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3 悪女は土下座しました。

どうぞよろしくお願いいたします。

 3 悪役令嬢は土下座しました。



 この世界はゲームの通り、陰と陽を分けるように、魔界と人間界に分かれている。


 均衡を保っていた魔界と人間界だったが、今や人間界は魔界に呑み込まれつつあった。

 その原因は不明だ。ゲームの中でも語られていなかった。

 この世界において、人間界では、どこまで調査が進んでいるかわからない。

 ゲームでは、聖女は、そんな滅びゆく人間界を救う為に、魔界に潜入する。


 しかし、その救済の方法が、魔族のリリスとしてはちょっと見過ごせない。


 魔界の地下神殿にある宝玉を聖女の力で破壊するのだが、その宝玉を破壊すると、魔界の魔力が失われて魔界が消滅する。


 つまり、「魔界に浸食されているから、魔界を消しちゃおうね~」という計画である。


 大胆かつ、豪快な計画だ。

 魔族にとって魔力とは、例えるならば、人間で言う所の酸素のようなものだ。

 魔界が消滅すれば魔力もなくなり、魔族は当然、死に至る。


 魔族から言わせてもらうならば、傍迷惑な話だった。


 とは言え、このままでは人間界は自然消滅してしまうのだから、人間たちも必死に違いない。


 ここで、聖女はゲームのテーマ――許されざる禁断の愛――が出てくる。

 魔族との『愛』をとるか、人間界の『救済』をとるか、究極の選択を迫られるのだ。

 聖女は、葛藤の末、結末はエンディングへ進む。



 「――リリスお嬢様、到着致しました」

 「ありがとう」


 馬車の車内で考え事をしていたリリスは、現実に引き戻された。

 従者に扉を開けてもらい、コツ、とヒールを鳴らしてリリスは馬車から降りた。


 眼前に存在するのは、立派な古城。


 ここがリリスの学び舎で、『ギルティ・ラブ』の舞台だ。

 魔界滅亡スイッチこと、宝玉が眠っている神殿への道は、この学園に隠されている。


 何故、そんな重要なものを隠している場所が、学生の学び舎になっているのか、甚だ疑問であるが、それが設定というものだから仕方がない。

 リリスは、頼んだその日の内に届いた――一体、どういう手を使ったのかわからないが、気合を入れたアンヌが調達した――制服を身に着けて学園内を歩く。

 魔界の王族や貴族の子息が通うだけに、内装や調度品一つに至るまで豪華だ。

 そして、とある扉の前に立って深呼吸をする。


 (……よし)


 取っ手を持ち、腕にぐっと力を入れて扉を開いた。


 ここは、リリスのクラスだった。

 既に登校していたクラスメイトが、いくつかのグループをつくっていた。

 挨拶をしようと口を開いた時だった。ヒソヒソと話す声が聞こえてきたのは。


 「――ねぇ、昨日のことだけれど……」

 「――今更、謝罪ってどの面下げて……」

 「――名前を語った悪質な悪戯じゃ……」

 「――いいえ、そんな恐ろしいこと、誰も出来ませんわ……」


 耳を澄ませば、聞こえて来るのはリリスに関する話だ。


 昨日、手紙は関係者すべてに出した。そのすべてが相手に届くには、まだ数日かかるかもしれないが、一部はもう届いているらしかった。

 お詫びの品も手配が済んでいるので、準備が出来次第、順次届くだろう。


 今、噂話をしているのは、早速、謝罪の手紙を受け取った者たちとその周囲の者だ。

 リリスは、背中が自信なげに丸くなりそうなのを、ぐっと堪えて逆に胸を張った。


 (私は、レイヴィンズ公爵令嬢ですわ。しっかりなさい、リリス……!)


