ヴィルクと使い魔
猛毒体質の大魔法使いと、毒耐性持ちニセ聖女(※実は妖精)の
人違い×隠し事から始まるハイテンションファンタジー
10/23連載開始。11/3まで集中連載中。
平日→20:20の一回更新
10/24(金)と土日祝は8:20/20:20の二回更新
以降は週イチ更新予定です。
オイルランプの炎が、揺れる光と影を宿の壁に投げている。
机に向かって書類に目を通していた魔法使いがふと、手を止めた。
「――彼女は、どうしている?」
「つい先ほど、また出掛けていきましたよ」、と、かたわらの仔竜が応える。
「おそらくは、食事にでも出たのでしょう。……獣の耳が生えた頭を隠すため、頭に布を巻いて」
「……俺が用意した帽子は気に入らなかったか」
どこか面白そうに呟くと、彼はふと、目を細めた。
「……しかし、危ないところだったな。
もしも誓約の魔法で『街へ着いたら彼女を人間に戻し、報酬を与え、速やかに解放する』などと誓っていたら、せっかく見つけた聖女を即座に手放す羽目になっていただろう。……まったく、彼女の言うとおりだ。この世にはいったい、どんな不測の事態が起こるか分からない。やはり誓約の魔法はピーキーだ」
「……ヴィルク様は、あの女に甘すぎます」
窓台に乗った小さな竜が、不満げに尾を揺らす。
「そもそも、あの女、ぽっと出のくせにピュイルリー様の名を名乗っているだなんて、本当に図々しい」
「……おいおい、俺の婚約者だぞ」、と、魔法使いは面白そうにたしなめる。
「それに、先生の名前を勝手に使ったのは俺だよ。元をたどれば……な」
軽い口調でそう言うと、彼は椅子の背にもたれかかった。
「……なかなか面白い女じゃないか。正直なところ、俺はもう、だいぶ気に入っている」
「……だから、余計にムカつくんですよ」
使い魔が苛立たしげに羽を揺すった。
「ヴィルク様も、いつになくはしゃいでおられる様子ですし……」
「……俺が?」
「……自覚がお有りではないのですか?」
使い魔に問い返され、魔法使いが苦笑する。
「……まあ、確かに、多少は浮き足だっているかもしれない。なんせ数年ぶりの再会だからな。
……しかし、大丈夫だ。わきまえているさ。それに」
魔法使いがふと、目を細めた。
厚い手袋を外すと、傍らに控える竜を呼び寄せるように手のひらを差し出す。
「……お前は特別だよ、テア」
「……分かっています」
竜が窓台から机へ飛び移った。そのまま、主の手のひらへ甘えるように頭を擦り寄せる。
魔法使いの指が、竜の黒い鱗をやさしく撫でた。竜は目を細め、それに応える。
竜の首元には銀の鎖飾りが掛かっている。昨日の昼にはまだ、なかったものだ。
繊細に編まれた鎖はランプの光を反射し、時折、きらりと光った。
「――聖女は魔物の毒を恐れない、か……」
心地よさそうに目を閉じる竜の首を撫でてやりながら、魔法使いがふと、呟く。
まるで、心の内がふと、洩れ出してしまったように。
感慨深げにひとりごちる魔法使いの手の下で、使い魔がわずかに頭を持ちあげた。
「……しかし、心配ですね。
もしも巷の噂が本当ならば、彼女は魔物の血を浴びたことすらあるかもしれません。となれば、既に相当量の毒を蓄積している可能性があります」
魔法使いは「ああ」、と頷き、目を眇める。
「……人である限り、誰も、魔物の毒から逃れられない。たとえ、それが聖女であろうとも。……毒の影響はいずれ、必ず現れる。……もしも彼女が毒を恐れず振る舞うのなら、こちらで注意を払ってやる必要があるだろうな」
自らに言い聞かせるように呟いたあと、「……ようやく手に入れたというのに、早々死なれては困る」、と付け加える。
小さな静寂が降りた。
ややあって、使い魔がふと、訊ねる。
「――ところで、例の傷痕は? 彼女が本物の聖女エル様ならば、腕に……」
「ああ、なかったよ」
即答だった。
さらりと答えた後、魔法使いは肩をすくめ、軽く笑ってみせる。
「おそらく治療してしまったのだろう。まあ、昔の話ではあるし……それに、若い女性のことだ。あのような傷痕を残したままでは何かと障りもあるだろう。俺が待たせすぎたんだよ」
「――……別人なのでは?」
一瞬、魔法使いが沈黙する。
しかし、彼はすぐ、首を振った。
「それはない」、と、きっぱり断言する。
「間違えることはない。あの廃屋で、月光を浴びて佇む彼女を目にした瞬間、一目で分かった。……彼女はエル・クレアード本人だ。それだけは、間違いない」
その声には、奇妙なまでの確信があった。
強い口調で言い放つ魔法使いの瞳の奥にほんの一瞬、銀色の炎の影が揺れて、消える。
しばし、沈黙が落ちた。
使い魔は黙って主を見上げていたが、やがて、静かに頷いた。
「……ヴィルク様が、そうおっしゃるのなら」
次章から「魔法屋編」の始まりです。
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次話「魔法屋へ駆け込むわたし」、11/1 8:20更新
主人公、次なる手を考えます。
人当たりのいい爽やかイケメン大魔法使い(魔法使い組合の幹部)、初登場です。




