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10 犯人が判明しました。

どうぞよろしくお願いいたします。

 10 犯人が判明しました。



 リリスは、ここ数日、オットと昼食を取るようになっていた。


 オットの調査が目的だったのだが、一方で、オットもリリスとの食事を望んだ。

 オットは、今までひとりで食事をしていたが、実は、寂しかったのだろう。


 ベンチに並んで座り他愛のない話をしながら、リリスは罪悪感を押し殺した。自分の目的の為に、オットの気持ちを利用していると自覚していた。

 少し前に、空中庭園で食べないか、と提案されたことがあった。しかし、あそこで食べる気にはなれなかった。


 あの場所は、リリスとルーヴの場所なのだ。


 「毎朝、作っているんですよね?」


 オットは、リリスのランチボックスを覗いて言った。


 「ええ……でも、最近は作り甲斐がなくなってしまって……」


 最近は、ルーヴの食べっぷりを見るのが楽しみになっていたので、正直、物足りない。その所為か、食欲も落ちてきてしまった。

 よく食べる人の姿を見ていると、こちらも美味しく感じるのは何故だろう。


 「ああ、あの『獣落ち』に食べさせるために、作っていらっしゃったんですよね」

 「……ええ」


 相変わらず、オットは、ルーヴを『獣落ち』と呼ぶ。


 前に一度、訂正したのだが、結局、呼び方は変わらなかった。

 魔界での獣落ちの差別は、根強いのだと改めて感じさせられた。

 そんなリリスの落胆を知らないオットは、感心したように言葉を続ける。


 「レイヴィンズ様は、肉を食べられないというのに……お優しいことです」

 「そんなことありませんわ。わたくしが、ルーヴの食べる姿を見たかっただけですの」


 オットは、暫くリリスの顔を見ていたが、そうだ、と何かを思い出したように言った。


 「明日、屋敷のシェフがチェリーパイを作ると言っていたのです。何でも、良いチェリーが手に入ったとか。もしよろしければ、一緒に食べませんか?」

 「え?」


 こんな提案は、初めてのことだった。

 目を丸くするリリスに、オットは笑いかけた。


 「うちのシェフの作るチェリーパイは絶品なんですよ」


 リリスは少し考えたが、わざわざ断る理由はなかった。


 「では、お言葉に甘えて。……楽しみですわ」


 オットがリリスに毒を盛るつもりであるならば、現行犯で捕まえられるかもしれない。

 リリスは、内心の警戒を悟られないよう、嬉しそうに微笑んで見せた。


     *


 午後は、美術の授業だった。

 空中庭園で、ディレットとペアを組み、キャンパスに筆を走らせる。


 「リリス様、犯人は分かりましたか?」

 「いいえ……まだですわ」


 リリスは、溜息を吐いた。

 事件から二週間が経過していた。


 「おや、オット・トラースは犯人ではなかったのですね」


 リリスは話してもいいだろうかと少し考えた。しかし、情報提供者であるディレットには、知る権利はあると判断した。


 「……それが、わからなくて」


 リリスは、周囲に人気がないのを確認すると、今までの調査状況を話した。


 「――トラース様が、嘘を吐いた理由がわかりませんの」


 初めは、オットが厨房に忍び込み、リリスに毒を盛ったのかと思った。

 しかし、この数日オット接してみると、リリスへの悪意をまったく感じないのだ。

 何かの理由で厨房に出入りしたのなら、正直に話しても良いだろう。


 「確かに、犯人ではないのなら、嘘を吐く必要もないですしね」


 ディレットは、うーんと考え込んでいたが、不意に、ぐううぅと腹の音が鳴った。

 見ると、ディレットは、顔を赤らめて頬を掻いた。


 「……失礼。実は、昼食を食べ損ねまして……」

 「学園の使用人に頼めば、何か出してくださるかと思いますわ」

 「あ、いえ……学食以外の食事は別途料金がかかるでしょう? 恥ずかしながら、僕はただの商家の息子なので、それほど金は持っていないのです」


 学園には、優秀な成績を残すという約束で学費免除されているのだが、それ以外は自費で賄わなければならないらしい。


 「では、これはどうですか?」


 リリスは、魔法でランチボックスを取り出した。その中には手つかずのサンドイッチが入っていた。食欲が湧かず、残してしまったものだった。


 「持って帰るだけだったので、収納魔法をかけてしまいましたから、味はイマイチだと思いますが……あ! 勿論、毒は入っていませんわ! 不安であれば、わたくしが毒味を……!」


