12 事件が終結しました。
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12 事件が終結しました。
必死のリリスが、血だらけのルーヴに魔力を注ぎこんでいる姿を、静かに見ている影があった。
「…………」
その人物は、リリスを手伝うこともなく、ただ、憎悪が滲む目でリリスを冷ややかに見てる。
バタバタと、騒ぎを聞きつけて集まって来る足音が近づいて来た。
その人物は、最後にもう一度、リリスを睨みつけると魔法で姿を消した。
*
遅れて、騒ぎを聞きつけてやって来た教師たちは、その惨状に絶句した。
石壁や金属製の扉が破壊され、至るところがボロボロの教室には、三者が居た。
全身から血を流し、虫の息と思われるルーヴ。
負傷しながらも、泣きそうな顔でルーヴに魔力を注いでいるリリス。
壁にもたれて気絶しているオット。
すぐに救護団が駆けつけて、全員の治療が始まった。
唯一、意識のあったリリスの証言により、オットは拘束された。
禁忌の凶化薬の所持と使用。
すぐさま、その調査が始まり、オットは逮捕され、僻地にある監獄に収監された。
終身刑の重罪だった。
気になるのは、凶化薬について、オットが妙な証言をしていることだ。
オットは、凶化薬は『黒い魔族』から受け取ったというのだ。
これがあれば、憎き『獣落ち』を殺し、リリスを手に入れられる、と唆されたのだと。
しかし、ルーヴは凶化薬の影響で殺害は出来るかもしれないが、リリスを手に入れるとはどういうことか。
この事件は、多くの謎を残したまま終結した。
その後、リリスはというと、過保護な父により屋敷に軟禁された。
深くはないものの傷を負ったリリスに、父は大激怒した。今すぐにも、オットの首を刎ねようとする父を宥めるのにリリスは大変苦労し、その代りに屋敷軟禁を受け入れたのだった。
*
天気は、魔界には珍しく快晴。
学園――城の屋根に上ったリリスは、感嘆の声を上げた。
王都とその奥の森が見渡せ、少し目を下に向けたら、学園の城と空中庭園、薔薇園が見える。
最高の絶景だった。
リリスはルーヴに支えられ、この絶景を堪能した。
「素晴らしいですわ! ルーヴは、いつもこの景色を独り占めしていたのですわね!」
「まぁな」
ここは、ルーヴのお気に入りの場所だった。
誰も咎める人もおらず、暫くそうして景色を二人で眺めていたが、不意に、リリスはくしゃみをした。
「ここは冷える。もう、降りるぞ」
そう言ったルーヴは、リリスをひょいと抱えると、身軽な動作で屋根から降りた。
「もうちょっと、見ていたかったですわ」
「また、連れて行ってやるから、我慢しろ」
不満そうに口を尖らせたリリスに、ルーヴは無愛想に言った。
二人は、空中庭園のいつもの場所に陣取り、リリスは、改まって頭を下げた。
「まずは……、お見舞いに行けず、申し訳ありませんでした」
「別に、気にしていない。それより、お前の怪我は大丈夫だったのか?」
リリスもオットの魔法が掠めて脇腹を痛めていた。しかし、持ち前の魔力の高さから、傷跡も残らず回復していた。
「平気ですわ。ルーヴこそ、もう大丈夫なのですか?」
「ああ。問題ない。あの時は、もう死んでもいいかと思ったが……今は、俺を生かしてくれたお前に感謝している」
眉を下げているリリスに、ルーヴは言った。
ルーヴはリリスの必死の処置のお陰で、奇跡的に死の縁から生還していた。
そして、リリスの魔力で、驚異的なスピードで回復したルーヴは、学園に再び通えるようになったのだ。
リリスは、しゅん、としていたが、パン、と手を打つと気分を切り替えた。いつまでも、うじうじしていられない。この通り、ルーヴは元気なのだ。
聴覚の良いルーヴは、ビク、とした。
それに、なんたって、今日はお祝いだ。
テキパキと準備をすると、じゃーん、と手を広げて、リリスは、得意満面の笑みを浮かべる。
「――さぁ! 今日は、ルーヴの快気祝いですわよ!」
リリスは朝だけではなく、前の日の夜から、張り切ってご馳走を作って来たのだ。
目の前に並ぶ料理の数々に、ルーヴは見開いた。そして、呆れたように息を吐いた。
「……お前、これだけ喰うつもりなのか?」
「何を言っているのですか? これは全部、ルーヴが食べるものですわよ!」
リリスは、一体、何を言っているのかと首を傾げた。
「…………」
ルーヴは、何かを言いたそうに顔を顰めていたが、首を振った。そして、リリスが差し出した皿を受け取るとご馳走に齧り付いた。
「どうですか?」
「……美味い」
