逃亡を試みるわたし
猛毒体質の大魔法使いと、毒耐性持ちニセ聖女(※実は妖精)の
人違い×隠し事から始まるハイテンションファンタジー
10/23連載開始。11/3まで集中連載中。
平日→20:20の一回更新
10/24(金)と土日祝は8:20/20:20の二回更新
以降は週イチ更新予定です。
「――まさか、妖精だったとはな……」
驚いたように洩らした魔法使いが、ニヤリと口の端を歪めた。
くつくつ、と喉を鳴らすようにして笑いながら、その綺麗な顔に下卑た表情を浮かべる。
「探していた聖女ではなかったのは残念だが、妖精ならば、それはそれで利用価値がある。
……俺の毒で死なない女だ。壊れないオモチャとして、たっぷり可愛がってやろう――」
「……〜っ!!!!!!!!!」
わたしはがばっと飛び起きた。
反射的に胸を押さえると、心臓が狂ったように動悸してる。
あたりはもう明るかった。
小さな窓から光が差し込んでる。壁の向こうの方から、街行く人々のざわめきらしきものがぼんやりと聞こえてた。
まだはっきりしない頭の奥でそれらを認識しつつ、わたしは小さく呻った。
「なんだ、夢か……」
……ホッとしたとたんに眠気が戻ってくる。
わたしはまた目をつぶりながら、枕の上へぽふっと倒れ込んだ。
やわらかい枕だ。ほおに触れるシーツも肌ざわりがいい。
まぶたの裏の明るさが鬱陶しくて、わたしはつい、上掛けの中に潜り込もうとする。
……ちゃんとしたベッドで寝るのなんて何年ぶりだろう。
良い匂いのするふかふかのお布団に、ぱりっとした清潔なシーツ。
あたたかくて心地よいまどろみに包まれ、わたしはまた、眠りの中へ引き込まれていく……――。
――……って。
再びがばっと跳ね起きたわたし、あわてて辺りを見まわした。
ここ、どこだ……っ!?
そこは知らない部屋だった。
ところどころに木目が浮かぶ板壁と床。それ以外には、わたしが寝てるベッドと、サイドテーブルと、ささやかな鏡台と、荷物を置く棚があって。棚の上にはわたしの相棒の剣と、お気に入りの赤いリュックサックとがちょこんと載ってる。
それ以外はなんにもない、いたってシンプルな部屋だ。
こぢんまりとしてるけど、清潔で、整ってて、居心地がいい。
たぶん宿屋だ。
それも場末の安宿とかじゃなく、かなりちゃんとしたところ。……でも。
……なんで、わたし、こんなとこにいるんだっ!?
昨日はたしか、あいつの魔法の副作用で寝落ちして、それで……。
……ていうか、まって?
動揺しつつ自分の身体を見下ろした瞬間、わたしはザッと血の気が引くのを感じた。
気絶する前のわたし、いつもの長袖シャツにジーンズ姿だったはず。
なのにわたし、なんでいま、見たことない寝巻を着てるのっ!?
――『今日からお前は、俺の婚約者だ』
昨夜のあの魔法使い――たしか、ヴィルクとか名乗ってたあいつ――の言葉を思い出し、わたしはすっかり青ざめてしまう。
まさかわたし、眠ってる間に、あの魔法使いに……!?
あいつ、指一本触れないって言ったくせに!
『もちろん、宣言通り、指一本触れてはいないぞ。……なにせ、魔法を用いて着替えさせたのだからな』
わたしの頭に、しれっとした顔で屁理屈こねる魔法使いの顔が浮かぶ。
脳内のあいつ、例のニヤニヤ顔で、
『しかし、聖女は下着の趣味が悪いな――』
「ふざけんな!」と、わたしは思わず喚き散らした。
「あのクソ魔法使い、絶対許さね~っ!」
わたしは怒りと屈辱に肩を震わせつつ身体をかい抱いてしまう。
いや、ぜんぶ妄想だけどっ、でもっ! あいつなら言いかねないっ!
……最悪だっ! くそっ! あの変態魔法使いめっ!
