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13 悪女、猫を探します。

どうぞよろしくお願いいたします。

 「にゃ~ん、どこですかにゃ~?」


 放課後の学園で、人気がないことを良いことに、悪役公爵令嬢リリス・レイヴィンズは、生垣の隙間に頭を突っ込んで探し物――もとい、猫探しをしていた。


 前世の記憶が蘇ったリリスは、悪女に相応しい残酷極まる死亡エンドの運命を変える為に奔走した。

手始めに、一番、最悪な因縁を持つルーヴ・アルバラードに土下座した。その後、事件に巻き込まれるなどの紆余曲折あったが、無事、彼と和解することが出来た。

 この調子で己の所業を悔い改めて行こうと、決意を新たにしたところで、リリスは思い出したのだ。


 ――この世界が、ヒロインである聖女の選択によっては、世界が滅亡するということを。


 これでは、死亡フラグを回避したとしても、世界が滅亡してしまえば意味はない。

 そんな事情から、リリスは魔界滅亡を阻止すべく、猫探しに精を出していた。

 ずぼっ、と生垣から頭を引き抜き、腰に手を当てて溜息を吐く。


 「ふ~……、どこにも居ませんわね……」

 「何が居ないんだ?」

 「猫ちゃんですわ」


 何も考えずに答えてしまったが、リリスは首を傾げる。この場には自分しかいなかった筈だ。リリスはゆっくりと振り返る。そして、猫のように飛び上がった。


 「――ルーヴ!」


 リリスの背後には、腕を組んで怪訝そうに眉を歪めるルーヴが居た。

 まったく、気配がしなかった。

 狼人の姿になれるルーヴは、身体能力が普通の魔族よりもずば抜けている。気配を消しての行動も造作もない。とはいえ、無言で近づかれて、いきなり声を掛けられたら驚くではないか。


 「居るなら、先に声を掛けてくださいませ」


 リリスは早鐘を鳴らす胸を押さえた。


 「取り込み中かと思ってな」


 そう首を竦めるルーヴに、リリスは困ったように眉をハの字にした。

 確かに、取り込み中ではあったのだが、声はかけて欲しかった。


 「一体、いつからそこに居たのですか?」

 「そこの生垣に頭を突っ込んだところからだ」

 「初めからではないですか!」


 和解して友達になれたとはいえ、リリスは、ルーヴに生垣に頭を突っ込んでいるところを披露したくはなかった。

 しかし、そんな乙女心を、無骨なルーヴが理解出来る訳がなかった。更には――


 「髪に枝葉が付いているが、それでいいのか?」


 と指摘され、リリスはまたも飛び上がった。


 「もっと早く言ってくださいまし!」


 パパパ、と髪から枝と葉を取り除くと、顔を赤らめてルーヴを睨んだ。


 「……で、何故、猫を探している?」


 そんなリリスのじっとりとした視線を軽々と躱したルーヴは質問を重ねる。

 猫を探す理由、それは――


 (その猫ちゃんの首輪に、この学園に眠る魔界の神殿へ続く扉のヒントが、隠されているから……なんて、言えませんわ!)


 この学園には、長年住み着いている猫が居る。

 正しくは、猫のような姿をしている、魔力が複雑に絡み合って出来た亡霊のような存在なのだが、ゲームでは、聖女は偶々この猫の首輪に付いたヒントを目にして、学園中に隠されているヒント探しを始めるのだ。

 魔界の滅亡を何としても阻止したいリリスは、ちょっと狡いがその首輪を取り替えさせてもらうことにした。勿論、世界が救われた暁には、その首輪はちゃんと返す予定だ。

 しかし、馬鹿正直にそんな話をする訳にはいかない。

 答えに窮したリリスは、苦し紛れに口を開いた。


 「そ、それは……わ、わたくし、猫ちゃんが大好きなのですわ!」


 しかし、ルーヴは更に疑問を深めたようだった。顎に手を当てて、首を捻る。


 「……? 猫は嫌いだっただろう?」


 (そ、そうでしたわ! 昔のリリスは猫が大っ嫌いで、視界に入れるのも嫌がってたのですわ!)


 前世の記憶が戻ってからというもの、前世――今のリリスの人格は昔のリリスと感覚が違うので、好みや言動をどうにも忘れがちだった。


 「つ、つい最近、猫ちゃんの愛くるしさに目覚めましたの!」


 リリスは胸の前で手を握って力説した。当然、嘘だ。リリスは前世では猫を飼っていた。もはや、猫の奴隷になるほど、猫は大好きだった。


 「……そうか」


 ルーヴは暫く考えるように黙り込んでいたが、頷いた。

 どうにか、取り繕えただろうか?

