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密告を企むわたし

他人に触れられない猛毒体質の大魔法使いと、彼に触れても平気な毒耐性持ちニセ聖女(※実は妖精)の

人違い×隠し事から始まるハイテンションファンタジー


毎週火曜日20:20更新です。




「ノウエルさま……もとい、ノウエルさんなら、まだバックヤードにいますよー」



 息せき切って駆け込んできたわたしを、魔法屋の受付のひと(たしかナディアさんだっけ?)が出迎えてくれる。


 わたしは荒い呼吸を整えながら「よかった……」、と呟いた。

 もう帰っちゃってたらどうしようかと心配してたけど、どうにか間に合ったみたいだ。



 ほっと安堵するわたしを見つつ、受付のひとがふと、目を細めた。



「……もしかして、あなたも、ヴェルカスさまとノウエルさまに興味を?」



 探るように声を潜めて訊ねてくる。わたしはつい、きょとんとしてしまった。



「え、ええと……」


「いえいえ! 分かります分かります!」


 受付のひと、一方的に頷きながら(なにが分かったんだっ!?)ずいっとカウンターへ身を乗り出してくる。


「……実はですねっ! ついさっき、新作CMの魔法盤が届いた所なんです! 今度のやつが、ほんっとやばくて! 『えっ!? なにこれファンの妄想かよっ!?』 って感じの内容で! まだ街頭では流れてないやつなんですけど、せっかくだし、一緒に見ますっ? 私、早くこの興奮を誰かと共有したくってっ……」


「し、新作CM?」


 興奮した声でまくし立てられ、わたしは思わずオウム返ししてしまった。

 このひと、いったい、なんの話をしてるんだ……?



 ……と。



「――や、やめてくださいっっっ!」



 受付のひとの声を聞きつけたのか。次の瞬間、焦ったような声とともに、店の奥からノウエルさんが飛び出してきた。




* * *




 魔法屋の裏には、ちょっとした空き地があった。


 わたしが「大事な話がある」と切り出すと、ノウエルさんは受付のひとをちらと見やり「……では、外へ出ましょうか」と言って、わたしをここへ連れてきたんだ。




「――少し、お待ちください」


 ノウエルさんはそう言うと、なにか呪文みたいなものを唱える。



 瞬間、彼の周りに無数の光の文字列が生じた。


 見たことのない文字だった。単語と単語の間に、ところどころ数式みたいなものが混ざってるのが分かる。

 ノウエルさんは腕を持ちあげ、すらすらと指を操った。光で綴られた文章を慣れた手つきで組み替え、不要な部分を消し、空白の部分に新たな文字や記号を足していく。 



 時間にして、ほんの数秒だった。


 ノウエルさんがふたたび呪文を唱えると、あたりに広がってた文章の渦は一部を残して消失した。

 残された文字列はいっそう輝きを増し、わたしたちの周囲をまばゆい光で包み込む。



 光は、すぐに消えた。



「――これで、この空間は閉じられました」、とノウエルさんが宣言する。



「私が魔法を解くまで、何人もここには介入できません。たとえ、それが三大魔法使いであろうとも。――組合保安部の責任者として、私は公益通報者の秘密と安全を保証します」


 へえ、と、わたしは感心してしまった。

 さすが保安部の責任者だ。なんか、すごくちゃんとしてる。



 ていうか……ふと、わたしはあることを思い出した。



「そういえば、ヴィル……ヴェルカスさんってどの部署なんですか?」



 本題に入る前に、さっきから気になってたことを訊いてみる。

 ノウエルさんが少しだけ眉を動かした。



「ああ、ヴェルカスさんは、厚生部の責任者ですよ」



 ノウエルさんが口にした単語に、わたしはきょとんとしてしまった。



「厚生部、って……それって、あの、福利厚生とかの厚生ですかっ?」


「ええ」、と、ノウエルさんが苦笑する。



「ヴェルカスさんは、三大魔法使いの中でも最強の戦闘力を誇ります。……当然、保安部の先頭に立って凶悪な魔法犯罪者たちと戦うことを期待されていたのですが、ご本人は『組合員の生活を向上させたい』、と強く主張されて……クムリさんもさっさと技術部を選んでしまうし、お陰で三大で最弱の私がなぜか、最も武闘派の保安部の責任者に……」


 ノウエルさんは力なく肩を落とし、「……私だって、本当は研究部へ行きたかったのに」、と小さく嘆息する。



 ……最後の方は、ほとんど愚痴みたいな感じだった。


 未練たっぷりに嘆息するノウエルさんはたしかに、魔法警察っていうよりは研究室の方が似合いそうだった。



 ……でも、あの魔法使いが厚生部だなんて……あいつ、いったいなに考えてんだ?

