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異世界・短編

引き笑いした時だけ体力を回復させられるヒーラーを仲間にしてしまった

作者: 忍者の佐藤

 

「余り物には福がある」なんて言葉がある。俺はあの言葉は半分嘘だと思っている。余り物に良いものが混じっているのは、くじ引きなどのランダムチョイスの場合だけだ。意思で選ばれていって余ったものには、選ばれなかっただけの理由がある。


 俺はそのことを、今回の一件で歯が割れるほど強く噛みしめることになった。



 駆け出しの槍使いだった俺はヒーラーを探していた。

 まだ実績0の俺にはパーティーを組んでくれる仲間も居らず、かといって一人でこなせるのは薬草採取か、そうめん流しのそうめんを流す仕事だけだった。

 ギルドの規定により、一人ではダンジョンに潜ることも出来なかった。ダンジョンに潜るには最低でも二人組以上。そしてヒーラーが含まれていることが条件だった。


 いい加減、時々そうめんを流さず口に運ぶ仕事にもうんざりしていた。「ヒーラー募集」の張り紙は出したものの、未だに応募は0。まあ当た前といえば当たり前だ。


「あの、メンバー募集の張り紙を見たのですが……」

 振り返って、俺は我が目を疑った。疑ったので、前を向いてもう一度振り返って、もう一度我が目を疑った。二重に嫌疑が掛けられた目で、正面から彼女を見た時、両目の疑いは晴れた。


 そこにいるのは、このむさ苦しいギルドに相応しくないキラキラ系お姉さんだったからだ。純白に黄金のラインが入ったローブからは豊かな髪が垂れ下がっている。そして、その顔立ちは、この町に来る時に見た巨大な滝より美しかった。……つまりそれ以上美しいものを俺は見たことが無かった。


 しかしこんな美人が俺に何の用だ? まさかメンバーに応募したいというわけではないだろう。 

「俺に何の用ですか?」

「私と、パーティーを組んで下さいませんか?」

 彼女は深々と頭を下げた。



 ***



 俺達は大手を振ってダンジョンの一階層に足を踏み入れた。

「しかし驚きましたよ。アリアンさん、神聖賢者エーテルセージなんですね」

「はい、一応はそういう肩書です」


 彼女には全く偉ぶったところがないが、神聖賢者といえばヒーラーの最上級職の一つだ。死にたてならば塵になっていても蘇らせられるほどのエグい回復魔法を使い、国の最高学府で【魔法学】の学位を取らなければこの称号は得られない。