 一応は納得してくれたようで、リリスは、ほっと胸を撫でおろした。

 ルーヴは夕暮れ時の曇天を見上げて匂いを嗅ぐような仕草をした。そして、リリスを見る。


 「……あっちだ」

 「え?」


 あっち、とは何のことだろうか。リリスは、こてん、と小首を傾げた。


 「だから、猫だ。あっちから匂いがする。正確には、あの猫の魔力の匂いだが」


 ルーヴはいつもの無表情のまま、親指で学園の東を指差した。


 「ルーヴ、猫ちゃん探しを手伝ってくださるのですか?」


 リリスは顔を輝かした。獣以上に感覚の優れたルーヴが居れば、猫探しもあっという間に終わるに違いない。


 「……行くぞ」


 ルーヴはリリスに背を向け、彼女を見ずにぶっきらぼうに言った。そして、リリスを置いて歩き出す。

 リリスは、ふふ、と微笑むと小走りでルーヴについて行った。


     *


 ルーヴの嗅覚で追跡した結果、件の猫は中庭のベンチの上で丸まって眠っていた。モフモフとした全身黒い毛並みは時折、煙のように毛先が霞んで消える。

 あの不思議な毛並みは一体、どんな触り心地がするのだろう?


 (あ! 今、後ろ足で耳を掻きましたわ!)


 それにしても、可愛らし過ぎる。


 「ふわああ!」


 リリスは、感嘆の声を上げて見悶えた。

 リリスは今、木の陰に身を隠している。

 何故、隠れているのかというと、この猫は中々懐かないということで有名だったからだ。


 (聖女様には、すぐに懐いてしまうんですけれどね……)


 何とも羨ましい話だ。

 足に擦り寄って来て、ゴロゴロと喉鳴らし、甘える様を思い描いてリリスは顔を綻ばせる。


 「で、いつまでそうしているつもりだ?」


 いつまでたっても動き出さないでいるリリスを見かねたルーヴが言った。


 「わ、わかっていますわ……」


 ルーヴを木陰に残し、リリスは出来る限り気配を消して、猫ににじり寄る。取り替える首輪も――ルーヴに見えないように自分の体で隠して――魔法で取り出して準備万端だ。


 一番の目的は首輪の取り換えだが、あわよくば、モフモフしたい。


 そんな邪念が伝わったのか、猫はピクリと鼻を動かすと顔を上げた。猫まであとおよそ一メートルという距離だった。

 猫の宝石のように輝く赤い瞳と目が合う。

 リリスは、にこ、とぎこちなく笑った。


 「うふふ。ごきげんよう、猫ちゃん。ほ~ら、怖くないですわよ。少しだけ、触らせてくださいね~」


 リリスはじりじりと距離を詰めた。嬉しいことに猫は逃げなかった。


 (こ、これは、ひとモフりも夢ではないのでは……⁉)


 期待交じりに、リリスは猫へ手を伸ばした。

 猫に指先が触れるか触れないかのところで猫は――、ぐわっと歯を剥き出した。


 「フシャー!」

 「きゃああああ⁉」


 盛大に威嚇した猫は、がぶーっとリリスの手に噛みつく。しかも、それだけではなく、リリスへ飛び掛かったかと思えば、彼女の額を後ろ足で蹴って逃げて行った。リリスはその勢いで尻もちを付く。


 「ああ~! 行ってしまいましたわ……」


 ひとモフりなど、淡く儚い夢だった。


 リリスは地面にぺたんと座り込みながら、蹴られた場所を片手で押さえ、歯形に血の滲む、もう片手で猫に追い縋った。猫は一度、振り返ったが、再び威嚇して煙が消えるように掻き消えた。


