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どくまと! - 毒をまとう魔法使いと毒の効かない偽聖女 -  作者: 左京潤
第三章 悪あがきをするわたし
17/19

監視されていたわたし

猛毒体質の大魔法使いと、毒耐性持ちニセ聖女(※実は妖精)の

人違い×隠し事から始まるハイテンションファンタジー


10/23連載開始。11/3まで集中連載中。


平日→20:20の一回更新

10/24(金)と土日祝は8:20/20:20の二回更新


以降は週イチ更新予定です。




「……えっ?」



 魔法使いの視線に釣られ、わたしも彼と同じ方を見た。



 けど、そこには誰の姿もない。

 空っぽの路地裏の隅っこに、ロープが掛かった木箱が雑に積まれてるだけ。


  思わず首を傾げるわたしの前で、ヴィルクが黒手袋に包まれた指先を軽く鳴らす。



 ――とうとつに、木箱のひとつが爆ぜた。

 

ぱんっ、という乾いた音と、「ひえっ!」という情けない声。

 同時に、ばらばらになった木箱の後ろから男が転がり出てくる。


 ……って、男の人っ!?



「って、だれ!? この人!?」


「……おそらく、密偵だ」



 わたしの問いに短く答えつつ、魔法使いがさらに指を繰る。


 刹那、木箱に掛かってたロープがまるで生き物みたいに鎌首をもたげて、木箱に隠れてた男めがけて飛びかかった。

 ほんの数秒後には、男は両手足をロープで拘束され、グルグル巻きで路地裏に転がっていた。


 ……わたしはおずおずと、謎の男を観察する。



 中年の男性だった。もちろん、見覚えなんてない。


 四十……いや、もっと上かもしれなかった。がっちりした体格で、腰に帯剣してるところを見ると、たぶん傭兵かなにかだろう。そういえば、顔や身体にいくつか傷がある。年齢と相まって、いかにも歴戦の戦士、っていう感じだ。



「――彼女を監視していたな?」


 魔法使いが一歩、男に近づき、彼を冷ややかに見下ろした。



「これまで、聖女に関する報告書をあげていたのはお前か?」


「……くく」


 彼の問いに、男が自信ありげに低く笑う。



「……どうやら、多少は魔法が使えるようだが……この俺を見くびるなよ、兄ちゃん。このオッベルグ、腐ってもプロの傭兵だ。そう簡単に口など割るも……はい、そうです! 俺が監視して報告書をあげてました!」


 台詞の途中で魔法使いが指を鳴らしたとたん、彼はあっさり自白した。



「……って、落ちるの早くない!?」


「魔法に耐性のない人間などこんなものだ。……もっとも、この俺の魔法の手に掛かれば、の話ではあるが」


 魔法使いはあっけらかんと言い放つと、傭兵を見やったまま、溜息まじりに目をすがめた。



「……しかし、いくら小娘が相手とはいえ、魔法を防ぐ術すら知らぬ人間を監視につけるとは。どうやら随分と舐められているらしいな」


「……って!」



 怒濤の展開にあっけにとられてたわたし、いまさらながら事態を把握する。

 監視、って、報告書、って……つまり!



「わたし、このひとに監視されてた、ってことっ!? うそっ、なんでっ!?」


「……おおかた、このところアオキ・ガハラーの樹海に出没するという噂の聖女が本物かどうか、見極めようとしていたのだろう」、と、魔法使い。


「なにせ、ずっと行方を眩ませていた【銀煌の聖女】の目撃情報が、いまになってあがってきたのだ。それも、複数の人間から。――一部の者たちが真偽を確かめようとするのは当然の話だろうな」



 ……うへえ、そんなことになってたんだ……。


 わたしはあらためて、自分のうかつさを反省する。

 ……たしかに、最近ちょっと噂が広まりすぎてるとは思ってたし、そろそろ移動しなきゃとも思ってたけど……さすがにのんきすぎたかも。

 


「……しかし、俺の手持ちの情報から察するに、少なくともここ1ヶ月ずっと監視されていたはずだが。……これまで、まったく気づかなかったのか?」


「えっ……そう言われてみれば、森の中でたまに視線、感じることあったような気も……って!」


 わたし、思わず蒼白になった。背中にぞっと怖気が走る。



「まってっ!? おじさん、ほんとにずっとわたしを監視してたのっ!? だってわたしっ、森の中で着替えとか水浴びとかっ……」


「ととととと、とんでもないっ!!!!!」



 傭兵のひと、あわてたように首を振った。

 それだけじゃ足りないって風に縛られたままぶんぶん身を捩って全身で否定する。



「監視してたのは事実だが、そういうのは見てない! 断じて!!! 誓って!!!!! もちろん、そういう危険な気配はたびたびあったが、そのたびに席を外してた! お陰で何度、嬢ちゃんを見失ったことかっ……!

