聖女のフリをするわたし(前編)
猛毒体質の大魔法使いと、毒耐性持ちニセ聖女(※実は妖精)の
人違い×隠し事から始まるハイテンションファンタジー
10/23連載開始。11/3まで集中連載中。
平日→20:20の一回更新
10/24(金)と土日祝は8:20/20:20の二回更新
以降は週イチ更新予定です。
――どうやら、街道を旅してた商隊がとつぜん魔物に襲われた、って状況らしい。
わたしが駆けつけたときには、あたりはひどいありさまだった。
道の真ん中に荷馬車が横倒しになってて、そこら中に散らばった積み荷の間で人々が逃げまどってる。
馬車の下敷きになってもがく馬のいななきと、子どもが泣き叫ぶ声。
割れた瓶から立ちのぼるお酒の匂いが鼻をついて、わたしはつい、噎せそうになる。
……そして。
彼らのすぐそばに、真紅の瞳をらんらんと輝かせる、オオカミみたいな魔物の姿。
そいつが姿勢を低くして狙ってるのは、逃げ遅れて積み荷の間にへたりこんでる中年の男性――きっと、あともうほんの数秒で、この魔物に喰われてしまう!
……でも、もう大丈夫!
わたしは剣を握り、強く地面を蹴った。
だって、わたしが来たんだから――!
「――みなさん、下がってて!」
そう叫びながら剣を携え、魔物に向かってまっすぐ突進する!
わたしの存在に気づいた魔物があわてたみたいに顔を上げたけど、残念! もう遅い!
魔物が体勢を転じるより早く、わたしの剣が走る。
次の瞬間、魔物の巨体は地響きを立てて地面に崩れ落ちた。
……よっしゃ、一撃!
わたしは思わず心の中でガッツポーズを決める。
……っていっても、楽勝なのは当たり前なんだけどね。
だってわたし、相手が魔物なら無敵なんだから!
「――旅の方々、お怪我はありませんでしたか?」
魔物を倒したわたし、剣を鞘へと収めながら振り返ると、たったいま喰われそうになってた中年の男のひとに向かって手を差し伸べる。
どうやら、彼がこの商隊のリーダーさんみたい。
でも、いったいなにが起こったのか分からなくて、ぼうぜんとしてる様子。
……まあ、無理もないよね。
とつぜん魔物に襲われたと思ったら、直後に飛び込んできた若い女(わたし! わたしのこと!)がそいつ、あっさり倒しちゃったんだから!
「あっ……はっ、はい……!」
男のひと、ようやく我に返ったみたい。
わたしへ視線を向けて、とたんにハッと息を呑む。
その視線は、わたしの顔――の、その、もう少しだけ上あたりにすっかり釘づけだ。
人目を引く、銀色の髪。
わたしの髪を見やりながら、男の人がぼうぜんとしたみたいに呟く。
「あ、あなた様は、まさか……――」
……はいはい、来た来た! 来ましたよっ、っと!
わたしは思わず胸中でほくそ笑んでしまった。……これはもう、勝ち確の流れ!
ゆるみそうになる顔をどうにか引き締め、わたしはぴっと背筋を伸ばした。
彼の期待に応えるべく、渾身の微笑みを浮かべんと表情筋に命令を出しかけて……。
ぐぼおっ!
……その瞬間。不意にわたしの背後から、なんかイヤな音が聞こえてきた。
「……へっ?」
あっと言う間もなくわたしの頭上へ降りかかってくる、なんだか生暖かいもの。
ぬるり、とした感触が、髪から頬、頬からあごへと垂れてきて。
それがいったいなんなのかわたしが認識するより前に、周囲から悲鳴があがった。
「魔物の血だ――ッ!」
……くそっ、やらかした!
わたしは思わず舌打ちしてしまう。
降り注ぐ血しぶきの出所はもちろん、つい今しがたわたしが倒した巨大な魔物。
どうやら剣の当たりどころが悪くて、うっかり内臓をひどく傷つけちゃったらしい。
「ま、魔物の血がっ!?」「うそ、毒があるのにっ!?」「ああ、そんなっ……!」
さっきまでの歓声が絶望の悲鳴に変わる。
商隊のひとたち、もう完全にパニック状態。
……そりゃまあ、そうなるよね。
魔物の血肉は、この大陸のほぼ全ての生き物にとって猛毒だ。
触れたり、口にしたりするのは論外として、流れた血に近づいただけでも命を蝕むっていう凶悪なシロモノなんだから、怯えて取り乱すに決まってる。
……でも、まあ、やっちゃったもんはしかたない。
動揺する人たちへ視線を向け、わたしは、穏やかな笑みを浮かべた。
「――大丈夫です」
頬に着いた血を指先で上品に拭いながら、わたしはゆっくりと口を開く。
「ご心配には及びません。わたしには、魔物の毒は通じません。……だって」
動揺する彼らを宥めるように、落ち着かせるように、言葉を紡ぎながら。
わざとそこで言葉を切って、わたしは優雅に微笑んでみせた。
「――わたしには、神のご加護がありますから」
静かながらも強い自信に満ちた口調で、きっぱりと言い放ってやる。
一瞬、あたりの空気が静まり返った。
人々が固唾を呑んでこちらを見つめてくる。
少しだけ、間があって。
やがて、彼らの間から、感嘆の声が洩れた聞こえてきた。
「おい、あれっ……」
「魔物を一撃で倒す実力に、あの美しい銀の髪と、水宝玉の瞳……」
「魔物の毒をおそれないだなんて、まさにウワサ通りじゃないか!」
「まさか、あなたは……――」
「――……って、やっぱり、バレてしまいましたか」
期待に満ちたまなざしを一身に受けながら、わたしははにかむように、少し困ったように小首を傾げてみせる。
そんなわたしの反応に確信を得たみたいに、例のリーダーらしい男のひとが瞳を輝かせた。
「やはり! あなたは【銀煌の聖女】エル・クレアードさま!」
湧きたつ人々の声に、わたしは否定も肯定もせず――ただ、穏やかに微笑んでみせた。
慈愛と親しみと気高さにあふれた、まさに聖女そのもの、といったカンペキな微笑みを。
次話「聖女のフリをするわたし(後編)」10/24 20:20更新予定
主人公、さらに調子こいてます




