プロローグ/1幕
手に取ってくださりありがとうございます!初投稿作品ですので、至らない点あるかと思いますがどうぞよろしくお願いします!
~プロローグ~
「こいこい、これで2こいだね、月乃ちゃん…、いつから気付いていたの…?」
坊主の札を丁寧にカスに重ねると、あたかも当然の如く山札から鶴を引き当てる月乃。
「これで三光リーチ、いつからかな……、別に確証なんてなかったんだよ?たださ、あいつの目つきが変わったように感じたんだ…。」
月乃はクスリと笑って続ける。
「それにさ、運命ってもんなんじゃない?そういう類は専門外だけど…、しっかし2こいなんてしちゃってさ、痛い目見ても知らないよ。」
少しの沈黙の後、重なる声色。
~1幕~
「ピッピピ…ピッピピ…ピッピピ……、」
風情とはかけ離れた電子音が部屋中に響く。
「うっるっさい!」
意識半分、右手を目一杯広げて音の悪魔を叩きのめすのだが、中々上手くいかない。そうこうしているうちに掴みかけた悪魔は意志を持つかのように滑り落ちていく。
「ガタンッ」
悪魔が最後の意地を見せたようだ。やっとの思いで息の根を止めるも、今日の悪魔はいつも以上に私に恨みがあるらしく、結局のところ、チャスラフスカ顔負けの曲芸を踊る羽目になった。
ベットの温もりに後ろ髪を引かれ続け埒が明かないので、髪の毛数本を犠牲にする覚悟で支度を始めると、キッチンのほうからほんのりパンと思しき匂いが漂ってくる。香りを頼りに献立予想を楽しみながら、慣れない制服に袖を通している最中、月乃から一件の通知。
「桐依起きてる?今日から高校生なんて嘘みたいだね!てか、昨日の大雨止んでよかった。駅で待ってるね。」
「時間やば…」桐依はボソリと呟く。
部屋から駅までの最短ルートと朝食に思考の99%をジャックされながらも、それとない返答を脊髄だよりで済まし、顔面の工事を渋々あきらめて朝食の確認に向かう。
予想は食パンという非常にありきたりでつまらないものになってしまったが、正解はクロワッサンでニアピンってところ。クロワッサンは大の好物…なのだが、パンを咥えて曲がり角であれこれってことを考慮すると少々不向きであると感じざるを得ない辺り、恐らく、今日のような日は食パンに軍配が上がりそうである。
そんなこと今はどうでもいいと自分に言い聞かせ、儚い恋心を器用に頬張ると、忘れていた日課をふと思い出して、
「兄貴ってほんとにいたのかな?」桐依は仏壇にグッと近づいていつも通りに静かに語りかけた。
当然、位牌はポカンとしていて、瞳も焦点も存在しない面立ちで私を見つめ返すだけだ。まじかで見ると、位牌はまるで新品である。来る日も来る日も、両親が丁寧に手入れをしている甲斐なのであろう。
しかし、私は、兄貴のことを全く覚えていないからなのか、いくら鳳輝と書かれた木の板を眺めていても、生も死も実感することができないのであった。
「プルルルル…プルルルル…」
「さてと、時間ないんだった。兄貴行ってくるね。」
駅のターミナル付近で新学期を応援するかの如く咲き乱れる桜は、名状しがたい不安を勢いよく吹き飛ばしてくれた。
東蒲杜駅に着くと、ラッシュタイムの波の只中であるにも関わらず、無論あの国宝的な美少女はすぐに見つかった。きっと、博物館で展示品と参列者を区別できるのと同じ理屈なのだろう。
月乃とは中等部からの仲ではあるのだが、高が10日そこらのバカンスを挟んだだけで、その華憐な姿形には思わず脱帽してしまった。
恐ろしいことに、月乃は学園長の愛娘ときた、それでいて車での送迎を断ってまで、私なんかを3年間欠かさずに東蒲杜駅で拾ってくれる心の優しさまで兼ね備えている。
ああ神よ、何故月乃には2物でも与え足りぬと仰るのか。
感心しているのも束の間、あちらも私に気づいたらしく、目を細めてこちらに手を振っている。
「桐依!遅すぎじゃない?、てか、頭…」
月乃は私の寝ぐせが余程気に入らないらしく、早々に私の頭上に手櫛を入れている。満月というよりはむしろ三日月を連想させる彼女の面は突として私のそれに近づき、性の垣根を超えた愛おしさは、ほんのりとした血潮として投影されてしまった。
