三大魔法使いに挟まれるわたし
猛毒体質の大魔法使いと、毒耐性持ちニセ聖女(※実は妖精)の
人違い×隠し事から始まるハイテンションファンタジー
10/23連載開始。11/3まで集中連載中。
平日→20:20の一回更新
10/24(金)と土日祝は8:20/20:20の二回更新
以降は週イチ更新予定です。
「えっ」「えっ」
わたしとノウエルさんの声、完全にハモってしまう。
でも、ヴィルクはわたしたちのそんな反応、欠片も気にしなかった。
今度はわたしへ向き直ると、ノウエルさんを手のひらで示してくる。
「――ピュイ。こちらはノウエル・ヴィータ。三大魔法使いのひとりで、組合では保安部、いわゆる魔法警察の責任者を担当している」
「三大魔法使いっ!? あなたもなんですかっ!?」
わたしは目を丸くしてしまった。
って、いや、この人も【三大】なのっ!?
つまり、大陸最強の三人の魔法使いのうちふたりがいま、わたしの目の前にいる、ってこと!? しかも魔法警察の責任者、って、すごい人じゃん!
「……まあ、【三大】の中では最弱ですが。ヴェルカスさんやクムリさんに比べれば、私なんて、大したことはありません」
ノウエルさんが苦笑しつつ、わたしとヴィルクの揃いの指輪を見比べた。
「……しかし、初耳です。まさか、ヴェルカスさんが婚約していたとは。その指輪を見るのも、今日が初めてです」
「つい先日の出来事だからな。……それに、いくら同僚とはいえ、プライベートを事細かに明かす義務はない」
「……成る程、そういうことですか」
突き放すようなヴィルクの言葉を受けて、ノウエルさんはなにか得心したみたいに頷いた。
彼はもういちどわたしを見やり、確信を深めたみたいに目を眇める。
「そうですね。いかにも貴方の考えそうなことです。ヴェルカスさん」
「……何の話だ?」
ヴィルクがニヤリと笑うと、ノウエルさんがやれやれ、というように嘆息した。
「……全く、貴方という人は」
呆れたように呟いて、ノウエルさんが小さく首を振る。
「しかし、まあ、私も、理事会の決定に思うところがない、というわけではありません。今日のところは見逃しておきます。……しかし、どうなっても知りませんからね、私は」
「無論だ」、とヴィルクが頷いた。「お前に迷惑をかけるつもりはないよ、ノウエル」
どういうこと……?
わたしの頭の中、疑問符でいっぱいになってしまう。たぶん、顔にも出てたと思う。
このふたり、さっきからいったい、なんの話してるんだ?
それに、なんでちょいちょいわたしの顔を見てくるんだよ?
……いや、まあ、きっと、わたしには関係ない話なんだろうけど。
でも、ここにはわたしだって同席してるんだから、わたしにも分かるように話してくれたってよくない?
なんか、ちょっと文句でも言ってやろうかな……。
わたしがそう思って口を開きかけた、その時だった。
「――ごめんなさい、お待たせしましたー」
カウンターの向こう、魔法屋のバックヤードの方から声がした。
思わず視線を向けると、さっきの受付の女のひとが、銀のトレイにティーカップふたつと載せて戻ってくるのが見える。
そういえば、ヴィルクに頼まれてお茶を淹れてくれてたんだっけ。
「ごめんなさい、お湯を沸かそうとしたらヤカンが見つからなくって……なんか、昨日使った人が元の場所に戻してなかったみたいで、それで時間食ってしまって……え!?」
カウンターを挟んで対峙するヴィルクとノウエルさんに気づいた瞬間、彼女の動きがぴたりと止まった。
「え、うそっ!? どうしてノウエルさまがっ!? まさかそんな! ヴェルカスさまとノウエルさまが揃って!? うちの支店にっ!?!?!?」
彼女の目はこぼれんばかりに見開かれ、口からはほとんど悲鳴みたいな声がほとばしる。
やっぱり、三大魔法使いのうちふたりが揃うのって、魔法屋の中のひとから見てもあり得ない事態らしい。
……って!
「あっ」
わたしは思わず声をあげてしまった。
驚きのあまり手元がゆるんでしまったらしい。受付のひとが持ってた銀のトレイが大きく傾いて、上に乗ってたティーカップがすべり落ちてくのが見える。
ああっ、あぶないっ! こぼれるっ……!
