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5 殿下とのお茶会です。

どうぞよろしくお願いいたします。

 5 殿下とのお茶会です。



 リリスは放課後、学園の図書室で調べものをしていた。


 あれから、ルーヴとの仲は正常に回復しつつあると言っていいだろう。

 今日もお昼は一緒に食事をした。

 少し前はボッチ飯をしていたのが信じられないくらいに充実していた。


 「……ふふ」


 リリスは嬉しすぎて思わずにやけてしまった。そして、はっとして口を押える。きょろきょろと回りを見渡し、誰にも見られていないことを確認して、ほっと胸を撫でおろした。


 本を読んでいた人間がいきなりニヤニヤし出したら、それは気味が悪いだろう。


 最近では、リリスについてこんな噂が流れていた。


 曰く、昔、学園で火に巻かれて死んだ生徒の霊が、リリスに憑依した。

 曰く、火災に巻き込まれた恐怖のあまり、いい意味で気が狂ってしまった。

 曰く、昏睡している間に、精神矯正魔法をかけられた。

 曰く、……――


 これらは、リリスの変わりようを、恐れと好奇の色を入り交えて揶揄していた。


 霊が憑依云々は、学生らしい発想で少し微笑ましいが、いい意味で気が狂うとはどういうことかと聞きたい。あと、精神矯正魔法とは何だ。そのような魔法があるならば、是非、ご教授願いたいところだ。使いようによっては、死亡フラグを回避出来るかもしれない――と思いかけたところで、いや、と考え直す。やっぱり、それは止めた方がいい。


 それでは許されたことにはならない。寧ろ、罪が増える。


 噂はまだまだたくさんあったが、それらは噂というよりも、もはや悪口だった。

 こんなところで、ひとり笑っている姿を見られればまた噂――悪口が増える。


 学内では、リリスの変化を安堵する者、ルーヴのように、今更何を、と眉を顰める者、何か裏があるのではないかと、警戒する者に分かれていた。

 比率で言うと、警戒する者と眉を顰める者がツートップを占め、その他が安堵する者という感じだ。


 (懺悔の道はまだまだ長いですわね……)


 リリスは小さく溜息を吐いた。

 弱音を吐きたくなるのをぐっと堪え、本を読むことに集中する。


 すべての死亡フラグを折れたとしても、魔界が滅亡してしまえば意味がない。

 人間界がこのまま消滅してしまうのも、元人間の身としては後味が悪い。


 リリスは魔界が人間界を侵食している原因を調べてみることにした。


 しかし、この手の研究は、魔界ではマイナーで研究者すら殆どいない。

 正直に言うと、手詰まりだった。


 いい意味でも悪い意味でも、魔界は弱肉強食、実力主義の考え方が根強い。

 実際は、そこに差別や利権などが絡んできてもっと複雑だのだが、大雑把に言えば、大体、そんな感じだった。


 よって、人間界が浸食されているのも、人間界が脆弱だからと放置している部分が大きい。

 魔界に何らかの損害が生じれば、話は変わるのだろうが、基本、魔族は人間を下等生物とみなしているので、関わろうともしない。

 相手にするだけ無意味だと思っているのだ。


 一方で、人間からの魔族に対する拒絶反応は、酷い。


 人間たちの間で、魔族は、人間を襲う魔物と変わりないように認識されているのだ。

 確かに、人間と同じような見た目ではあっても、その体のつくりは魔物に寄っている。人間からしたら、魔族も魔物も同じように見えるのだろう。


 しかし、それを言うなら、魔族だって人間は、人間界の馬や豚と同じようなつくりに見える。相手にしないという点では、人間も馬も豚も同じではあるが。


 純粋に、力勝負、魔法勝負になると、圧倒的に魔族が強い。

 訓練や加護を受けていない一般的な人間であれば、魔族は一捻りで殺せる。

 だから、本能的な恐怖が勝るのかもしれない。


 (人間界への魔界の浸食の原因はわからず仕舞い……。人間界では、どこまで調査が進んでいるのでしょう?)


 ゲーム情報から言うなら、少なくとも、魔界を消滅させる方法は知っているのである。


 しかし、リリスは、ふと思う。


 (人間は、どうやって、魔界を消滅させる方法を知ったのでしょう?)


