60からの冒険者 前編
「それではお義父さん、長い間お疲れ様でした」
「ああ、我らがドラグノフ家をよろしく頼むぞ、婿殿」
こうして私はドラグノフ伯爵家の家督を譲り渡した。長年の重責から解放された今、齢60にして何でも出来そうな気分である。しかし気分任せにはしゃいではいけない。デスクワークばかりで鈍った身体は、もう昔のように動いてはくれない。
ここは1つ、落ち着いてゆっくり酒でも飲みながら、何をしようか考えようではないか。
ここ数日の思索の結果、どうやら私は無趣味のつまらない男だったようだ。思えば、若くして家督を継いでからはひたすらに仕事に励んできた。気づけば妻も実家へ帰り、私のそばには居なかった。
彼女は夜会等の集りが好きな女性だった。いつも1人で出席するのは、ずいぶんと肩身の狭い思いだったであろう。迎えには行きたいが、今更彼女に付き合い茶会等に参加したとて、私に何が話せるだろうか。あの様な華やかな場で仕事の話は無粋だろう。いくら私でも、それくらいは分かるつもりだ。今の私では彼女に恥をかかせる事しか出来なさそうだ。
聞けば彼女はもう5年程実家暮らしのようだ。今更5年も6年もたいして変わらないだろう。我々年寄りの1年なんて一瞬だ。何か趣味を始め、話題をたくさんこしらえてから彼女を迎えに行こう。
そうと決まれば先ずは彼を頼ろう。私の数少ない友人の1人であり、私と真逆の趣味人である。多趣味な彼ならばきっと、私の悩みに答えをくれるだろう。
「なるほど、それで我が家に来たと言うわけか」
「うむ、何かないだろうか」
彼はたいへん親身に、私の悩みに向き合ってくれた。だが私の琴線に触れる趣味はなかなか見つからない。そこで業を煮やした彼は「これから始めようと考えていた、共に始めよう」と最新の趣味を持ち掛けてくれた。
それが狩猟である。
「狩猟、か」
「ああ、どうだい? 是非一緒に始めようじゃないか」
「ふむ、・・・・ なるほど狩猟か。ちょっとした運動にもなるかね?」
「うむ、ハイキング程度のようだよ」
「ふむ、では狩猟を始めてみるとしよう」
彼は自分用のメモを複製してくれた。私はそれに従い道具を揃え、後は1週間後の予定日を待つばかり。
私はその1週間、入手したばかりの軍用銃を構えてみたり汚れも無いのに磨いてみたりしながら、幼き日々のようにわくわくしながら過ごした。我ながら、中々にのめり込めそうである。
そうして待ちに待った当日。まずは簡単な獲物と言うことで、我々は夢中でウサギを追った。我々に狩猟の手解きをしてくれている講師は、身分差を気にし、貴族である我々を止めあぐねていたようだ。
そうして我々は森の深くまで入り込んでしまった。嗅ぎ慣れぬ濃い自然の匂い。何もない筈なのに、奇妙に息苦しい。胸の奥で鼓動が静かに暴れている。
「戻りましょう。ここは魔物や強い獣の領域です。熊以上になるとこの銃では効き目がありません」
私は本能的に恐怖を感じて居たのだろうか? どこかソワソワと落ち着いていられない。
結局この日の収穫はゼロであった。
我々は次回を約束し家路についたが、この約束は果たされることはなかった。
「何!? 狩猟禁止令だと!?」
私付きの執事によると、王命であるようだ。なんでも、街道で銃を撃った馬鹿が居たとか。なんともはた迷惑な輩だ。
禁止令に伴い火薬の入手も許可制になってしまった。領地の治安目的以外では許可が下りそうにないらしい。
全く、たった1人のせいでこんな事になるとは。だが、我が友ピエトロはこんな事ではへこたれないらしい。
「なぁに、お上の禁止令は今に始まった事ではない。そんなに落ち込むなベレッタ君。
今日は良い知らせを持って来たのだよ!」
彼は机いっぱいに1枚の紙を広げた。彼の領地に持ち込まれた、新式魔銃の設計図だとか。
「この銃は魔銃でありながら、使用者の魔力を必要としない。つまり我々でも存分に撃てるのだよ!」
「素晴らしい! これで火薬の問題はクリアだ。だが禁止令の方はどうするつもりだね、ピエトロ君」
不敵に笑う友を見ていると、幼き日の悪戯小僧にかえった気分になる。
「フッフッフッ。・・・・・・・・ ベレッタ君、2人で冒険者をやらないか?」
「何を馬鹿な。冒険者とはあの冒険者だろう?」
「そう! その冒険者さ!