 つい最近だって、水浴びしようとしてる感じだったから目を離してたら、いつのまにか荷物ごと消えちまってっ……ようやく見つけたと思ったら、なんか知らない男と行動を共にしてるし! しかも婚約指輪までつけてるし! いつの間にそんな男と!? おっさんはちょっぴりショックです!」


「……確かに、俺が彼女と遭遇した時には、お前の気配はなかったな」


「なっ!?」


 味方を得た、とばかりに頷いて、傭兵のひとはさらにまくし立てた。



「だいたいっ、俺だって好きでやってるんじゃねえんだよっ! 他に適役がいないとかなんとか言われて無理やり押し付けられたが、そもそもおれみたいなおっさんが若い女性の尾行や監視なんてしちゃダメだろっ! いくら仕事とはいえ、隠れてじろじろ見てるだけでも事案だろっ! こういうのは本来、女性をつけるべきじゃないのかっ!? 上のやつらは同性監視の原則も知らんのかっ!?!?」


「ち、ちゃんとしてる……」


 熱弁をふるうおじさんに、わたしはちょっと安心してしまう。


 ……そうは言っても、こっそり覗かれたりしてたんじゃないか、って思わないでもなかったけど、この感じを見る限り、ほんとに大丈夫そう。監視役がこのおじさんだったの、幸いだったのかもしれない。



「……ふん。どうだかな」


 けど、ホッとするわたしとは対照的に、魔法使いはめずらしく少し不機嫌そうな顔で吐き捨てる。



「お前が提出した報告書には、監視対象の容姿について「かわいい」と書かれていたそうではないか。……どうせ、彼女のことをそういう目で見ていたんだろう?」


「そ、それはそういう意味じゃねえよ!」


 傭兵のおじさん、焦ったように声を上擦らせた。



「この歳になると、お前さんたちみたいな子どもなんて、みーんなかわいく見えるもんなんだって! なんなら兄ちゃん、お前さんだって、おれにしてみりゃ充分かわいいしな」


「かわいいっ!? こいつがっ!?」


 傭兵のおじさんの言葉に、わたしは思わず魔法使いをまじまじと見てしまう。


 たしかにこいつの顔立ちは整ってるけど、べつに「かわいい」って感じじゃない。むしろ大人っぽいって方向性だ。

 この自信家で高圧的なクソ魔法使いのいったいどこに、かわいい要素が?



「……俺は成人している」


 ややあって、仏頂面で押し黙ってた魔法使いが蕩々と反論する。



「成人男性を差して「かわいい」などと評するのは失礼ではないか? つまり、お前は俺を下に見ているのでは?」


「おっと、気を悪くしたならすまんな」


 傭兵のおじさんは軽い口調で謝りつつ、「でもなあ」、と、眉根を寄せた。



「お前さんにもきっと、そのうち分かるよ……。なんつーかさ、おれみたいなおっさんにしてみりゃ、お前さんみたいなのが気を張って無理してるの見るの、たまんねぇんだ。

 そこの嬢ちゃんの前じゃ頑張ってカッコつけて保護者ぶってはいるが、お前さんだってまだまだ、守るよりも、守られてる方が似合うような年齢じゃないか」


 路地に転がされたままの格好で魔法使いを見上げつつ、おじさんが嘆息する。


「……まあ、つまりは、おれたちおっさんが不甲斐ない、ってことなんだけどよ。……しかし、なあ? お前さんだって、もっともっと周りの大人に甘えて、頼ってもいいんだぞ? こんなおっさんでよければ、愚痴くらいならいつでも聞くぜ?」



 い、いい人だ……。わたし、思わず心の中でそう呟いてしまう。


 なんかほんと、頼りがいのある大人って感じだ。

 ……まあ、ロープでグルグル巻きにされてさえなければ、もっとカッコよかっただろうけど。



「……ふん」


 けど、おじさんの言葉、魔法使いにはあんまり刺さらなかったらしい。

 それどころか、彼は相変わらず不機嫌そうな顔で鼻を鳴らす。



「……そうやってなんとなく誤魔化して、追求を逃れるつもりか?」


「へへっ、バレたか」


 飄々と舌を出すおじさんに、魔法使いが呆れたように目を眇めた。


「……食えない男だ」


「まあ、歳をとると知恵がつくもんでなあ」


「……ていうか!」



 わたしはいまさらながら、ふたりの間に割って入る。

 なんとなく勢いに飲まれちゃってたけど、考えてみたら、この人に聞きたいことがいっぱいあるんだ!