 就職においては有利も有利。あまりに強すぎて禁止カードになるくらいの肩書だ。

 アリアンと名乗った彼女の冒険者証には、はっきり【神聖賢者】と書かれていた。嘘ではないようだった。



「そんなアリアンさんは、どうして駆け出しの俺なんかとパーティー組もうと思ったんですか?」

「実は私、どこのパーティーでも雇って貰えなくて……」

「いやいや、そんな凄い役職を持っててどうして」

「ある条件下でしか、回復魔法を発動出来ないんです」

「その条件っていうのは……」



 その時、にわかに殺気が満ちてくるのを感じた。

 通路の前から、おびただしい魔物の気配が近づいてくる。

 俺はすぐさま槍を構えた。


「モンスターが来ます! アリアンさんは下がって!」

 言いながら俺は違和感を感じていた。一階層にはまばらに弱い魔物が出るだけだと聞いていた。集団で襲ってくるというのは情報に無い。


 実はこのとき俺は、美しいヒーラーと話すのに夢中で、正規ルートから外れ上級者用の道に入り込んだことに気付いていなかった。


 魔物はすぐに現れた。背は低いが、各々が棍棒などの武器を所持している。リビングデッドの群れだった。

「す、すごい数です! 勝てませんよ、戻りましょう!」

「いいや、大丈夫。俺に任せて下さい」


 俺はアリアンさんの制止も聞かず、リビングデッドの群れに突っ込んでいった。これでも地元では槍使いとして有名だったんだ。


 俺は力いっぱい槍を突き出した。

 次の瞬間、俺の身体は宙を舞ってアリアンさんの前で叩きつけられた。

「ぐはっ!」

「ら、ランスさん! 大丈夫ですか!」

「すみません油断しました! 回復魔法を掛けてもらえませんか!」

「無理です!」


「ありがとうございます無理ですよね! って無理?!」


 俺は一呼吸置いてツッコんだ。


「さっき言った通り、私はある状況じゃないと回復魔法が使えないんです」

「それってどういう状況ですか!」

「引き笑いしたときです」

「え?」

「引き笑いしたときです」

 いや聞こえましたけれども。


 ちょっと何を言っているのか分からない。



「いや引き笑いって『ヒーーーッ!!!!』みたいな、息を吸うときに出る、あの甲高い笑いのことですよね? 何でその時だけ回復魔法が使えるんですか」

「そういう呪いなんです!」

「どういう呪いだよ!」




 しかし今は余計なことを考えている場合ではない。


「じゃ、じゃあとにかく笑って下さい! 俺はもう一度戦ってきます!」

 俺はフラフラと立ち上がった。

 さっきやられたのは何かの間違いだ。だって俺は槍使いとして村で有名だったんだ! 人口18人の村で!

 俺はもう一度リビングデッドに向かって突撃する。


 しかしまた同じように棍棒で殴られ、宙を舞ってリスポーン地点に戻った。


「ランスさん! 色んな意味で大丈夫ですか!」

「アリアンさん気をつけて! あいつら強い!」

「え、あ、はい」

「まだ引き笑い出来ませんか!」


 アリアンさんと目があった、その時だ。

「ほおおおおおおおおおおお!wwwwwwwwww」

 突如、アリアンさんが凄まじい勢いで肩を揺らし始めた。やばい顔をしている。顔のパーツのありとあらゆるものが上に向かって引っ張られているような笑い顔だった。


 モンスターにこの顔をさせられたと言ったら、アレな方しか考えられないような顔だ。



「ランスさん! 身体は回復しましたか?」

 アリアンさんは鼻息をふんふんさせながら近づいてきた。ちょっと可愛い。

 言われてみれば、さっきまで感じていた身体の痛みが消失している。まるで今までのダメージが嘘だったようだ。


「じゃ、じゃあもしかして今の引き笑いしているときに……」

「はい! 回復魔法をかけました!」


 いや本当に引き笑いしたときだけ回復魔法使えるのかよ、これもう呪いだろ。

 呪だったわ。

 しかし、この回復力。彼女の力は本物だ。これなら幾らでも戦えるぜ!

 俺は人口18人の、しかも俺以外全員トロンボーン奏者の村で一番の槍使いだぜ! 



「よおし! じゃあもう一回行ってくるぜ! うわあああああああ!!」

 俺はまたふっ飛ばされた。

「敗北RTA?」

「アリアンさん、回復魔法をお願いします!」

「そ、んなこと言われても、そう簡単に笑えないですよ!」

「でもこのままじゃあ殺されてしまいます! くそっ! 俺達が! 俺達が力不足なばかりに!」

「いや何ちょっと私のせいにもしようとしてるんですか! やめてくださいよ!」



 俺達が完全に格下であると分かったのか、リビングデッド立ちがジリジリと近づいてきた。


「まずい! じゃあアリアンさんの笑いのツボを教えて下さい! 俺が何とかして笑わせてみせます」

「お尻です!」

「分かりました! お尻ですね! お尻!?」


「はい。自慢じゃありませんが私、お尻で笑わなかったこと無いんですよ」

「本当に自慢出来ねえな!」

「お尻の絵だけを集めて本にして、毎晩読んでます」

「どういうメンタルで翌日を迎えようとしてんだよ!」


「最高に笑えて、最高にドキドキして、そして最高に泣けるんですよ」

「怖えよ!」

 何がヒーラーだよ!まずお前の頭に回復魔法かけろよ!


「だから早くお尻見せて下さい! 見せてくれたら笑えると思います!」



 リビングデッドはもう目と鼻の先まで迫っていた。女相手に尻を晒したことはない。笑いものになると分かって尻を見せるのは恥ずかしい。

 だが背に腹は代えられない。回復魔法を使ってもらうには、文字通り一肌脱ぐしかねえ!