大きな音を立てて弾けるように割れるティーカップと、辺りにまき散らされるアツアツの紅茶……次の瞬間、カウンターの向こう側で起こるはずの事態を想像し、わたしはつい、身体を硬くしてしまった。
……でも、そうはならなかった。
「えっ」
トレイかすべり落ちたはずのティーカップは、ふたつとも空中に制止していた。
そして、そこからあふれた紅茶も。
紅茶の方は、まるで大きな水滴みたいにひとつに丸く固まって、ふわふわと宙に浮いてる。
ヴィルクがなにか唱えると、塊になった紅茶がティーカップの中へ飛び込んで、弾けるように波打った。そのまま、紅茶で満たされたカップがすべるように空中を走る。
ティーカップのひとつが、わたしの目の前のカウンターへ着地した。
そして、もうひとつはヴィルクの目の前へ。
ヴィルクはティーカップの持ち手を指先でつまむように取り上げ、紅茶をひとくち飲んだ。そのまま、受付のひとに向かってにっこりと笑いかける。
「おいしいお茶をありがとうございます、ナディアさん。……お怪我はありませんでしたか?」
「は、はいっ……」
呆然としてたナディアさんの目が、みるみるうちに輝き出す。
「すごいっ……! さすが、ヴェルカスさまっ……!」
「……やはり、器用ですね」
わたしの隣で、ノウエルさんがなんだか少し悔しそうに呟いた。
わたしは思わずノウエルさんの顔を見てしまう。
「……あの、いまのって、やっぱり、すごいんですか?」
わたしが訊ねると、ノウエルさんが少し驚いたみたいにこちらを見返してきた。
「すごい、なんてものではありません」、とノウエルさんが言う。
「魔法でモノを動かすこと自体はそう難しくはないのですが、精密操作となれば話は別です。たとえるならば、丸太を箸代わりにして、豆を摘まむようなものですよ」
「いや、それはさすがに無理では……」
「ええ、そうなんです。普通は無理なんですよ。あんなのは。……しかもそれを、存在しない無数の手を用いて、複数の地点で同時に、あきれるほど精緻にやってのけるのですから」
ノウエルさんがため息まじりに解説すると、カウンターの向こうのヴィルクがからかうように笑った。
「慣れればそう難しいことじゃない。ノウエルが不器用なだけだろ?」
「貴方がおかしいんです!」
声を荒げて反論するノウエルさんに、ヴィルクがいたずらっぽくウインクを返す。
受付のひとが戻ってきたんでスイッチを切り替えたんだろうか。
ヴィルクからは先ほどまでの尊大さはかき消え、いまはどこからどう見ても例の完全無欠の爽やかイケメン、ヴェルカスさんモードだ。
「ああ」、と、受付の女のひとがどこか感動したような声を洩らす。
「これは夢……? 本物のヴェルカスさまとノウエルさまが、私の目の前でっ……!」
「……ああ、そういえば、挨拶がまだでしたね」
ノウエルさん、用件を思い出した、という風に受付のひとに向き直った。
すっかり真面目な表情に戻って彼女に会釈する。
「私は組合保安部のノウエル・ヴィータと申します。今期の魔法犯罪防止キャンペーンについて現場の方々に伺いたいことがあり、このように、支部を回っています」
「は、はいっ、ご苦労様です、ノウエルさま……じゃなくて、ノウエルさん!」
受付のひともあわてて会釈を返す。
そんなふたりを見つつ、ヴィルクがにこり、と笑った。
「ナディアさん、俺はそろそろ帰ります。どうも、厄介な魔法犯罪があったようで………」言いながら、カウンター越しにわたしを示した。
「こちらの彼女に協力してもらって、いろいろと調査する必要がありそうなんです」
「ああ、もう行ってしまわれるんですかっ!?」
「もちろん、また、立ち寄らせていただきますよ」
名残惜しげな顔をする受付のひとに、ヴィルクが爽やかな微笑を向けた。
「いつもありがとうございます。俺たちの組合は、あなたのような真面目な組合員の方の努力で成り立っているんです。……そうそう、お茶、ごちそうさまでした」
「もったいないお言葉、ありがとうございます……! あ、フーちゃんもいたんだ! フーちゃん、バイバイ!」
受付のひと、いつの間にか出現してたヴィルクの使い魔(そういえば、フローテアとかいうんだっけ?)にようやく気づいたみたい。
彼女が声をかけると、ヴィルクの肩に収まった竜は大きな瞳をぱちくりさせ、きゅるんきゅるんの表情で「ふみゅう~」と啼く。
って、ヴィルクだけじゃなくあんたも人前では猫かぶってんのっ!?