 中の人間が、本当はどんなに臆病者でも、この世界では有力貴族の娘。

 成り代わったからには、成し遂げなければならない。


 ――それが不本意な転生でも。


 「皆さま、おはようございます」


 凛とした玲瓏たる声は教室に響いた。

 全員、誰が来たのかと入口に目を向けた。何人かは、挨拶を返そうと口を開く。そして、柔らかな笑みを浮かべるリリスが、この声の主だと気が付いて――固まった。


 いつもは、派手な自前のドレスを身に着けているから、リリスが制服を着て、既に教室内に居たなどと、誰も夢にも思わなかったのだろう。

 見る見る内に、顔が青くなる。それも、全員。


 いくら待っても返事が返って来ないので、リリスは諦めて机に着くことにした。

 顔には、穏やかな笑みを浮かべているが、心の中では大号泣である。


 静々と机に着いたリリスに、人影が覆い被さった。

 不思議に思い、見上げれば、よく見知った顔がある。


 ルーヴ・アルバラード。

 伯爵家の次男で、『ギルティ・ラブ』の攻略キャラの一人だ。

 灰色の短髪に、黄色の瞳。

いつもは無表情な、やや野性味のある端正な顔は、今日は怒りに歪んでいた。


 「これは、どういう意味でしょうか?」


 開口一番、挨拶もなしに、バンッと机に叩きつけられるのは、昨日書いた手紙だ。

 彼にはいち早く届けるようにお願いしていたので、ちゃんと届いていたのだと、少し安心した。しかし、彼の顔色は芳しくない。というか、今にも唸りだしそうだ。


 (無理もないですけれど、…………怖すぎますわ!)


 リリスは、恐怖で顔が引き攣りそうになるのを、必死に我慢する。


 「……そのままの意味ですわ。丁度良かったですわ、ルーヴ様にはお話がありましたの。よろしければ、空中庭園まで一緒に来てくださらない?」


 彼は、絶対に、リリスの提案を拒まないと知っていながらも、丁寧に尋ねる。

 ルーヴの眉が不機嫌に寄せられた。


 「………………行きますよ」


 先を行くルーヴに付いて、教室を後にする。

 歩きながら、ルーヴについて考える。


 ルーヴは、所謂『獣落ち』と言われる、魔族の中でも特殊な存在だった。

 魔族とは元は魔界の魔力から生まれ落ちた、様々な属性を持つ魔物の集合体のようなものだ。

 幾千年の長い時を経て、次第に知性を身に着けながら、力の強い魔物がいくつも掛け合わさって、現在の形を持った。


 今は、魔族として、他の魔物とはまったく異なる種族となっているが、魔族になる過程で掛け合わさった性質が、生まれた時に強く出ることがある。

 先祖返りとも言うが、魔界ではそれを『獣落ち』と言って蔑む。


 ルーヴも今はリリスと同じように魔族――人間に黒い角が生えたような姿――をしているが、自分の意思や感情が昂れば狼のような姿に変身する。

 『獣落ち』の姿は、生まれた時の性質によって様々だが、ルーヴの人狼化も、獣落ちの特徴の一つだった。

 彼は狼並みに感覚が鋭く、また、普通の魔族の倍の力を持つ。


 しかし、一方で、魔法が使えない。


 魔力がない訳ではない。

 魔力を『獣落ち』の性質に変換してしまうのだ。これは、自分で制御出来るものではない。ルーヴの場合、魔力は、すべて身体能力へ変換されてしまう。

 

 魔力や魔法力を重視する魔界では、忌み蔑まれる存在だった。


 しかも、獣落ちは奴隷とみなされる風評があり、リリスもそのような理由で、貴族であるルーヴを隷属魔法で縛っていた。


 隷属魔法とは、その名の通り、相手を強制的に奴隷とする。

 主人――施術者の命令は絶対で、背けば、耐え難い苦痛がその身を襲う。


 ゲームの中で、恨みを募らせたルーヴは、人狼になってリリスを八つ裂きにする。


 ちなみに、ルーヴの隷属魔法は、聖女が解除する。そして、傷付いたルーヴをその優しさで癒し、二人は恋に落ちるのだ。

 プレイヤーであったら、「良い話だ……」と涙するが、リリスになってしまった今、訪れる未来に恐怖しかない。

 リリスの死因では、一、二を争う酷さだ。正直、グロい。


 想像したらアウトだった。

脳内では、血を流し、ボロボロの雑巾みたいになった自分が、力なく横たわる映像が思い浮かんでいた。


 「………………」


 リリスは頭から血の気が引くのを感じた。

 これは妄想ではなく、嘘偽りなく、リリスの将来に起こりうる出来事だ。

 気を抜けば、膝から崩れ落ちそうになる足を、叱咤し懸命に歩く。

 フラフラとしながらルーヴに付いて歩き、空中庭園に到着した。


 リリスにとって、幸か不幸か、朝早い時間だからか、空中庭園には誰も居なかった。


 空中庭園も学園と同じく、それは、素敵な場所だった。


 魔界は日中でも薄暗いので、魅力は半減するかと思いきや、ここは魔法が存在するファンタジー世界だ。淡く発光する植物が咲き乱れ、その上を精霊が楽しそうにふわふわと宙を浮いている。