 魔界の住人であるリリスでも、神殿にあるという宝玉の存在は知らなかった。


 「――の、……嬢……」


 リリスは、誰かの声が聞こえて顔を上げた。


 「――あの、リリス嬢」


 名前を呼ばれて振り向く。

 傍に静かに控えていたのは、ヴィンセントの従者だった。名前はカルロ・サッソといい、身分はリリスと同じく公爵だ。柔和な性格で、顔は整っているが、ゲームでは顔すら出てこない存在だ。

 もう何度も声をかけていたらしい。考えることに夢中で気が付かなかった。

 リリスは慌てて立ち上がり謝った。


 「考え事をしていまして……、申し訳ありませんわ」

 「いえ……頭をお上げください、リリス嬢」


 カルロは、リリスの謝罪に目を丸くしていたが、気を取り直して言った。


 「ええ……。それで、ご用件はなんでしょう?」


 カルロは、今度こそ鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。リリスの言葉が、余りにも意外だったようだ。


 「……本日は、殿下とのお茶会が予定されていたかと。……その、殿下がお待ちです」


 今度は、リリスが目を丸くする番だった。


 「………………あっ!」


 そして、さぁ、と青褪めた。


 昔のリリスは、それは、ヴィンセントのことを愛していた。

 故に、どんなに嫌な顔をされようとも、月に一度は、必ずお茶会の約束を取り付けていた。

 その約束の日が今日だったと、今、初めて思い出した。


 否、無意識の内に思い出さないようにしていたのかもしれない。


 なにせヴィンセントは、前世のリリスの最愛の推しであり、現在は恐怖――死を代表する一人だ。正直、忘れたままでいたかった。


 ただでさえ、本人を前にすると、後光で両目が潰れそうになるというのに、今は、冷たい視線もおまけでついてくる。そんなおまけは、嬉しくない。

 あの冷淡で、嫌悪の籠った眼差しは、今のリリスには激痛だった。


 (わたくしは、ヴィンセント様のはにかむような笑顔が大好きでしたのに……)


 スチルを、何度見直し、何度桃色の溜息を吐いたことか。

 しかしそれは、聖女の為の笑顔で、リリスには、殺される運命しかない。


 「――それでは、案内致しますね」


 リリスが本を閉じて椅子を仕舞うと、今からお茶会の場へ向かうと察したカルロが、その本を持ってリリスの先を歩いた。ヴィンセントの従者を務めるだけあって、流石の有能さだ。


 カルロは、ヴィンセントと同じ学年だ。つまり一個年上だが、カルロは丁寧な口調と物腰だ。これは彼の性格だった。

 しかし、公爵である彼が、わざわざリリスを迎えになんて来なくても良い。

 これは、リリスの我が儘の産物だった。


 自分に関わる者は、「身分が高い者」かつ、「容姿が整っている者」というこだわりがあった。


 魔界は良くも悪くも弱肉強食、実力主義だと説明したが、それはリリスに大きな権力を与えていた。

 リリスは実は人間とのハーフだ。人間が正妻になれる筈もないから、当然、妾――妾とも言えないかもしれない――の子ということになる。


 それは、魔界では非常に珍しいことで、本来ならば、蔑まれる立場だった。


 しかし、リリスは生まれながらに、魔族としては圧倒的な実力を持っていた。

 そこに、魔界で大きな権力を持つレイヴィンズ公爵の溺愛が重なり、リリスは混血でありながら、第一王子ヴィンセントとの婚約者を勝ち取っていた。


 陰では、『成り上がりの悪女』とも囁かれている。


 リリスたちは校舎である城を出て少し歩き、薔薇園に到着する。立っているだけで薔薇の香りが鼻腔を擽った。

 この薔薇園の薔薇は、一年を通して咲き乱れている。

 学園の中でも一番、綺麗な庭だ。

 そして、昔のリリスのお気に入りの場所でもある。

 今のリリスも、この薔薇園は美しいと思った。


 「――あちらです」


 カルロはそう微笑んで、手で案内した。

 屋根に黄色い薔薇が絡みついている東屋の中は、茶器やお菓子、軽食がテーブルに美しく並べられていた。

 そして、たっぷりと咲き誇る薔薇に隠れるように椅子に座っているのは、魔界の第一王子――ヴィンセントだ。


 リリスは一度、立ち止まった。

 まだ近くに居るカルロやヴィンセントに、気が付かれない程度に深呼吸をする。


 (――行きますわよ、リリス)


 東屋の前で微笑んで美しく礼をした。


 「――殿下、お待たせして、大変申し訳ありません」

 「…………ああ」


 リリスは、まずは返事があったことに安堵した。


 ヴィンセントは、冷血無慈悲だ。

 決して、声を荒げて怒ることはなかったが、詰まらなかったりすると、一切の興味や反応を示さない。冷酷な命も淡々と下す。

 暗君にも成り得る性格ではあるが、悪女のリリスと違い理不尽な命令はしない。

 静寂を好むヴィンセントと、派手好きなリリスとの相性は最悪だった。


 相手にしなくても、周りをウロチョロするリリスは、さぞかし邪魔な存在だったことだろう。

 昔のリリスは、ヴィンセントからガン無視されることが多かったが、そこは愛の盲目さで、彼に腹を立てることはなかった。


 「失礼します」


 優雅に椅子に腰かければ、使用人がタイミングよくお茶を出す。

 ヴィンセントは、先に紅茶を飲んでいた。

 リリスも一口紅茶を口に含む。華やかで豊かな茶葉の香りが口いっぱいに広がった。

 しかし――

 

 「…………」

 

 (どうしましょう。会話がまったく思い浮かびませんわ……!)


