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魔法使いと魔物の毒

猛毒体質の大魔法使いと、毒耐性持ちニセ聖女(※実は妖精)の

人違い×隠し事から始まるハイテンションファンタジー


毎週火曜日20:20更新です。




 広場から少し離れた路地裏で、わたしは掴んでた魔法使いのローブからようやく手を離した。

 そこまで大人しくついてきた魔法使い、ニヤニヤしながらわたしを見下ろして、


「――やれやれ、聖女はずいぶんと積極的だな」


  ……開口一番、からかうようにそんなことを言ってくる。



「婚約者を人気のない路地へ連れ込むだなんて、いったいなにが目的だ?」


「やかましいわっ!」とわたしは声を荒げた。


「あんたはっ、人前であることないこと話してっ!」


「だが、宿で後ろから抱きついてきたのは事実ではないか」


「あれはそういうんじゃないでしょっ!? 抱きしめたんじゃなくて、羽交い締めって言うんだ、あれはっ!」


「ふむ、事実はひとつしかないが、解釈はひとの数だけある、ということだな……」



 神妙な面持ちを浮かべつつ、一般論で煙に巻こうとしてくる。

 ……わたしは思わずため息をついた。

 こいつの詭弁にまともにとりあうだけムダだ。



「……ていうか、あんな理由があるなら、最初から素直にそう言ってくれれば良かったのに」、わたしはつい、口を尖らせてしまう。


「わたしだって、べつに、歩くのは嫌いじゃないし、そんなに綺麗な景色の場所があるなら、たしかにちょっと、見てはみたいし……」


「え」



 わたしの言葉に魔法使いが目を丸くする。


「え」


 思わず、わたしも同じ反応をしてしまった。


「あんたさっき、わたしに見せたい景色がある、とかなんとか言ってたじゃん。……なんか、すごいとこに連れてってくれるつもりんでしょ?」


「……もしかして、期待したのか?」


 魔法使いの目にめずらしく、ほんの少しだけバツの悪そうな色が浮かんだ。



「……そうだったのだとしたら、申し訳ないことをした。あれは、ただの方便だ」


「ウソだったのっ!?」



 わたしはちょっとがっかりしてしまった。


 いや、よくよく考えてみればたしかに、この魔法使いがとつぜんあんなこと言い出すなんて不自然なんだけどさ。

 ……でも、正直、ちょっとだけ「いいな」って思っちゃったんだ。



 わたし、田舎の山奥の村生まれだったから、物心ついてからずっと、周りにあるものは見慣れたものばっかりで。王都に住んでるおじさんがたまにお土産に持ってきてくれる本を読みながら、外の世界に憧れてたんだ。

 いつか、いろんなとこに行って、いろんなものを見てみたいなあ、って。


 ……まあ、その後、いろいろあって強制的に故郷を出なきゃいけなくなったわけなんだけど、お金も名前もない状況だったから、世界を見てまわる余裕なんてぜんぜんなくって。

 そんな感じのまま、もう、何年も経ってしまった。

 だから、『一生忘れられない記憶になるような景色』だなんて言われたら、ちょっと興味持っちゃうよ。



「……そんなウソついてまで、乗合馬車のお金、出したくなかったの?」


 あわい期待を裏切られたこともあって、わたしの口調はつい、とげとげしいものになってしまった。


「大魔法使い様って、意外とケチなんだね」


「……ピュイには、記憶力というものが存在しないのか?」


 ……けど、わたしの厭味に、魔法使いは逆に呆れた顔をしてみせる。

 って、なんだよ、それっ!?



「なんでそこでわたしの記憶力の話になるんだよっ!?」


「ピュイの記憶力に疑問を抱いたからだ。……念のために聞くが、ピュイは昨日の昼食にいったいなにを食べたか、覚えているか?」


「お、覚えてるよっ! え、ええと…………あ、あれっ?」


「……瘴気だよ」


「ショーキ? そんな食べ物あったっけ……?」


「……こらこら、戯れに出した昼食の話を広げるな」


 魔法使いが嘆息しつつ、わたしを見た。



「だから、瘴気だよ。俺の身体から出ている瘴気の話だ。……魔物の毒を帯び、毒の瘴気を放つこの身体で、乗合馬車になど乗れるはずがないだろう」


「あっ」


「……本当に忘れていたのか」


 思わず声を上げるわたしを見やり、魔法使いは信じられない、というようにため息をつく。


「魔物の毒は、それ自体も脅威だが、そこから生じる瘴気が最も厄介だ。

 ……周囲になるべく影響を与えぬよう、ふだんは魔法で周囲の空気をコントロールしているのだが、密室ではそうもいかない。開放型の馬車ならともかく、ああいう密閉された箱形の馬車などは最悪だ。いくら窓を開けたとて、目的地に着く頃には陰惨な事件現場になってしまうことだろう。