 今にも噛みつきそうな、手負いの狼のようなルーヴを連れていなかったら、ゆっくり散策でもしたかった。


 空中庭園の隅の大きな木の下で、ルーヴは立ち止まった。


 「――それで、お話とは何でしょう」

 「……その前に、まずはこれを」


 リリスは、制服の下からネックレスを引っ張り出した。

 血のように紅い宝石が輝くこのネックレスを見て、ルーヴはとうとう唸り声を上げた。


 まるで、本物の狼のような唸り声だ。


 リリスの肩が、ビクッと小さく跳ねた。気が付かれただろうか、と恐る恐るルーヴを見たが、ルーヴの鋭い視線はネックレスに注がれていた。


 「……それを、どうするつもりですか?」

 「……こうします」


 警戒するルーヴの目の前で、リリスはこの宝石を魔法で破壊した。リリスとルーヴの間で結ばれていた隷属魔法が、破棄された瞬間だった。


 本来なら、隷属魔法は、聖女の特別な力によって解除される筈であった。

 ルーヴに巻き付いていた、透明な魔法の鎖が消え失せた。

 長年の縛りから解き放たれたルーヴは、フルフルと身を震わせる。まるで、狼が毛を震わせて身震いするような動きだ。ほぅ、と息を吐くと、ルーヴはリリスを睨んだ。


 「――どういうつもりだ?」

 「……お手紙にも書いたように、ルーヴ様には大変ご迷惑をお掛けしました。謝っても許されることではないと、承知しております。それでも……」


 リリスはここで言葉を区切って、ルーヴの瞳を見た。

 誠意が伝わりますように、と切に祈った。


 その時だった。足に限界が訪れる。カクンと膝が折れた。


 「誠に、申し訳ございませんでした」

 「――ッ⁉」


 リリスは地面に伏しながら、誠心誠意、謝罪した。

 ルーヴはビク、と身を震わせて、愕然とした。


 「――な、んだ……それは」


 ルーヴの困惑も致し方ない。この姿は、彼には見慣れないものだろう。

 これは日本では、『土下座』と呼ばれる謝罪スタイルだ。


 リリスは頭を上げず言った。


 「……とある島国の最大の謝罪の礼式ですわ」

 「は……⁉」


 公爵令嬢が侯爵子息に土下座をするなど、お父様が見たら気を失っているだろう。


 でもリリスは、ルーヴを奴隷のように扱っていたのだ。

 意図せず土下座してしまったが、リリスの行いは土下座するに値する。

 というか、きっと、土下座でも許してもらえない。


 リリスは、土下座したままカタカタと振るえた。


 隷属魔法が解除された今、彼の心次第では、この場で、八つ裂きにされるかもしれない。

 リリスは覚悟を決めて目を瞑る。しかし、怖れていたような衝撃と痛みは訪れなかった。


 恐る恐る頭を上げた。


 ルーヴは憎悪と当惑の入り混じった、複雑な顔でリリスを見ていた。


 「……二度と目の前に現れるな」


 歯ぎしりの合間から出たような唸り声でそう言い残すと、ルーヴはリリスの前から立ち去った。

 ルーヴの姿が見えなくなるまで息を詰めていたリリスはやっと大きく息を吐いた。


 「……はぁ」


 心の中では「生き延びた」という安堵が広がっていた。

 それと同時に、ルーヴのあの顔が忘れられなかった。


 彼は、持って生まれた体質の所為で、実の親からも疎まれていた。

 だから、リリスが隷属契約をした時も、何も言わなかった。むしろ、レイヴィンズ公爵家と接点が持てたと喜んでいたらしい。


 リリスは泣きたくなった。


 (いいえ。わたくしには、そんな資格はありませんわ)


 始業の五分前を知らせる鐘が鳴った。

 慌てて立ち上がる。しかし、わたわたと腕を動かしただけで、リリスは地面に座り込んだままだった。


 「……えっ⁉」


 何度も足に力を入れる。しかし、足は言うことを聞かない。

 というか、腰がまったく持ち上がらなかった。


 「た、立てませんわ!」


 完全に腰が抜けていた。


 「悔い改めてから、初めての授業ですのにぃ!」


 リリスの叫びは学園に木霊した。





最後までお読みいただきありがとうございます。

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