フッフッフッ。考えてみたまえ。彼らは常に魔物と戦っている、それに魔物の中には肉の美味しい種類も居ると聞く。
ベレッタ君、これは狩猟だよ。まごうことなく狩猟だ!」
「う~む、しかし冒険者か。人々がなんと言うか」
「なあに、今更我らの評価は変わらんさ」
堅物と半端者、それが貴族全般における我らの評価であるらしい。
私は、無趣味で夜会等の集いに顔を出さない堅物。
彼は、手広く様々な趣味に手を出すが何一つ極めない半端者。
それがどうしたと、我らはいつでも好きな様ににやってきた。確かに今更だ。
「それに我らには『禁じられた狩猟代わり』と言う大義名分がある。これが狩猟好きに伝われば彼らも馳せ参じるであろうし、恐らくそんなに酷いことにはなるまいさ」
ふむ、どうせ一念発起して趣味の開拓中なのだ。ここは1つ、友の誘いに乗ろうではないか。
「よし! ではやろう! 我らはこれより冒険者だ!」
我らは宣言そのままの勢いで冒険者ギルドへ向かった。狩猟の講師を努めてくれたスプリングフィールド先生も一緒である。
「登録をしたいのだがここで合ってるかね?」
どうやら受付の女性は我らが貴族である事に疑問があるようだ。ぽかんとした表情から「なぜ貴族が登録を?」と言う疑問が透けて見えている。
「あの、なぜお貴族様の方が冒険者になりたいのですか? それにあの、年齢が・・・・」
「なぁに、お嬢さん。我々は禁じられた狩猟に代わり、魔物を撃つために来たのだよ。な? ベレッタ君」
「ああ、その通りだ」
「えっーと、ちょっと上の人に聞いてきますね」
どうやら受付のお嬢さんには少し荷が勝ちすぎたようだ。恐らく、ここで働くようになってからまだ日が浅いのだろう。
「あの、ギルマスがお相手します。こちらへどうぞ」
招かれた先でギルドマスターが宣うには、我らの年齢が問題のようだ。貴族の冒険者は時々出るらしい。金銭目当てであったり、武者修行であったりと理由は様々であるがそんなに珍しくないのだとか。だが60歳からの冒険者は前代未聞であるようだ。
「安心したまえ、ギルドマスター君。我々の望みはあくまで狩猟だ。無茶はしないさ。それに先生も含めた3人でパーティーを組むつもりだ。彼の実力は君のほうが詳しいだろう?」
先生が帽子を脱いで挨拶をする。私は彼の事を何も知らないが、ピエトロ君の言葉から実力者である事が察せられる。
「久しぶり、ギルマス」
「お、お、お前は! スプリングフィールド!!」
どうやら2人は知りあいのようだ。2人の話を聞くに、先生は凄腕の元冒険者で、特に遠くからの狙撃?、が評価されているようだ。ピエトロ君はどうやってこんなに凄い人と知り合っているのだろうか。
ギルドマスター君も先生の登場に考えを改め、我々ははれて冒険者になる事が出来た。
それからの日々は素晴らしいものだった。先生の指導のもと、我らは効率的にランクを上げ、それと同時に狩猟にのめり込んでいった。
狙撃を極めた先生の指導で、我らの腕前はどんどん上達していく。今やゴブリン等の低ランクな魔物は脅威でもなんでもない。ここ最近で1番の大物は、キングブルと呼ばれる巨大な水牛の魔物である。推奨討伐ランクはB+。我らの1つ上のランクになる。だが先生の教えに則り狙撃を行えば、1発であった。
「ベレッタ君。我ら自身は強くはないが、先生の教えとこの銃があれば魔物など恐るるにたりんぞ!」
「うむ、勘違いしないようにせねばな。
ところで、次の獲物は何にしようか。希望はあるかね? ピエトロ君」
「牛肉は堪能したし、次は鶏肉というのはどうだろう?」
「ふむ、クックカイザーとオルトリスか。どちらがいいだろう?」
「先生、我らの実力ではどちらが適切だろうか」
先生曰く、どちらも今は産卵の時期であり非常に危険らしく、我らでは無理との事。先生単独でも今の時季の鳥系魔物の狩猟は避けるようだ。この情報はしっかりと胸に刻む必要がある。
先生は「代わりに猪はどうか」と提案してきた。今の時季のボアプリンスは脂の乗りが最高なのだとか。また、討伐ランクも今の我らにちょうどよいとか。
「キングやカイザーに比べれば味は落ちますが、肉が柔らかくこちらを好む者も多いです」
「うむ。では決まりだなベレッタ君!」
「ああ。次はボアプリンスだピエトロ君!」