まって、自覚あったの!?
猛毒体質の大魔法使いと、毒耐性持ちニセ聖女(※実は妖精)の
人違い×隠し事から始まるハイテンションファンタジー
10/23連載開始。11/3まで集中連載中。
平日→20:20の一回更新
10/24(金)と土日祝は8:20/20:20の二回更新
以降は週イチ更新予定です。
ヴェルカスの姿をしたヴィルクに促され、ふたりで魔法屋を出る。
……わたしの『魔法屋に駆け込んで助けてもらおう作戦』は、待ち伏せしてた魔法使いによって無残にも打ち砕かれたわけで。
ほんとなら牢へ連れ戻される脱獄犯みたいなみじめな気持ちになるとこなんだろうけど、わたしの足取りは軽かった。
だって、いまのわたしには、ノウエルさんから貰った通信石があるんだ!
さっきこっそり渡された通信石は、あのあと、さりげなくふところへしのばせた。服の上からその感触を確かめつつ、わたしはゆるみそうになる表情を押さえるのに必死だ。
これさえあれば、いつでもノウエルさんと連絡が取れる!
あとは、魔法使いヴィルクの目を盗んでノウエルさんとコンタクトを取って、あいつのこれまでの悪行を訴えてやればいいだけ!
馬の件はまあ、許すとしても(ケガして困ってたんならそう言えよ! とは思うけど)、ひとを聖女だって決めつけて一方的に婚約者にしたり、魔法をかけて逃げられないようにしてる件に関しては1ミッリだって情状酌量の余地なし。どう考えたって人権侵害だ。
しかもあいつ、魔王になるとか言ってるんだもんね!?
二十年前の魔王禍は記憶に新しいし、大陸にはいまだそこかしこに惨劇のあとが残ってる。
魔王禍で滅びたまま打ち捨てられてる村や街の廃墟、わたしも幾度となく目にしてきた。
ようやく平和を取り戻したこの世界で、新たな魔王になろうと企んでるなんて、その時点で犯罪者みたいなもんだ。
ノウエルさん、あんなに若いのに、魔法警察のトップだって言うし。
事情を話せば、必ず悪い魔法使いヴィルクをやっつけて、わたしを解放してくれるハズ……!
「どうした? なにやら上機嫌ではないか」
「そ、そう? べつに、いつも通りだけど?」
……おっと、いけないいけない。ちょっとはしゃぎすぎたか。
わたしはそらっとぼけながらヴィルクを見やり、心の中でにやりとした。
いまに見てろよ、クソ魔法使い! あんたがのうのうとしてられるのも今だけなんだから!
近い将来、鉄格子越しにあんたに面会するのが楽しみだよ!
* * *
魔法屋から少し離れた人気のない裏路地へわたしを連れ込むと、ヴィルクは変化の魔法を解いた。
爽やかな短髪の大魔法使いヴェルカスの姿はあとかたもなく消え去って、代わりに、重たい長髪をした陰気くさいクソ魔法使いことヴィルクが現れる。
ああ、本当に同一人物なんだな……、と、わたしはしみじみしてしまう。
誰にも好かれる好青年のヴェルカスさんは虚像で、その実体は、最低最悪の性悪クソ魔法使い。
きっと内心ニヤニヤしつつ、まんまと騙されてる周囲のひとを見下して馬鹿にしてたに違いない。
あんな擬態をするなんて、こいつ、ほんとクソ詐欺師野郎だ。
「――さて、と」
元の姿に戻った魔法使いがふと、わたしを見た。
「ところで、聖女はなにやら面白そうなものを持っているようだな?」
面白そうに呟きながら黒い手袋に包まれた手のひらを持ちあげ、くいっ、と指を動かす。
――もぞっ。
わたしのふところの奥でなにかが動く感覚。
次の瞬間、腰の辺りがふっと軽くなって……。
「あっ!?」
わたしは思わず声をあげた。あわてて押さえようとするけど遅い。
指をすり抜けるようにしてわたしのふところから飛び出した通信石、そのまま、吸い寄せられるように魔法使いの手の中へ飛び込んでった!
