第九十六話 直江はクロと冒険してみる
時はあれから数分後。
場所はレストランの外――ホテルロビー。
「冒険の始まりです!」
ズビシ!
と、言ってくるのはクロだ。
彼女はぴょこぴょこ、テンション高そうに直江へと続けてくる。
「さぁ、我が部下よ! 我に続け!」
「っていうか、冒険って何すんの? お散歩的な?」
「やめてくださいよ! そういう雰囲気ぶっ壊すこと言うの!」
と、ぷんすかモードのクロさん。
彼女はそのまま、直江へと言葉を続けてくる。
「いいですか!? こういう時の返事は『はい』か『了解』の二択です!」
「それ、どっちも同じ意味じゃ――」
「えーい! そういう意味じゃありません! いいですか直江さん!? さっきの私はクロであってクロでない……魔王だったのです!」
「…………」
「なんですかその顔は!?」
と、なおもお怒りな様子のクロ。
彼女はさらに持論を展開してくる。
それをまとめるとこんな感じだ。
先に言った通り、クロは魔王モードだった。
そういう時、直江も部下として発言して欲しかったそうなのだ。
すなわち。
「了解いたしました、魔王様」
「それですよ! 私はそれを求めていたんです!」
と、一転して機嫌よさそうなクロ。
彼女は再びズビシっと、直江へと言ってくる。
「我が部下よ! 我等はこうして、勇者共が居る城へと攻めてきた! これからするべきことはわかるな!?」
「へぇ、そういう設定なんだ」
「…………」
「あ、えっと――すみません、わかりません魔王様!」
「くははははっ! ならば我が教えてやろうではないか!」
バっと大げさなポーズを取って来るクロ。
彼女はそのまま直江へと言ってくる。
「この城のどこかには、人間共の王が居る! 我等はそれを見つけ出し、打ち倒すのだ! そうすれば、人間は指導者を失い世界は闇に包まれるであろう!」
「つ、つまりどういうことでしょうか?」
「この城を片っ端から歩き、調べていく!」
なるほど。
要するにクロさん、お散歩がしたいらしい。
(まぁ、ホテルの中とか妙にワクワクするのはわかるけどね)
無意味にホテル散策で歩き回るとか。
直江もかつてやったことがある。
「もう一度、言うぞ――我が部下よ!」
と、直江の思考を断ち切るように聞こえてくるクロの声。
彼女はそのまま、直江へと言ってくる。
「我に続け! 我等の勝利はちか――」
「おかぁさん、あのひとやくしゃさんなの?」
「こら、見ちゃいけません!」
と、クロの声を断ち切るように聞こえてくる声。
それは近くにいた幼女と、その母らしき人物の声だ。
念のために言っておこう。
ここはホテルのロビーだ。
しかも、朝だ――当然、人も沢山いる。
「……っ!」
と、なにやら顔を真っ赤にするクロ。
彼女は無言で直江へと近付いて来ると。
ひしっ。
と、ひっついてくる。
なるほど。
(テンション上がり過ぎて、周囲に人が居るの忘れてたんだな)
などなど。
直江がそんな事を考えている間にも。
「うぅ……な、直江さん……は、恥ずかしいです。は、早く行きましょう――お散歩、したいです」
ようやく、お散歩と素直に言えたクロ。
直江はそんな彼女の手を引きながら、ホテルのロビーを去るのだった。