「おじさん、なんでわたしを監視してたのっ!? 上のやつら、ってことは、おじさんには依頼主がいるんだよねっ!? いったい誰に頼まれたの!?」


「……おいおい。兄ちゃん、まだ嬢ちゃんになんにも話してないのか?」



 傭兵のおじさん、どこか驚いたような顔をわたしたちへ向けて、



「いいか、【銀煌の聖女】は、銀聖教会の預言によって――」



 銀聖教会の預言……? わたしは目を丸くしてしまう。


 銀聖教会っていうのは、この大陸で広く信仰されてる銀聖教の総本山。

 銀聖教会がまれに発する女神の預言は、これまで一度として外れたことがない。二十数年前、魔王の出現をいちはやく預言したのも銀聖教会だった。


 それゆえに、銀聖教会は大陸国家同盟と並ぶほどの権力を有してるんだけど……。

 ……【銀煌の聖女】に関する預言って、なんだよ、それ?




「――無駄口を叩くな」


 けど、続きを聞く間もなく、鋭い声がオッベルグさんの言葉を遮る。


 声の主はもちろん、魔法使いだった。

 彼はオッベルグさんに近づくと、黒い手袋に包まれた指先をかざして呪文を唱える。



 彼の指先から生じた光が、オッベルグさんの瞳に吸い込まれた。

 オッベルグさんの目は焦点を失い、やがてとろとろと泳ぎ始める。



「……いいか、彼女は聖女ではない。彼女はただの一般人で、三大魔法使いヴェルカスの婚約者だ」


「彼女は、聖女じゃない……」


「そうだ」 ――素直に繰り返すオッベルグさんに、魔法使いが頷いてみせる。


「彼女は聖女ではない。彼女はラザフィエルの村娘だ。彼女の身元はラザフィエル公ヴェルカスが保証している。上にはそう報告しろ」


「彼女は聖女じゃない。彼女の身元は保証されている。……上には、そう報告する」



「そうだ」、と、魔法使いが満足げに笑った。


「……良い子だな、オッベルグ」


 

 魔法使いの言葉に、オッベルグさんが虚ろなまなざしのまま頷く。



 ……あれ?


 その瞳の奥に一瞬、黒い炎が浮かんだ気がして、わたしはふと既視感を感じた。

 なんか……最近、似たようなのを見たような……でも、なんだっけ?


 

 わたしの思考、魔法使いが軽く指を弾く音で中断された。



 魔法使いが呪文を唱えると、オッベルグさんを拘束していたロープがするりと解ける。


 自由になったオッベルグさんはのろのろと立ち上がり、まるで操られるようにフラフラと、路地の外へ向かって歩いて行った。





「……って!」


 オッベルグさんの背中が建物の影に消えてくのをぽかんと見送ったあと、わたしはハッと我に返った。

 思わず、かたわらの魔法使いに詰め寄ってしまう。



「ちょっと! あんた、いま、あのおじさんになにしたのっ!?」


「ああ」、と魔法使い。



「少し、記憶を弄った」


「記憶、って……あんた、そんなことできるのっ!?」


「俺は大魔法使いだぞ? あの程度、わけはないさ。……まあ、あまり褒められた手段ではないし、なるべくならば避けたいところではあるが、緊急避難だ。やむを得ない」


「……まって」



 わたしは息を呑んだ。

 胸の中に、イヤな感じが立ちこめてくのが分かる。



「あんた、記憶をいじれるっていうなら、まさか、わたしのことも……」



 背筋に冷たいものが走った。

 ……わたし、これまで、自分の意思でこいつとやりあってるつもりだったけど、もしかして、知らないうちに、こいつに操られて……。



 わたしの問いに、魔法使いが黙って視線を向けてきた。

 そのままじっと、こちらを見てくる。



「……だとしたら、どうする?」


「っ…」



 彼の問いに、心臓がぎゅっとした。くちびるが勝手に戦慄く。



 けれども、次の瞬間、魔法使いは表情をゆるめた。

 ふっと口の端を吊り上げつつ、魔法使いは「冗談だよ」と笑う。



「精神に関わる魔法は人格に影響を与える。よほどの必要がなければ使わないさ」


「……じゃあ、必要があればやるの?」


「無論だ」


 あっけらかんと肯定しつつ、魔法使いがニヤリとした。



「……だが、安心しろ。なにせ、聖女は単純だからな。魔法など使わなくとも、いくらだって丸め込めるし……その気になれば、惚れさせるのも簡単だ」


「はあっ!?」 わたしは思わず声を荒げてしまう。



「誰があんたなんかに惚れるか!」


「……さて、どうだろうな?」



 瞬間的に憤るわたしをニヤニヤ顔で見下ろしつつ、魔法使いが面白そうに目を細めた。



「――なんせ、俺はとびきりの、佳い男だからな」

次話「乗合馬車に乗りたいわたし」、11/3 20:20更新


次の章からちょっとだけ糖度高めになります。(ちょっとだけ)

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