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14 悪女、魔法薬を煎じます。

どうぞよろしくお願いいたします。

 オラティオとの関係をこのままで良いのだろうか、と自問自答した日から数日。

 リリスは、猫探しは一旦、諦めて魔法薬の開発に着手していた。


 もとより、リリスは毒薬作りが得意だ。


 どんな良薬も度が過ぎれば劇薬となる。また、その逆も然り。

 毒薬も服用の次第によっては薬となる。


 初めにリリスは、学園の図書室で魔法薬学の専門書を片っ端から読み漁り、オラティオの病を治す薬がないだろうかと探した。

 しかし、そんなものがあれば、オラティオが今まで苦しむこともなかったのだ。


 そして、聖女の入学を待ち、彼の病を治してもらうという案も、現状、微妙なところだと気が付いた。

 聖女の性格からして、治してくれないということはないだろう。しかし、彼女は正体を隠して魔界に潜入してくるのだ。


 リリスが聖女の正体を知っていると、どう説明するのか。

 前世の話など荒唐無稽な話を説明するのか?

 そもそも、魔族と人間は敵対――人間たちから見て――している。

 敵だらけの学園で、突然、正体がバレたとなっては、聖女やその従者がどのような対応をとるかわからない。


 万一、リリスの話を信じてくれたとして、オラティオの病を治してもらえたとする。

また、魔界か人間界のどちらかを選ばないといけないと苦悩している聖女と、ゲーム知識のあるリリスは、協力体制が組める可能性も高くなるだろう。

 聖女と協力体制を組めれば、魔族と人間の共存の道も開けるかもしれない。


 そう考えると、良いこと尽くめのように感じるが、しかし、その場合の問題はやはりディレットだった。

 魔界と人間界の両方に恨みを持つ彼がどう出るかが読めなかった。

 ゲームの原作にない動きをされてしまうと、リリスも手の出しようがない。


 聖女の正体を知っているということのみを明かし、オラティオの病を治してもらうというということも考えたが、それでは、リリスばかりが聖女を利用しているようで気が引けた。

 いずれにしても、今すぐには頼れない。

 聖女に頼るのは最後の手段だ。


 ということで、リリスは、オラティオの病を治す魔法薬を作ろうと決意したのだった。


 リリスは、鍋の中身をぐるぐるとかき混ぜていた杓子を引き上げると、額の汗を拭った。高温の鍋の前に長時間居たので熱かった。

 鍋からは紫色と緑色の二色の煙が、不思議な円を描きながら立ち上っていた。

 これは試作第三号となる魔法薬だった。


 「ふ~……。さて、このまま自然に熱を冷まして……っと」

 「――おい」

 「きゃあ⁉」


 リリスは背後からいきなり声を掛けられて飛び上がった。

 その拍子に、机にぶつかる。


 「おいっ、危ないぞ! また、火事になったらどうするつもりだ⁉」


 見れば、ルーヴがぐらぐら揺れる机を押さえていた。彼は怒ったように言った。

 ルーヴが押さえていなかったら、まだ解除していなかった熱魔法陣に、危うく魔法薬や材料をぶちまける所だった。

 リリスは、慌てて魔法陣を解除した。


 「ルーヴが急に声を掛けるからですわ! それと、恐ろしいことを言わないでくださいませ」


 一度、火の不始末で火事に巻き込まれた前科がある身としては、ルーヴの発言は怖かった。

 涙交じりに頬を膨らませる。


 リリスは幼い頃の出来事の――火刑に処されそうになった――所為で、火が恐ろしかった。

 昔のリリスは気にしていなかった風もあったが、結局、火事に巻き込まれて昏睡状態になった挙句、トラウマと共に前世の記憶を思い出したくらいなので、深層心理に深く刻まれているのだろう。

 よって、火を恐れたからこそ、今回は、火炎魔法は使わずに熱魔法で加熱していたのだが、これも完全に火事を防げるかと言えば、そうでもない。

 高温になれば加熱している物から発火したりする。

 そう言う訳で、リリスはこれでも用心して魔法薬を煎じていた。


 「お前が、声を掛けろと前に言ったんだろう」


 ルーヴは不機嫌に眉を寄せ、腕を組む。


 「言いましたが……。気配なく、後ろに居ないで欲しかったですわ」

 「注文が多いな」

 「そうでもないと思うのですが……」


 面倒くさそうに言うルーヴに、リリスは困った顔をした。

 『お友達』になってからというもの、ルーヴは時折、こうしてリリスの様子を見に来るようになった。特に用はないらしく、一言二言話して居なくなることもあれば、この前のように手伝ってくれたりもする。

 ただし、その登場が脈絡もなく急なので、リリスは毎度飛び上がるはめになるのだ。

 ちなみに、昼食は相変わらず、毎日一緒にとっている。


 「それで、猫探しを止めたかと思えば、今度は何をしているんだ?」

 「見ての通りですわ」


 リリスは鍋に手を向けて、自信満々に胸を張って言った。

 今回の魔法薬は自信作だった。

 ルーヴは益々怪訝そうな顔になる。


 「つまり、毒を作っていると?」

 「違いますわ!」


 至極真面目に聞いてくるルーヴに、リリスは憤慨した。しかし、ハッとすると、小さく咳をして誤魔化す。思わず、公爵令嬢らしからぬ大きな声が出てしまった。


 「コホン。これは、医療用の魔法薬ですわ。こちらは、解熱と痛み止めの作用を強めに出してみたものですの」


 ルーヴは、そうか、と頷いた。しかし、また眉を寄せた。


 「生徒の間では、お前がまた毒薬作りを始めたと噂になっているぞ」

 「…………ええ」


 ルーヴの言葉に、リリスはどんよりとした顔で、顔を手で覆った。

 そうなのだ。悔い改めたというのにも関わらず、相変わらず悪女の噂は消えないどころか、リリスが何かをする度に増えていく。


 (ま、まぁ、わたくしがしてきたことは、そう簡単に消える罪ではありませんが……)