「……やはり、通信石か」
手中に収まった通信石を指先で軽く転がしながら、魔法使いは口調とは裏腹に愉しげに笑う。
「そんなことだろうと思ったよ。ノウエルも、余計な真似をしてくれる。他人の婚約者に粉をかけるとは油断ならない男だ。
……しかし、聖女も聖女だぞ。俺という婚約者のいる身でありながら、他の男と密通しようとは良い度胸ではないか」
「言い方! っていうか聖女じゃないし! 婚約者ってのも認めてないしっ! いいからそれっ、返してっ……」
わたし、通信石を取り返そうと魔法使いへ飛びかかった!
……けれども、間に合わない。
刹那、魔法使いの黒い手袋の上で炎があがった。同時に、パキッという乾いた音。
熱に耐えかねた通信石、魔法使いの手の中であっさり弾けた。砂みたいに細かく砕けて、彼の指のあいだからサラサラとこぼれ落ちていく。
わ、わたしの希望が~っ……!
絶望のあまり、わたしは膝からくずおれてしまった。
……ごめんなさい、ノウエルさんっ……あなたが垂らしてくれた蜘蛛の糸、わたしは邪悪な魔法使いから守りきることができませんでしたっ……!
「な、なんで分かったんだよっ……」
「分かるさ」、と魔法使い。
「ノウエルはたいして気の利く人間ではない。握手を断られた受付氏が落ち込んでいても気にする男ではないし、ましてや、俺……ヴェルカスのフォローなど、死んでもしないだろう。
大方、聖女と接触するために受付氏を利用したのだろうな、と見当をつけていたが、どうやら正解だったようだ。……まあ、肝心のところで詰めが甘いのも、あいつらしい」
「ううっ……」
地面にへたり込んだまま、わたしは恨みがましげに魔法使いを睨めあげた。
――『その方、三大の称号を得ているにも関わらず謙虚で、爽やかで、気さくで、優しくて、イケメンで、組合の内外にファンも多くってっ……彼ならきっと、あなたのお力になってくれるはず!』
さっき、魔法屋で受付のひとが目を輝かせて熱弁してたの思い出して、わたしは思わず毒づいてしまう。
「……いったいどこが、爽やかで優しいイケメン大魔法使いだよ」
「なにを言う。非の打ち所のないほど爽やかで優しいイケメン大魔法使いだったろう? ……つい、先ほどまでは」
「詐欺だっ……!」
「――まあ、仕事だからな」
なおも毒づくわたしを見下ろし、魔法使いがやれやれ、とでも言うように肩をすくめた。
「ヴェルカスのあれは、魔法使い組合の幹部として必要な振る舞いだ。しょせん、人間は感情で物事を判断する生き物だからな。それが役に立つ場なら、愛想くらい、いくらだって振りまくさ。
べつに減るものでもないし、元手もコストもさほど掛からないうえに効果抜群とくれば、それはもう、使わない方が損ではないか」
「だったら、わたしにだってもう少しくらい愛想よくしてくれてもよくない?」
「愚問だな」
わたしが思わず文句言うと、魔法使いは鼻で笑って、
「なにせ、こちらは聖女を捕らえて無理やり婚約者にしたのだぞ。
こんな最低最悪のクソ外道行為、たかが愛想ごときでどうにかなるものでもないだろう」
当たり前、って感じの口調で、そう言ってくる。
……って。
「へっ」
わたし、思わずぽかんとしてしまった。
ややあって、声を裏返してしまう。
「待って!? あんた、ひどいことしてる自覚あったの!?」
「……当たり前だろう」
魔法使い、どこか呆れたような顔で頷いた。
「自由意思を持つ人間を捕まえた挙げ句、圧倒的な力を用いて押さえつけて無理に従わせ、いったい何を考えているかも分からぬ男との意に添わぬ婚約を強制するだなんて、どう考えても最低最悪のクソ外道行為ではないか。まったく、ひどい話だ」
「いや、他人事みたいに言うじゃん!?」