『――なにを許さないというのだ?』
「っ!?」
不意に聞き覚えのある声が聞こえてきて、わたしはビクッとしながら振り返った。
声がしてきた方へ反射的に視線をめぐらすけど、部屋の中には人影、ない。
『――おはよう……と言いたいところだが、既に午後をまわっているからして、この場合は不適切か。聖女は昨晩、余程ぐっすり眠ることができたらしい。おそらくは俺の魔法のお陰だろう。感謝してくれてもいっこうに構わないぞ』
すぐそばから、また声。
「誰が感謝するかっ!!!!!」
声を荒げながらサイドテーブルに目をやって、わたしはようやく、それに気づいた。
テーブルの上に小さな黒い宝石が載ってた。
切り出してきた結晶そのまんまって感じに角張ってて、ほんのり光ってる。
魔法使いの声、どうやらそこから聞こえてるらしかった。
わたしは思わず石を手に取った。そのまま、まじまじと眺めてしまう。
『通信石だ』、と、わたしの手の中の石からまた、声がした。
『聖女は、通信石を見るのは初めてか?』
……悔しいけど、その通りだった。
特別な魔法を使ってふたつに割った通信石をお互いひとつずつ持つと、石を通していつでも会話できる、みたいな……なんかそういうものがあるって話は聞いたことあったけど、実物を見るのはこれが初めて。
だって、めちゃめちゃ高価なんだよ、これ!?
なんでも、稀少な鉱石に特殊な加工を施したもので、しかも、使うたびに小さくなる消耗品。とても、一般人が気軽に普段使いできるシロモノじゃない。
もっと安ければ、冒険者がちょっと危険な場所へ行くときとかの保険になるのに。
……ていうか、これ、いったいどういう仕組みになってるんだろ?
窓からの光に石を透かしたりして観察してると、ふと、平らな面にわたしの姿が映った。
わたし、そこでハッと大事なことを思い出す。
「ていうか! わたし、なんで寝巻になってるのっ!?」
声を荒げて問いただすと、ややあって、石が応えた。
『なぜ、って……廃屋の床へ倒れ込んだせいで、聖女の服は埃まみれだったからな。さすがに、そのまま宿の寝台へ寝かせるわけにはいかないし、聖女もあまり気持ちの良いものではないだろう……ああ』
そこでようやくわたしの懸念に気づいたか、魔法使いが補足してくる。
『安心しろ。聖女を着替えさせたのは俺ではなく、使い魔だ』
「使い魔? 使い魔、って、あの竜の仔が?」
思わず訊き返すと、魔法使いは『ああ』、と、どこか誇らしげに肯定してきた。
『俺のフローテアは器用で、賢く、優秀だ』
――『ふみゅう?』
わたしの脳裏に、あのかわいい竜がわたしの服の端をくわえて四苦八苦しつつ、小さな身体でいっしょうけんめい着替えさせようとしてくれる姿が浮かぶ。
……わたしはほっと胸をなで下ろした。
なんだ、あの子がやってくれたんだ。
それなら許せる、っていうか、むしろ大歓迎だ。
主の魔法使いは最悪だけど、使い魔のあの子はぜったいに健気な良い子だもん。
それに、かわいいし。
「なんだ、あんたじゃなかったんだ……」
わたしが思わず呟くと、石の向こうの魔法使いがくすくすと笑った。
『なんだ、俺の手で着替えさせて貰いたかったのか?』、と、からかうように言ってくる。
『期待に添えず申し訳なかったな。……しかし、婚約の件、聖女の方はさして乗り気ではないと思っていたのだが、意外にまんざらでもないらしい』
「誰がじゃっ!」
『冗談だよ。俺は、他人のプライベートな部分を許可なく暴いたりなどしない』
軽い口調で言ったあと、彼はしかし、少し考えるように間を置いて、
『……とはいえ、聖女にしてみれば、俺はよく知らない人間だからな。いくら「指一本触れない」と明言していたとしても、眠っている間に何かされたのでは、などと不安を感じるのは当然だ。置き手紙を添えるなど、なんらかの配慮をすべきだったな。……申し訳ないことをした。今後は気をつけよう』
冗談めかした態度から一変、真面目な声音で謝ってくる。
……思いのほかちゃんとした謝罪が返ってきて、わたしは言葉に詰まってしまった。
な、なんだよっ……これじゃ、勝手にヘンな想像してたわたしの方が変態みたいじゃないかっ!
「……て、いうかさ」
わたしは気まずさを誤魔化すみたいに話題を変えた。
けど、その口調はつい、尖ったものになってしまう。
「あんた、いま、どこをうろついてんの?」
『……何だ。目覚めたら婚約者の姿が見えないものだから、寂しくなってしまったのか? 俺も、聖女の寝起きの顔が見られなくて残念だよ』
「……この石、投げ捨ててやろーか?」
手にしたままの石を思いっきり振りかぶると、石の向こうから魔法使いの笑い声が聞こえてくる。
どうやら冗談だとでも思ったらしい。……いや、わたしはいたって本気だけど?