 ヴェルカスの好青年アピールの一環? それとも……。



 魔王になる、っていう、恐ろしい野心を隠すため……?



「――それより、ピュイさん。ご用件は?」



 ノウエルさんの声にわたしはハッと我に返った。

 そうだ、いまはそれどころじゃない!



 ……わたしは、あの魔法使いの悪行をノウエルさんに密告するために来たんだ。


 緊張に口が渇くのを感じながら、わたしは、おずおずと切り出した。



「あの、ヴィルク……じゃない、ヴェルカスさんの話なんですけど――」


「ヴィルク……? ああ、ヴェルカスさんの本名でしたね」


「あ、知ってるんですか!?」



 思わず口にすると、ノウエルさんが「ええ」、と頷く。


「ヴェルカスというのは、彼が組合で頭角を現し始めた頃に名乗り始めた通り名です。……なんでも、本名を世間に広めたくない事情がある、とか。まったく、何を考えているか分からない男ですよ」


 ノウエルさんは眉間に気難しげな皺を寄せたまま、わたしを見た。


「……しかし、通信石を渡したにも関わらず、わざわざ私を訪ねてきた、ということは、貴女にもなにか事情がおありのようですね?」


「あの石は、燃やされちゃったんです」


「燃やされた?」、ノウエルさんが目を丸くする。


「まさか、ヴェルカスさんが?」


「そうなんですっ!」、と、わたしは勢いよく頷いた。



「実は、あの人はっ……――」




 魔王になろうとしてるんですっ!!!!!


 ……そう、口にしたつもりだったのに。




「『とっても素敵な人なんですっ!!!!!』」



 ……わたしの口から飛び出したのは、なぜだか、まったく違う言葉だった。





「……は?」


 ノウエルさんが呆気に取られたような顔をする。


 わたしはあわてて訂正しようと口を開いて、



「『ヴィルクは本当に格好良くてっ、優しくてっ、わたしを大事にしてくれてっ……』」



 ……けど、出てくるのは、思ってもいない言葉ばかり。

 って、どうなってるんだよ、これっ!? なんで口が勝手に動くんだっ!?


 わたしは焦った。


 違う! わたしが言いたいのは、あいつがこっそり魔王になろうとしてるヤバい魔法使いで、わたしが無理やり婚約者にされてて、ノウエルさんに助けて欲しい、ってことでっ……!



「『昨日の晩も、二人きりになったとたん、やさしく抱き寄せてくれてっ……』」



 そんなわけがあるか~っ! わたしは心の中で叫んだ。

 

 むしろわたし、あいつを羽交い締めにして剣を突きつけてやったけど!?

 まあ、すぐ返り討ちにあったけど……とにかく、そんな事実はない! 一切!


 こんなのデマだ! うそだ! デタラメだ~っ!



「『彼はわたしの耳元で愛の言葉を囁きながら、そっと、わたしの背中へ腕を……』」



 ……でも、わたしの口からは非実在のろけ話がつぎつぎに飛び出し、いっこうに止まる気配がない。


 な、なんなんだよ、これは~っ!?



「そ、そうでしたか……」


 わたしの前で、生真面目だったノウエルさんの顔がみるみる赤くなってく。

 彼はバツが悪そうに目を逸らすと、やがて、「すみません」、と頭を下げた。


「その……邪推をしてしまって申し訳ありませんでした。貴女方は、本当に仲のいい婚約者なんですね………どうぞ、お幸せに」



 待って、違うのっ!

 違うんだってば! ノウエルさん~っ!



「『はい、幸せになります!』(涙)」



 ……心の中の悲痛な叫びむなしく、わたしの口からは強い決意の言葉が放たれる。




 ノウエルさんがもう一度、呪文を唱えると、彼が張ってくれた結界はあっさり消失した。

 彼はそのまま軽く会釈をし、足早に店へと戻ってく。



 ……そんなノウエルさんの後ろ姿を見守りつつ、わたしはがくり、とその場に膝をついてしまった。



 ど……どうして、こんなことにっ……!?