あっけらかんと言い放つ魔法使いの口調には、悪びれる様子はカケラもない。
わたしは思わず重ねて問うた。
「ていうか、分かってるなら、どうしてっ……」
「俺には、果たすべき目的があるのだ」
ふと、魔法使いが真顔になる。
その温度差に、わたしは一瞬、ひるんだ。
……なんだよ、ずっとニヤニヤしてたくせに。
でも、こいつの目的、っていうのは、やっぱり……。
「……目的、って、魔王になること?」
ややあって、わたしはためらいがちに訊ねてみる。
「そうだ」、と、魔法使いは即答した。
「そのためには、どうしてもお前を、聖女を手に入れる必要があった。多少強引な手段を用いても、速やかに。そのために必要なのであれば、どんな非道も厭わない。なにせ」
魔法使いがふと、目を伏せる。
「……俺は、魔王になるのだから」
……なぜだか、ひどく重い口調だった。
ただでさえ深い夜のような色をした彼の瞳が、いっそうの翳りを帯びる。
けれども、翳りが見えたのはほんの一瞬のことだった。
次の瞬間にはそれは拭い去られて、彼の顔にはいつも通りのニヤニヤ笑いが浮かんでる。
「……まあ、というわけで。この通り、俺は本来わりと倫理的かつ道徳的な方の人間であるからして、このような手段を取らざるを得ないのは非常に不本意ではあるのだが、目的の為ならば致しかたない。
胸の裡に秘めた良心をどうにかこうにかねじ伏せ、身が引き裂かれんばかりに苦悩しつつ、心を鬼にして聖女を確保するしかない、ということだ。いやー、まいったまいった」
「……なんか、楽しそうに見えるんだけど」
「それとも、聖女は俺が紳士を装って近づき、真意を隠したまま上手いこと言いくるめて目的を果たした方が良かったとでも言うのか?」
笑みを崩さぬままわたしを見下ろし、魔法使いが問うてくる。
わたしは一瞬、言葉に詰まった。
「そ、それは……」
「確かに、その方が八方丸く収まるし、穏便に済んだかもしれないな。なにせ、聖女は単純だ。少し良い顔をしてやれば、簡単に懐柔できたことだろう」
「だが」、と、彼は続ける。
「たとえ目的のためだけの、形だけの契りだとしても、婚約者は婚約者だ。
……俺は、自分の伴侶に、そのようなウソをつきたくはない」
……冗談なのか、本心なのか分からない口調だった。
真意をはかりかねて、わたしは思わず彼の瞳を覗き返してしまう。
目が合うと、彼はまた、少し笑った。
「……しかし、もしも聖女が望むというのであれば、紳士的に振る舞うのもやぶさかではない。無論、ヴェルカスとして振る舞うこともできる。――どうしようか、ピュイさん?」
片目を閉じ、いたずらっぽく訊ねてくる。
……ややあって、わたしは嘆息した。
こいつの真意を見極めようとするなんて、そもそも無意味なことだ。
「……いいよ。分かった。これまで通りでいい。なんか気持ち悪いし」
「了解だ。……正直、そういって貰えると助かるよ。いくらローコストとはいえ、日常的に紳士的な振る舞いを演じ続けるのはさすがに負担が大きい」
「……そう聞くと、ぜひとも負担を与えてやりたくなるんだけど……でも、まあ、いまさら態度だけ変えられたってしょうがないしね。……それに」
わたしは目の前の魔法使いを睨みつけ、挑発するように笑ってやる。
「どうせすぐ逃げてやるんだから関係ないし、どうだっていい」
「……それは、そうだな」
ヴィルクも、肩を揺らして笑った。
笑いながら彼はふと、踵を返して自らの背後を顧みる。
「ところで」、ヴィルクの声音がにわかに剣呑な色を帯びた。
「――誰だ、貴様は?」
次話「監視されていたわたし」、11/3 8:20更新
主人公、ようやく気づきます。