「えっ……」
リリスは口に手を当て、信じられないと言った表情で固まった。
「なんだ、妙な顔をして」
「わたくし、初めて、美味しいって言われましたわ……!」
リリスは、感動に顔を赤らめた。
ルーヴは、リリスから目を逸らした。耳が僅かに赤く染まっている。
「…………そうだったか?」
「ええ! ええ! もっと、いっぱい食べてくださいませ!」
リリスは笑顔で、ひょいひょいと、トングで料理を掴み、ルーヴの皿に乗せる。
「おいっ、それは流石に盛り過ぎだ!」
「大丈夫ですわ! なんたって、ルーヴは育ち盛りなんですもの!」
「それを言うならお前もだろう!」
「わたくしは良いのですわ……。うふふ……」
リリスは遠い目で微笑んだ。
ルーヴは自分の失言に気が付いたのか、口を噤んだ。
リリスは屋敷に軟禁されている間、料理研究に精を出していた。味見を繰り返し、お陰様で体重が増えた。それでも、ルーヴが美味しいと言ってくれただけで報われる。
(体重増加も無駄ではなかったですわね……)
暫く、二人は他愛ない会話をしながら和やかに食事をしていたが、ふと、ルーヴが黙った。
「どうしました?」
「……オレが退学にならないよう、口添えしてくれたらしいな」
今回の件で、やはり、『獣落ち』は危険だと、教師や保護者の間で声が上がったのだ。
それを黙らせたのは、娘にめっぽう甘いレイヴィンズ公爵とその令嬢リリスだった。
「ルーヴは被害者ですわよ。それを退学なんて、おかしいではありませんか」
当時のことを思い出して、リリスは憤慨した。
ルーヴは小さく言った。
「……助かった」
「当然のことをしたまでですわ」
リリスは、ふん、と荒い息を吐いた。
「それと……」
ルーヴは、何かを思い出すように言った。
「……あの時、お前は俺のことを一番の友達だと言っただろう」
あの時。
それは、オットの所為でルーヴが凶暴化していた時の話だった。
「え……、覚えているのですか?」
リリスは驚いた。てっきり、凶暴化している時の記憶はないものだと思っていた。
しかし、ルーヴは首を振る。
「すべてではない。……だが、その部分はよく覚えている」
そして、リリスの目をじっと見た。
真剣で純粋な目だった。
「……嬉しかった。友達など、今まで居たことがなかったからな」
リリスは目を丸くしたが、ふ、と微笑んだ。とても優しく慈悲深い笑みだった。
「奇遇ですわね。わたくしもですわ。わたくしたち、似た者同士ですわね」
「フ、……そうだな」
ルーヴは目を細めた。
結局、ルーヴは大量にあった料理を食べ尽した。しかも、デザートまでぺろりである。
リリスは綺麗になった皿を見て大満足だった。
食後の紅茶を淹れて、二人でゆっくりと残りの時間を過ごす。
あ、とリリスは急に思い出した。
「そうでしたわ。ルーヴ、もう、リリス、とは呼んでくださらないのですか?」
「は⁉」
ルーヴは紅茶を噴き出した。ゲホゴホと咳をする。
「だ、大丈夫ですか?」
リリスはお手製の、綺麗な刺繍の施されたハンカチを差し出した。
しかし、ルーヴはそれを手で制した。
「いい……。……いきなり変なこと言うな」
「え、でも、あの事件の時、リリスと名前で呼んでくださったではないですか」
死を覚悟したルーヴは、リリスのことを名前で呼んだ。
「……気の所為じゃないか?」
「そんなことありませんわ! ほら、耳が赤くなってますわよ! 覚えているのでしょう⁉」
「……それがどうした」
ルーヴの照れを指摘すると、彼は開き直った。
リリスはおかしくなって、ふふふ、と笑うと、穏やかに言った。
「これからも、そう呼んで欲しいですわ」
「……考えておく」
ルーヴは、リリスを見ずに紅茶を飲んだ。
*
「――如何されましたか? 殿下」
城のとある窓から、リリスたちを見ていたヴィンセントは、従者のカルロに声をかけられて振り返った。
歩み寄ったカルロが、窓の外を覗いて、ああ、と呟いた。
「リリス嬢ですか。この度は大変だったようですね。今までの所業を悔い改めたかと思ったら、大事件に巻き込まれて……」
「そのようだな」
「今回のことも何も仰らないつもりですか?」
そう言うカルロの声には、やや非難が混じっている。
ヴィンセントの傍に仕えているカルロは、何かと問題の多いヴィンセントの婚約者について言いたいことが山程あるようだった。
「…………」
ヴィンセントは何も言わず、再び、笑い合うリリスとルーヴを見詰めた。
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