 そういえば、自分が毒を盛ったと噂になったばかりだった。リリスは慌てて言う。

 ディレットは、リリスの心配を余所に、カラカラと笑った。


 「いえいえ! 疑っていませんよ。では、ありがたくいただきます」


 ディレットは、リリスからサンドイッチを受け取ると、大きな口でぱくりと一口頬張る。


 「え⁉ 今、食べるのですか⁉」

 「だって、この通り誰も居ませんし、教師の見回りもさっきあったばかりではありませんか。少しぐらい大丈夫ですよ」


 そう言って、ディレットは、悪戯っ子のようにウインクした。もう一口食べる。


 「ん、美味い」

 「え? ですが……」


 魔法をかけてしまえば、食材は、漏れなく微妙な味になってしまうのだ。

 このサンドイッチも、作りたてと比べて随分と味が落ちている筈だ。


 「確かに、風味は落ちてしまっていますが、流石はレイヴィンズ公爵家ですね。良い食材を使っていらっしゃる。庶民の間で出回っているものより、ずっと美味いですよ」


 ディレットは唇に付いたソースをぺろりと舐めとった。


 「野菜がたっぷり使われていますね」

 「ええ、わたくし、お肉が食べられないのですわ。だから、その分、お野菜を食べるようにしていますの」

 「へぇ……? リリス嬢は肉料理がお好みだと聞いたことがあったのですが。何でも、パーティーには必ずレアステーキを用意させるとか」


 それも、どこかのご令嬢から手に入れた情報なのか、ディレットは言った。

 リリスは渋い顔をする。昔のリリスの話は、あまり聞きたくないのだ。


 「それは、昔の話ですわ……」

 「そうですか。では、この情報は僕が一番乗りですね」


 ディレットは嬉しそうに笑った。しかし、残念ながらそれは違う。


 「いいえ、ルーヴは知っていますわ。それに……」


 リリスは、あれ? と首を傾げた。


 「リリス様?」


 いきなり黙り込んだリリスに、ディレットは不思議そうな顔をした。

 リリスは、オットとの会話を振り返る。


 (何故、彼はルーヴの好物が肉だと知っていたのでしょう?)


 初めて会った時の話だ。


 ――『しかも、わざわざ彼の好物まで作って』

 彼は、確かにそう言った。


 そして今日、リリスが肉を食べられないということも話していた。

 ――『レイヴィンズ様は、肉を食べられないというのに……お優しいことです』


 リリスは、自分が大きな思い違いをしていたことに、今更ながら気が付いた。


 (わたくしを狙ったのではないのですわ! 狙いは……)


 「――ルーヴ!」


 リリスは、勢いよく立ち上がった。その衝撃で椅子が倒れたが、気にしている暇はなかった。


 「え、リリス様⁉ どこへ行くんですか? 授業中ですよ、って、行っちゃった……」


 リリスは、先程ディレットに言った言葉を棚上げにして走り出した。

 困惑するディレットの声が、空中庭園に響いた。


     *


 ルーヴは、午後一番の授業が休講になり、いつもの場所へ向かっていた。

 前方からは、同じく休講になったのか男子生徒が歩いてきていた。

 どこかで見たことがあると思えば、この前リリスと共に昼食を取っていた生徒だった。


 ルーヴの胸は、僅かにざわついた。

 ルーヴは舌打ちをし、余計な考えを頭の中から排除した。


 (あいつが誰と一緒に居ようが、俺には関係ない)


 リリスは、隣に居るのが、ルーヴでなくとも構わないのだ。

 しかし、すれ違う瞬間、ルーヴは目を見開いた。


 「――オイッ! お前ッ!」


 ルーヴの鋭い声に、生徒はゆっくりと振り返った。気怠そうに眉が寄せられている。

 大抵の生徒は、ルーヴ――『獣落ち』が話しかけると、この様な態度をする。否、この生徒はまだマシな方だ。


 「……何ですか?」

 「……お前だな、毒を仕込んだのは!」


 すれ違った時に、ルーヴは思い出したのだ。

 この生徒の匂いが、あの日のミートローフに僅かに残っていたことを。


 「はぁ? 一体何のことですか?」

 「しらばっくれるな!」

 「……いッ⁉」


 ルーヴは、生徒の胸倉を掴んだ。

 生徒のつま先が床を擦る。徐々に顔が赤くなっていった。


 「何故だ? あいつに恨みがあるのか? 今度は何を企んでいる⁉ あいつに近づいて、また毒を盛るつもりか⁉」


 ルーヴは捲し立てた。

 生徒は、心底馬鹿にしたように、口の端を上げた。


 「何か、勘違い、してませんか……?」

 「は? ――ッ!」


 眼下で紅い閃光が光った、直後、腕に激痛が走る。ルーヴは、生徒を放して後退った。

 ビリビリと、電撃を受けたかのように痺れる腕を掴み、生徒を睨みつける。魔法を打ち込まれたのだ。


 嘲笑に顔を歪めた生徒は、緩慢な動きで小瓶を取り出した。

 ルーヴは鼻で笑う。


 「毒か? 馬鹿か、この距離では盛れまい」

 「馬鹿は、貴方の方ですよ……! フ、フフフ、アハハハ!」


 生徒は、小瓶の蓋を親指で弾いて開け、その中身をルーヴに掛けた。

ルーヴは、咄嗟に腕で顔を庇う。液体は制服の袖に掛かったが、独特な臭気がルーヴの鼻腔を突いた。


 「こ、これは……ッ、うぁ」


 ルーヴは膝を付いて背を丸めた。心臓が焼けるかと思った。身体の内から、燃え上がるような激情が、身体中を駆け巡り荒れ狂った。


 制御が効かない。このままでは、身体を保てなかった。





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