 「おい、怪我を見せてみろ」


 駆け寄ったルーヴがリリスの手をとり、その怪我の具合を確認する。

 怪我は僅かに血が滲む程度で、深くはなかった。額は肉球の後が付いていただけだった。


 「まさか、噛まれた挙句、蹴られるとまでは思わなかったが……逃げられるとは思っていた」


 怪我の程度が大したことがないと確認したルーヴは、リリスを助け起こしながら言った。


 「昔、あの猫を嫌って魔法で攻撃していただろう。辛うじて、当たってはいなかったが……。そんなことしていたら、嫌われるのも当然だろう」

 「ああ~、わたくしの馬鹿ぁ~!」


 昔のリリスはなんてことをしてくれたのだろう。

 否、彼女の悪行はこれだけではないのだが、リリスは改めてそう嘆いた。


     *


 リリスは屋敷に帰り着いて、溜息を吐いた。

 医務室で治癒魔法をかけてもらったので、手から猫の歯形はすっかり消えてなくなっていたが、大好きな猫に全力で拒否された心の傷は癒えていなかった。


 あれから結局、猫には会えなかった。

 流石、魔力から生まれた猫だ。

ルーヴの嗅覚を使っても、もう追跡出来なかったのだ。彼によると、魔法で隠れてしまったとのことだった。


 リリスは、自室までとぼとぼと歩いた。

 猫の首輪以外のヒントに細工するのは、実は、ここ数日の間に、すべてではないが完了していた。

 それでも、猫に近づいたのは、聖女がヒントに気が付くイベントの芽を摘んでしまおうと考えたからだった。


 ……決して、猫をモフモフしたかったからとかではない。決して。


 すべてではないのは、学園には、人間界側の――教会のスパイであるディレットが居るからだ。

 ヒントはすべてが揃わないと、扉がどこにあるのかわからないようになっている。

 故に、リリスは一部だけ変更させてもらったのだ。

 ディレットは、リリスが神殿への知識を持っているとは知らないだろうが、不審な行動が多ければ、何かしら嗅ぎつけられてしまう可能性がある。

 飄々としたチャラ男を気取っているディレットだが、その裏では抜け目なく情報収集をしているらしかった。


 前回の事件では、その情報で助かったのだが、この件を彼に知られるのは非常に不味い。

 何せ、世界滅亡エンドはディレットが大いに関わっているからである。

 それだけではない。魔界滅亡エンドでも彼は、教会の使者として聖女の協力者として神殿探しを手伝う。

 今後、彼の対策を考えないといけない。

 リリスは頭が痛かった。


 ちなみに、現時点で、リリスは神殿へ続く扉も確認済みだ。


 リリスはその時のことを思い出した。

 ディレットが体調不良で休みだった日に、これ幸いとリリスは神殿への扉へ向かった。

 西の塔の、一番上から六段目の階段の壁に隠し扉が開く細工がある。燭台を下へ動かすと人一人が通れる隙間が出来る。その中が隠し部屋だ。


 隠し部屋は埃が厚く積もっており、もう何年も誰もこの部屋に訪れていないことが窺い知れた。

 塔の外――本来なら空中である筈の場所に隠し部屋があることも驚きだが、魔界の地下にある神殿への扉がこんな高い場所にあるなんて誰が思うだろうか。

 それも含めて探す者を欺く為のものなのだろう。


 そして、肝心の扉は部屋の真ん中に掛けられてある、学園を描いた絵画を外した裏にあった。

 鍵で堅く閉じられており、こちらも、誰かが通った形跡はなかった。

 それを確認して、一先ず安心したリリスは、何食わぬ顔で日常生活へ戻ったのだ。

 そこまで考えたところだった。


 右前方の扉がゆっくり開いたので、リリスは足を止めた。

 綺麗な青緑色の髪に、切れ長の青い瞳。

 青白い肌の魔族の中でも一際、青白い肌。

 部屋から出て来たのは、兄のオラティオだった。

 リリスは緊張した。


 「あ……お兄様、ただいま戻りました」


 オラティオはリリスを一瞥したが、何も言わずにリリスとは逆方向へ歩いて行った。

 リリスは何か話しかけようと口を開いたが、結局、声を掛けられずに、オラティオの背を見詰めるだけに終わった。

 己の所業を悔い改めてからというもの、オラティオとは対話を試みていたが、すべて空振りに終わっていた。

 前のリリス時代から考えても、会話はあのヴィンセントよりも少なかった。

 ヴィンセントは冷淡だが、興味が向けば話は聞いてくれる。

 一方、オラティオは無気力で、リリスのことには一切興味がない。リリスは常に空気として扱われていた。否――


 (空気として扱われていたのは、お兄様の方ですわ……)


 前のリリスは、オラティオは「穀潰しの上に、魅力の欠片もない、冴えない男」と評して毛嫌いしていた。


 オラティオ・レイヴィンズ。

 レイヴィンズ公爵家の跡取りで、リリスの一つ上の十七歳。ヴィンセントとは同級になる。

 リリスの腹違いの兄で、人間とのハーフであるリリスとは違い、オラティオはレイヴィンズ公爵とその妻との間に生まれた子だった。


 『ギルティ・ラブ』の攻略キャラだ。

 オラティオは、若くして亡くなった母親と同じ不治の病に罹っており、学校は休みがちだった。

 ゲームでは、聖女の祈りの力でオラティオの病は癒える。

 リリスは、長年の冷遇と、聖女を傷つけたことでオラティオの怒りを買い、屋敷の地下牢に監禁されて、最後は餓死する。

 不衛生な環境の中、まともに食べ物も与えてもらえず、リリスはたったひとりで死にゆくのだ。


 ひもじい思いをしながら、ガリガリになっていく自分を想像し、リリスはブルブルと身震いした。

 食い意地を張っているつもりはないが、美味しいものを美味しく頂いて生きていきたい。


 (何としても、死亡フラグを折らなくてはいけませんわ!)


 それと、これとは別件だが、オラティオの件で、決して見過ごせない問題があった。

リリスは顔を曇らせた。


 (お兄様の余命はあと幾ばくもないのですわ……)


 オラティオは、聖女が入学してから半年も経たずに、ベッドから起きることもままならなくなってしまうのだ。

 つまり、現在の時点で、余命は一年を切っていることになる。


 (聖女様が入学されたら、何とか、お兄様の病を治していただかなくては)


 しかし、本当にそれでいいのか?

 リリスは自問自答した。

 彼の病は発熱と倦怠感、咳を繰り返す。

 しかも、内から針で指すように、常に骨が痛むという。

 オラティオは何も言わないが、今も、たった一人で病の苦しみと戦っている。

 リリスは誰も居なくなった廊下を見詰めた。





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