 ……まあ、たまたま乗り合わせた行きずりの皆さま方が全滅してもいいというなら、べつに構わないのだが……」


「構うよっ!?」



 ていうか、こいつ、魔法で瘴気をコントロールしてたんだ……。


 今さらながら、わたしは一昨日のことを思い出す。


 魔物の瘴気の匂いをたどった先でこいつを見つけたとき、寝てるこいつの周りには濃い瘴気が充満してた。だからわたし、近くに魔物がいるって勘違いしちゃったんだ。

 でも、こいつが目を覚ましたあと、瘴気は消えちゃって……つまり、あそこでこいつが魔法を発動させて、瘴気を逃がし始めたんだろう。


 ……たぶん、自分に近づく人間――わたしの存在に気づいたから。

 そのときはまだ追い剥ぎかなにかだと思ってたはずのわたしを、自分の毒から守るために。



「……聖女は、魔物の毒に対してあまりにも鈍感すぎる」


 魔法使いの声音が少しだけ硬くなる。


「そもそも、これまで無事だったのはただ、運が良かっただけに過ぎないというのに」



 魔法使いの言葉にはわたしへの批難の色が含まれてる。

 けど、それは意地悪とかじゃなかった。


 ……心配、してる?



 そういえば、ヴェルカスモードのときのこいつも、半径0.5メトル以内には人を近づけないとか言ってたっけ。

 これまであんまり意識してなかったけど、こいつ、こいつなりに、周りのこと気遣ってるんだなあ。

 ……今さらながら、わたしは自分の無神経さを反省してしまった。



「その……ケチとか言ってごめん。あんたがそういうこと考えてるとは思わなかった」



 わたしが謝ると、魔法使いが一瞬、目を丸くした。

 けど、彼はすぐにニヤリと笑って、「べつに、構わないぞ」、と言う。



「ケチなどと批難されようが、俺は全く気にしていない。他者から中傷を受けたとして、それが事実ならばしかたないし、事実ではないのならばたんなる囀りにすぎないからな。俺は器が大きいのだ。……それに」


 魔法使いがふと、口の端を吊り上げる。



「それに、そもそも俺にとっては、馬車だろうが徒歩だろうがたいして関係はない。なんせ、疲れたら聖女に乗ればいいのだから」


「って! あんた、またわたしを馬にするつもり!?」



 魔法使いが笑った。「冗談だよ」、と肩をすくめて、


「馬にしてしまったら、こんな風に並んで話すことはできなくなってしまうからな。

 ……言っただろう? 俺は、聖女とふたりきりの時間を楽しみたいんだよ」


 なんて言ってくる。


「……それも冗談でしょ?」


 わたしの問いには応えず、魔法使いはまた、面白そうに笑った。



 ……くそっ。こいつ、ほんとなに考えてるんだか分かんないなっ?





「……ていうか」、からかうような魔法使いの態度につい、わたしは口を尖らせてしまう。


「魔物の毒とか障気とかって言うけど、それって、あんたのご自慢の魔法でどうにかならないの?」


「無茶を言うな」、と魔法使いが応えた。


「以前にも言ったが、神にすらどうにもできないものを、魔法でどうにかできる筈が無いだろう。

 ……まあ、俺の身体から常時放出されている瘴気については、大半を風の魔法で巻き上げて上空で拡散させている。魔物の毒や瘴気は濃度さえ薄めれば比較的短時間で分解されるから、日常的にはこれで充分だ。……だが」


 魔法使いの声がふと、重くなる。



「……問題なのは、魔物の毒が放つ障気は、物質をすり抜ける、ということだ」


「物質をすり抜ける?」


「ああ。……つい先日、学術雑誌に掲載されてた最新の論文だよ。もちろん、ある程度減衰はするものの、薄い壁なら越えてしまうらしい。……つまり、このような手袋程度では防げない、ということだ」


 言いながら、魔法使いは自分の手を覆う手袋をつまみ、ぱちんと弾いた。


「もっとも、これは少し厚みのある特殊な材質ではあるからして、直に触るよりはマシだろうが……いずれにせよ、魔物の毒とは本当に厄介なものだ。まあ、仕方がない。すべては神の思し召しなのだから」


「あんたも苦労してるんだね……」


 わたしが同情するように呟くと、魔法使いがふと、わたしを見た。



「……というか、怖くないのか?」


 なんだか戸惑ったように訊いてくる。


「え?」


「……いや、だから……」


 きょとんとして訊き返すわたしに、魔法使いは一瞬、言葉をなくしたみたいだった。

 ややあって、少し呆れたような顔をする。



「瘴気は物質をすり抜ける、と、先ほどから言っているだろう。普通、そう聞いたら、もう少し距離を取ろうとするものではないのか?」


「え……」


 ああ、そっか!