『いろいろと用事があってな。夕方には、その部屋へ戻る。それまでは自由時間だ。せいぜい好きに過ごすと良い』
「それが用件? てか、それだけ言いたかったんなら、べつに通信石なんか使わなくても、フツーに書き置きしとけば良かったじゃん」
『……やれやれ。聖女は分かっていないな』
石の向こうで、魔法使いが面白そうに笑うのが分かる。
『――婚約者の前では、格好を付けたいじゃないか』
……はぁ?
なんだよ、それ……。
それきり、声は途切れた。通信石の光も消えてしまう。しばらく石を見てたけど、もう、そこにはなんの変化もなかった。
光の消えた石をテーブルに戻し、わたしはいま一度、部屋の中を見渡してみる。
自由時間、って言われても……こんなトコロで、いったいなにしてろっていうんだ?
ていうか、お腹も空いてきたし……。
……そういえばわたし、昨日の昼からなにも食べてないんだったっけ。
そう思い出した瞬間、空腹と乾き、耐えがたいものになる。
あたりを見渡すと、テーブルに水が入った瓶が置いてあるのに初めて気づいた。
なんだ、水だけかよ、って一瞬思う。
どうせなら食べ物も用意しといてくれればいいのに、気が利かない魔法使いだ。……まあ、どのみち、あいつが用意したものに手を付ける気はないけど。
水の瓶をスルーして、わたしはベッドから降りた。
ちょっと迷って、ドアへと向かってみる。
おそるおそるドアノブをまわすと、拍子抜けするほどあっさり、ドアは開いた。
扉の向こうには、良く磨かれた狭い廊下と階段が見える。
なんの変哲もない宿の廊下だ。
……へっ?
思わずバタンとドアを閉め直すと、わたしはそこへもたれかかった。
頭の中でぐるぐると思考が渦を巻く。
……てっきり閉じ込められてると思ってたのに、なんで鍵、掛かってないんだっ?
しかもいま、あの魔法使いはどっかへ出掛けてる。
これじゃあ……まるで、逃げろって言ってるようなものじゃん!
……罠だ、と直感的に思った。
いや、ぜったい罠でしょ、こんなの。
だって、あのクソ魔法使いのやることだよ!?
このまま調子に乗って外へ出たらきっと絶対なんかあるに決まってる!
部屋を出た瞬間いきなり後ろから声掛けられて、振り返ったらいつの間にかあいつが立ってて、例のニヤニヤ笑いで「俺から逃げようとは、覚悟はできてるんだろうな?」みたいなこと言ってきたりとか……!
……でも。魔法使いが出掛けてる、ってのは、どう考えても千載一遇のチャンス。
それに、そもそも昨日の今日なんだからあいつ、まだ油断してる可能性もある。
逃げるなら、ぜったい早いほうがいい! でも……。
逡巡しながらふと顔をあげた瞬間、わたしははっとする。
……そうだ、窓! 窓があるじゃん!
わたしは一足飛びに窓へ駆け寄った。薄手のカーテンを払いのけて窓を開け、身を乗り出して外の様子を確認する。
さっき階段が見えたからそうじゃないかとは思ってたけど、この部屋は二階にあるらしい。だいたい三メトルくらい下に、レンガで舗装された路地が見える。
逃げるなら、こっちだ!
……いや、でも、あの魔法使いのことだし、油断はできない。
もしかしたら、こっちこそ罠だったりして……。
確かめるためになにか投げてみるか、と部屋を振り返ったわたしの視線、サイドテーブルの通信石に留まった。
……一瞬、迷う。
これ、高価なんだよね……。
でも、他に投げて良さそうなもの、部屋の中にないし……。
まあいっか、とわたしは思った。
どうでもいいものなら投げでもいいだろうし、もしも大事なものなら外へ投げ捨てられてても回収するでしょ。あいつ、魔法使いなんだし、捜し物は得意のハズだ。(知らんけど)
わたしは窓から通信石を放り投げた。
黒い石、なんの引っかかりも抵抗もなく路地へ落下してく。
地面に衝突した瞬間、石は粉々に砕け散った。
あたりへ飛び散った粉末が陽光にキラキラ輝くのが見える。
……ってヤバっ!? 通信石ってあんなに脆かったの!?
