街を歩くわたしたち
他人に触れられない猛毒体質の大魔法使いと、彼に触れても平気な毒耐性持ちニセ聖女(※実は妖精)の
人違い×隠し事から始まるハイテンションファンタジー
毎週火曜日20:20更新です。
暗い路地裏を出て、やわらかな陽光に包まれた石畳の通りへ戻る。
朝から昼に近づきつつある街は賑わいを増してた。
さっきまでは眠ってるようだった通り沿いのお店たちは軒並み看板を出してて、行き交う人たちもどこか活気づいてる。
カフェの店頭に掲げられた黒板メニューも、朝食からブランチって内容に変わってた。
「――どうした、いつもより少し、距離があるではないか」
少し離れてついてくわたしを横目で見やり、魔法使いがからかうように声をかけてくる。
……いまさらではあるけど、わたしは今度こそ、魔法使いの毒を恐れるフリを貫く決意、新たにしてた。
魔物の毒に無頓着すぎて妖精だってバレるのも怖いけど、そもそもこいつ、わたしが聖女だから魔物の毒を怖がらないんだ、って思ってるらしいし(……まあ、聖女が毒を恐れないってウワサ自体、わたしが蒔いた種なんだけどね)――。
「もしかしたら妖精じゃないか?」って疑念を抱かせないためにも、聖女じゃないってアピールするためにも、魔物の毒が怖いフリをした方がいいに決まってる。
今度こそ、こいつの毒のこと、ぜったい忘れないぞ……!
「そりゃあ、怖いからね。あんたの……その、あれ」
魔物の毒、って言いかけたわたし、言葉を濁した。
……魔物の毒は忌み嫌われ、恐れられてる。そんな単語を人混みの中で口に出したら、騒ぎになっちゃうかもしれないもんね。
でも、言わんとしたことは通じたみたい。
魔法使いはわたしを見やって、ふっと微笑んだ。
「それが賢明だよ。……ようやく、俺に近づくことの恐ろしさを理解したようだな」
そう言いながら前へと向き直り、迷いなく歩を進める。
「……ていうか、どこ行こうとしてるの?」
わたしが訊ねると、魔法使いは「市場だ」、と応えた。
「俺の都合で申し訳ないが、乗合馬車は使えないからな。……泊まりの旅になる。いろいろと準備が必要だろう」
「それなら、南側の市場の方がオススメだよ」、とわたしは言った。
「あんたがいま向かってるの、東側の市場でしょ? あそこ、繁華街に近いから賑わって見えるけど、観光客向けで割高なんだ。地元のひとはあんまり使わないよ」
わたしの言葉に足を止め、魔法使いが感心したような顔を向けてくる。
「詳しいな」
「まあね」
魔法使いの視線に、わたしは軽く頷いてみせた。
「もともと、この街には何度か来てたからね。森からいちばん近いし。まあ、市場くらいにしか用がなかったから、それ以外の場所にはそんなに土地勘ないけど。
南側の市場、規模はそんなでもないけど、必要なものはだいたい揃うし、レア素材を買い取ってくれる馴染みの店もあるんだ。
あと、入り口にある屋台のカツサンドが絶品でね……」
「成る程」
少し得意になって語るわたしの言葉に相づちを打ちながら、不意に、魔法使いが言った。
「……ところで、もう、距離を取らなくていいのか?」
「へ?」
魔法使いの指摘にわたしははっとする。
……気づけば、わたしはいつものようにあいつの隣で、すっかりいつもの距離で話してた。
……って、やっちまった!
ついさっき決意したばっかなのに早すぎでしょっ、わたし!? うかつかよっ!?
言い訳を探して目を泳がせるわたしを見やり、魔法使いが口の端を持ちあげる。
「……大方、自分は聖女ではない、とアピールするために、あわてて瘴気が怖いフリをしていたのだろうが……三分も持たないようでは意味がないぞ」
からかうように言われ、わたしは真っ赤になってしまった。
くそうっ、完璧に見透かされてる……っ!
