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6 ミートローフは裏切りの味がします。

どうぞよろしくお願いいたします。

 6 ミートローフは裏切りの味がします。



 リリスは馬車を降り、軽い足取りで廊下を歩いていた。


 (やりましたわ……!)


 リリスは、数日前のお茶会を思い出して、心の中でガッツポーズを決める。


 これで、ヴィンセントルートの死亡フラグは、少し修正出来た筈だ。

 まだ、叩き折れた訳ではないが、今までの状態のまま、聖女と出会うよりはマシだと思う。

 小さな進歩だ。しかし、臆病者の自分が、冷徹なヴィンセントの前ではっきりものを言えたのだ。ここは、自分を盛大に褒めよう。


 これで、ヴィンセントがリリスを邪魔だと思った時に、婚約破棄してくれれば万事解決だ。

 もっと言うならば、今すぐにも、婚約破棄してくれて構わない。


 リリスは、聖女が入学してきても、一切、関わらないつもりでいる。

 思い描いたシナリオ通りに、進んでいるかの確認はしても、……いじめたり、怪我をさせたり、果てには、毒薬を盛ったりも、しない。――絶対に。


 だから、きっと、斬首刑からの晒し首にはならない。……と思う。

 そうであって欲しい。切実に。


 ヴィンセントルートの死因を思い浮かべて、リリスはゾッとする。そして、首を振って、ネガティブに傾きだした思考を追い出した。


 大きなバスケットを持ち直して、学園の大食堂への扉を潜る。


 「ごめんください」


 厨房に声をかけると、白いコックコートを身に着けた大柄な男が顔を出した。

 奥では、数人のコックが、早くも、昼食の仕込みを始めているのが見えた。


 「おはようございます、シェフ」

 「これは、リリス様、おはようございます」


 厳つい見た目に反して、にこやかな笑みを浮かべたこのシェフとは顔見知りだ。


 「本日も、バスケットをお預かりしてよろしいので?」

 「はい。お願い致します」


 バスケットを手渡すと、リリスはぺこりと頭を下げた。

 お弁当を持参するようになり、その置き場に困ったリリスは、シェフに相談した。

 すると、授業の間、厨房の冷蔵庫の隅で預かって貰えることになったのだ。


 (せっかくなら、一番美味しい状態で頂きたいですものね)


 収納魔法を使うという手もあるのだが、それだと食材の風味が落ちてしまう。


 魔法は便利だが、すべての願いを叶えてくれるものではないのだ。

 それは、お茶を淹れるにしても、料理を作るにしても同じで、魔法を使うと途端に、風味や味が落ちてしまう。

 荷物が多い時や、食べ物を長時間、持ち運びたい時には重宝するのだが、やはり、あまり美味しくはない。


 リリスも一度、試したことがある。

 昔のリリスではなく、今のリリスが。

 せっかく、ファンタジーな世界に生まれ変わったのだから、体験出来ることは体験したい。


 味は、噂通り微妙だった。


 可もなく不可もなく……強いて言えば、美味しくはないと言った味に劣化していた。

 昔のリリスが、この手の食べ物を食べていなかったのは、貴族は手作りを好むということが影響していた。これは、昔のリリスではなくとも、殆どの貴族がそうだ。

 手作りの食べ物を、自宅とは関係なく、色々な場所で食べることが、一種のステータスになっているからだ。


 手作りは、魔法よりも金と技術と時間がかかるので、それを食すことは、ものに手間暇をかけられるだけの財力があると示すことが出来る。

 魔法がかかった食事は、貴族の食べ物ではない、と言い切る貴族も居るくらいだった。

 ちなみに、食べ物だけではなく、品物でも同様だ。

 この学園でも、生徒が口にする物は、すべて専用の料理人を雇って、魔法を使わずに調理し、使用人が準備している。


 「シェフ、今日も、いつもの時間に取りにきますわ」

 「かしこまりました。では、いつものように棚に置いておきますね」


 昼食時はシェフたちにとって、一番、忙しい時間だ。そんな中、リリスに構う時間はない。

 よってシェフには、忙しくなる前の時間帯にバスケットを厨房の裏口近くの戸棚に置いておいてもらうようにお願いしたのだ。

 ほんの少しの時間であれば、保冷魔法もかけなくても大丈夫だし、リリスも生徒が多いところを避けて受け取ることが出来る。


 「それでは、ごきげんよう」


 リリスはにこっと微笑むと、大食堂を後にした。


     *


 午前の授業が終わり、リリスは教室から出て大食堂へ向かう波に流されるように進みながら、途中でするりと抜け出す。そして、一旦、城の外へ出た。壁沿いに歩いて、とある扉を静かに開ける。

 部屋の中は、戦場のように忙しい厨房だった。


 「……お邪魔します」


 邪魔をしないように入ると、扉のすぐ近くの戸棚から自分のバスケットを持って、再び、外に出る。今度は、空中庭園を目指して歩いた。楽しみ過ぎて、最後は、殆ど小走りだった。


