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幼馴染だった過去

かつての体験

作者: 水澄

 気の迷いと表現すると少しネガティブかもしれない。

 未知への探求心と表現すると、ポジティブな気も少しはするだろうか。

 些細な違いに意味はない。どう表現したとしても、過日の行動は変わらないのだから。


 簡潔に事実を述べるなら、故意に落水した。それだけ。


 当時住んでいた町と隣町との間には橋があった。その下は川底が透けて見える一級河川の本流。河口から4㎞弱遡った地点だから川幅は泳いで渡るのが少し難しい程度には広くて、平時の水量も少なくない。

 橋の欄干から身を乗り出して下を覗うと背後を通過する自動車の音に負けない水流の音が耳に届く。時折名も知らぬ魚が泳いでいるし、釣り人の姿も見かけることがあった。

 水深はいかほどだろう。目算に自信はないけれど、当時170cm余りだった僕が水底に足をつけたら頭まで浸かるのではないかと感じた。もし橋のほとんど中央に当たるこの場所から落下したならば、足をつく前に流されるだろう。水面に強かに打ち付けて痛い思いをするだろうか。ひとおもいに意識をなくすことはそうそうできないだろう。

 橋を利用するたびにそんなことを思案していた。


 そしてある日、実行に移した。


 誰も見ていない昼間、自動車の往来が途切れた瞬間があった。

 何かに呼ばれるように川面を見た。次には欄干を飛び越えていた。勢いのまま重力に引かれて落下している間の短い時間だけは、死を恐怖した。迫る水面に目を見開いた自分の影がはっきりと映っていた気がする。衝突した感触はなかった。自分が水中にいることに気が付いたとき、息苦しさも感じたのは半ばパニックに陥っていたのかもしれない。

 顔を空気に晒すと口腔に水が侵入してきて、水道水とは異なる種類の不快感に喘いだ。さほど流されることもなく中州に漂着した。半身を流水に浚われるまま、息を整えることに集中した。肺が痛かった。


 思い返せば、運が良かったのだろう。

 誰に何を言われるでもなく、それは終わった。

 秋色の草原に横たわり、岸から身を隠す。尤も、橋から見下ろされては遮るものは無いのだが。

 陽光が沁みた。生きているとはこのことかとぼんやり思考の片隅に浮かべながら、茫洋とした空を見るともなしに見上げた。


 全身が痛んだことよりも、身につけていた衣服がびしょぬれになったことのほうが気掛かりだった程にあっけなかった。

 ただ一つ、死にたくないと感じる心だけは内にあることに気が付いた。思わぬ収穫だったかもしれない。


 交通量が増えてきた。小さく声をあげても自分の耳にさえ届かない。


「あああぁああああああアアあァア!!!!!」


 気付けば叫んでいた。

 腹の底に凝ったものを吐き出すように、言葉になり切らない音を肺から絞り出していた。


「だれかが聞きとがめたとしても、対岸の声とでも思ってくれるだろー」


 ひとしきり叫んだ後に人ごとのように呟いた。


「ハハッふヒハハっっ」


 正体のわからない笑いがこみあげてきて、またひとしきり笑った後には噎せて喉が痛かった。


「けほっ

 あ~……のど痛い」 




 一人暮らしの家に帰ると濡れた着衣をハンガーにかけて、まだ水の滴っていた長髪を雑に拭ったタオルだけを身につけて隅に畳んである布団にそのまま倒れ込んだ。

 疲労感がやってきた。

 無意識に極限状態だったのかもしれない。


 布団を雑に広げてもぐりこむと、目覚めたのは翌日の夕方だった。


 あれ以来、橋の上を通っても下があまり気にならなくなった。

「凍れる空虚うろと燃ゆる蒼穹そら」のアオさんの昔話です。

世界観は幼馴染シリーズと共通しています。

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