「と、とにかく!」わたしはばつの悪さを誤魔化すように話題を変えた。
「野宿になるなら、食料が必要だよねっ。昼は簡単なもので済ませるとしても、夜は火を熾すから、ついでにご飯も作りたいし。食材と、あと、水も2リトルか3リトルくらいは……」
「水ならば、わざわざ買う必要はないぞ」、と、魔法使いが口を挟んでくる。
「この辺りは比較的、湿潤な地域だからな。魔法を使えば空気中からいくらでも調達できる。重くてかさばる水をあえて持ち運ぶ意味もあるまい」
「へぇ、便利なもんだね……」
わたし、素直に感心してしまった。
水ってのはほんと、冒険者にとって悩みのタネだ。
いつでもそうそう都合良く水場なんてあるわけじゃないから、旅をするなら最低限の量は持ってかなきゃいけない。でも、重いし、かさばるし、入れ物だって必要だ。ヘタしたら荷物の半分くらいは水で埋まることになる。
水のことを考えずに旅できたら身軽だし最高だよなあ、とは、いつも思ってた。
……つくづく、わたしが魔法の力を失っちゃったのが悔やまれる。
もしも、魔法が使えるわたしのままで旅に出ることができてれば、いまよりもずっとラクだったろうに。それに――
――もしもそうだったら、わたしの隣にはきっと、あの子がいたハズだ。
こんな意地悪なクソ魔法使いじゃなくて、あの子が……――
「……でも、あんたの魔法はいらないよ」
また胸のうちに湧きあがる苦い後悔を振り払いながら、わたしは魔法使いの提案を丁重にお断りした。
「自分の水は自分で用意するし、運ぶよ。これまでだってそうしてきたし、それで困ったこともないし。
……それに、もしあんたの言葉を真に受けて自分の水を買ってかなかったら、いざ水が必要になったとき、あんたに頼るしかなくなるでしょ? そしたら、それを取引の材料にされるかもしれないじゃん。『水が欲しいなら俺の言うことを聞け』、とかさ」
「成る程、その手があったか」
「…………」
思わず睨むわたしに、魔法使いは肩をすくめて「冗談だよ」、と笑ってみせた。
「まあ、無論、俺自身はそんな真似をするつもりはないが……そういうことができるというのは事実だからな。
相手のライフラインを握るというのは、相手に対して権力を握るのと同義だ。他人に握らせないのは賢明な判断だよ。ましてや、ピュイにとっての俺は、まだよく知らない相手だ。よく知らない相手をそう簡単に信用するものではない」
「うーん……」
「どうした?」
「いや……」
わたし、ちょっと難しい顔になってしまう。
「なんていうか……『自分を信用しろ』って言ってくるヤツが怪しいのは当然として、『自分を信用するな』って言ってくるヤツも、それはそれで怪しいなあ、って思って。
……そうやって、『自分は他とは違いますよ』アピールしてくるやつこそ警戒すべきじゃん?」
わたしの言葉に魔法使いが目を細めた。
彼はどこか面白そうに笑って、
「確かに、一理はある。……ピュイはしっかりしているな」
……お褒めの言葉を賜ってくる。
って、なんか、逆に馬鹿にされてる気がするんだけど!?