 言われて初めて、わたしは魔法使いの表情の意味に気づいた。


 ……いや、だって、魔物の毒とか瘴気とか、わたしには一切、影響ないし……なんか、どうしても鈍感になってしまうんだ。



「……聖女は本当に瘴気を気にしないな」


 わたしの反応を眺めつつ、魔法使いが苦笑する。



「――もしかして、本当に妖精だったりしてな」



 ぎくり。

 まるで心臓を直接掴まれたみたいだった。

 顔が引きつって表情が強張るの、分かる。



「そ、そんなわけないじゃん!」


 わたしがあわてて否定すると、魔法使いがニヤリと笑った。



「ああ、無論だ。……なにせ、最後に妖精が目撃されたのは十数年前の話だからな。

 ピュイも知っているだろう? 先代魔王の片腕として暴虐の限りを尽くした【終焉の妖精】は、魔王と共に、暁耀の勇者エランハルトたちの手によって倒された」


 それは聞いたことある。

 勇者たちと一緒に魔王を倒した母さん本人から。想い出話として。


 なんでも、もともと森の奥でひとり暮らしてた母さんが勇者の一行に加わったのも、同胞たる【終焉の妖精】の暴走を止めるためだったらしい。


 もっとも、母さんはずっと羽と触覚を隠して人間のフリをしてたから、世間の人たちは先代魔王を倒した勇者一行の中にも妖精がいたなんてこと知らない。

 結局、残ったのは魔王と共に暴れ回った妖精に対する悪評だけ。それもあって、わたしは自分が妖精だってことを知られちゃいけないんだ。



「でも、それって十数年前の話でしょ? もしかしたら、子どもがいるかもしれないじゃん」


 わたしがそう言ってみると、魔法使いは「あり得ない」、とばっさり否定した。


「【終焉の妖精】ファイは、その二つ名の通り、この世で最後の妖精だった。……なんせ、彼女は破壊神ロカの生まれ変わりだったのだから。

 ……ピュイも、破壊神ロカが神の手で負わされた呪い、【終焉の終わり】(フィニス・エンド)は知っているだろう?」


 もちろんだ。いくら田舎者だからって、それくらいは知ってる。

 っていうか、この大陸で知らない人はほとんどいないってくらい有名な神話だ。



 ――【終焉の終わり】(フィニス・エンド)。


 それは、この世界がある限り、かならず絶滅生物の最期の一個体に転生し続ける、という呪い。


 【終焉の終わり】の呪いを受けたものは、生まれ変わるたびに最期の生き残りとなり、仲間たちの死をただひとり見送り続け、やがて孤独な死を迎える続ける。

 世界が終わるまで、ずっと。


 それが、前文明の末期、この星の全ての生物を滅ぼしたとされる破壊神ロカに与えられた罰……ということになってるんだ。


 たしかに、その【終焉の妖精】とやらが破壊神ロカの生まれ変わりなら、彼女は最後の妖精だったってことになる。……でも。



 どういうこと? とわたしは訝った。



 もし、その【終焉の妖精】とやらが本当に破壊神ロカの生まれ変わりで、【終焉の終わり】(フィニス・エンド)の呪いを受けた最後の妖精なんだとしたら。

 彼女が死んだ後に生きてるわたしや、故郷で元気にやってるハズの母さんは、いったいなんなんだ?


 終焉の終わりに続きがあるだなんて、そんなことある?


「破壊神ロカの生まれ変わり、っていうの、その悪い妖精が勝手に名乗ってただけじゃないの?」


 わたしが思わず訊ねると、魔法使いは首を振った。



「彼女は本物だよ」、と魔法使いは断言する。


「彼女は真実、破壊神ロカの生まれ変わりだった。

 【終焉の終わり】(フィニス・エンド)の妖精が死んだ以上、この世にはもう、妖精は存在しない」


 まるでこの世の理でも語るかのような口調で断じると、魔法使いはふと、苦笑した。



「……少し、話しすぎたな」


 魔法使いは小さく首を振った。やがて、ニヤリと面白そうに笑う。



「しかし、残念だよ」、と、魔法使い。


「もしも妖精が生き残っていたとしたら、俺にとっては願ったり叶ったりだったんだがな。なにせ、魔物の毒を持つ俺にとってはいくらでも利用価値がある。――いくらでも、な」


 そう言って意味深な笑みを浮かべる魔法使いに、わたしは背筋がぞぞっとなるのを感じた。




「――さて、行くぞ」


 言いながら、魔法使いがローブの裾を翻す。


 ……先に立って歩き出した魔法使いに続きつつ、わたしは決意を新たにした。



 いろいろ疑問はあるけど、とにかく!


 ――わたしが妖精だってこと、こいつにはぜったい、隠さなきゃ!

次話「街を歩くわたしたち」、11/11(火)20:20更新


買い物デート(?)の始まりです。

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