「――こんなことだろうと思ったぞ、聖女よ」



 不意に、背後からにやついた声が飛んでくる。



「……しかし、聖女がそこまで俺を想ってくれているとは思わなかったぞ。……残念だな。俺がこんな体質ではなかったら、その想いに応えてやることもできただろうに」


「ヴィルクっ!?」



 わたしはがばっと身を起こした。

 そのまま、背後から悠々と現れた魔法使いの顔面、思いっきり睨みつけてやる。



「…………あんたの仕業かっ!?」


「ほう、なかなか理解が早いではないか」、と、魔法使いが口の端を持ちあげた。



「そうだ。俺が魔王になろうとしていることを密告しようとすると、俺を褒める言葉しか出てこないような魔法を、あらかじめ掛けておいた」



 しれっと放たれた事実にわたしは震えた。……こいつ、悪魔かっ!?

 でも、そういえばたしかに、いまはフツーに喋れてる。……けど! 



「褒める言葉、じゃないでしょっ!? ひとにあんなこと言わせて、セクハラじゃないのっ!?」


「……その指摘は確かに妥当だし、申し訳ない、とは思っている」



 わたしの指摘に法使いはほんの少しだけ眉をひそめて、


「……しかし、ノウエルをうんざりさせるには、あれが一番なんだよ。あいつは、そういうのに耐性がないからな」



 しかたない、とでも言わんばかりに肩をすくめてみせる。

 

 ……いや、まあ。

 たしかに、あのひと、なんかめっちゃ動揺してたけどっ……。



「――ノウエルは組合保安部の責任者……魔法警察のトップだ」


 ふと、魔法使いが真面目な口調になる。


「俺が魔王になろうとしていることがバレたら一番まずい相手なんだよ、あいつは。……そもそも魔法使い組合というのは、同じ魔法使いの中からふたたび魔王を出さないよう、魔法使いたちがお互いを監視し合うために作られた組織なのだから」


「……あんた、そこの幹部のくせに、魔王になろうとしてるのっ!?」


「逆だよ」、と彼が言う。



「魔王になるためには、組合の幹部になる必要があった。組合幹部しかアクセスできない情報がどうしても必要だったものでな。……全ては、目的のためだ」



 そう言って、魔法使いはニヤリと笑う。

 


 わたしは思わずぎり、と奥歯を噛んだ。

 ありったけの怒りと憎しみを込めて、目の前の魔法使いを強く睨みつける。




「……あんたがなに企んでるのか知らないけど、絶対、思い通りにはさせないから」



「ほう」、と、魔法使いが面白そうに笑った。



「俺の魔法に対抗すらできない聖女に、いったい何ができる。

 ――そろそろ昼時だ。次の街へ出発するぞ」




* * *




 うう……。


 密告計画を潰されたあげく返り討ちに遭ったわたし、魔法使いに連れられてとぼとぼと街を歩いてた。


 少し先の大通りからは喧噪が伝わってくるけど、この辺はまだ静かで、人気もない。



「……そういや、あんた、厚生部なんだって?」


 ふと、わたしは訊いてみる。



「ノウエルに聞いたのか」


 魔法使いは少し眉根を寄せた。「……あいつも、余計なことを言う」



「あんたが厚生部なんて、いったいなに企んでるの?」


「無論、組合員の生活を向上させるためだ」


「……魔王になろうとしてるあんたが?」


 わたしの指摘に、魔法使いはニヤリとして、



「……なんだ。最初から分かっているならば、わざわざ聞く必要はないだろう?」



 なんて、悪びれもせず言ってくる。



「魔王になろうとしているこの俺が、魔法警察のトップに就くわけにはいかないではないか。……なんせ、魔王というものは、この世で最悪の魔法犯罪者なのだからな」



 面白そうに目を細めながらしゃあしゃあと言ってのける魔法使いに、わたしは思わず舌打ちした。


 こいつ、ほんと邪悪だっ……。

 ノウエルさん! 気づいて! いまここに、この世で最悪の魔法犯罪者がいますよ~っ!?