 「――ルーヴ、お待たせしましたわ!」


 空中庭園の、いつもの場所で、先に待っていたルーヴと合流する。

 今日も何の約束もしていないのに、食堂に行かず、この場所でリリスを待っていてくれたことが嬉しかった。


 「……ああ」


 芝に寝そべっていたルーヴが、起き上がって大きな欠伸をした。

 その隣に座りバスケットの蓋を開く。


 「今日のメインは、ミートローフですわ!」

 「毎度よく、自分では喰わないものを持って来るもんだ」


 ルーヴは呆れたように言った。


 「だって、ルーヴの好物でしょう? 栄養バランスも重要ですが、やっぱり美味しいと思うものを食べるのが一番だと思うのです」


 特に、ルーヴは成長期だ。たくさん食べなければいけない時期なのだから、食べさせなければ、と最近は、謎の使命感まで感じている。ルーヴとは同学年だったが、前世の分も含めると年齢は、ルーヴよりも上だ。勝手に弟のように思っていた。


 初めの恐怖が嘘のようだ。


 ミートローフが入ったガラスの容器を取り出し、皿やカトラリー等は魔法で出現させる。


 「それに、最近は作るだけならお肉に触れるようになったのですわ! これも、日頃の努力の賜物ですわね」


 学校がある朝は毎日、肉と格闘することで、触ることと、匂いを嗅ぐことは、出来るようになっていた。

 食べることには、未だ抵抗があるのだが、成長は出来ていると思っていた。

ミートローフを、ナイフとフォークで皿に取り分けて、ルーヴにずい、と興奮気味に手渡した。


 「――さぁ、どうぞ!」


 始終、ご機嫌なリリスに、ルーヴは若干、引きながらもそれを受け取る。

 一口大に切ったミートローフを、フォークに刺して口に運ぶ。


 普段の仕草は、狼を思わせるような荒い動きが多いルーヴでも、やはり貴族だった。食べ方がとても綺麗だ。幼い頃からマナーを教え込まれている証だった。しかし――


 「――ッ⁉ 何の真似だっ⁉」


 ミートローフが口の中に入る瞬間、ピタッと動きと止めたルーヴはそれを地面に叩きつける。フォークから外れたミートローフが、ころころと地面を転がった。

 グルルルル、と獣の唸り声が、ルーヴの喉の奥から聞こえて来た。髪も逆立っている。


 「え?」


 突然の豹変に、リリスは、驚愕して固まった。


 「毒を入れているだろう!」


 ルーヴは、激しい剣幕でそう吐き捨てた。


 「……そんなこと……」


 ルーヴの激怒の様子に、リリスは血の気が引いた顔で呟く。恐ろしかった。こんな、ルーヴは、見たことない。

 隷属魔法を解き、今までの非礼を詫びた時ですら、こんな姿は見せなかった。


 脳裏に、八つ裂きにされて血が流れる自分の姿が蘇った。

 ヒュ、と喉が鳴る。体が小刻みに震えだした。


 そこに、野ネズミが鼻をひくひく動かしながら、ちょこちょこと現れた。地面に転がったミートローフが欲しかったらしい。リリスたちの騒ぎにも動じず、呑気に地面を走ると、ミートローフに噛り付いた。そして――


 「……見ろ、野ネズミが死んだ!」


 小さく痙攣したかと思うと、こてん、と倒れてそのまま動かなくなる。

 ルーヴは、驚異的な嗅覚で毒物を検知していたのだ。

 リリスは、言葉も出なかった。


 (そんな……。いつ、だれが?)


 リリスが混入させていないのだから、他の誰かが、毒を入れたのだ。

 混乱した頭で、やっと、そこまで思い至って、気絶しそうだった。

自分を叱咤して何とか踏ん張る。


 ルーヴは、リリスを睨んでいた。その目には疑いと怒りと憎悪……、あと何かの感情が滲んでいた。最後に、何の感情が込められていたのか、認識する前に、その感情が掻き消える。


 「毒はお前の十八番だろう!」


 確かに、リリスは、毒物の調合が得意だ。

 昔のリリスは、人間や魔族に気まぐれに毒を盛って、その苦しむ様を楽しんだこともあった。

 しかし、そんなこと、誓ってしていない。

 そう、言おうとして口を開くが、声が出てこなかった。口は、ただ無意味に、はくはくと動くだけだ。

 暫く、二人の間に、重苦しい沈黙が流れる。


 「……、裏切ったのか……?」


 ポツリと、少し掠れた弱々しい声が聞こえた。


 リリスは、はっとして、ルーヴを見た。

 今にも、泣きだしそうな悲痛な顔だった。


 「いえっ! 決して、そんなこと……っ!」


 咄嗟に、言葉を放つ。今度は、ちゃんと声が出た。


 「ハッ、……そうだったな。……裏切るも何も、そもそも信頼など存在しなかった」

 「ッ!」


 自嘲気味に鼻で笑うと、苦痛に眉を寄せて、絞り出したような声で、ルーヴは言った。

 リリスに言っているようで、しかし同時に、自分に言い聞かせているような話し方だった。


 「……ルーヴ!」

 「……二度と目の前に現れるな」


 初めと、まったく同じ言葉を残して、ルーヴはリリスの前から姿を消した。





最後までお読みいただきありがとうございます。

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