねてきた。
「――いったい、何をしている?」
「え」、と、わたしは思わず目を丸くしてしまった。
「あんた、まさか警報ロープ知らないの? これに触れると音が出るんだよ」
「……そして、触れた者は爆発四散する、というわけか?」
「しないよ!?」
言いながら、わたしはぴんと張ったロープを指先で軽く弾いてみせる。
まだ起動させてないから、いまんとこはただの細いロープだ。森の中や暗闇に紛れやすいように暗めの色になってる。遠目には草の蔓とかにも見えなくはない。
「これはあくまで警報がわり。……ほら、野宿って危険じゃん? 魔物や獣もだけど、悪い人間だっているかもしれないし……だから、周りの木にこれを張り巡らせておくんだ。
……ていうか、あんたは野宿、怖いとか思ったことないの?」
「特段、ないな」、と魔法使いが応える。
「そもそも、睡眠中に襲われたら、反射的に報復反撃するような魔法を仕込んである」
「……ああ、わたしを馬に変えたヤツね」
わたしは思わずジト目になってしまった。
……そうだった。ていうか、そもそもこいつ、魔物がうろつく森の奥でのほほんと昼寝できるようなヤツだったんだっけ。
「そりゃあ、大魔法使い様は良いだろうけどさ」、と、わたしは思わず口を尖らせる。
「魔法なんて使えない小娘にとっては、この警報ロープが文字通りの命綱なんだよ。……これ買うまで、外じゃ安心して寝れなかったんだから」
手の中にあるロープの束を弄びながら、わたしは初めてひとりで野宿したときのこと、思い出してしまう。
――全てを失ったあとの、最初の夜だった。
忘れもしない。あれも森の中だった。
月のない夜で行くあてもなく歩いてたら、あたりはいつの間にか真っ暗になってしまって。明かりひとつ持ってなかったわたし、それ以上、歩くこともできなくなった。
しかたなく固い地面に座りこんだものの、いったいなにが潜んでるか分からない深い闇の中で、わたしの身体はあまりにも無防備だった。
どこかで物音がするたびに心臓が跳ねて、怯えて、怖くて、ほとんど眠れなくって。そんな日が何夜も何夜も続いて、ようやく街へたどり着いたものの、わたしが持ってたお金でできることなんてほとんどなくって。
市場をぐるぐるしてようやく手に入れたのが、この中古の警報ロープだったんだ。
ロープを手に黙り込むわたしを見て、魔法使いが少し目をすがめる。
ふと、彼は指を持ちあげた。
そのまま、おもむろに呪文を唱える。
とたんに、ロープの片端がしゅるん、とわたしの手から抜け出した。
あっという間もなく浮かび上がったロープの先っぽ、そのまま真っ直ぐ宙を駆けて、まるで野宿の場所を囲うみたいに周囲の木々へ巻きついてく。
……ものの数秒で、ロープの設置は完了してた。
「こんなものか」、と呟く魔法使いに、わたしはぽかんとしてしまう。
「あ、ありがと……」
「ロープくらい軽いものなら楽勝だ。……巻き方は、これで良かっただろうか?」
「うん、完璧……」
実際、魔法使いが張ってくれたロープは完璧な仕上がりだった。わたしたちの周囲を隙なく囲んでて、どこから侵入者が来たとしてもまず引っ掛かるはず。……なんだけど。
「……でもさ」、ようやく我に返ったわたし、思わず口を尖らせてしまう。
「わたしがやってたのをあんたが取り上げて勝手にやっちゃうの、違くない?」
……つい、文句を言ってしまった。
「……そりゃあ、警報ロープ張るのって面倒だし、高い位置にも結ばなきゃいけないから、ちょっと木に登ったりもしなきゃだし、正直、助かったけどさ……でも、時間は掛かるけど、わたしひとりでできるんだ。……ていうか、いつも自分でやってることだし」
悪気がないのは分かってるけど、なんか、気に食わなかった。
まるで、『お前がやるより俺がやった方が早い』、って言われたみたい。
……いや、そういうんじゃないことは分かってるけど、でも……やっぱ、なんの断りもなしに横からそうやって手を出されるの、モヤッとしてしまう。
わたしの苦情に魔法使いが目を眇めた。
……どこか、バツの悪そうな表情をする。
「……そうだな」、と、彼は素直に頷いた。
「すまなかった。……次からはきちんと聞く。勝手に余計なことはしない」
「……う、うん。そうしてくれると嬉しい……いや、ほんと、助かったんだけどさ!? わたしが張るより早かったし、ちゃんとしてるし。それは……ありがとう」
思いのほかしおらしい反応に、わたしは逆に面食らってしまった。つい首を振って、フォローするようにお礼まで添えてしまう。
なんか……こいつ、普段は詭弁をまくし立ててこっちを煙に巻こうとしてくるくせに、こういうときに限ってヘンに素直なの……調子狂う。
……まあ、いっか。
気を取り直したわたし、その辺に浅く積もっってた落ち葉、靴の横っ腹を使ってザッとと払いのけた。
そのまま、その下の黒土をつま先で軽く掘って簡易的な火床を作る。
除けた土を盛って(もちろん、足で)火床の周りをぐるっと囲めば、ひとまず準備完了だ。
さて、焚き木でも集めるか……。
わたしはあたりを見渡した。腰をかがめ、その辺に落ちてる木の枝を拾い始める。
とりあえずは細めのやつが必要だ。それも、しっかり乾燥してて、軽いやつがいい。
――と。
「ピュイ」
不意に名前を呼ばれて振り返ると、少し離れたとこにいる魔法使いと目が合った。
「……俺も、焚き木を集めても良いだろうか?」
「え」
拾った枝を抱えたまま、わたしは目を丸くしてしまう。
あ、そうか、さっきの約束……
そう思い至ったとたん、わたしは思わず笑ってしまった。
なるほど、と思う。今度は、ちゃんとわたしにお伺いを立てた、ってことね。
……なんだよ。こいつ、けっこう律儀じゃん。
「じゃあ、頼むよ」
これくらいひとりでできるから、べつに手助けとか必要ないけど、こいつもこいつなりに気を遣ってくれてるっぽいし。
……それに、人がせっせと働いてるとき、自分だけなんにもしないでボーッと見てるのって、ちょっと居心地が悪いもんだしね。
わたしの言葉に魔法使いは小さく頷くと、なにか呪文を唱えた。
刹那、地面が揺れるようにざわめいた。
次の瞬間、周りに落ちてた枯れ枝や落ち葉が一斉に舞い上がり、まるで見えない風に翻弄されるみたいに一点へと集まってく。
……あっという間に、わたしの目の前には枯れ枝の大山ができてしまった。
「って、さすがにこんなにはいらないけどっ!? ていうか、いったい何泊する気だよ!?」
「備えあれば憂いなし、だ」
涼しい顔で言い放つ魔法使いに、わたしは思わず苦笑してしまった。……こいつ、加減ってものを知らないんだろうか。
……いや、まあ。助かるっちゃ助かるけどさ。
次話「料理を始めるわたし」、12/23(火)20:20更新
ふたりの関係性が少しずつ進む夜の続きです。




