第0話 プロローグ
おはよう。
いってきます。
また明日。
ただいま。
おやすみなさい。
特別変わった事はないけれど、普通の日常がずっと続くと思っていた。
「おやすみ〜」
「おやすみ。また明日ね」
「おやすみ」
いつもの両親との挨拶。
これが最後の挨拶。
最後の挨拶ができた私は幸せな方なのかもしれない。
ドン!
何か大きな物が落ちたような音にはるかはゆっくりと目を覚ました。
下の階から微かに両親の声が聞こえたと思ったら、それがいきなり怒鳴り声に変わった。
「喧嘩……? 珍しい……。どうしたんだろ?」
いつも仲の良い両親の姿しか見ていなかったはるかは、その聞き慣れない大きな声に違和感を覚えた。
「今……何時?」
深夜に喧嘩とか近所迷惑になるんじゃない……?
そんな事をぼんやりと考えながら、はるかは枕元にあるスマホで時間を確認しようと手を伸ばした瞬間——
悲鳴が聞こえた。
「えっ? 何?」
普通の喧嘩にしては激しすぎる。
争う物音も激しくなってきた。
「さすがに……やり過ぎだよ」
こんなに激しい喧嘩をしている両親に少しだけ恐れを抱きながらも、はるかは仲裁に入るべくベッドから体を起こした。
だが突然、嵐が過ぎ去ったかのような静けさが訪れる。
そして少しだけ間を置いて……階段を上る足音が聞こえてきた。
トン……トン……トン
やけにゆっくりと上ってくる足音に、はるかは得体の知れない不安に襲われた。
「おかあ……さん?」
自分が思っていた以上に恐怖を感じていたようで、声が掠れた。
だが声は届いたようで、足音が止む。
しかし、返事はない。
トントントン
代わりに階段を上る足音が早くなった。
私の声が聞こえたなら、お母さんはいつも返事をしてくれる。
お父さんもそうだ。
それなら何も返事をせずに階段を上ってくる人物は——
「だ……れ……?」
両親のどちらでもない事に気が付いてしまったはるかの体は恐怖で固まる。
そんなはるかに追い討ちをかけるように……階段を上り切った足音は部屋の前で止まった。
息をする事さえも忘れたはるかは動けないまま、部屋の扉を見ていた。
逃げなきゃ……。
しかし、体が言うことを聞かずに上手く動けなかったはるかは身をすくめる。
でも目だけは……ゆっくりと動く扉のノブを捉えていた。
カチャ
扉が小さな音を立て開こうとしたその瞬間——扉の向こう側の人物を目にする前に、はるかは眩しい光に包まれた。
こうして天崎はるか17歳の人生はここで一旦終わりを迎える。