ていうか、上から目線でムカつく。
わたしはむっとして魔法使いを思いっきり睨みつけた。
「あんたねぇっ……」
わたしが文句言おうとした、その瞬間だった。
「――ピュイ!」
鋭い声と共に、何か見えない力がわたしを後ろから引っ張る。
思わず息を呑むわたしの目と鼻の先をかすめるように、急ぎの馬車が猛然と駆け抜けていった。
「っ……」
砂煙を巻き上げて走り去ってく馬車の後ろ姿を見送りつつ、わたしは今さらながらゾッとしてしまう。
……すごいスピードの馬車だった。もう一歩前に出てたら、完全にぶつかってただろう。
ヴィルクに気を取られてたわたし、いつの間にか、通りの真ん中に踏みだしちゃってたんだ。
「――怪我はなかったか?」
少し離れたところから魔法使いが訊いてくる。その目には動揺と、心配と、ほのかな安堵の色が見て取れた。
状況から察するに、間一髪のところでわたしを引き戻してくれたの、彼の魔法だったんだろう。
「あ、ありがとう……」
思わずお礼を言ったあと、急にいらだちが込み上げてきた。
もちろん、それは自分自身の不注意に対するいらだちなんだけど、それを魔法使いにフォローされたってことが、なんだかすごく気に障った。
しかも、魔法使いの口調には、わたしの不注意を責めたり、窘めたりする感じがまるでなくて。それが返ってわたしの心を逆なでした。
「……でもさ、わざわざ魔法なんか使わなくても、フツーに腕でも引っ張ってくれれば良かったじゃん」
気づけば、わたしの口からは文句が飛び出してた。
……自分でも分かってる。助けてもらったくせにこんなこと言うなんて、完全に八つ当たりだ。
けど、魔法使いは相変わらず、いやな顔ひとつしなかった。
「――触れられないのだから、魔法を使うしかないだろう」
淡々とした口調で、ごく当たり前のように応えてくる。
その言葉に、わたしはハッとした。
そうだ。こいつの毒、手袋も通り抜ける、って……。だから、わざわざ魔法を使ったんだ。
ていうか、わたしはまた、こいつの毒のこと忘れてた自分に気づく。
……ああもう、ほんとにうかつすぎないか、わたしは!?
「……ごめん、いま、八つ当たりした」
……わたしが謝ると、魔法使いは少しだけ目を見開いたあと、余裕たっぷりに笑った。
「べつに構わないぞ。……なにせ、俺は懐が広いからな」
魔法使いはニヤニヤしながら人差し指を立て、くるりと動かしてみせる。
「俺は他人には触れられないからな。――だから、魔法で触れる能力を磨くしかなかったんだよ」
言いながら、ヴィルクがふと、視線を上げた。
わたしもつい、つられるようにそっちを見る。
少し離れたとこで赤ちゃんが泣いてた。
赤ちゃんを抱いた女のひとが必死になだめようとしてるけど、赤ちゃんはいっこうに泣き止む気配がない。
女のひと、赤ちゃんを抱えたまま人混みの中に立ち尽くし、途方に暮れたような顔をしてた。
魔法使いが、ふと、なにか呪文を唱えた。
そのまま、指先をつい、と動かす。
とたんに、女のひとの服の紐が生きてるみたいにぴょこん、と跳ねた。
すぐ目の前で踊るように揺れる紐に、泣いてた赤ちゃん、きょとんとした顔をする。
しばらく紐に見入ってた赤ちゃん、次の瞬間、いまのいままで泣いてたことを忘れたみたいにキャッキャと笑い出した。
赤ちゃんを抱えた女のひとがホッとした顔をするの、遠目にも分かって、わたしまでなんだか安堵してしまった。
「へぇ、いいとこあるじゃん」
思わずわたしが呟くと、ヴィルクがハッとしたように動きを止める。
彼はなんだか気まずげに目を泳がせたあと、不意に踵を返して、
「……ピュイのお勧めの市場は、南の方だったな」
それだけ言うと、スタスタと歩き出してしまった。
……って!
「あっ、待ってよ!」
魔法使いの反応にぽかんとしてたわたし、置いてきぼりになってようやく我に返る。
思わず声をあげながら、わたしは慌てて彼の後を追いかけた。
次話「南の市場を訪れるわたしたち」、11/18(火)20:20更新
お買い物デート編つづき。奢りたい男子vs奢られたくない女子の攻防。