 ヴィンセントも、いつも通り無言だ。

 昔のリリスは何を話していたろうか?

 確か、自慢話やゴシップ、時にはヴィンセントの気を惹こうと、他の殿方の話をしていたかと思う。我ながら、最悪のチョイスだ。最悪過ぎて、眩暈がする。

 リリスはぬーんと目を瞑って、眩暈を受け流した。


 「……あの『獣落ち』は居ないのだな」


 ヴィンセントが、リリスを見ていた。その表情からは、感情は窺い知れない。

 それでも、リリスは心臓が口から飛び出るかと思った。


 (ヒィ……お、お顔がよろし過ぎますわ……っ!)


 不自然にならない程度に目を逸らす。


 「……ルーヴとの隷属魔法は解除致しましたの。……彼には、本当に申し訳ないことをしてしまいました……」


 昔のリリスは、ヴィンセントとのお茶会にもルーヴを連れていた。

 そのことを咎められても、「犬を散歩させているだけですわ」と言って、笑っていたくらいなのだから、リリスは頭が痛くなる。


 ヴィンセントも口を出すタイプではないので、始終無言の第一王子ヴィンセントと、彼を盲目的に愛する悪女リリスが、ギスギスした空気でお茶をする中、獣落ちのルーヴが無表情でリリスの傍に控えているという、傍から見たら地獄絵図のような惨状が出来上がっていた。

 使用人たちは、さぞかし胃を痛めたことだろう。


 「噂は本当だったのだな。さて、何を企んでいる?」


 そう聞きながらも、ヴィンセントは興味がなさそうだった。


 「企むだなんて……。わたくしは、己の所業を悔い改めたのですわ」

 「悔い改める、ね……」


 ヴィンセントは、暫く観察するようにリリスを見ていたが、ふっと目を逸らし、使用人を呼んで紅茶のお代わりを淹れさせた。


 (信じていない……といった瞳でしたわね……)


 ルーヴや他の者たちもそうだが、やはり、リリスが改心するなど到底信じられないようだ。

 こればかりは、長い時間をかけて証明していくしかない。


 「それで『獣落ち』に餌付けをしているのか」


 そのことも噂になっていたのか、とリリスは思った。しかし、ヴィンセントの言葉に引っ掛かりを感じてムッとする。


 「餌付け、だなんて。一緒に昼食を取っているだけですわ。それに、ルーヴはとても才能豊かな方です。『獣落ち』などと呼ばないでくださいませ」


 リリスの鋭い態度に、使用人の誰かが小さく悲鳴を上げた。

 今から争いが勃発するのではないかと思ったのだろう。そんなこと、今までのお茶会ではあり得なかったことだ。


 二人の間に、ピリッとした空気が流れる。


 しかし、すぐに、リリスはハッと我に返った。

 あのヴィンセントに、口答えをしてしまったことに、遅れて気が付いたのだ。手が小さく震えた。しかし、言ってしまったものは二度と口には戻らない。


 (いいえ、まだ、大丈夫な筈……)


 ヴィンセントルートの死亡フラグは聖女に関することだ。

 愛する聖女を傷つけられた時、彼の怒りは爆発する。


 そして、ヴィンセントには、話しておかなければならないことがあったと思い出した。

 この際、言いたいことは全部言ってしまおうと、意を決して口を開く。


 「殿下、お伝えしなければならないことがありますわ」

 「なんだ」

 「わたくし、……もう、殿下のお手を煩わせませんわ!」


 リリスは、声高々に宣言した。


 「たとえ、殿下に愛する人が出来たとしても、わたくし、決して邪魔は致しませんわ。殿下のお好きなようになさってください! どんなことでも、受け入れますわ!」


 リリスは、やや前のめりになりながら言った。

 一気に言ったので、少し息が荒くなってしまった。

 少し、熱が入り過ぎたかもしれない。

 それでも言いたいことは言えた。その達成感で頬は上気していた。


 「どんなことでも……」


 ヴィンセントは、リリスを試すように、机に頬杖を付いて口を開いた。


 「……婚約を破棄すると言ってもか?」


 ヴィンセントは、なんのことでもないようにあっさり言ったが、周りの使用人が息を呑んだ。

 しかし――


 「はい!」


 リリスは胸を張って頷いた。

 ヴィンセントは僅かに目を見開いた。


 「……そうか。覚えておこう」


 そう言って、彼は、何事もなかったかのように優雅に紅茶を飲んだ。





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