 そうこうしてるうちに、わたしたちは再び大通りへ出た。

 エマトニル方面へ向かう道。西の街道へ向かうには、大通りを横切って街の向こう側へ行く必要があるんだ。

 



「――デラヴェル名物、ミックスジュースだよー!」


 ジューススタンドの隣で呼び込みする売り子さんの声に、わたしは思わず足を止めた。



「……まって」、と、声を掛けると、魔法使いも立ち止まってこっちを見てくる。



「もう昼だし、出発を急ぐのは分かってるけど、傷心のわたしに、いまはせめてジュースを買わせて……」


 わたしが言うと、魔法使いがからかうように笑った。



「……奢ろうか?」


「いらないっ!」



 彼の申し出を声を荒げて断って、わたしはジューススタンドへ駆け寄った。




 名物のミックスジュースとやらは、少し透明感のあるオレンジ色のジュースだった。顔を近づけると、いろんな果物の香りふわりとたちのぼる。


 ひとくち啜ると、爽やかな甘さと香りがぱっと口の中に広がった。

 

 こんなときでもジュースは美味しかった。

 クソ魔法使いの横暴さに疲弊した心に、優しい甘さがじわりと染みる。

 ミックスジュースって、いろんな味がして楽しいよね……。



 ……と。

 それまで観光案内が映ってた街角の魔法掲示板の映像が、不意に切り替わった。



『魔法使い組合』――掲示板に、魔法使い組合のロゴマークが表示される。



 あ、また魔法使い組合のCMだ、なんて思いながら、わたしはもうひとくちジュースを飲んだ。


 こないだの夜も流れてたし、さいきん多いのかも知れない。


 ……ていうか、そういえば、さっきの受付のひとも、組合のCMの話してたっけ。

 あれって、いったい、なんだったんだろ……――




『――こんにちは、みなさん! 魔法使い組合です!』




 ブフゥっっっっっ!


 掲示板の映像が切り替わった瞬間、わたしは思いっきりジュースを吹き出してしまった。


 ……だって! だって!



 ――なんでノウエルさんとヴィルク……もとい、ヴェルカスが出演してるの~っ!? 




『償いと奉仕! 私たち魔法使い組合は、魔法犯罪を許しません!』



 画面の中では、爽やかな笑顔を浮かべるヴェルカスさんと、どこか硬い表情のノウエルさんが肩を並べて高らかに宣言してる。


 すっかり混乱するわたしのすぐ近くで、若い女のひとたちが黄色い声をあげた。



「ヴェルカスさまっ~!」

「ああっ、ノウエルさま、今日も麗しいっ!」

「大魔法使いさま、顔面よすぎ……憧れる~!」




「……っ、あんたたち、こんなことやってたのっ!?」


 こぼれたジュースを服の袖で拭いつつ、わたしは傍らの魔法使いを見やった。

 けど、彼は逆に意外そうな顔でこちらを見下ろしてくる。



「……俺としては、むしろ、ピュイがヴェルカスやノウエルの顔を知らなかったことの方が驚きだよ。組合広報部のデータによれば、ピュイのような若い女性層にはかなりの認知度を誇る筈なのだが」


 いや、CM自体はこないだも見たばっかりだけど!

 あの時は魔法使いから逃げることで頭がいっぱいで、誰が出てるかなんてそんなのぜんぜん気にしてなかったし!



「っていうか、なんで、あんたたちがっ!?」


「これでも組合の顔だからな」、と魔法使いが言う。



「大魔法使いの中の大魔法使い、三大魔法使いのうちふたりだ。組合や、魔法使いそのもののイメージアップのため、広報活動に協力するのは当然だろう?

 ……というか、本来は俺個人に来た依頼だったのだが、俺ひとりだけ貧乏くじを引きたくないからノウエルを巻き込んでやった」


「それでノウエルさん、あんたを見たときスライムを噛みつぶしたような顔、してたんだ……」



 ……わたし、なんか、いろいろと察してしまった。

 こいつが同僚じゃ、ノウエルさんもさぞかし苦労してることだろう。



『魔法に関するご相談は、魔法使い組合直営の魔法屋へ! 安心、安全、魔法使い組合!』



 画面の中では、ヴェルカスが相変わらず爽やかに微笑んでる。

 顎に指を掛けてそれを眺めつつ、魔法使いが満足げに頷いた。



「しかし、我ながら、なかなかの好青年ではないか。ヴェルカスの人気も頷けるな」


「詐欺だ……ッ!」



 わたしは思わず肩を震わせてしまう。




 ……ていうか!

 うっかり吹き出しちゃったわたしのジュース、返してよ~っ!?

「魔法屋編」、終わり。ノウエルさん可哀想。


次章から「旅立ち・最初の夜編」の始まりです。

面白かった、続きが気になると思ってもらえたら、評価・ブクマ・感想など戴けると励みになります。



次話「街道をゆくわたしたち」、12/2(火)20:20更新

いよいよふたりの旅の始まりです。

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