あんた、昨日は牙剝いてわたしに襲いかかってきたくせに!? ていうかめっちゃ喋るし十ケタの掛け算だってできるくせに甘えて「ふみゅう~」じゃないでしょうがっ!?
こいつら、どんだけっ……さすがは主と使い魔。いろいろと似てくるらしい。
「さあ、行きましょうか、ピュイさん」
すっかりヴェルカスモードになったヴィルクが爽やかに微笑みかけてくる。
……その笑顔の奥に『余計な口を聞いたら分かってるだろうな?』という圧を受け取って、わたしは引きつった笑みを浮かべた。
……と。
「……あっ、そうだ! ヴェルカスさん!」
名残惜しそうにしてた受付のひとが急に、思い出したみたいに声をあげて、
「あのっ……お別れの前に、握手ってお願いできますかっ!?」
精一杯の勇気を振り絞って、みたいな感じの表情で、ヴィルクへ向かって手を差し出す。
ヴェルカスさんの顔をしたヴィルクがほんの一瞬、曇った。
……ややあって、彼は眉を少し下げ、申し訳なさそうに首を振る。
「すみません、ナディアさん。俺、宗教上の理由で他人に触れられないし、0.5メトル以上、近づくこともできなくて……なので、握手はちょっと、できないんです」
「あっ、そ、そうでしたよねっ!」
受付のひと、慌てて手を引っ込めた。そのままぺこぺこと頭を下げる。
「すみませんっ、わたし……ヴェルカスさんが他人に触れられない、っていうの、有名なことなのに、なんか、うっかり忘れててっ……」
一瞬、気まずい沈黙が生まれた。
微妙な空気を察したか、ヴェルカスさんの顔したヴィルクが空気を和らげるみたいに微笑んだ。
そのまま、なにか言おうとして――。
「――よろしければ、代わりに私が」
けど、先に口を開いたのはヴィルクじゃなく、ノウエルさんの方だった。
一歩前に出てすっと手を差し出すノウエルさんに、受付の人が目を丸くする。
「えっ、いいんですかっ!?」
「ええ、もちろん」
それまでずっと気難しそうな顔してたノウエルさんが、ほんの少しだけ表情をゆるめた。
怖そうなひとかと思ってたけど、微笑むと案外、やさしそうに見える。
受付のひとの顔がぱっと分かりやすく輝いた。
ためらいがちに、でも、あふれる喜びを抑えきれないといった様子でノウエルさんと握手する。
「あ、ありがとうございますっ……! お、応援してますっ……!」
ノウエルさんの手をしっかりと握り、感動に声を震わせる受付のひと。
と、彼女との握手を終えたノウエルさんがふと、わたしを見た。
「せっかくですし、ピュイさんもどうですか、握手?」
「へっ?」
気づけば、わたしの目の前にもノウエルさんの手が差し出されてる。
いや、べつにわたしは握手とかいらないんだけど……と思いつつ、差し出された手を無視するのも感じ悪いし、そもそも、なんか、流れが流れ。
反射的に、わたしもノウエルさんと握手してしまった。
――と。
……え?
握手の瞬間、わたしの手に何かが押し込まれる。
なにか小さくて、固くて、角張った感触の……なんだ、これっ?
わたしは思わずノウエルさんの顔を見た。
けど、わたしがそれがなんなのか確認するより先に、ノウエルさんが手を離した。
「本日は、ご足労いただきありがとうございました。今後とも組合をご贔屓にお願いします。……なにかお困りごとがあれば、我々にご一報ください」
ノウエルさんが深々と頭を下げてくる。
「あ、いえ、こちらこそ、お世話になりましたっ……!」
わたしも釣られて頭を下げた。
そのついでに手のひらを少し開いて、わたしはノウエルさんから手渡されたもの、こっそり確認してみる。
わたしは小さく息を呑んだ。
わたしの手の中にあったのは黒い宝石だった。切り出してきた結晶そのまんまって感じに角張った石。
……間違いない、通信石だ!
前にヴィルクがわたしの枕元に置いてった、あれ!
これをこっそり手渡してきた、ってことは、つまり……ノウエルさん、暗にわたしに、「事情があるならこっそり連絡してこい」って言ってるんだ……!
この人、救世主かっ……!?
わたしは貰ったばかりの通信石を強く握りしめつつ、ノウエルさんに向かってもう一度、深々と頭を下げた。
次話「まって、自覚あったの!?」、11/2 20:20更新
主人公、驚きます。