 それでも、もう少しマシな噂は流れないものかと、ここ最近のリリスは頭を悩ませていた。


 「……どこか、悪いところがあるのか?」


 ルーヴは、頭を押さえて嘆くリリスを眺めていたが、小さな声でポツリと言った。


 「え?」


 その声に心配が滲んでいるように感じて、リリスは驚いて彼を見た。

 ルーヴはいつも通りの無表情だったが、彼の黄色い瞳はリリスの体調を窺うように観察していた。


 「体調が悪いから作っているんだろう。それなら、もう休んだ方が良い。魔法薬なら俺が作る」


 そう言い終わらない内に、ルーヴはリリスを抱え上げた。お暇様抱っこなどロマンチックなものではない。胴体を雑に持ち上げる――所謂、俵担ぎだった。ルーヴの特等席へ連れて行ってくれるときもそうだが、ルーヴがリリスを抱えるときはいつもこのスタイルだ。


 問答無用で医務室へ連れて行こうとするルーヴに、リリスは慌てた。彼はスタスタと、リリスの体重を感じていないかのように軽々歩いて行く。


 「ち、違いますわ! お兄様の病を治す薬を開発しているのです! だから、降ろしてくださいまし!」


 リリスの必死の訴えに、ルーヴは実験室の扉の前でやっと立ち止まると、彼女を降ろした。

 足の裏に床を感じて、リリスはほっと胸を撫でおろす。ルーヴは細身だが、しっかり筋肉がついているので担がれても安定感がある。しかし、何度担がれても未だ慣れなかった。


 「兄の? ……今まで毛嫌いしていたというのに……いや、悔い改めたんだったな」


 一方、ルーヴはリリスを不思議そうな顔で見ていたが、思い出したように言い直した。

 リリスは悔い改めたことを、ルーヴがきちんと覚えていてくれたことに感動した。それくらい、誰も信じてくれないのだ。


 「だが、確か、お前の兄の病は不治のものだと聞いたことがある」


 嬉しくなったのも束の間、ルーヴの言葉に、リリスは顔を曇らせる。


 「ええ……そうですわ」

 「そんなもの、開発出来るのか?」

 「それは……難しいと、思いますわ」


 オラティオの病――ドロルモリアは、現在、その治療法はない。

 発症から現在まで、レイヴィンズ公爵家のお抱え医者による治療が施されているが、それでも、改善は見られない。


 リリスは、この病の完治薬を開発しようとしているが、実際のところ、実現は可能かどうかわからない。――否、ほぼ不可能だろう。

 毒もとい、魔法薬作りが得意なリリスだからこそ、その困難さがわかる。


 リリスは粗熱を取っている最中の鍋に近づいて中の様子を確認した。ルーヴもリリスの後についてくる。

 リリスは赤紫色の液体を杓子でぐるぐると混ぜながら静かに口を開いた。


 「……わたくし、お兄様のことが大好きなのですわ」


 唐突な告白に、ルーヴが困惑した。


 「今まで嫌ってきた分、お兄様のことを大切にしたいと思っていますの。だから、たとえ不可能であっても、諦めたくないのですわ」


 前世で死ぬ直前まで握りしめていたくらいに、『ギルティ・ラブ』は大好きな作品なのだ。その登場キャラも当然、大好きだった。……まぁ、リリスのことはあまり好きではなかったのだが。

 昔は画面越しからしか彼らを応援出来なかったが、今は手を伸ばした先に彼らが居る。


 それは、なんと素晴らしいことなのだろう。


 リリスに生まれ変わっていなかったら、三日三晩踊り狂うくらいに喜んでいただろう。

 だから、リリスは出来る限りキャラクターたちの力になりたかった。

 そして出来ることならば、ゲームのその先の世界を一緒に生きたい。


 「……そうか」


 それから、瓶詰めが終わるまで二人は作業をした。ルーヴは粗熱をとっている間もリリスの傍に居た。何度か、帰って良いと告げたのだが、「いい」と言ってリリスを手伝い続けた。

 後片付けまで済ませて、二人は実験室を出た。


 ルーヴは馬車まで送ってくれた。

 リリスは踏み台に足を掛けて、「あっ」と声を出してルーヴを振り返った。

 大切なことを思い出したのだ。


 「先程、お兄様が大好きだと言いましたが、ルーヴのことも大好きですわよ」


 リリスはそう言って微笑んだ。

 その後は、従者の迷惑にならないように素早く中に乗り込んだ。


 「は⁉」


 目を見開くルーヴを置いて、馬車は発車した。


 「それでは、また明日。ごきげんよう」


 馬車の窓から優雅に手を振って、リリスは帰宅の路についた。


     ***


 ルーヴは前髪をくしゃりと握った。


 (まったく、人の気も知らないで……)


 言いたいことを言うだけ言って、さっさと帰ってしまったリリスに溜息を吐く。


 「……俺も、今のお前は…………嫌いじゃない」


 ルーヴの呟きは誰にも聞かれずに、夕闇に消えていった。





最後までお読みいただきありがとうございます。

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