……ま、まあ、いっか。
そもそも、自分が捕まえて監禁してる人間の前にあんな高価なものを置いてく方が悪い。そんなの、腹いせに壊されたって当然じゃんねっ? うんっ!
とにかく、石が砕けたのは単に着地の衝撃のせい。特に魔法の罠とかはなさそうだ。
……いける!
わたしは急いで、棚に畳んで置いてあったいつもの服……長袖シャツとジーンズ(ご丁寧に洗濯されて綺麗になってたの、なんかちょっとムカついた)に着替える。
そのまま棚のリュックと剣を取り上げると、窓枠をまたいで……覚悟を決めてえいや、と飛び降りてやった!
衝撃が、靴の裏から全身をびりびりと突き抜けてく。
じんじんと痺れる膝をねぎらうように撫でつつ、わたしはゆっくりと立ち上がった。
頭上を仰ぎ見れば、そこには開きっぱなしの窓が見える。
まだ身体は着地のダメージから立ち直ってなかったし、目の端にはちょっぴり涙が浮かんでたけど、それでもわたし、小さくガッツポーズをしてしまった。
……やったぜ、脱出成功!
さすがのクソ魔法使いも、わたしが二階の窓から飛び降りるのは想定してなかったらしい。へへっ! ざまあみろだっ!
もう一度だけ、あたりをぐるりと見回して。
魔法使いの気配がないことを確認したわたし、そのまま、一目散に逃げ出した!
「っはぁっ……っぅ……」
――ここまで来ればもう、さすがに大丈夫かなっ……。
街の中心部まで走ってきたわたしはようやく足を止め、膝に手を当てて身体を折りながら荒い息をついた。
わたしもむかしは魔法、使えたからわかるけど、モノ探しの魔法って有効範囲はそう広くない。
人捜しならせいぜい半径1キッロ程度。これは術者の力量とかそういう問題じゃなくて、範囲を絞らないと情報量多すぎて処理落ちしちゃうんだよね。
まあ、油断は禁物だけど、ひとまずは大丈夫なはず……。
乱れた息を整えつつ、わたしはぐっと身体を起こした。
周りを歩く通行人に紛れるようにして、石畳の道をゆっくりと歩き始める。
……いや、それにしても、今回は散々な目に遭った。
まあ、なんとか逃げられたから良いんだけど……わたしは心の底から反省する。
……やっぱり、聖女のフリなんかするもんじゃない。
もちろん、魔物倒して人助けするのを辞める気はないけど、それで分不相応に稼ごうとしちゃダメだ。
前みたいに、森の中で稀少な鉱石とか蜂蜜とかナッツとかを集めては街で売って、地道に暮らすのがいちばん。やはり人間、悪いことをしちゃいけないなあ。
ていうか、お腹空いたな、とわたしは思う。
幸い、あいつから受け取った報酬のお陰でふところには余裕ある。さて、いったいなにを食べようかな……。
「……ん?」
そんなこと考えながら歩いてたわたし、ふと、違和感を覚えて顔を上げた。
……なんだろう? すれ違う人たちがみんな、わたしのこと見てる気がする。
最初は気のせいかと思ったけど、中にはすれ違ったあと、わざわざ振り返ってこっちを見てる人までいて。
道の向こうから、大人に手を引かれた子どもがわたしを指さすのが見えた。
「おとうさんみてー! あのおねえちゃん、ヘンな頭してるー」
「……へっ?」
わたし、思わず頭に手をやった。
……そういえばわたし、寝起きのまま、鏡も見ずに飛び出してきたんだっけ。
ショートヘアって乾かすのがラクなのは良いんだけど、たまにとんでもない寝癖がついちゃうんだよね。
……ん?
反射的に頭にやった指の先に、なにかが触れた。
なんだ、これっ? わたしの頭になにかある。
……ある、っていうか……。
わたしの背筋がぞぞっとした。
……なんか、生えてる。
わたしは思わず、それをつまんでみた。
ビロードみたいになめらかな手触りと弾力、どう考えたって、わたしの髪の毛のそれじゃない。
とっさにお店のショーウィンドウを覗き込んだわたし、思わず悲鳴をあげてしまった。
……まるで、なにかの冗談みたいに。
わたしの頭の上には、猫そっくりな耳がふたつ、生えていた――。
次話「反撃を試みるわたし」、10/30 20:20更新
主人公の逆襲が始まる――!?