冷静さを取り戻そうと、遅刻の理由の自己弁護を始めるや否や、月乃が頭上の手を止め、食い気味に制止して言い放つ。
「桐依は変わらないねほんとに、どうせまた時計の悪魔の話でしょ?…、時計が悪魔だったら、さながらあなたは作家か何かよ、それより急がなきゃ!」
刹那、一対の口角が思わず緩む。
「しかも今日なんて、シューマッハ顔負けのコーナリングでサラリーマンをごぼう抜きしたんだからね。」
私はどうせ月乃は彼のことを知らないであろうと高をくくって、シューマッハの解説を熱心にするのだが、月乃は上の空の様子で、芒原行きのホームに足早に向かってしまった。時間にルーズな私とは対照的で神経質な月乃であるから、きっと次の電車を逃したら死んでしまうとでも思っているに違いない。
シューマッハがスルーされた甲斐あって、二人は難なく電車に間に合った。
「意外と余裕だったね…」月乃は表情とは裏腹に、恥ずかしそうに口に出していた。
数駅の間、他愛もない軽口に対して感情の10倍ほどのリアクションを取るという、現代人にとっての社会進出の訓練を互いに繰り広げていたのだが、
「芒原高校って芒原で降りればいいんだよね?」などと、明らかな場繋ぎを勿体を付けて話している男子生徒が乗り込んできたところで、自然と話題は新天地のことに移った。
先ずは月乃が切り出した。
「あの制服、うちの高校だよね?、男子と一緒に授業ってさ、どんな感じだろうね?」
私の曖昧な返事を気にせず続ける月乃。
「花研にも、男子来るかな?」
「…どうだろうね、やっぱ男子って文科系より、スポーツ系の部活のイメージあるしさ、割合的にも少ないし…。」
と、冷めた返答を反射的にしてしまう。
実のところ、今年から共学になるということに胸の高鳴りを感じていたが、その感情を表に出すのは何となくタブーに感じて仕方がない。高等部共学化に関して、中等部の世論としては、怖いだの不潔であるなどと言いつつも、そのあからさまに強く構えた言葉の裏に淡い期待を隠し持っていることをみな互いに推し量っていたのだ。それは、きっと月乃にも当てはまるに違いない…。一呼吸おいて、眼前の怪訝そうな顔つきを見て付け足した。
「でもさ、花札に選ばれた人がもしも、もしもだよ、入学してたら…、きっと入部してくれるよ!花研!」
急に静まり返る車内、次の駅を知らせるアナウンスが、これほどまでに大きな音であったと思い知らされるほどである。
しまった、やってしまった!私何言ってるんだろう?
私の痛すぎる発言が、車内の視線を一通り集中させている中、月乃は先ほどより少しマシな顔をしている。私の失言に気づいていないのか、将又、この美少女は注目されることに慣れきっていて、これぐらいは日常なのか…。
「そうだよね!でもやっぱりちょっと怖くない…?」
と月乃。
月乃はモテるだろうしなぁ…などと考えていると、事件は起こった。
まさに青天の霹靂、細身の学ランがぬるっと割りこんでいる。一瞬の出来事だった。
「そんなに怖がるなよ…、筋金入りのお嬢様学校ってのはウワサ通りみたいだね、まあ…お互い楽しんでいこうぜ。」
私と月乃は驚きのあまり、2人時空に取り残されていたが、現世の時は何食わぬ顔で進んでいく。
「ピンポーン、ピンポーン、芒原、芒原、お出口は右側です。」
アナウンスが鳴っている中、注目の矛先は既に入れ替わっているようだった。
車内の視線をよそ眼に、ポンッと2人の肩に掌を置いて、更に続ける。
「また学校で会うかもな!」
なんだろう、あいつの匂い懐かしい気がした。
気づけば私たちは芒原の改札を出て通学路を歩いていた。舗装のあまい歩道には、至る所に昨日の雨が爪痕を残しており、そこに映りこんだノーメイクの女は、意外にも落ち着いた表情でこちらを見返している。
半ば放心状態の月乃を横目にさっきの男子生徒のことを冷静に分析しているのだが、あの親近感の正体を未だにつかめないので、とてももどかしい気分である。この感覚、多分考えてもわからない、ちょっくら探してみるか…。
読んで頂きありがとうございました。2幕以降も随時更新予定です!改善点やアドバイスなどありましたら気軽に書き込んで下さると嬉しいです!