 俺はアリアンさんに向かって尻を露出した。


「ど、どうですか!」


 反応がない。振り返ると、アリアンさんは俺の尻を見たまま静止していた。


「え、どうしたんですか?」

「ふざけないで下さい!」

「いやあんたが尻出せって言ったんだろ!!」


 アリアンさんは何故か激怒である。急に俺の尻をぺちぺち叩き始めた。


「そうじゃありませんよ! 何なんですかこれ!」

「尻だよ!」

「そうじゃありませんよ! 何ですか、この面白くないお尻は! いや面白くないお尻って何ヒーーーッ!!!!!!!wwwwwwwwww」

「自分で言って自分でツボってんじゃねえよ!!」



 言いながら、自分の身体が回復していっていることに気付く。能力だけは本物なのが腹立つ。だがこれで無限に回復出来る力を得たのも同じ! やってやるぜ!



 :

 :

 :


「ぐはぁ!」(n回目)

「何ヒーーーッ!!!!!!!」(n回目)


 俺は何度となく挑みかかっていった。しかしその都度リビングデッドに跳ね返されては尻を出して引き笑いからの回復魔法をかけてもらった。

 これ永久機関ってことにならないかな?



「あの、言いたくなかったんですけど、ランスさんってよわ……」

「言うな! 言わなくて良い……俺にばかり負担をかけていることを、気に病まなくて良いんだ」

「そんなこと考えてませんよ」


「というか、さっきから俺の顔見た瞬間に笑ってない?」


「いや違うんですよ! ランスさん、こんな顔してあんな面白くないおしりしてるんだってふぉふぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!wwwwwwww」

「ツボが謎すぎる!」




「おいお前ら!」


 俺のものでも、アリアンさんのものでもない声がした。救援が来たのかと、俺達は辺りを見回した。しかし誰もいない。いるのは大量のリビングデッドだけだった。



「おい、こっちだ!」


 そのリビングデッドが喋っていたのだ。え、こいつら喋れるの?


「えっと、何?」

「お前だけ回復してもらってずるい!」

「は?」

「俺達だってそんな美人に回復してもらいたい!」


 リビングデッドだちはウンウン頷いている。何人か、下向いたときに頭が取れていた。こんなのに負けるやつなんていないだろ。


 いやそれより、美人に回復してもらいたいなんて、こいつらメタクソ俗物じゃねえか。そういう俗物だからこそ、成仏出来ずにここに居るんだろうか。


「今から我々で面白いことをする! それで笑ったら回復魔法かけて欲しい!」

「良いですよ」


 アリアンさんはこともなげに頷いた。


「大丈夫なんですか? モンスターを回復させちゃって」

「大丈夫です。多分」

 多分て。



 するすると二人が前に出てきた。リビングデッドの一人が横になり、もう一人がそばに跪いた。

「被救護者確認! 脈を測ります! 大変だ! 脈が無い!」

 むっくりと寝そべっていたほうが起き上がる。

「当たり前やろ! リビングデッドやぞ!」



 しばしの沈黙が辺りを覆った。


「ヒーーーッ!!!!!!!wwwwwwwwww」」


 いやツボだった! ツボ浅っ!!

 リビングデッド達の立っている場所を大きな魔法陣が覆い、薄い緑色の光が溢れ出した。いわゆる回復魔法だ。お目当てのものが手に入ったということで、リビングデッドたちは歓声を上げていた。

 その歓声が、悲鳴に変わる。


 何と魔法陣の上でサラサラと砂のように崩れ始めたではないか。


「え、どういうこと!?」

「私の回復魔法は神聖魔法……つまり神様の力を借りているものなのです」

「つまり?」

「アンデッド属性の彼らには、毒だということでしょう」


 アリアンさんはにっこりと微笑んだ。初めて笑顔が怖いと思った。



 全てのアンデッドが成仏し終え、彼らが居た場所には魔石が残された。これらを全部回収出来ればそこそこの金になるはずだ。

「魔石は山分けで良いか?」

「良いんですけどランスさんに言われるとなんか腹立ちますね」

「何でだよ」




 こうして俺達の初めてのダンジョン探索は終わった。もう組むことは無いだろう。と、この時は思っていた。


 俺達はこの後何度も行動を共にすることになるのだが、その話は別の機会に取っておこう。




 おわり



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